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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.11

「理論を超えた実践」とは?

2014/04/25

はじめまして。DMCラボ書評四番手、白石正信と申します。大阪でクリエーティブ、京都で営業、東京で営業と13年目になりました。人生はやや難破気味ですが、次々と新しい波が沸き起こるマーケティング・コミュニケーションの海で、流されるままになることのないよう、皆さんと一緒にこれからの広告を考え、航路をとって進んでいきたく思います。

と、言いながら、今回ご紹介する石井淳蔵著『寄り添う力』(碩学舎ビジネス双書)はこの連載で今まで紹介してきたような「最先端のマーケティング理論やプランニング方法論、クリエーティブ論」に関するものではありません。著者が2〜3年にわたって書いてきたエッセイが元になっており、サブタイトルに「プラグマティズム」とあるように、ベースに「理論を超えた実践優位」の視点があります。

 

「実践は、現実の壁を乗り越え、理論を克服する」というのは、(中略)プラグマティズムの大事な主張点であり、本書が伝えたい一番のメッセージです。(P286)

 

ですので、今回は少し頭の中の「理論」は置いておいて、本書によって私たち現場の人間にとって大切な「実践」という足元を見直してみたいと思います。

さて、本書において「理論を超えた実践」を行うために必要なものとして示されるのが、タイトルにもなっている「寄り添う力」です。「臨床(=現場)で創造的観察を行い、そこからインサイトを得る力」のことを著者は「寄り添う力」と呼んでいます。

本書でその事例として紹介されているのが、医薬品会社エーザイです。エーザイでは、定款に「患者様と喜怒哀楽を共にする」とあり、社員は仕事に費やす時間の1%を患者に寄り添うことに充てています。仕事・業務の一環として、患者と過ごし、患者がなにに喜び、なにに怒り、なにを哀しみ、なにを楽しく思うのかを、感じ取ることを課題にしているのです。そのように患者の生活に寄り添うことで、製品開発において新たな視点が生まれるのですが、エーザイでは、この取り組みを具体的な業務の中に落とし込み、500を超えるテーマを持つプロジェクトとして組織で共有しています。

私たちもある商品やサービスに関する生活者のインサイトを探る、ということが仕事の大きな部分を占めており、そういう意味では「寄り添う力」は必須の能力といえます。一方でそこで得られた知見(もちろん、守秘義務にかかる話でなく、もっとベーシックな社会や時代、人間に共通したものに限りますが)が組織で共有されているかというと、まだまだ不十分であり、できることはありそうな気がします。

例えば、私たちのラボでは定期的に集まり情報交換を行っていますが、普段の業務とはまったく別の軸によって集まった人たちから、それぞれが現場で対象(クライアント、生活者、メディアなど)に寄り添うことで得られたナマの声を聞くことが何よりの刺激になりますし、そこから新しいプロジェクトが生まれることもあります。このような取り組みはラボに限らず、他のさまざまな形態でも実施されているかと思いますが、まだまだ広げていく余地はあるのではないでしょうか。

また、本書では「(対象に)寄り添う」ことから更に踏み込んだ段階である「(対象への)棲み込み」についても言及しています。

この方法は「人には、それとはわからない(暗黙の)知る力が潜んでいる」と言ったマイケル・ポランニーが提唱したものです。彼は人間が他人の顔を認識する仕組みから「近位項」と「遠隔項」という概念を思いつきます。

 

人は、人の顔を認識するとき、各部分(近位項)の特徴を手がかりとして、全体(遠隔項)をそれぞれとして認識します。顔の各部分を無視して、全体としての顔を認識できるわけではありません。しかし、ひとたび遠隔項であるその顔全体をそれとして認識したとき(その人と別の人の顔を見分けることができるようになったとき)、近位項である各部分の特徴についての認識は危うくなります。(P139)

 

この話、教科書的古典『アイデアのつくり方』(ジェームス・W・ヤング)でうたわれているアイデアを得るためのプロセスと非常によく似ていると感じました。本書の中でも続けて以下のように述べられています。

 

私たちは、認識のプロセスがわからなくとも、認識することができるのです。これがポランニーの言う「暗黙の裡に知ってしまう知の働き」です。
マックス・プランクが量子論を、アルベルト・アインシュタインが相対性理論を確信したのは、その確信を担保する証拠が山のようにあったからではありません。また、ヤマト運輸の小倉昌男社長(当時)が宅配便のビジネスモデルに思い至ったのも、ニューヨーク、マンハッタンの四つ辻でUPSのクルマが4台駐車しているのを見て、天啓のように閃いたのです。その閃きが、実現可能かどうかについての分析や計算は、その後行われることになります。逆ではありません。つまり、分析を積み重ねてビジネスモデルが作成されたわけではないのです。(P139-140)

 

分析を重ねてもたどり着くことができず、プロセスが分からないとすると「暗黙の知の働き」=「アイデアの閃き」を意識的に得ることはできないのでしょうか。そこで、ポランニーが強調するのが「対象に棲み込む」という方法です。眼前にある手がかり(=近位項)から、意味ある全体(=遠隔項)への回路を開くには、その対象に棲み込むことが肝要だ、というのです。前述の「寄り添う」が対象を観察することだとすると、「棲み込む」はさらに一段階進んで、対象になりきる、ということのようです。対象が人だとすると、その気持ちになりきる。対象が理論だとすると、その理論を使いこなし、可能性をあれこれと探ってみる。著者は「まず『寄り添い』の行為があり、それを通じて、相手と深い交流が生じて、一体化するような段階が『棲み込み』」である、と定義しています。

現場に寄り添うことでインサイトを得て、対象に棲み込むことでアイデアを得る。これらが本書が提唱する「理論を超えた実践」のひとつの形です。皆さんも日々の業務の中で当たり前のように行っていることかと思いますが、個人的に、本書で改めて言語化されることで、より強く意識し直し、足元のスタンスを見直すことができました。

       【電通モダンコミュニケーションラボ】