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視覚障害者の見え方は、一人一人異なっています。しかし見え方を言葉で説明することは難しく、それゆえに視覚障害者と視覚障害のない方との間でコミュニケーションの齟齬(そご)が起こることもあります。

こうした課題を解決するために生まれたのが、視覚障害の検査データをもとに、見え方を再現するツール「VISIONGRAM」です。ドットの大小や密度によって見え方を表現したビジュアルフィルターを作成し、スマートフォンやパソコンで簡単に体験・共有することができます。

病院や大学の研究機関や盲学校などさまざまな場所で活用され、今後もさらなる広がりが期待される「VISIONGRAM」について、本プロジェクトのリーダーであるクリエイティブディレクターの志村和広氏に聞きました。

視覚障害者にはどう見えている? その疑問が開発の出発点に

――そもそも「VISIONGRAM」とは、どのようなものでしょうか。

志村:「VISIONGRAM」は、視覚障害がある方の見え方を再現・共有可能にするインクルーシブツールです。視覚障害のある方の検査データをウェブサイト上で入力し、一人一人の異なる見え方をドットの大小や密度で再現した独自のビジュアルフィルターを生成します。スマートフォンやPCのカメラを通じて、視覚障害のある方の見え方を、誰もが簡単にブラウザ上で体験することができます。また、再現したフィルターのデータをQRコードなどで共有することもでき、視覚障害のある方も、自身の見え方を他の人に、より簡単に伝えることができるようになります。

――「VISIONGRAM」が開発されることになった経緯を教えてください。

志村:私は、視覚障害がある方のスポーツ観戦をサポートするリアルタイムスポーツ実況生成AI「Voice Watch」のプロジェクトに携わっていて、当事者の皆さんと3年ほど一緒に仕事をしてきました。(「Voice Watch」の記事はこちら)

その中で何度も疑問に思ったのが「視覚障害がある方々にはどんなふうに見えているのか」ということです。例えば、スポーツ大会の会場に向かう道中で「FM福岡」の看板がバスの車窓から見えた時に、視覚障害がある方が「あ、FM福岡だ」とおっしゃったことがあったんです。ほかにも、「待ち合わせていた時に手を振ったら、振り返してくれた」という話をチームメンバーから聞いたこともありました。こうした経験から、視覚障害がある方の実際の見え方と、われわれが想像している見え方はちょっと違うのではないかと思うようになりました。

また同時期に別の仕事で視覚障害があるパラアスリートに取材をする機会がありました。その際にインタビューがどうもかみ合っていないように思えて、それは選手の見え方をきちんと理解していないからだと途中で気が付きました。そこで、インタビューを中断して選手の「見え方」について徹底的に、丁寧に説明してもらったんです。すると、再開した後のインタビューではコミュニケーションがとても円滑になり、取材も盛り上がりました。

そもそも自分がどう見えているのかを言葉で説明するのは難しく、自分以外の見え方がわからないためさらに困難です。また、障害者の周りの人も「どう見えているの?」と聞きづらい雰囲気があるように思います。そこで、自身の視覚障害の見え方を共有できるような新しい方法があれば、障害のある方とない方はよりわかり合えるようになるのではと考えたんです。こうして「VISIONGRAM」のプロジェクトがスタートしました。

 

こだわったのは、「誰もが手軽に使えるツールであること」

――「VISIONGRAM」はどのような流れで制作されたのでしょうか。また視覚障害がある方の見え方をどのように表現しているのか教えてください。

志村:どうすれば見え方を再現できるか模索する中で着目したのが、視覚にまつわる検査データでした。これまで視力、視野、色覚といった視覚障害のデータはバラバラに扱われていましたが、これらをうまく統合して活用することで再現できないかと考えたんです。

そこで、元々電通と付き合いのあった日本視覚障害者柔道連盟にご協力いただき、彼らが国際大会への提出用に持っていた、日本代表選手団の豊富な検査データを提供していただきました。また、同連盟のチームドクターの方にも医学的な監修をお願いし、パラアスリートのデータを活用して、テクノロジーの力で見え方を再現することに取り組みました。

結果的に、画像や映像の最小単位「ドット」をモチーフにして、ドットの数・密度・色の違いで、一人一人異なる視覚障害の視力、視野、色覚を表現することに成功しました。さまざまな方々の協力を得られたおかげで、約1年で完成させることができました。

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日本代表選手の「VISIONGRAM」の一例。スマートフォン等でQRコードを読み取ると、各選手のVISIONGRAMをご体験いただけます。

