映画「余命10年」制作裏話(後編)
2022/06/10
累計動員数は225万人を突破、興行収入も30億円を目前にし、今年公開された邦画実写でNo.1となった(5月初旬時点)話題の映画「余命10年」(2022年3月4 日公開)。
日本アカデミー賞で最優秀賞3部門を含む6部門受賞をはじめ、実力と人気年を兼ね備え、日本で最も多忙な監督の一人と言われている映画監督・藤井道人氏と、原作の映画化権を獲得し、映画のプロデューサーを務めた電通・川合紳二郎氏、制作メンバーの一人として支えた電通・北川公也氏が、この映画に込めた思いや制作秘話などについて対談を行った。
映画「余命10年」の制作舞台裏だけでなく、15秒・30秒のCMをつくり、スポーツイベントなどを仕切るといったイメージの強い広告会社が、映画制作に加わることで生まれる可能性。そうしたことを、現場で共に汗をかいてきた「仲間たち」で大いに語ってもらった。
何かを捨てる覚悟がないと、モノづくりはできない
北川:少し話題を変えさせてください。藤井監督はこれまでCMなど企業広告の制作もされてきました。その経験が映画製作の中で生きてきていると感じる瞬間はありますか?また企業CMをつくるということと映画をつくるということ、もちろん全く違う創作活動だと思いますが、最も違う点はなんでしょうか?
藤井:CMの仕事が映画に生きていると感じる点はたくさんあります。20代の頃はご飯が食べられなくて、CMの現場のメイキング担当もやっていたんです。普通のお仕事よりはお金がいいし、メイキングやって編集して生計を立てていました。20代後半になってくると、テレビCM監督をやらせてもらえるようになって。すごく時間をかけて、何度もやり直して、粘るんです。この1フレ(1/30秒の映像のこと)が違うとか。ハワイで撮ってるのに空がハワイじゃないから変えろ、とか。言ってることは分かるんです、ハワイのモクモクした雲が欲しいということなんです。そこから執着、物事に妥協しないっていう覚悟みたいなものを学びました。それは映画にも生かしているし、自分もそういう感覚でありたいなと。
北川:今広告のディレクターをしている人の中には、以前の藤井監督と同じように将来は映画監督になりたいと思っている人も多くいます。そういう方たちは、藤井さんのこの話を聞いて勇気づけられたでしょうね。
藤井:実は僕は今、CMをほとんど全部お断りしているんです。映画監督になるのは、すごく簡単なことではない。映画で食えないけどCMで食って、映画をやるっていう考えって結構今まん延しているんですけど、やっぱり何かを捨てる覚悟がないとダメだと思うんです。
藤井:例えば、CMをやっている監督と映画監督の間にはお互いバイアスがある。CMの監督はいい服着てるなぁ、こっちはボロボロでもやってるんだよ、みたいな。でもそのプライドってかっこ悪くて、お互いちゃんとリスペクトを持ってやるべきなんですよね。もっと歩み寄れる環境をどうつくっていけるか。そういったことについてはカメラマンの今村ともしゃべりますね。
川合:そうですか。そのあたりはわれわれみたいな映画会社じゃないところが、もしかするとやれるところになってくるかもしれないですね。
藤井:そうですね。大きい会社は、それはいつもどこでもワーナーでも東宝でも、大きくいてほしい。結構包み込んでほしいなって思うんです。だから、大丈夫ですうち大きいんで、って言ってくれた方が、はい任せます、みたいな。わかんなくて、できなくてって言われるよりは、大丈夫です、電通なんでって言われた方が、かっけーみたいな、頼んだぞみたいな気持ちになれるんです。作家は結局、映画一本で自身が決まるっていう、失敗したら次はないっていう、もうそういう綱渡りをやっているんで。自分にとっては安心材料って多ければ多いほど、大きいばくちを打てるんです。
川合:監督が初めての宣伝会議のときに、絶対ヒットさせたい、しないと意味がない、藤井組を食わせられない、ということおっしゃっていて、その覚悟と気迫を感じましたし、もちろん僕も改めてそう思いました。その場にいる、みんなも同じ気持ちになったと思います。
藤井:平等なんですよ、スタッフは。監督も新人の子も同じフラットなので。監督だけ良けりゃいいとか、制作会社がもうかればいいじゃんという考え方だと文化として衰退してくるということですね。絶対に当てて、それを組に還元していく。そういうことを考えています。
北川:ありがとうございます。
その作品に「発明」はあるか?
北川:藤井監督がこれからやってみたい映画作品、そして電通と取り組みたいこと、または、電通に対して期待することはありますか?
