「フラット・マネジメント」~これからのリーダーに必要なマネジメント思考とは?No.8
障害のある人も、ない人も心地よく過ごせる。ダイバーシティ組織に必要な「公平」の視点
2024/04/26
「若者から未来をデザインする」をビジョンに掲げ、新しい価値観の兆しを探るプランニング&クリエーティブユニット、電通若者研究部「ワカモン」(以下、ワカモン)は、これからのリーダーに必要なマネジメント思考について研究しています。
その活動から導き出されたのが「フラット・マネジメント」という概念。リーダーがトップダウンで意見を押しつけるのではなく、部下やチームメンバーをリスペクトし、対等な水平目線で向き合うことで「心地いいチーム」をつくりだす、という発想です。
2023年7月には、書籍「フラット・マネジメント『心地いいチーム』をつくるリーダーの7つの思考」(エムディエヌコーポレーション)を発刊しました。
本連載では、「フラット・マネジメント」を実践している著名人に話を伺ってきました。今回のゲストは、認定NPO法人スローレーベルの芸術監督を務める栗栖良依氏です。
スローレーベルでは、サーカス技術の習得を通じて協調性・問題解決能力・自尊心・コミュニケーション力を総合的に育み、貧困・障害などの社会問題の解決につなげる「SLOW CIRCUS」や、公募で集まったすべてのプレーヤーで「第九」を合奏する「Earth∞Pieces(アースピースィーズ)」などの活動を展開し、多様性のある調和のとれた社会の実現を目指しています。
DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)を推進する栗栖氏が大切にしている考え方や、多様な人とフラットな関係性を築くために必要な視点などについて、ワカモンの奈木れい氏が話を聞きました。
ダイバーシティの実践を阻む壁を乗り越え、真にフラットな関係が生まれるコミュニティを追求
奈木:コロナ禍をきっかけに働き方や働く意味の多様化が進んだことで、もしかするとこれまでは十分に尊重されていなかったかもしれない多様なバックグラウンドが、少しずつ尊重される社会に変わりつつあると感じています。そのような時代だからこそ、チームをマネジメントする立場のリーダーには、一人一人の多様性と向き合いながらチームをより良い方向に導いていく力が求められます。
年齢、性別、国籍、障害の有無などを超えたチームでプロジェクトを推進するスローレーベルの活動は、まさにフラット・マネジメントの本質と共鳴する部分があるのではないかと思っています。改めて、栗栖さんのこれまでの取り組みと、今注力しているテーマについて教えてください。
栗栖:私は「日常における非日常」をテーマに掲げ、過疎化地域を旅しながら、それぞれのコミュニティが抱える分断や対立の課題と向き合うソーシャルエンターテインメント作品をつくっていました。2010年に骨肉腫を患ったことがきっかけで右下肢機能を全廃し、そこからは、障害がある人とない人がお互いを尊重しながら面白い表現を追求する創作活動に取り組んでいます。
その活動の大きな節目となったのが、東京2020パラリンピック閉会式です。私はステージアドバイザーとして、コンセプト・企画・演出・振り付け・キャスティング・運営・制作・コメンタリーガイドをアクセシビリティの観点から総合的に監修し、ダイバーシティの価値の普及と実践に取り組んできました。
しかし、パラリンピック以後のエンターテインメントの世界、すなわち、障害のない人がマジョリティを占める世界でダイバーシティが実践できているかというと、やはりそこにはまだ大きな壁が存在すると思っています。今は、その壁をどう乗り越えてフラットなコミュニティを築いていくのかという、新たなチャレンジに取り組んでいます。
「公平」という考え方が、持続的なダイバーシティ実現には欠かせない
奈木:数年前に栗栖さんのワークショップに参加し、そのフラットなアプローチに感動したことを覚えています。障害のある人とない人がチームを組んで課題に取り組むプログラムだったのですが、相手の障害の有無や、どんな障害があるのかは一切明かされません。そうすると、相手に障害があるかどうかは関係なく、どうすれば円滑にコミュニケーションがとれるかをフラットに考えるようになるんです。職場でも、コミュニケーションがうまくいくとき、いかないときがありますよね。つまり、コミュニケーションの難易度に障害の有無は関係ないのだと、そんなことに気付かされるワークショップでした。
栗栖:まさに、最近立ち上げた「Earth∞Pieces」という参画型音楽プロジェクトも同様のアプローチをとっています。これは、音楽監督に蓮沼執太氏を迎え、公募で集まったすべてのプレーヤーがベートーベンの「喜びの歌(第九)」を合奏するプログラム。公募のプロセス自体が非常にフラットで、スカラシップの応募枠と一般プレーヤーの応募枠を設けているのですが、障害の有無では分けていません。障害がなくても経済的事情で参加費を払うことが難しい方はスカラシップに応募できますし、障害のある方が一般プレーヤー枠に応募することもできます。また、1日完結型のプロジェクトなので、事前にリモートで顔合わせをしたのですが、画面上だと障害の有無は本人が言わない限り分からないんです。その画面を見たときに、初めて本質的にフラットな状態をつくれたと思いました。
