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「スポーツの価値」を定性的・定量的に明らかにしていく「スポーツ未来研究ノート」。連載第2回は、アルペンスキーのパラリンピアンであり、電通のスポーツ未来研究所・所長の大日方(おびなた)邦子氏に、自身の競技人生を通して見えたスポーツの価値や、スポーツ未来研究所が目指す方向性について聞きました。

スポーツ未来研究所
「スポーツを、ひろげよう」をスローガンに、2025年7月に発足。電通がこれまで培ってきたスポーツビジネスの知見を生かしつつ、スポーツを愛するさまざまな人の知識や視点も交えて、スポーツの真の価値の探究を行う。

大日方邦子

スポーツを通じて「場を共有する」楽しさを知った

――スポーツとの出合いはどのようなものでしたか?

大日方:体を動かす楽しさに出合ったのは幼稚園の年長のころです。3歳のときに交通事故にあい、3年間ほどの入院生活を経て義足をつけて幼稚園に通い始めました。ちょうどそのころ、運動会が行われるタイミングで、「私も何かやりたい」と鉄棒の逆上がりに挑戦したんです。

義足は2キロほどの重さがあり、それを装着して逆上がりをするのは簡単ではありませんでしたが、練習を重ねるうちにできるようになりました。それがすごくうれしかったんですね。まわりの人たちも「すごい、すごい!」と一緒に喜んでくれたのを鮮明に覚えています。そのときの喜びと、「やればできる」という成功体験が私にとってのスポーツの原点です。

小学校では草野球もしました。人数が足りないことも多く、子どもたちはその都度、ゲームが成り立つようにルールを工夫して楽しんでいました。私が参加するときも打つだけのバッターにして代走が出るとか、守備につくときはもう一人増やすなど、柔軟にルールを変えていました。工夫次第でみんなが楽しめるルールを作れることを経験しました。

――そういった成功体験や楽しさから、スキーにも挑戦されたんですね。

大日方:初めてスキーをしたのは高校生2年のときでした。幅7~8cmの1本のスキー板の上でバランスを取りながら滑るので、最初は転んでばかり。転ぶと一人では起き上がれず、サポートの方が起こしてくれるのですが、それがまた力が必要で大変なことなんです。

私自身は少しずつ滑れるようになって楽しいけれど、支えてくれる人たちは汗だくになって楽しいんだろうかと疑問に思ったんです。当時は、中学時代に経験したいじめの影響もあって人間不信気味で、周囲に対してもトゲトゲしていて(笑)。つい「こんなに汗だくで楽しいですか?」と聞いてしまいました。すると「できないことができるようになるのは楽しいし、それを共有できるのもすごく楽しい」と当然のように言われたんです。

そもそもスキー初心者で相手に自分の安全を預けている状態でしたが、その返事のおかげで人を信頼していいんだと思えるようになりました。この出来事をきっかけに、私自身が変わりました。人を信頼することでどんどん関係が深まるし、難しいコースにも挑戦して、みんなで雪まみれになってはしゃぐ。そういう場を共有するのがすごく楽しかったですね。「場を共有できる」というのはスポーツが持つ価値の一つだと思いますが、のちにパラリンピック選手になったときも、自分が指導する側になったときにも、場を共有する楽しさや喜びを感じる経験をいくつも重ね、それがスポーツにのめりこんだ理由でもありました。

メダリストになって実感した、「スポーツは社会を変えられる」

――パラリンピックの代表に選ばれたときのことを教えてください。

大日方:大学生のとき、94年のリレハンメルパラリンピックの日本代表に選ばれました。実力としては足りていなかったのですが、4年後の長野大会を見据えた「成長枠」という位置づけでした。

リレハンメル大会では多くの素晴らしい選手たちとの出会いがあり、アメリカの当時のトップ選手から「真剣にパラリンピックに向き合えば社会を変えられる」と言われたんです。その言葉に触発されて、大学を卒業してからもスキーを続けることを決意しました。当時、パラスポーツを取り巻く環境は今とは全く違っていて、遠征費用や用具代はすべて自己負担。弁護士になるという計画を変更して就職し、仕事をしながら休みの日に練習するという二足のわらじ生活がスタートしました。

――長野大会で金メダルを獲得し、社会の変化を感じましたか?

大日方:長野で金メダルを取る前は、街で車いすの人を見かけることすら珍しい時代でした。スキー場ではなおさらです。けれどもメダルを取ったことで、世の中にこういうスポーツがあることが知られ、私たち選手に対する見方も変わりました。例えば、リフト乗車も「危ないから」と敬遠されるような雰囲気だったのが、どんどん練習に来てくださいと言ってもらえるようになりました。真剣にスポーツに向き合い、成果をあげ、そこに至る過程を伝えていくことで社会はずいぶん変えられるんだなと実感しました。

大日方邦子


――その後、2006年のトリノ大会で2つめの金メダルを獲得されましたね。

大日方:2002年のソルトレーク大会では思うような成績を残せず、2006年のトリノ大会でようやくつかみ取った8年越しの金メダルでした。そのとき、周囲からは「これだけやったんだからもういいんじゃないの」というようなことを言われたんですね。当時の日本では障害のある人のスポーツは福祉的な政策の一環として捉えられていたので、勝たなくてもいいでしょうという考えの人もいました。自分でもこの先どうしたいのか、自問自答する中で出した答えは、それまでの二足のわらじではなく、スポーツに専念する時期を一瞬でも持ちたいというものでした。そして縁あって、電通PRで業務としてスキーを続けられる環境を整えてもらいました。

