“Sporting Marketing” ~リテール&コマースは、“ワクワクする方のマーケティング”へ(前編)
2026年、1回目は米国ニューヨークで開催された「NRF 2026:Retail's Big Show(リテールズ・ビッグ・ショー)」。このNRFは、ポストコロナ&with AI時代のリテールパラダイムシフトを改めて認識させられる機会となりました。参加された多くの方は、注目のキーノートについて問われると、ほぼ100%、グーグル&ウォルマートと挙げることと思います。
そこで語られた話題のAgenticコマースの話は後編に譲らせていただき、今回のレポート前編はオープニングのキーノートであった「ディックス(DIK’S)」と「ファナティクス(Fanatics)」をご紹介させてください。
1月11日から13日に開催されたこのNRFについて、電通で流通小売業のBX・DX支援を行う木村仁昭が、通算3年目となるレポートを前篇と後編に分けてお送りします。
はじめに
2026年は、ミラノ・コルティナ冬季オリンピックからWBC、そして6月のFIFAワールドカップ北中米大会と、国際的な大型スポーツイベントが目白押しですが、NRFにおいてもスポーツリテーラーをday1オープニングに据えたアジェンダセッティングとなりました。以前のレポートでも取り上げましたが、2024年のMVPリテーラーにも選ばれた、創業70年を超える老舗スポーツリテーラーチェーン・ディックスのエド・スタック氏が、本年度から新たなNRFのエグゼクティブチェアマンに就任したのです。
コロナ禍でのウォール街の投資家からの懸念にも耐え、超大型の体験型旗艦店〜ハウスオブスポートをオープン。見事に成功させた彼は、リテール&コマースのパラダイムシフトを誰よりも冷静に捉え、前レポートでもその重要性をお伝えしたストア、ブランド、ピープルという3要素を今の時代に先がけて強化した人物。ディックスはスニーカーショップ「アトモス」の親会社であるスニーカー専門店チェーン「フットロッカー」を買収したことでも話題になりました。
かたや、同じスポーツリテーラーというカテゴリーでは老舗というにはまだまだ早いファナティクス。マイケル・ルービンが率いるこの企業は、創業わずか十数年でありながら、ソフトバンクグループの孫氏からの出資を受けた世界最大級のスポーツライセンス商品(アパレル・グッズ)製造・販売を行う米国企業です。MLB、NBA、NFL、NHLの4大スポーツリーグ、世界中の著名なプロスポーツチームや学生スポーツの公式グッズに至るまで、自社製造からeコマースをメインとした販売まで一貫して行う「垂直統合型」のビジネスモデルを取っています。そしてファン需要に素早く応えるアジャイルなマーケティング&マーチャンダイジングに強みがあり、WBCのグッズは実は彼らが手掛けているとお伝えすれば分かりやすいでしょうか。
「仕組みのファナティクス」と「仕掛けのディックス」
おのおのの事業内容を直近のビジネス展開と併せて整理すると、以下のようにまとめられます。
それぞれのCEOが講演の中で強調していたのは、ポストコロナ&with AIという大きな社会変化を経て一気に加速された、「リテール・コマースのパラダイムシフト」と「1ID顧客時代における、顧客との向き合い方」でした。
ファナティクスのCEOは、「Loyalty works better when it travels, if rewards move across products, you reduce churn and the cost of launching the next thing」(ロイヤルティプログラムは商品やサービスをまたいでこそ、顧客離れや新商品・サービスのローンチコストを下げる観点からも、その効果を発揮する)として、【単発取引ではなく、顧客との連続関係性構築の必要性】を説きました。またディックスのCEO は「Physical retail can still grow, but only if the store earns time, not just transactions」(フィジカル~店舗・店員を伴った~流通小売業は依然として伸びしろがある。ただし店舗が顧客との取引金額だけではなく、滞在時間も引き出せる限りにおいてである)として、【買いに行くではなく、行きたくなるお店作りの必要性】を説きました。
強調されているのは、今の時代性に合わせた自社のパーパスに忠実に、顧客をブランドへ力強く向かわせる「仕組み」と「仕掛け」です。そこに加えていずれにも通底するのは、一度構築した顧客との関係性を永続的・動的に捉えるモデルです。それらを2人の CEO の金言とともに、まとめて整理したのが以下となります。
オンライン起点のファナティクスとオフライン起点のディックス。スポーツリテーラー業態におけるこの対比は、以前のレポートでもお伝えした、GMS業態におけるアマゾン(含むホールフーズ)とウォルマートの対比を彷彿させるところがあります。
リテールメディア戦略比較: ファナティクスとディックス
さらに、今回のNRF 2026ではファナティクスとディックスの2社が、会場の内外において自社のリテールメディア戦略を説明する場に立ち合うことができましたので、お伝えさせてください。
①In Convention