奈木:素晴らしいですね。大前提として、障害だけでなく経済的事情も含めてあらゆる人のアクセシビリティに配慮していると思うのですが、そこからさらに一歩踏み込んで、障害の有無も意識させないフラットな関係性をつくるというチャレンジですよね。
栗栖:「Earth∞Pieces」を構想しているときに、すごく考えていたのが「公平」という言葉なんです。例えば、障害のある人を起点につくるプログラムやパフォーマンスは、果たして「公平」なのか?もちろん、ダイバーシティの普及・実践というコンセプトとしては間違っていないけれど、障害のない人がマジョリティの世界でそれをやり続けられるのかというと、持続可能性の面で課題があります。それに、ダイバーシティに限らず配慮すべきことが増えている今の世の中では、健常者の中にもストレスや生きづらさを感じている人が多くいます。あらゆる人が公平にウェルビーイングを実現できることが、改めて重要だなと思って。
奈木:分かります。フラット・マネジメントでも、そのようなバランス感覚や公平な視点を持つことを重要視しています。
栗栖:「Earth∞Pieces」ではプロジェクトのビジョンに共感した企業・団体の参加も募っているのですが、主に人事部門やDEI推進部門の方々が興味を持ってくださっています。その理由を聞くと、この活動に参加することで社員の自己肯定感やウェルビーイングを高めたい、というものでした。障害者への理解を深めるという視点に寄りすぎず、社員のメンタルケアを目的に参加していただけることが、公平性という意味ですごくいいなと思いました。
キツすぎず、緩すぎない負荷のコントロールが、成長や気づきにつながる
奈木:もう一つ、お聞きしたいのが、コミュニケーションについてです。リモートワークにはさまざまなメリットがある一方で、個人的には、コミュニケーション能力を鍛えることが難しいと感じています。コミュニケーションをとる機会が減っていますし、気軽に声をかけることにハードルを感じている人もいます。そんなに急いでいるならメールじゃなくて電話したほうが早くない?と思うこともあったり(笑)。
栗栖:まさしく、コミュニケーション能力の向上は、私たちのプログラムで重視しているポイントの一つです。「Earth∞Pieces」は楽器を演奏するのが難しい人も、音を出すというシンプルな行為で参加できるようにしているので、参加ハードルが低いぶん、本当に多種多様な人が集まります。でも、たった1日で「第九」を仕上げるというミッションがあるので、短時間でコミュニケーションをしっかりとって協力し合わなければなりません。
当初は、事前のリハーサルもなく1日で完成させなければならないことに対するプレッシャーを懸念する声もありました。でも、完璧な演奏を目指すことが目的ではないですし、一期一会だからこそさらけ出せる本音や自分らしさもあると思うんです。
奈木:何カ月もかけて練習するわけではないので、参加のハードルは低いけれど、1日で完成させるという程よい負荷もある。負荷をかけすぎるのは良くないけれど、全くストレスを感じない環境だと、成長も気づきも得られないと思うんです。
栗栖:はい、そのバランスはコントロールしているつもりです。それから、蓮沼さんが音楽監督を務めていることも大きいですね。公園にボトルを並べてそこを人が自由に回遊したり並べ替えたりする行為を作曲的な行為として捉えるような、音楽の型を自由にデザインできる方です。パラ楽団の指揮経験もあり、多様な人が集まって1日で楽曲を完成させるという難題にもチャレンジできるのだと思います。
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マイノリティのための施策ではなく、一人一人のウェルビーイングを追求すべき
奈木:栗栖さんは企業の経営層やマネジメント層と関わる機会も多いと思いますが、フラットさや公平性という視点で企業にアドバイスできることはありますか?
栗栖:近年は、自社のDEI活動を担う部署やサステナビリティを推進する部署、社員のメンタルヘルス改善に取り組む部署などを設置する企業が増えていますが、縦割りで別々に活動しているケースも少なくありません。でも、本質的にはすべてがつながっている話なので、連携して取り組んだほうがより本質的な課題解決につながるのではないかと思います。
そして、多様な人が気持ちよく働ける環境というのは、マイノリティだけではなくマジョリティも含めて気持ちよく働けることが重要なので、マイノリティのための施策ではなく、一人一人のウェルビーイングを追求することを目的とした対策本部をつくるといいのかなと思います。
奈木:そうですね。たとえば、DEI推進でも、研修を受けるだけで終わるのではなく、実際に多様な人がいる環境の中で公平性を実践したり、コミュニケーション能力を鍛える機会をつくることが重要ですよね。
栗栖:やっぱり、座学や本だけで本質を理解するのは難しいですからね。同質ではない多様な人がいるリアルな場で、本気で相手と向き合うからこそ、得られるものがあると思います。
奈木:相手を想像することや、一人一人に合わせたコミュニケーションをとることなど、フラット・マネジメントの根幹にも通じる考え方を教えていただき、改めて頭の中が整理できました。本日は貴重なお話をありがとうございました!