多くの企業で重要課題となっているDEI推進。しかし、研修や座学だけでは全社的な「自分ごと化」が難しい、という声も少なくありません。
この課題に対し、セプテーニグループは自社の強みであるクリエイティビティを生かし、「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込みや無意識の偏見)」をテーマにしたショートドラマを制作。共感を通じて、従業員の心に働きかけるアプローチに挑戦しました。
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本記事では、プロジェクトを推進したセプテーニグループの田中晴子氏と合谷木麗奈氏、監修を務めた電通グループの人権啓発担当・安藤勉氏の3名に、その狙いから制作の舞台裏、DEI推進のヒントを聞きました。
セプテーニグループ
主にデジタル広告をはじめ、データ、AIを活用したソリューションの提供などを通じて、企業のDXの総合的な支援を手がける。

なぜDEIは「他人ごと」になるのか?推進の壁を越える「対話」と「共感」のアプローチ
――安藤さんは昨今の日本企業におけるDEIの潮流や現場の状況をどうご覧になっていますか?
安藤:DEIが本格的に推進されるようになってきたのは、非常にポジティブな現象だと捉えています。多様なバックグラウンドを持つ一人一人が、それぞれの事情を尊重されながら強みを発揮できる環境を整えることは、これからの企業にとって不可欠です。一方で、推進の現場に目を向けると、多くの企業が共通の壁に直面しています。
DEIは非常に繊細なテーマであるがゆえに、担当者の方々が慎重になるのは仕方がありません。しかし、慎重になりすぎるあまり、本来必要な議論が生まれなかったり、せっかくのポジティブな動きまで停滞してしまうのはもったいないことです。
私はDEI推進には「知識」「経験」「対話」という3つの要素が、バランスよく機能することが重要だと考えています。研修で「知識」を身につけ、イベント参加などで「経験」する。そこまでは多くの企業が取り組まれています。しかし、その2つをつなぎ、多様な視点を広げるための「対話」がまだ不足しているように感じます。ある程度の知識や経験に基づいた対話をいかにして活性化させるかが、推進の大きな鍵ではないかと考えています。
電通グループ グループ・法務コンプライアンスオフィス ディレクター 安藤勉氏
――「対話の不足」。それは、セプテーニグループでも感じていたのでしょうか。これまでの取り組みの手応えと課題について教えてください。
田中:セプテーニグループでは15年以上DEI推進に取り組んでおり、手応えも感じています。例えば、女性管理職比率は2017年の14.4%から2025年には28.3%まで向上しましたし、同性パートナーシップ制度の導入も進み、アライ(※LGBTQ+を理解し支援する人)の数も100人を超えました。
一方で、DEIに関するイベントやセミナーへの参加者がある程度固定化し、「関心がある層にしか届いていない」という課題も浮き彫りになっていました。一人一人の「自分ごと化」という点では、道半ばだと感じていたのです。
――そこで打ち出した次の一手が「ショートドラマ」だったのですね。なぜこのアプローチを選んだのでしょうか?
田中:DEIというテーマはどうしても「他人ごと」に捉えられがちです。日々忙しく働く従業員たちに、どうすれば「自分ごと」として向き合ってもらえるか。「やらされ感」ではなく、自ら「見たい」「知りたい」と思ってもらえるコンテンツは何か、と考えました。
そこで行き着いたのが、デジタル広告などを手掛ける当社事業の強みでもある「ショートドラマ」でした。1本1分程度で気軽に見られるので、これなら業務の合間に見てもらえるのではないかと思ったのです。
――テーマとしてアンコンシャス・バイアスを選んだのにも理由があるのでしょうか?
田中:アンコンシャス・バイアスは、ジェンダーやLGBTQ+、国籍や年齢など、あらゆるDEI課題の根底にあると思っています。そして何より、役職や性別、年齢にかかわらず「誰もが持っているもの」でもある。だからこそ、「自分ごと」として捉えてもらうための入り口として最適なテーマだと考えました。
日常のワンシーンを切り取るショートドラマは、視聴者の共感を呼びやすいフォーマットです。この「共感」をフックにすれば、アンコンシャス・バイアスという少し難しいテーマも、きっと身近に感じてもらえるのではと思ったんです。
セプテーニ・ホールディングス CEOオフィス コーポレートコミュニケーション部 IR・SR課 田中晴子氏
「あるある」で終わらせない。「気づきの瞬間」まで描くクリエイティブの工夫
――DEIという繊細なテーマを、共感を呼ぶショートドラマに落とし込む。クリエイターとしてこの依頼がきたとき、どのように感じましたか。
合谷木:正直、とても難しいテーマだなと感じました。「無意識の思い込み」を表現する上で一番意識したのは、作り手の想像だけで完結させない、ということです。私自身が持っている感覚は、社会全体の一部でしかありません。グループにはさまざまなバックグラウンドを持つ方がいて、それぞれが持っている「ふつう」の感覚は、人の数だけ違っている可能性があります。
そこで、まずは社内でアンケートを実施し、「普段どんなことに違和感を持っていますか?」というリアルな声を集めるところから始めました。
――実際にクリエイティブに落とし込む上で特に工夫した点はどこでしょう?
