ワカモンのすべてNo.18
川窪慎太郎×奈木れい:後編
「いつか、誰にでも、“ネジを巻く瞬間”は訪れる」
2014/07/02
前回に続き、講談社で『進撃の巨人』のチーフ編集者を務める川窪慎太郎さんとワカモンのメンバーである奈木研究員が、漫画から読み解く世代差について、働くことについて語り合いました。
一人で極みを目指す“ドラゴンボール”世代か、仲間で目指す“ワンピース”世代か
奈木:ワカモンでよく話題にのぼるのが、講談社の漫画ではないですが、一人でどんどん強くなって高みを目指す“ドラゴンボール”世代か、全員にそれぞれの良さや能力があり、みんなで力を合わせて上を目指していく“ワンピース”世代か。前回も“I”から“WE”へ、という話をしましたが、若者世代は“みんなで”志向が強いです。世代間の差が、そのまま働き方にも表れているような気がするのですが、川窪さんはいかがですか?
川窪:僕自身は完全なる“ドラゴンボール”世代です。素直に「出世したい、上を目指したい」と思っていますし、ワガママなところもありますから。でも、仕事上はそういう面をなるべく出さないように、仮の姿を演じているところもありますね。
奈木:なるほど、仕事のスタンスとしては時流を読んだやり方をしていると。
川窪:それこそまさに諫山さんに学んだといいますか、諫山さんを見習うところが大きくて。諫山さんは僕の意見に耳を傾けてくれると言いましたが、それは僕に限ったことではなく、誰にでもそうなんです。他の編集部や宣伝部、販売部に対してもそうですし、社外からもインタビューなどのお話をたくさんいただきますが、どんなにささいなことでも彼はあたたかく迎え入れます。面白くなる可能性があるなら聞いてみたい、必要とされているなら期待に応えたい、という思いを持っている人です。ですから、何でもひとまず受容して、「今回は難しい」と思えば丁重にお断りさせてもらう。『進撃の巨人』は、本当にいろいろな方のおかげでここまで育ってきました。もちろん諫山さんが作る作品の面白さが大前提にあるのですが、そういう諫山さんの姿勢によって、みんなの中に「この人をもっとメジャーにさせたい」という思いが生まれ、『進撃の巨人』がここまで大きくなったんじゃないかとも思います。
奈木:川窪さんはご自身のことを“ドラゴンボール”世代とおっしゃっていましたが、早くから進撃をみんなのものとして認識されていらっしゃることや、諫山さんとのやり取りのされ方など、“ワンピース”世代的な感覚も持ち合わせている。それは諫山さんの影響もあったのですね。
編集者は作品の作り手か? 売り手か?
奈木:『進撃の巨人』は多方面で多面的な展開をされていますが、川窪さんがメーンでプロジェクトを進めていらっしゃるんですか?
川窪:そうですね。先日、諫山さんからも「川窪さんは多角展開が好きですよね。どのように宣伝を思いつくんですか?」と聞かれました。確かに僕は好きでやっているのですが、サラリーマンとして当然のことという思いもあって。その背景には、入社1年目に、当時の指導社員に「川窪の給料はいくらで、給料以外にもかかる経費はいくらだ。その分は自分で稼がないと恥ずかしいよ」という話をされたのが大きかったですね。単行本が1冊売れたら講談社の利益はどのくらいになるのか、自分にかかる経費を稼ぐには何冊売ればよいのかを考えるようになりました。
奈木:編集者は、作家と同じ側に立つ作り手というイメージもありますが、川窪さんは編集者は売り手であると捉えていらっしゃるんですね。
川窪:編集者ってクリエーターや作り手と思っている人もいるのですが、「編集者はサラリーマンである」と教育されましたから。それから、『バガボンド』や『宇宙兄弟』などを担当し、2012年に講談社から独立して「コルク」を立ち上げた佐渡島庸平さんの影響もあります。それこそ“編集者は作り手”という文化が比較的強かった時代から、佐渡島さんは漫画をプロデュースするプロデューサー的編集者として活躍していました。そんな佐渡島さんが講談社を辞める前に、「漫画もひとつの商品なのだから、売り方を考えないとだめだよ」と言ったのが印象に残っていて。僕の実家も商売をしていましたし、大学も経済学部だったので、どうしたらモノが売れるのかを考えるのは好きなんです。漫画を作るのは作家さんであり、僕にはできないので、どうやって漫画を売るか。それが自分の職分だと感じています。
奈木:4月の川崎でのプロジェクションマッピングも1万人以上を動員したと伺いましたし、コンビニとのタイアップや電車の中吊りなども含め、街のあちこちで『進撃の巨人』を目にします。今年の冬には「進撃の巨人展」を行われるなど、今後もいろいろな展開が広がることと思いますが、『進撃の巨人』をどのように育てていきたいと考えていらっしゃいますか?
