ワカモンのすべてNo.17
川窪慎太郎×奈木れい:前編
「『進撃の巨人』がソーシャル漫画となった理由」
2014/06/25
単行本累計発行部数は3600万部を突破し、社会現象と化している漫画『進撃の巨人』。今回は、『進撃の巨人』のチーフ編集者を務める講談社の川窪慎太郎さんとワカモンのメンバーである奈木研究員が、『進撃の巨人』のヒットから見る若者とコンテンツの相関関係などについて話し合いました。
全ては、1本の電話から始まった
奈木:まず、川窪さん、漫画はお好きですか?
川窪:小学生の頃から漫画が大好きで、出版社の社員としては言いづらいのですが、当時は立ち読みばかりしていました(笑)。学校まで電車で通っていたので、最寄り駅から家の途中にあるコンビニに立ち寄って、夜になっても帰ってこないと親がコンビニまで迎えに来たりしました。
奈木:漫画少年だったのですね! 講談社を目指されたのも、漫画に関わりたいと思っていらっしゃったからですか?
川窪:はい。漫画も小説も好きでしたので、講談社に入社した時はどちらかに決まればいいなと。配属希望は漫画の編集部にしていましたね。
奈木:現在は『進撃の巨人』のチーフ編集者でいらっしゃいますが、作者の諫山創さんとはどのようにして出会ったんですか?
川窪:2006年の8月に、諫山さんが『進撃の巨人』という読み切り漫画を持ってきてくれたんです。うちの部署は持ち込み電話に出た人が漫画を見る権利があるのですが、ちょうど僕が諫山さんの電話に出まして。というのも、当時僕は入社1年目で、電話応対は新人の仕事でした。持ち込み作品は、現在連載中のものと比べてキャラクターや設定はかなり異なるのですが、ほとばしる情熱のようなものを原稿から感じました。
奈木:諫山さんの作品を読んですぐ、「担当になりたい」と?
川窪:はい。「担当になりたいです」と名刺を渡しました。その場で名刺を渡すかどうかがひとつの分かれ目になるのですが、読んでみて「この人、すごいかも」と率直に思いました。仕事を始めて数か月しかたっていなかったので、当時はただの漫画好きな大学生に近かったと思いますが、そんな僕でも分かるくらいエネルギーがあふれていたんですよね。その作品はその後、週刊少年マガジンのMGP(マガジングランプリ)で佳作を受賞しました。
奈木:その読み切り漫画から、どのように連載が始まったのですか?
川窪:2009年に別冊少年マガジンが創刊されることになり、この作品を連載化することを諫山さんに持ちかけました。諫山さんも連載は初めてでしたし、僕自身も30、40ページの連載をチーフとして立ち上げるのは初めてだったので、手探りで一緒に漫画作りを学んでいったというか。意見が分かれた時も、二人で方向性を考えていきました。
奈木:どんなところで意見が分かれたのでしょうか?
川窪:僕は漫画好きといっても、いわゆる“メジャー漫画”が好きなんですよ。真の漫画好きは、よりコアでニッチなものを好む傾向にありますよね。でもそれが強すぎると少年マガジンの読者ターゲットと異なってくることもあります。僕は万人向けの分かりやすさを何より大切にしたいのですが、諫山さんは作家ですので、自分らしさを大切にしたいという気持ちが大きい。
奈木:なるほど。どのようにお二人は話し合われたのでしょうか?
川窪:幸いなことに僕の方が年上なので(笑)、彼が長幼の序を重んじてくれた面が大きかったですね。受け入れてくれたというか、諫山さんは人の意見に耳を傾けてくれる方なので、僕がワガママなことを言っても心を広く持っていてくれます。年齢は僕の方が上なのに、ワガママを言っているのも僕っていう構図なんです(笑)。
“I”から“WE”へ、ソーシャル漫画化する『進撃の巨人』
奈木:『進撃の巨人』の読者のボリュームゾーンを教えてもらえますか?
川窪:20代中盤から後半で、30代、10代と続きます。30代と10代の差は小さいのですが、15歳から19歳までの読者は結構多いですね。アニメが始まる前は男女比は7:3程度だったのですが、放送後は女性のファンが増え、もしかしたら今は逆転しているかもしれません。
奈木:ボリュームゾーンの世代の方たちに会われる機会はありますか?
川窪:プライベートで会う機会がある時は、「『進撃の巨人』、好きです」ってみんな言ってくれますね。友人が僕のことを「『進撃の巨人』の担当だよ」と紹介することが多いのですが、「アニメ見ています、漫画は読んでないです」って言われることもあります(笑)。
奈木:そうなんですね(笑)。ツイッターなどでも沢山の方々と交流されていらっしゃる印象ですが、コミュニケーションをとる中でどんなことを感じていますか?
