「宇宙の帰り道」に特化した会社が仙台市にある。東北大学発の宇宙スタートアップ、エレベーションスペース(ElevationSpace)だ。
2030年に迫る国際宇宙ステーション(以下、ISS)退役後の需要を読み切って2021年に起業。小型・無人の宇宙実験回収機 ELS-R(宇宙で実験し、地球に戻すことができる日本初の民間衛星)を皮切りに、同じ要素技術でその先の「有人リターン」まで5つのプロジェクトを一気通貫で描く。
事業の難度が高く、不確実性が高い宇宙産業において、2025年11月に国の公募に2回採択されたことからも事業計画の確かさがうかがえる。
宇宙からの物資回収。そして有人リターン。宇宙の新しい帰り道作りに取り組む代表取締役CEO小林稜平氏に、電通の笹川真が話を聞いた。
「帰り道」に特化した理由 笹川:まずは、おめでとうございます。「高頻度物資回収システム技術」と「革新的将来宇宙輸送システム研究開発プログラム」。直近の2025年11月、連続して2つの国家プロジェクトに実施機関として採択されました。前者は3年で25億円規模。そしてどちらも1社のみの採択ですよね。
小林:ありがとうございます。ようやくいろいろうまくかみ合い、大きく動きはじめた感覚があります。
笹川:小林さんに初めてお話を伺ったとき、宇宙の「帰り道」に勝機を見いだし、2040年までのロードマップを描き切るエレベーションスペースの迷いのなさに驚きました。
エレベーションスペースのロードマップ。第1段階から第5段階までがプロジェクトとして予定されている。 小林:「いいところに目をつけたね」と業界の先輩方からよく言われますが、自分としてはやりたい事業を選んだというより、他の選択肢をひとつずつ消していったら最後に残ったのがこれだったという感覚です。
笹川:東北大学の修士課程で起業されていますよね。
小林:はい。災害復興をきっかけに建築を志し、秋田高専に通っていた19歳で宇宙建築に出会ってから、東北大学に編入して人生が大きく変わりました。宇宙建築のコンペで日本1位、世界で2位となったころから、「人が活動できる宇宙環境」をひたすら考えてきました。住む、育てる、作る、運ぶ──宇宙で産業が成立する順番を価値連鎖として網羅的に整理し、あらゆる産業が宇宙に進出する未来を1年半かけて描いていました。
笹川:網羅的な構想の中で、今の事業を選択する決定打になったものは?
小林:共同創業者の桒原(くわはら)聡文先生との議論です。対話を続ける中で“技術を見る目”と“産業構造を見る目”を徹底的に鍛えられ、「自分がやりたいこと」と「日本で今からでも勝てる領域」が重なる部分が見えてきました。日本が宇宙で勝負できる領域は想像以上に限られていること。宇宙へ行く技術よりも帰る技術に強みがあること。ならば、帰り道に特化して取り組むのは筋がいいと考えました。
笹川:帰還技術という着眼点が面白いですよね。
小林:そしてもうひとつ大きかったのが、2030年のISS退役──宇宙業界の“2030年問題”です。ISSという国主導の実験場が、民間主導の宇宙環境利用プラットフォームに移行されれば、実験も製造も物流もすべての需要が跳ね上がる。そこに間に合わせるには、2021年に起業するしかなかったのです。
笹川:需要を読み切って、それを取りこぼさないために起業した宇宙スタートアップは、聞いたことがないですね。
小林:もっと時間に余裕があれば学生起業することもなかったと思います。最初にやりたいと思った事業は新しい宇宙ステーションの開発でしたし、アメリカではそうした会社も出てきています。ただ、日本でそれをやり切るには技術ハードルがあまりにも高い。では無人の宇宙ステーションはどうか。無人でも回収がネックになる。ならばISSが担ってきたサービスの代替を作ろう──そうしてたどり着いた答えが「ELS-R」でした。
宇宙環境利用・回収プラットフォーム(ELS-R)の初号機「あおば」の地上試験モデル。 笹川:ロードマップの最初のプロジェクト、無人・小型の宇宙実験回収プラットフォームですね。
小林:会社設立から1年後、アメリカやヨーロッパでも似たようなビジネスが走り始めました。自分の読みは間違っていなかったと確信しました。
笹川:起業した2021年当時、日本にも宇宙スタートアップが既に複数ありましたよね。ベンチマークにした会社はありますか。
小林:海外拠点の作り方などでispaceさんやアストロスケールさんは今参考にしていますが、事業領域の選定自体は桒原先生との対話の中でゼロベースから積み上げたものです。
笹川:その胆力、学生起業としては異例ですよね。