合谷木:「アンコンシャス・バイアスに気づいた瞬間」を丁寧に描くことです。何気ない言動に対する相手の表情や、バイアスに気づいた後の微妙な空気感を再現していくことで、登場人物の“気づき”の過程を視聴者に追体験してもらい、自分自身の行動を振り返るきっかけづくりができないかと考えました。
Septeni Japan 縦型動画・ドラマ領域 ショート動画開発部 合谷木麗奈氏
――安藤さんは監修者として、DEIに関するクリエイティブを扱う上で、どのようなことを意識されていますか。
安藤:私がクリエイターの方と向き合う際に最も大切にしているのは、その企画が目指す「最終的な落としどころ(トンマナ)」を、ご本人が明確にイメージできているか、という点を確認することです。もしそこが言語化できていなければ、対話を通じて一緒に見つけていくのが私の役割だと考えています。
例えば、表現の面白さや話題性といった別の目的にフォーカスが当たってしまうと、人権やDEIという本来のメッセージはうまく組み込まれていきません。制作者の皆さんが、たくさんの試行錯誤の中で魅力的な表現を見つけ出すのは素晴らしいことですが、最終的にその表現が本来の目的に沿っているか、誰かを傷つける方向に流されていないか。そこを客観的な視点で見守り、伴走することが監修者の務めだと思っています。
――安藤さんからは具体的にどのようなアドバイスがあったのでしょうか。
合谷木:例えば、会議の場面での海外ご出身の方に関するアンコンシャス・バイアスを描いた動画について、当初の構成では、動画の冒頭で「出身国の話」から会話が始まっていました。ドラマの状況を分かりやすくするための工夫だったのですが、安藤さんから「会議という場においては、まずその人の役割や業務を伝え、出身などの属性は、あくまでその後に続く副次的な情報として扱う方が自然ではないでしょうか」とご指摘いただきました。

合谷木:分かりやすさを優先するあまり、かえって不自然な印象を与え、伝えたい本質がぼやけてしまう。本来の目的を妨げる表現・構成になっていないか気をつけなければならないと、改めて学びになりました。ご指摘を受けて整理しなおしたことで、結果的に、伝えたいメッセージがまっすぐ届く構成になったと思います。
――ショートドラマ公開後は、社内でどのような反響がありましたか?
田中:社内向けに公開した3本の動画は、合計で約900回再生されました。視聴後のアンケートでは満足度が90%を超え、「自分もやってしまっているな、と振り返るきっかけになった」という声ももらっています。実際にオフィスで「あの動画のシーンって、アンコンシャス・バイアスだったんだね」という会話が聞こえ、狙いとしていた「気づき」や「対話」につながっていると実感できました。DEIを特別なテーマとしてではなく、日常のコミュニケーションと地続きのものとして捉える文化を育む上で、大きな役割を果たしてくれたと感じています。
DEI推進に「競合」はいない。自社の強みを生かし、社会を動かす力へ
――今回のセプテーニグループの挑戦は、自社の強みであるクリエイティビティをDEI推進に生かした事例だと思います。こうしたアプローチは、他の企業にとってもヒントになりそうですね。
田中:もし他社の担当者の方にお伝えできることがあるとすれば、「社内にどんなケイパビリティ(強み)があるのかを洗い出してみる」ことだと思います。私たち自身、「啓発の切り口がセミナーや研修以外になかなか見当たらない」という課題を感じていました。今回の事例が、同じように悩む担当者の皆さんにとって、「こんなカジュアルなコンテンツでも啓発の新たな切り口になるんだ」というヒントになればうれしく思います。DEI推進はどうしても担当部署だけで「伝えなければ」と頑張りがちです。でも、自社の強みを生かす視点を持つことで、どれだけ多くの仲間に参加してもらえるかが見えてきます。
今回の取り組みでは推進担当者だけでは生まれなかったアイデアや視点を得られましたし、何より「一人じゃない」という心強さを感じました。DEI推進が担当者だけのものではなく、グループ全体の取り組みとして共感が育まれていく。この感覚がとても重要だと思います。
安藤:社内のさまざまなリソースや人材を「巻き込む」ことは、DEIを「自分ごと化」する上でとても有効な方法の一つです。実は私たち電通グループでも、毎年実施している「人権スローガン」の募集企画などで、同じようなアプローチを実践しています。小さな範囲からでもあきらめずに粘り強く働きかけていく。その地道なプロセスが、組織文化を育む上で大切だと思います。
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――セプテーニグループや電通グループのような、コミュニケーションをなりわいとする企業だからこそ、社会に貢献できることがあるように感じます。
合谷木:ショートドラマでは「バズ」や「インパクト」が重視されることが多いですが、企業の社会活動や理念といった、丁寧に伝えるべきメッセージを発信する上でも、非常に有効な手段になり得ると感じました。企業と社会の新しいコミュニケーションの形を、クリエイティブを通じてこれからも模索していきたいですね。
安藤:誰でも手軽に映像を発信できる時代だからこそ、一つ一つの言葉や表現にこだわり、時間をかけて本当に届くメッセージは何かを考え抜く。そのプロセス自体が社会への誠実な向き合い方であり、私たちが提供できる価値だと思います。
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――最後に、グループの垣根を越え、どのような未来を描いていらっしゃいますか?
田中:今回改めて感じたのは、悩みを共有し、他社と助け合いながら進めることで、より大きな強みを発揮できるということです。DEI推進は「競合」という概念がない領域だと思うので、今後もさまざまな企業と情報交換をしながら、社会全体でこの輪を広げていきたいです。
安藤:多くの担当者の方が、社内での孤独感や手応えのなさに悩んでいます。そんなとき、私たちのように「先に悩んだ立場」だからこそ、対話を通じて共に考え、伴走することができます。電通グループ、そしてセプテーニグループが持つ知見を掛け合わせることで、社会全体のDEI推進を加速させる一助となれると思っています。