――制作にあたり、特にこだわったところを教えてください。

志村:こだわったのは、誰もが使えるツールにすること。「VISIONGRAM」はスマートフォンを使って、ブラウザ上で簡単に体験することができ、フィルターをかけた写真や映像を、QRコードやURLで簡単にシェアすることも可能です。開発に何年もかかるような高額なシミュレーションデバイスではなく、誰でも簡単に、いつでも使えるツールを開発したいという思いがあったので、多くの人が持っているスマートフォン上で体験できる手軽さや共有のしやすさには徹底的にこだわりました。

また、視覚障害の当事者や、専門家である眼科医と一緒に作ったところも大事なポイントです。当事者であるパラアスリートの方々にご協力いただけたおかげで、ピュアな視点や率直な意見をいただくことができました。そして眼科医の方にはリアルタイムでツールの監修をしてもらえたことで、スピード感をもって完成まで進められたと思います。

一人一人異なる見え方を再現したビジュアルフィルターのイメージ

 

病院、研究機関、盲学校など、全国に利用が拡大中

――「VISIONGRAM」は、視覚障害者柔道の国際大会「IBSA柔道グランプリ大会 東京2023」で日本代表選手団の公式ツールとして採用され、そのタイミングでローンチとなりました。どのような反響がありましたか?

志村:「IBSA柔道グランプリ大会 東京2023」では、日本代表の選手たちが「VISIONGRAM」を活用した名刺を作って自身の見え方を発信したり、大会の会場では、選手の見え方を体験できるブースを設置したりしました。ブースにはパラアスリートたちも訪れ、盛り上がっていましたね。また障害のない観客の方々も「選手はこんな見え方で戦っているんだ」とイメージできることで、試合観戦や応援の仕方にも変化があったのではと思います。

ローンチ後、さまざまなところから「『VISIONGRAM』を使いたい」と相談をいただくようになり、ローンチから数カ月後に、誰でも自分の「VISIONGRAM」を作成できるシステムの一般公開をスタートしました。利用申請をすることで誰でも作成できるようになり、現在、140以上の機関から申請をいただいています。特に多いのが大学の医学部や眼科医、盲学校など。中でも盲学校は全国の3分の1以上の学校から申請があり、驚きました。

――現在は、具体的にどのような場面で活用されているのでしょうか。

志村:例えば教育領域では、盲学校で、親子で「VISIONGRAM」を作成してもらう体験授業を実施しました。ある授業では、視覚障害のある生徒の親御さんが「こういうふうに見えていたの!」と叫ばれるくらい驚いていて、家族であってもどのように見えているかは意外とわかっていないものなんだと、あらためて気付かされました。また小学校で、視覚障害の見え方を体験してもらう授業を実施したこともあります。

そのほかにも、病院で、医師が患者やその家族に見え方を説明する時に活用していただいています。検査データは難解なため、一般の方にとってそこから見え方をイメージすることは困難でした。「VISIONGRAM」を活用して見え方をわかりやすく可視化することで、患者やその家族とのコミュニケーションもより円滑になるのではと思います。

 

――反響を受けての新たな気付きや、今後の展望を教えてください。

志村:盲学校での活用や、就労支援に活用できることは、プロジェクトを通じて得た大きな気づきでした。盲学校の先生には視覚障害の検査データを読めない方もいらっしゃるそうなのですが、「生徒たちがどのように見えているのかわからないまま教えていたので、『VISIONGRAM』を活用することで教育の仕方を変えることができる」というお言葉をいただきました。また「生徒が自分の見え方を企業側に説明できることで、適切な就労の機会にもつながる」という声もあり、世の中にアイデアを出すと自分が想像していなかった形で役に立ったり課題解決につながったりすることもあるんだなと実感しました。

また今年9月には、全国の眼科医や視能訓練士などが参加する「日本ロービジョン学会」で、全国の眼科医や視能訓練士などが参加する学会で講演を行いました。医療関係者はもちろん、障害者支援に取り組むNPOや医療機器メーカーなど、たくさんの専門家の方に興味を持っていただき、「VISIONGRAM」の新規性や今後の可能性に大きな手応えを感じる機会となりました。

現在は、企業と一緒に次なる「VISIONGRAM」の検討や開発を試行錯誤しているところです。さらに多くの人々に広めていけるよう、今後もプロジェクトを続けていきます。

 

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著者

志村 和広

志村 和広

株式会社電通

第4CRプランニング局/Future Creative Center

グループ・クリエイティブ・ディレクター

東京大学・大学院ではバイオテクノロジーを専攻。現在は、クリエイティブの領域拡張を目指し、ブランドコミュニケーションのみならず、サービス&プロダクト開発、体験デザイン、社会課題解決などに取り組む。Cannes Lions、One Show、 Clio Awards、D&AD、ADFEST、Spikes Asia、London International Awards、New York Festival、ACC賞、グッドデザイン賞など国内外受賞多数。カンヌライオンズをはじめとして、世界各国で講演や審査も。また、近年は、マグロの世界カンファレンスにも登壇している。

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