小林:いえいえ。ただ僕の場合は何がなんでもスタートアップを立ち上げて宇宙(事業)をやりたかったわけではなく、最初は大学に残って研究もありだなとか、事業をやるにしてもスモールビジネスで何かできればいい、くらいの気持ちでした。そもそも桒原先生と出会っていなかったら起業すらしていなかったかもしれません。
技術よりビジネスモデルが難しい笹川:補足すると、御社は「国内唯一の、大気圏再突入・回収技術の獲得を目指す民間企業」ですが、最初のプロダクト「ELS-R」について改めて教えていただけますか。
小林:「ELS-R」は、小型・無人の宇宙実験回収機で、宇宙環境利用・回収プラットフォームと定義しています。日本で唯一、宇宙空間での研究開発や製造を行い、成果物を地球に回収できる無人サービスです。ISSでの実験は、宇宙飛行士がいるため安全制約が重く、結果として高コストで、実験開始までに数年の期間が必要となります。一方、無人・小型・回収可能という構造であれば、安全制約が一桁下がり、低コストかつ高頻度で多様な実験ができる。世界でも希少で、民間では僕らが日本初の事業者となります。
笹川:計画通りに進んでいる印象がありますが、実際のところはいかがでしょうか。
小林:事業面では苦労したこともありました。例えば、宇宙産業の大半が現時点では官需であるのに、将来的な民需に目を向けすぎていました。そこで現在は官需に注力しつつ、長期的な市場である民需は育てていくような活動に切り替え、事業を推進しています。
笹川:これは当事者でないと気づけないリアルですね。
小林:宇宙をやっていて常に思うのが、技術よりもビジネスのハードルの高さです。構体、姿勢制御、熱、再突入など、技術基盤の多くはロードマップのどの段階でも共通していますし、技術は積み上げれば前に進みます。けれど、いつ市場が立ち上がるかは、誰にも読めません。
笹川:その不確実性が最大のハードルなんですね。
小林:まさに。ロードマップの第3段階にある軌道間輸送(OTV)は、技術的には第1・2段階と7〜8割が共通しています。ただ、事業として成立するタイミングが2030年なのか、2040年なのか、まだ誰も言い切れない。人類にとっては不可欠なステップなのに、事業化のタイミングだけが霧の中なんです。
笹川:未来の“立ち上がり方”の問題ですね。
小林:自分たちのペースで未来を作るのではなく、この産業の“独特の未来の立ち上がり方”に合わせて並走する。その原理に気づきました。だからこそ、未来がまだ見えない時期は特に、官需を積み上げておくことが重要なんです。
国産の「帰り道」がないという問題宇宙戦略基金事業に採択された、有人拠点からの高頻度物資回収サービス(ELS-RS)。 笹川:宇宙産業は“立ち上がり方”が独特で、だからこそ官需の比重が重要であることを伺いました。官需というと、宇宙戦略基金事業の「高頻度物資回収システム技術」、そしてJAXAの「革新的将来宇宙輸送システム研究開発プログラム」の2つの公募案件に同時期に採択されたのは大きな成果ですよね。御社のロードマップでいうと第2段階と第5段階ですよね。
小林:この2つに共通する前提として、日本は今も“宇宙の帰り道”を自前で持っていないということ。物を地球に戻すことも、宇宙飛行士を宇宙から地球へ帰還させることも、日本企業だけで完結できていない。宇宙の帰り道に必要な要素技術は日本が強いのに、です。このねじれが長く放置されてきた巨大な空白を、2つのプロジェクトで埋めにいく挑戦なんです。
笹川:宇宙の帰り道がこれまで他国からの借り物だった事実は盲点でした。かつ顕在化している市場で需要を取りにいく。宇宙スタートアップの中でも、小林さんのおっしゃるように“筋がいい”と僕も感じます。それぞれ説明をお願いします。
小林:「高頻度物資回収システム技術」は、ISS後の宇宙ステーションで行われる実験結果や必要な物資を“安全かつ高頻度で地球に戻す”ための輸送インフラを整備するプロジェクトです。当社のロードマップの第2段階にあたります。 JAXAと2023年に「宇宙ステーションからの帰りの便」に関する共創活動(J-SPARC※2)を始めたことで、この領域が本格的に動き出しました。創業時には政府としての検討があまりされていなかった部分ですが、政府の宇宙技術戦略に組み込まれ、本プロジェクトの予算化、そして採択された意義は、当社としてもそうですが、国としても非常に大きいと感じています。
※2 J-SPARC=JAXA宇宙イノベーションパートナーシップ。事業意思のある民間事業者等とJAXAの間でパートナーシップを結び、共同で新たな発想の宇宙関連事業の創出を目指すプロジェクト群のこと。
笹川:宇宙産業の未来が立ち上がる瞬間を、いち早く捉えたわけですね!