川窪:まずは、諫山さんが満足できる作品にしたいという気持ちが一番大きいですね。諫山さんの漫画家人生はまだまだこれからですから、今後に有益になるような、次のステップにつながるような締めくくりができるようにサポートしたい。個人的には、“かっこいい作品”として残したいと思っていて、この5年、10年だけで終わるようなものではなく、たとえ連載が終わったとしても、100年語り継がれる作品になっていったらうれしいです。
社会人1年目の終わりに訪れた、“ネジを巻く瞬間”
奈木:川窪さんは30代前半ですので、新入社員の方たちはひとまわり下の世代になりますよね。今、ノマドのような働き方が注目され、将来はひとつの会社にとどまるのではなく、同時に2、3の会社に所属するような働き方があるかもしれないとも言われています。これから若者はどのような働き方をしていくと思いますか?
川窪:若手社員に話を聞くと、出世することに強いこだわりがなかったり、大ヒットというよりも、「恥ずかしくない程度にヒット作を出したい」と目標が控えめだったりしますね。あまり上昇志向はないのかもしれません。
奈木:そう考える若者が増えていったとしたら、コンテンツの在り方は今後変わる可能性があるのでしょうか? 若者たちと話をしていると、私自身とそんなに変わらないのかなと思ったりもするんですが、漫画などのコンテンツって、携わった人の感性とか育ち方、考え方で変化するものだとも思っていまして。
川窪:どうでしょうかね。「俺の若い頃は」という言葉は意味がないので、自分の中では使わないようにしているのですが、あえて自分を振り返ると、僕も1年目はとんでもない社員だったと思います。毎年6月に、部長と面談するコミュニケーション制度があるのですが、当時の部長(編集長)に「何か言っておきたいことはある?」と聞かれて、「僕、仕事をプライベートより優先させる気はないので、よろしくお願いします」と答えていたんですよ(笑)。当時は真剣にそう思っていましたが、人は変わりますからね。
奈木:プライベートを優先するという若き川窪さんのスタンスは、その後どのように変わっていったのですか?
川窪:同期が優秀で、仕事も一生懸命頑張っていて、1年目にもかかわらずきちんと結果を残していたんですよね。僕は「このままではダメだ、お荷物だ」とも感じていて、1年目の終わりにその同期を含めて3人で飲んでいた時に、僕が上を見上げながら「そろそろネジ巻かないとな~」って言ったらしいんです(笑)。その日が、僕が変わった日なんです。世代差ももちろんあると思いますし、関係しているとは思いますが、まわりの環境や教育に触れて変わっていく時期がくるのだと考えています。下の世代に何か不満があったとしても、自分たちの世代が魅力的ならば、下の世代も「あの世代のようになりたい」と思ってくれるでしょうし、そうありたいと思っています。もちろん、必ずしも変わらなくてはいけないわけではないですが。
奈木:「さとり世代」とか、いろいろ世代差ありきで話してしまうことも多いですが、誰にでも変わる時が来るのではないかということですね。これだけのヒット作を手掛けられている川窪さんご自身の「変われた」瞬間をお聞きできたのもうれしかったです。ありがとうございました。
【ワカモンプロフィール】
電通若者研究部(通称:ワカモン)は、高校生・大学生を中心にした若者のリアルな実態・マインドと 向き合い、彼らの“今”から、半歩先の未来を明るく活性化するヒントを探るプランニングチームです。彼らのインサイトからこれからの未来を予見し、若者と 社会がよりよい関係を築けるような新ビジネスを実現しています。現在プロジェクトメンバーは、東京本社・関西支社・中部支社に計14名所属しています。ワカモンFacebookページでも情報発信中(https://www.facebook.com/wakamon.dentsu)。