一見するとユニークな話題づくりのようにも見えるこの取り組みの背景には、忘れ物やプラスチック消費といった社会課題、そして、「電車広告の新たな可能性を発掘する」という思いがありました。名古屋鉄道(以下、名鉄)と電通名鉄コミュニケーションズ(DMC)が共同で推進する「うえむくとうわむくプロジェクト」について、企画に携わった3人に話を聞きました。
うえむくとうわむくプロジェクト クリエイティビティ×中吊り広告によって、乗客が「うえむく」きっかけをつくりながら、「気持ちがうわむく」「地域がうわむく」ことを⽬指す、名鉄とDMCの共同プロジェクト。コロナ禍で電車広告の需要が減少したことを受け、「面白い企画で中吊り広告に新しい価値を生み出せないか」という名鉄側からの相談でスタートした。2024年秋に実施した第1弾では、廃棄予定の花を中吊り広告に転⽤する「MORE FLOWER(モアフラワー)」を実施した。 |
1日300本!鉄道会社を悩ませる“ビニール傘”の忘れ物

──第1弾は花、第2弾はビニール傘がテーマになりました。「ゴーストレイン」はどのように生まれたのでしょうか。
巽:第1弾は花卉(かき)出荷量全国1位の愛知県内の課題である「フラワーロス」に着目し、大きな反響をいただきました。第2弾でも地域の課題ということで、プラスチック消費の問題にフォーカスしました。日本は海外と比べてもプラスチック消費量が多いといわれており、その中でもビニール傘は非常に象徴的な存在です。
名鉄さんにとっても、ビニール傘の忘れ物の多さは大きな課題でした。そこで、傘の置き忘れという身近なテーマから、プラスチック消費や大量消費の問題にも目を向けてもらえるのではと考えたんです。
──髙橋さんは企画をどのように感じましたか。
髙橋: 最初にデザインを見たとき、「すごくキャッチーでかわいいな」と思いました。そのうえで、ビニール傘と鉄道の忘れ物は非常に結び付きが強いテーマです。
車内で「傘を忘れないでね」と伝えることで、その場で忘れ物防止という行動につなげることもできます。非常に良い企画だと感じました。

──実際、傘の忘れ物はどの程度課題になっているのでしょうか。
髙橋:忘れ物は、遺失物法に基づき一定期間保管しなければなりません。当社では太田川駅最寄りにある忘れ物取扱所で一括管理しています。
各駅や車内で発見された忘れ物を集約し、保管する。「忘れ物をした」とお客さまから問い合わせがあれば、サポートセンターでの対応も必要です。こうした目に見えにくいコストが大きな課題になっています。
名鉄の忘れ物取扱所。多い日は1日300本ほど傘の忘れ物がある。
傘の保管期間は1カ月で、それ以外の忘れ物は3カ月です。特に梅雨や夏場のゲリラ豪雨の時期は増えます。乗車時には傘を持っていても、降りるときに晴れていると、そのまま置き忘れてしまうケースも多いですね。
ただ“面白い”だけでは終わらせない。乗客の意識に訴える仕掛け
──企画するうえで、特に意識したポイントは何でしたか。
長谷川:面白いだけで終わるのではなく、本当に忘れ物の数を減らしたいという思いがありました。
メッセージや表現の工夫だけでなく、車内のドア付近や駅の壁面なども活用しました。多面的に施策を展開することで、結果的に忘れ物防止につながれば、という狙いです。
ドア付近には降車時に必ず目に入る場所を選び、最後に呼びかける仕掛けを入れた。
名鉄名古屋駅の壁面を活用したピールオフ広告では、ステッカーを用意。自分のビニール傘に貼ることで愛着が湧き、目印にも。
巽:社会課題がテーマだと強いメッセージにもできますが、通勤・通学などで多くの人が一定時間滞在する電車内の広告として押し付けにならないよう意識しました。お化けをモチーフにしながらも、不快感や恐怖感を与えないよう、「ちょっとチャーミングなお化け」に見えることを大切にしました。
また、ちゃんとストーリーのある企画にしたかったので、本物の忘れ傘を使うことにはこだわりました。実物を使うことで、企画に説得力が生まれると思ったんです。

──これまであまり例のない取り組みです。実現までに苦労した点はありますか。
長谷川:公共交通機関なので、安全性が最優先です。硬い素材や重量のあるものは使えませんし、お客さまに当たる可能性も考えなければいけない。液体や匂いが出るものもNGです。安全性や運用面まで含めて、重量や素材など基本的なところから時間をかけて検討しました。
髙橋:名鉄としても、安全性は一番大事な部分です。企画段階からそこまで丁寧に検討していただいていたので、私たちとしても非常にありがたかったですね。
忘れ物取引所から回収したビニール傘を使った中吊り広告(上)を含め、さまざまな広告を展開した。
──試作もかなり重ねたのでしょうか。
巽:そうですね。ビニールに光が反射しないようにスプレーをどの程度吹くのか、水滴の表現を入れるか、色味をどうするかなど、かなり細かく検証しました。お化けも怖すぎると公共交通機関には向かないし、優しすぎると印象が弱くなる。色使いなどを何度も検証し、完成形に近づけていきました。