2010年のバンクーバー大会を最後に引退しましたが、その間、アスリートとしてだけでなく、NHKや電通PRで伝える側の立場にも身を置くなど、スポーツに対して多様な関わり方ができたことが、結果的に私にとってスポーツをより面白いものにしてくれました。もしスポーツを「する」だけだったら、ここまでの面白さは見えていなかったかもしれません。

スポーツ未来研究所が挑む、スポーツの価値の可視化

――現在はスポーツ未来研究所という新たな取り組みに挑戦されています。そこで挑戦していきたいことは?

大日方:これからのスポーツの価値や役割を明らかにしていきたいと考えています。長年、スポーツの魅力や面白さをどう伝えていくかを考えてきました。スポーツには、「する」「みる」「ささえる」といった多様な楽しみ方がある。私自身もスポーツとの多様な関わりを通じて面白さが深まりましたし、「する」「みる」「ささえる」それぞれの立場にいる人たちを可視化することでスポーツはもっと楽しめるのではないかと思っています。「ささえる」という点では、電通の中にあるスポーツビジネスのノウハウもあまり知られていません。そうした知見も学生たちへの講義という形で積極的にオープンにしていきたいですね。

また、スポーツを「する」人の定量的なデータは蓄積されてきましたが、「みる」「ささえる」についても定量的な部分を解明していきたい。例えばスポーツを見たときの興奮やワクワク感はどのくらい持続するのか。一人で見るときと仲間がいるときでは違うのか、テレビ観戦と競技会場観戦では心拍数に差が出るのか。こうしたことをデータで示せる時代が来ているので、スポーツがウェルビーイングにつながることを根拠をもって示していくことができると期待しています。「する」「みる」「ささえる」の多様な楽しみ方と、そこから得られる価値を伝えていけたら面白いですね。

――最後に、「もっとも大切なスポーツの価値」を教えてください。

大日方:「人生を拓く。社会とつながる」。これはまさに私自身のスポーツとの関わりそのものです。私はスポーツによって人生が拓かれましたし、壁にぶつかったときにどう向き合うかもスポーツから学びました。スポーツは私の人生を豊かにしてくれるものであり、それは周りの人がいて初めて成立するという意味で、社会とつながるものでもあります。ここで言う社会とは広い意味での世の中だけでなく、隣にいる人や一緒にやる人も含めて、場を共有した人たちとつながれることがスポーツの価値だと思います。

周りの「スポーツ嫌い」という人に理由を聞くと、足が遅かったとか、できなくて笑われたとか、そういった経験が原因であることが多く、すごくもったいないと感じます。速くなくても走りきる楽しさはあるので、私はそういうことを子どもたちに伝えたい。とにかくスポーツ嫌いをなくしたいんです。

小さいころ、みんなが楽しめるようにルールを工夫して遊んでいたように、「速ければいい」という価値観だけでなく、みんなが楽しめるルールを考える。「ゆるスポーツ」(※)のように、どれだけ遅く動けるかを競ったりするのも面白いですよね。「体を動かすって楽しい」という経験を小さいころからしてもらいたいと思います。

スポーツに無関心な人や縁遠いと思っている人たちにも、楽しみ方の多様性を広げたり、健康面での好影響を伝えたりすることが興味を持つきっかけになるかもしれない。スポーツを通じて多くの人が生きていて楽しいと思える社会、住みやすいと思える社会にしていけたらと思っています。

※ゆるスポーツ:世界ゆるスポーツ協会が提唱する「性別・年齢・運動神経にかかわらず、誰もが楽しめる新しいスポーツ」。これまでに開発された競技は100種以上にのぼる。
 

大日方邦子


今後の予定

次回は、スポーツ庁長官・河合純一さんにインタビュー。ご自身のスポーツ経験や、日本社会がこれからスポーツとどう向き合うべきかについて伺います。

「スポーツ未来研究所」のトピックスやお問い合わせはこちら
https://www.dentsu.co.jp/labo/sports_future/index.html

スポーツ未来研究所

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著者

大日方 邦子

大日方 邦子

一般社団法人 日本パラリンピアンズ協会理事/株式会社 電通 フェロー

パラリンピック・アルペンスキー元日本代表。高校2年のときにチェアスキーと出合い、スキーヤーとして歩み始める。1994年リレハンメル大会から2010年バンクーバー大会まで、冬季パラリンピック5大会に出場。1998年の長野大会では、冬季大会で日本人初の金メダルを獲得したのをはじめ、パラリンピック通算10個のメダルを獲得。ミラノ・コルティナ2026冬季パラリンピックでは日本選手団団長を務める。1996年、NHKにディレクターとして入局。教育番組やパラリンピック放送に携わる。2007年、電通PRコンサルティングに入社。2022年より電通グループ フェロー、2025年より現職。日本パラスポーツ協会理事、日本パラリンピアンズ協会理事など公職多数。

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