小林:おっしゃる通りです。官需を積み上げ、その先に生まれる民需をどう事業として確立するか。このプロジェクトはその最初の基盤になると考えています。
笹川:そして、第5段階──有人の帰還プロジェクトに、早くも着手できることがうれしいですよね。ロードマップ上は1〜4段階が地続きで描かれていますが、有人の難度は桁違いですよね。
小林:別次元ですね。何より日本は国家としても民間としても、本格的な有人宇宙船の開発経験がありません。宇宙技術戦略にも有人輸送に係る記載が複数盛り込まれ、国が「日本発の宇宙輸送技術を育てる」という方向を指し示した象徴的なプロジェクトがいくつかスタートしつつあります。本プロジェクトもそのひとつで、これはゴールではなくスタート。ここから日本として有人宇宙の領域で“どの未来を選ぶのか”の議論が本格化します。 とはいえ技術的には再突入・回収の基盤は大部分が重複します。だからこそ、無人で確実に積み上げることが、有人への最短ルートになります。個人的にずっと挑戦したかった有人宇宙船は、やはり胸の高鳴り方が違いますね。
笹川:官需を軸にすると決めてから、こんなに早く結果を出しているのは見事です。御社のロードマップが夢物語ではなく、“宇宙の帰り道”作りの実行可能な未来予想図として成立しはじめている強い手応えを感じますね。
社長が最年少社員だから生まれた企業文化笹川:今日ここまでお話を聞いていて、事業計画の解像度だけでなく、ビジネスの段取りや根回しも含めて、小林さんには学生起業家らしくない落ち着きがありますよね。
小林:次に来ることを想像して、「こういう世界が来るだろうな」と構想を練るのは、得意というか、単純に好きなんだと思います。ただ、想定通りに物事が進むことはほとんどないので、状況に合わせてアジャストしていく。比較的現実的な思考を持っているのが、自分らしさかもしれません。
笹川:先ほど「宇宙産業は、技術よりもビジネスの方が難しい」という話がありましたが、ビジネスの側面で小林さんのらしさが生きていますよね。そうは言いながらも、技術の理解もあるのが理系出身の強みだと感じます。
小林:技術の概要は分かっています。ただ、特殊な宇宙技術を細部まで理解しているかというと、もちろんそんなことはありません。だからこそ、社内のエンジニアとはいつも議論しています。
笹川:会社のウェブサイトを拝見すると、実績のある年上のメンバーが大勢いらっしゃいます。
小林:そうですね。社内の平均年齢は45歳で、この前までは僕が最年少でした。それが結果的に良かったのかもしれません。トップダウンとは真逆の雰囲気で、忌憚(きたん)のない意見が飛び交う。どんな内容でも議論を積み重ねていける、フラットな関係が築けていると思います。
笹川:桒原先生とお2人だったころと比べると、組織も大きく成長しましたね。
小林:先ほどもお話ししましたが、起業して最初の1年間は桒原先生と本当に2人きり。そこにプロボノ(知識や技能を持った専門家による無償ボランティア)でエンジニアやビジネスのメンバーが加わり、2022年3月の資金調達を経てさらに多くのメンバーを迎え入れることができました。24年には30人に達して、25年から採用を加速して60人規模になりました。 変わらないのは何事もしっかり対話して理解を深めて、意思決定するというカルチャーかもしれません。この先さらにメンバーが増えても、そこは変えずに、メンバーの能力やモチベーションが最大限に生かされる環境を作り続けることが、僕のこれからの大切な仕事だと思っています。
笹川:組織運営は、技術やビジネスとまったく別種目ですよね。
小林:本当にそう思います。プロジェクトとか組織とか、何かを新たに立ち上げるのは起業前から好きで、比較的得意な方だと思っていました。なので起業家的な生き方は性に合っています。ただ、社員も増え、ステークホルダーの幅も広がってきた今、自分自身が起業家から経営者に変わるべきフェーズに来ているのかなと最近よく考えます。 “プロジェクトや組織を作る段階”と、“組織として強くなっていく段階”では、当然求められるものも違う。その違いを引き受けながら進んでいく。まさにその途中にいる感覚です。
笹川:そんなタイミングに電通報でお話しできたこと自体、何か新しい展開を予感させますね。また別の角度から話せることも増えそうですね。
小林:そうですね。これからが楽しみです。
笹川:僕もです。引き続きよろしくお願いします。
電通 笹川とエレベーションスペース 小林代表