藤井:期待していることはひとつで。僕たち作家は、どうしてもドメスティックに育ってしまっているんです。やっぱり広告のようなゴージャスなものをやっている大きい会社、日本を代表する企業なのであれば、僕たちをどんどん海外につれていってほしいなと思います。急に僕らみたいなちっちゃいレベルが出ますってなっても、ぺしゃんこにされちゃう。ストレンジャーシングスみたいなものでもやりましょうよ!みたいな、やっぱり日本を代表する規模で何か大きい企画。なんかそういうかっこよさみたいなのを期待しています。そうすると時代が動いていくと思いますよ。電通とかこういうのやってるんだ、みたいな。そしたら次、僕らも僕らもって。IPをちゃんとつくれる、自分たちで面白いものをゼロからつくれるんだよ日本のクリエイターたちは、っていう流れをつくっていく。そういうことを御社には期待したいなって思っています。
川合:電通には海外含めて6万人社員がいます。ストレンジャーシングスみたいな、オリジナルで、かつ、ちょっと規模感が突き抜けているようなことを、世界で、われわれも一緒に取り組んでいきたいなと思いますね。
藤井:これこそ、広告の先輩に教わったことで、結構今でも自分が大事にしていることは、<WOW>ようは、<へぇ~>じゃ駄目というか、普通なんです。ルーティンワークじゃなくて<WOW>をどうつくるか。この作品は何が発明なのかということを、やっぱり毎回毎回考えています。
今回だったら四季を描くということが発明というか。そういうやったぜとか、やってくれたな、みたいなことが一緒にできたらうれしいなと思います。人がやってることをやっていたら意味がないと思うんです。なんかよくライスワークとライフワークって言ってますけど、ライスワークなんてダサいことやってる時間はないんですよね。ライフワークが気づいたら、全部ライスになっていたらいいなって。貧乏時代があったのでそう思いますね。
北川:ライスワークなんてやっている暇はない、はわれわれサラリーマンには深く刺さる言葉ですね笑。会社や上司や家族からの視線が気になって、どうしても目先の給料をもらうための仕事をしてしまう。ライフワークが気づいたらライスワークになっていたらいい、みたいなことは考えたこともなかったです。
“かっこいい業界”であることが人材を育てる
北川:これが最後の質問になりますが、藤井監督は今どのようなことを目標にされていますか?
藤井:僕、黒澤明さんが好きで黒澤明botにも書いてあったんですけど、昔の日本映画業界は夢の工場と言われていました。みんな映画業界に入りたくて、お金もいいらしいぞ、スターもいるぞ、家族も安心、みたいな。今って真逆だと思うんですよね。辛い、安い、汚い。やっぱりそれを変えたいです。
例えば、映画監督でもやっぱりかっこいい服を着るべきだと思うんですよ。自分がその服で、人の洋服を決められるんですか?みたいなことや、髪ボサボサでヘアメイクの指示を出したりみたいなことはよくないと感じています。総合芸術なんで、監督が一番勉強しなきゃいけない。かっこいい業界だから入りたいなってなると、業界内で人材が育っていくと思うんです。労働環境もブラックにしない。そして自由につくっていい、遊びなさい。遊びながら仕事ができる。しかも映画業界は、朝昼晩ご飯が出てくる笑。そんな業界ないじゃないですか。地方に住んでる家族にも君がつくった作品が届くし、こんな楽しい仕事ないぜってちゃんと言ってあげたい。自分としては、今後もっと海外の作品だったり、日本人、メイドインジャパンをどんどんどんどん海外に出していく一人になりたいなと思っています。
川合・北川:本日はありがとうございました。
【編集後記】
お三方の対談の最後に2分だけ、編集部に質問の時間がもらえた。さて、藤井監督になにを質問しようか、と逡巡(しゅんじゅん)した。が、事前に用意していたいくつかの問いの中から、これに決めた。「余命10年、というタイトルが心に響きました。自然災害や戦争、コロナなど、命に対する意識が高まっています。人生100年と言われる一方で、半年先の暮らしも見えない。そうした中、『余命10年』と言われると、なんだかぐっとくるものがあるのですが、監督はこのタイトルに、どんな思いを込められましたか?」
禅問答のような質問にも、藤井監督の答えは明解だった。「この映画を通じて伝えたかったことは、『今を、生きる』ということなんです。逆説的ではありますが」。明日や、10年後、20年後に漠然とした不安や恐怖を抱くのでなく、今を懸命に楽しく生きようよ、ということだ。「タイトルの印象から、お涙ちょうだいの映画なのだろう、と思われても構わない。さあ、泣かしてくれ、という気持ちで映画館へ足を運んでもらってもいい」と藤井監督は言う。もちろん、泣ける場面は多々ある。でも、映画館から外へ出た瞬間、ああ、素敵な「今」がここにあるな、という気持ちに多くの人が包まれると思う。