川窪:まず確信を持って言えるのが、“進撃ファンは温かい”ということ。なんでこんなに温かいんだろうって不思議なくらいに。
奈木:それは諫山さんのお人柄なども関係しているのでしょうか?いろいろなメディアにも登場されていらっしゃいますし。
川窪:もちろんそれもあると思います。もうひとつ顕著なのが、みんな「『進撃の巨人』をどうにか盛り上げたい」と潜在的に思っているんですよ。先日、諫山さんと話していてひとつの結論にたどり着いたのが、読者一人一人が進撃の宣伝担当なんだということです。先ほど、会う人みんな「進撃が大好きです」と伝えてくれると言ったじゃないですか。でもその二言目に、「最近、話がだれてきてませんか?」など、作品に対する辛辣な意見が続くことも多いんです。最初はびっくりしてしまって。でも、意見をくれる方は単に批判がしたいわけではなく、「もっと進撃を売りたい」「もっと良くしたい」という思いがあるんだなとなんとなく分かってきました。
奈木:今、ソーシャルという言葉がさまざまな意味で使われていますが、ソーシャルのひとつのキーワードが“みんなで”だと思うんです。私が所属しているチーム(ワカモン)では若者研究を行っており、“I(私)”から“WE(私たち)”へと時代が変化してきている、というのはよく言っているのですが、今のお話を伺って、『進撃の巨人』はまさに今の時代に合ったソーシャル漫画であるような印象を受けました。
川窪:そうですね、僕自身もその感覚は連載初期からありますね。連載がスタートして1年ほどたった頃、週刊少年マガジンに出張掲載したのですが、その時「『進撃の巨人』とはなんぞや?」といった記事を作ったんです。書店員さんや多くのブログから、「こわい、こわすぎる」「10年ぶりに漫画を読みました」といったコメントをかき集めて、書店やブログで大絶賛!といったように。その時点で、おそらく自分の中には『進撃の巨人』がみんなのもの化している感覚はあったんだと思います。
プチ・キュレーターとなりつつある若者世代
奈木:初期からのファンの中には、「好きだからこそメジャーにしたくない」とか、「売れたら変わっちゃった」といった感情が起こることもあると思うのですが、進撃ファンにはあまりそういう傾向が見られないような気がします。
川窪:はい。それは諫山さんによるところが大きいですね。そもそも諫山さん自身が全く変わらないんです。今でもネームは講談社で書いているんですけれど、深夜まで打ち合わせして徹夜すると、僕も疲れますが当然諫山さんも疲れているじゃないですか。でも帰り際に今でも、「遅くまでありがとうございました、お疲れさまでした」とそれは深々と、90度近くまでお辞儀をして去っていくんです。そういう彼の変わらない姿勢というのが、これだけメジャーになっても良い意味で“みんなのもの”であり続けられているんだと思います。
奈木:そんなエピソードがあったのですね。少し話は変わりますが、諫山さんのように若くして作品を持ち込まれる漫画家の卵の方々も多いと思いますが、接していてどのように感じていますか?
川窪:漫画家を目指す子は、高校を卒業して漫画の専門学校などに通い、出版社に持ち込みながら何年かアルバイト生活をして、デビューするという流れが多いと思います。職業の特性上、社会との接点が薄くなりがちで、視野が狭くなることもあります。その方が“物作り”の観点から見ると良いことだったりするんですけどね。それが職業の特性なのか、世代の特性なのか、までは分かりませんが。
奈木:現在の若者はツイッターやフェイスブックなどから得る世界が絶対的でそれを疑わない、という印象を私も持っているのですが、そこには自分が選択した情報しか流れてこないんですよね。ニュースアプリや写真加工アプリ、まとめサイトなどもそうですが、誰かが編集したものが好きで、自分で編集するのも好き。そういう意味では、みなプチ・キュレーター化しているといえるのではないでしょうか。次回は、働くことに対する意識、世代間の差などについても聞かせてください。
※対談後編は7/2(水)に更新予定です。
【ワカモンプロフィール】
電通若者研究部(通称:ワカモン)は、高校生・大学生を中心にした若者のリアルな実態・マインドと 向き合い、彼らの“今”から、半歩先の未来を明るく活性化するヒントを探るプランニングチームです。彼らのインサイトからこれからの未来を予見し、若者と 社会がよりよい関係を築けるような新ビジネスを実現しています。現在プロジェクトメンバーは、東京本社・関西支社・中部支社に計14名所属しています。ワカモンFacebookページでも情報発信中(https://www.facebook.com/wakamon.dentsu)。