Elevating retail experiences in the digital age: Building the future of in-store media(デジタル時代のリテール体験の向上:インストア・メディアの未来を築く)と題したフィーチャード・セッション。グローバルなリテール・イノベーション・エージェンシーとして、主にインストア領域におけるコンサルティング、デザイン、エンジニアリング、製造までを一貫して手がけEnd-to-Endのサービスを提供する「アウトフォーム」が、ディックスとの取り組みを紹介。従来の「商品を高く積み上げる」モデルから脱却した新旗艦店フォーマットであるハウスオブスポート。来店客の感情に直接・即時に訴えかけられる、ダイナミックな店舗環境構築の重要性を「シネマティック(映画のような)リテール」というキーワードを引き合いに出しながら説明していたのが印象的でした。
例えば、顧客が商品を手に取ると、背後のスクリーンにその商品のストーリーや技術解説が自動で表示されるLift-and-Learn(リフト&ラーン)技術。RFID×重量センサー×光学センサーの掛け合わせ技術により商品の動きをキャッチし、来店客が非対面でも納得の商品選びができる「仕掛け」であるという点において興味深いものでした。
何より、インストア・リテールメディア活用においては、コーナーというよりはゾーンくらいの“ザックリさ”を持ちながらも(それくらいで十分というPOC判断)、Relevancy(妥当性。 NRFでの頻出キーワード)にフォーカスして当該商品のブランドストーリーを強化しています。顧客の意思決定を後押しするふさわしいコンテクスト×コンテンツは何か?という掛け算を徹底追求する “シンプルさ”。これらは過度に細かい「局所最適」に陥ってしまいがちな、日本のリテールマーケティングの在り方に一石を投じるアプローチだったと感じています。
②Out Convention
Unlock the Moment That Matters Most~The Transaction Moment™(eコマースにおける最も重要な瞬間を解き放つ~トランザクションモーメント™)と題したこちらは、NRF会期中を通じて共同ビジネスネットワーキングを何度か重ねている米国発のeコマーステクノロジー企業「ロクト(Rokt)」との、会場外でのビジネスネットワークセッションの一コマ。日本でも50社以上の主要EC企業に導入されている同社は「購入完了後の瞬間」に最適化された3つのソリューションを提供しています。
「Rokt Thanks」は購入サンクスページに関連性の高い第三者のオファーを表示し、「Rokt Pay+」は決済方法選択の画面に決済サービスの広告を掲載することで、付帯収益を生み出します。「Rokt Catalog」は自社ECサイトをマーケットプレイス化し、他社商品・サービスの販売チャネルとして活用できる仕組みです。いずれもAIがリアルタイムでユーザーごとに最適な表示を判断するため、自然な形で収益機会を拡大できます。ファナティクスも「Rokt Thanks」と「Rokt Pay+」を採用し、世界中のスポーツファンへのパーソナライズ体験強化と付帯収益獲得に活用しています。
終わりに~マーケティングにおける、“カタリスト(触媒)”としてのリテールメディア
いかがだったでしょうか? 「パーパスに忠実に、ブランドへ顧客を向かわせる」とお伝えしましたが、 ファナティクスが得意とするのは、オンライン由来の企業ならではの、ファンダムに根差した顧客との連続関係性構築に強みを置いたFly Wheel(フライ・ウィール)型の仕組み。ディックスが得意とするのは、オフライン由来の企業ならではの、地元店舗~地域社会に至るまで、グラスルーツに根差した顧客の体験創造に強みを置いたClosed Loop(クローズド・ループ)型の仕掛け。誕生の背景は異なっていても両社が目指していることは、1IDを自社戦略の中心に据え、真の意味での顧客中心主義にのっとった「①:mROIの改善」と「②:LTVの向上」です。
その上で、両社それぞれにおけるリテールメディア戦略の特徴は、あくまでカスタマー・ジャーニーの中で無理にではなく自然に、もちろんカスタマー・エクスペリエンス(CX)を損なうどころか増幅させるカタリストとして機能し、「①ビジネス・ゴール×②カスタマー・バリューの達成」という“ケミストリー(化学反応)”を果たすことにある、と言えるのではないでしょうか?
後編では、リテールメディアについて会期中に行われたクローズド・セッションの内容も含めてもう少し掘り下げつつ、もちろんそれ以外の内容にも触れて、改めてNRF 2026を総括してみたいと思います。
著者

木村 仁昭
株式会社 電通
リテールマーケティング局
シニアプロデューサー
電通入社後、関西支社マーケティング局に配属、マーケティング・メディアプラン・ アカウントプランニングからプロモーション・コミュニケーション領域の企画に幅広く従事。2008年より東京本社にて、メガバンク等金融クライアント/パブリック系アカウント/大手通信キャリア担当を歴任し、2013年より国内大手流通のデジタル案件・マーケティング案件に従事したのち、現在は BX に特化した部門にて、「日本の流通小売業」の BX / DX 支援をリードするエキスパートとして講演など多数。2024年1月より現職。