──実施後の反響はいかがでしたか。
長谷川:第1弾の反響が大きかったので、正直プレッシャーもありました。でも第2弾も負けないくらいの露出がありました。地元メディアにも多く取り上げていただき、ニュースで紹介されているのを見たときは、本当にうれしかったですね。
髙橋:「面白いね」という声が多かったです。ピールオフ広告については、「昼休みに取りに行ったらもうなくなっていた」という話も聞きました。
特に想定以上だったのはメディア取材の数です。私自身も取材を受けましたが、その後「見たよ」と声をかけてもらう機会が非常に多く、世の中への広がりは想像以上でした。
──第1弾の成功が、第2弾の展開にもつながったのでしょうか。
髙橋:名鉄には「新しいことにチャレンジしよう」という土壌ができつつあったのですが、第1弾の成功が合わさって、第2弾では中吊り広告以外の空間も使用してプロジェクトの規模を拡大することができました。
電車広告だからこそ、社会課題に向き合える
──もともと「中吊り広告の価値向上」という相談から始まったとのことですが、そこに社会課題を掛け合わせようと考えた背景について教えてください。
長谷川:今や企業にとって社会課題は切り離せないテーマになっています。名鉄さんから相談をいただいた時に、電車という空間だからこそできることを考えたいと思ったんです。
鉄道というのは非常に公共性が高い空間ですし、利用者の層も幅広い。通勤・通学の方もいれば、昼間は主婦・主夫の方や学生さんも利用されます。ある意味ではオールターゲットです。その中で何ができるかを考えた時に、やはり社会課題との接点は大きいと感じました。
さらに言うと、名鉄さんと一緒にやる以上、この地域の社会課題に少しでも貢献できることがしたいと思ったんです。

髙橋:もともと私は交通広告の仕事をしているので、電車という空間には他のメディアにはない強みがあると感じていました。
公共交通機関は本当に多くの方が利用される空間です。そのため、内容や表現については、できるだけ多くの方に受け入れていただけることを意識しています。今回の提案は、そうした空間の特性をうまく生かしていると思いましたし、自分たちが考えていた方向性とも一致していました。
また、地域の社会課題に取り組むことは、会社のブランドイメージ向上にもつながります。世の中のためにもなりますし、結果として企業価値の向上にもつながる。そういう意味でも非常に面白そうな取り組みだと感じましたね。
巽:「うえむくとうわむく」というネーミングの根底には、「このエリアの社会課題を少しでも良くしたい」という思いがありました。
第1弾は中吊り広告が中心でしたが、第2弾ではドアステッカーやピールオフ広告など、複数の接点をつくることができました。その結果、より多くの方に知っていただくことができたと思います。
広告枠から、新たな社会との接点へ
──このプロジェクトを通じて、電車広告にはどのような可能性があると感じていますか。
長谷川:実は、このプロジェクトには「中吊り広告は紙じゃなくてもいいのではないか」という裏テーマがあります。
実際にドライフラワーやビニール傘をつるすことができたわけですから、極端な話、企業の商品をつるすことだってできるかもしれない。そう考えると、中吊り広告や車内空間そのものを、もっと新しいメディアとして活用できる可能性があります。
髙橋:電車は不特定多数の方が利用しますし、今回のような企画には強い視認性があります。また、空間づくりという観点でも幅広い可能性があります。何か一つアイデアを加えるだけで、車内全体の印象や体験が大きく変わることがある。それは交通広告ならではの魅力だと思います。
巽:個人的には、季節の変化を一番感じるのは通勤や通学の時間ではないかと思っています。毎日繰り返す移動の中で、人はいろいろなことを感じています。
そういうタイミングと商品やサービス、社会的なテーマがうまく重なると、新しい価値が生まれる可能性がある。一つの空間に一定時間いるという体験は意外と貴重です。だからこそ、少し変わったことや面白いことを仕掛ける価値があると思います。
長谷川:もう一つのテーマは、交通広告そのものを、改めて面白い媒体として認識してもらうことです。今回の取り組みをきっかけに、「交通広告って面白い」「こんな使い方があるんだ」と企業の皆さんにも思っていただけたらうれしいですね。

クリエイティビティで社会課題を解決する、その先へ
──最後に、「うえむくとうわむくプロジェクト」の今後についてお聞かせください。
長谷川:次は、髙橋さんをはじめ名鉄さんのメンバーとアイデア出しの段階から一緒にできればと思っています。私たちが気づいていない新しいアイデアが出てくるかもしれません。
髙橋:今回は1編成と名鉄名古屋駅での展開でしたが、今後は2編成、3編成と広げたり、他の駅でも展開したりといった可能性もあると思います。規模が大きくなれば、それだけインパクトも大きくなります。電車広告や駅広告の価値向上にもつながりますし、交通広告全体への注目にもつながると思っています。
巽:この地域にある文化や伝統などを広く知ってもらうテーマも面白いのではないかと思っています。社会課題に限らず、「名鉄だからできること」という視点も取り入れ、将来的には、「名鉄は面白いことをやっているよね」「名鉄に乗ること自体が価値だよね」と思っていただけるような体験づくりにもつなげていけたらうれしいですね。デジタル化が進む今だからこそ、逆にチャンスがあるような気がしています。
長谷川:仕事を続けていると、どうしても当たり前の表現や当たり前のやり方になってしまいがちですが、この仕事を通じて改めて感じたのは、人は新しいものや見たことのないものに反応するということです。常に新鮮な表現や施策を世の中に届けていかなければいけないと、思い出させてくれたプロジェクトでした。
