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「フラット・マネジメント」~これからのリーダーに必要なマネジメント思考とは?No.5

フラットに人と向き合うために~小島慶子さんの視点

2023/03/30

「若者から未来をデザインする」をビジョンに掲げ、新しい価値観の兆しを探るプランニング&クリエーティブユニット、電通若者研究部「ワカモン」(以下、ワカモン)は、これからのリーダーに必要なマネジメント思考について研究しています。

その活動から導き出されたのが「フラット・マネジメント」という概念。リーダーがトップダウンで意見を押し付けるのではなく、部下やチームメンバーをリスペクトし、対等な水平目線で向き合うことで、「心地いいチーム」をつくりだそうというのが基本思想です。

本連載は、そんな「フラット・マネジメント」を実践している著名人と、ワカモンメンバーとの対談企画。第5回のゲストは、エッセイスト・タレントの小島慶子さんです。

多様性の時代、リーダーはチームメンバーとフラットに向き合うために、どのような視点が必要なのか?いまの時代を俯瞰(ふかん)しながら小島さんにお話しいただきました。

フラット・マネジメント


 

多様性のある社会はめちゃくちゃ面倒くさいもの

奈木:今は世界が大きく変わりつつあり、正解が分からない時代だといわれています。私たちワカモンは「正解喪失時代」と呼んでいますが、小島さんは今の時代をどう捉えていますか?

小島:正解が分からないというのは、今の時代だけじゃないと思うんです。私が就職した1995年は、もうバブルが崩壊していて、「誰でも頑張って良い学校、良い会社に入れば必ず報われる」という、それまでの“人生の正解”は、すでになかった。

そして、ファッションも、仕事も、子どもの教育も、いろいろなところで多様化は進んでいました。とはいえ、いまほど世界中で「ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(多様性、公正、包摂)」といわれるような時代は過去になかったのでは。

奈木:いまはそのような状況に対していろいろな戸惑いがあって、「じゃあ自分はどうすればいいんだろう」って思い悩んでいる感じなのかな、と思います。

小島:以前であればマスメディアが正解をつくっていたんですよね。みんながテレビや新聞を見ていましたから。だけど、大きな共通体験も減って、選択肢が無尽蔵に広がっていますよね。いまは「メディア」と言ったときに想定される語り手もバラバラです。もはや誰もどこかに唯一の正解があるなんて信じていない。現在はもう「誰が正解を語っていると見なせば、自分は心が安定するのか?」しか基準がなくなっているんじゃないかと思います。

奈木:分かります。自分を疑ってしまうというか、「自分の振る舞いはこれで合っているのかな」とすごく気にしてしまうというか……。

小島:多様性を重視する時代って、自分を俯瞰する視点も多様化するんですよ。何か言いながら、「これすごく保守的な人が見たら、過激に見えるだろうな」「すごくリベラルな人が見たら、古くさく見えるだろうな」と考えたりして。一挙手一投足に、自ら複数のツッコミを入れてしまう。

でも、世の中の人を全員納得させるのは無理ですよね。しかも相手を尊重しなくてはならない。つまり、多様性を認める社会って、実はすごく手間がかかるめちゃくちゃ面倒くさいものなんです。説明したり話し合ったりする時間とエネルギーがいる。でも、その事実を受け入れて、折り合いを付けなければいけない。

奈木:みんな、なんとなく「ダイバーシティは素晴らしいよね」と言っているけれど、そんな簡単なものじゃない、ということですね。

フラット・マネジメント

バラバラな人同士をつなぐのは「人権」

小島:私は「正解がない多様性の時代」を生きるために必要なのは、「哲学」と「人権重視」だと思っています。こんなにも複雑な世界で、自分は何を尊いと思うのか、幸福だと思うのか、何のためならこの面倒くささを引き受けてもいいと思えるのか。それを一人一人が哲学するしかない。

肉体が体験する出来事を通じて、脳がものを考えるわけですが、その肉体はみんな個別のものですよね。だから哲学も個別なもの。じゃあ、そんなバラバラな人間に共通のものは何かっていったら、それはみんな一つしかない命を生きているということです。どんなに話が合わない人とでも、それだけは共通している。人権とは、誰もが生まれながらに持っているもの。全ての人の命は、等価で無二であるということですね。

誰もが、どういう自分で生まれてくるかは選べない。気がついたら、こういう自分に生まれていたという、どうしようもないところから生きていかなくてはならない。

だからこそ、この世界がどんな人にとっても安全で、安心で、幸福になるチャンスに満ちた場所であるようにデザインしなくてはならないというのが、組織や社会づくりの原点じゃないでしょうか。

残念ながら人権教育が十分とはいえない日本では、人権は一部の可哀想な人のためにあるものだとか、意識の高い人が考えるものだとか思っている人が少なくないですよね。「人権?自分はそういうのはあんまりなー」と思っている。

「あんまりなー」と思ってのんきに暮らせているということは、その人の人権がバリバリ守られているからなんですが。

奈木:脅かされてないから、気づかないということですね。

小島:そうですね。日常生活の隅々まで人権が関わっているのだけど、支障がなければありがたみに気づかない。人権を自分ごととして意識しづらいのは、日本が非常に同質性の高い社会であることも理由の一つでしょう。母語が同じで見た目が似ている人が圧倒的に多い。それだけでも、多文化共生社会と比べると、日本では「自分のマイノリティ性」を自覚することが難しい。他人と同じにしなければという気持ちが強く、自分の中にある多様性を押し殺してしまうせいもあるでしょう。

奈木:私は海外に留学したとき、すごく孤独で、「日本にいた時に当たり前だと思っていたことは当たり前じゃないのね」と気づいた経験があります。たしかに、自分がいかに周りの環境に恵まれていたかということに、日本にいる間は気づけないかもしれません。

小島:本当は、半径2メートルの中にすでに多様性はあるんですよね。多くの人には見えにくいだけで。こんなにもバラバラな私たちがどうやったらお互いに嫌な思いをせず、幸せに安全に生きていけるのか。多様性を認める社会には、どういうデザインが必要なのか?その意識を誰もが持つ必要があると思います。手間をかけて永遠に考え続けるしかないんです。

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常に価値観を更新し続けられる人がリーダーになれる

奈木:ここまでのお話を踏まえて、小島さんは、いまの時代のリーダーに必要なものって何だと思われますか?

小島:人々が違いを生かして、人間らしく働けるような環境をつくる力。それに加え、状況に応じて自分の価値観をちゃんと更新できる能力が、いいリーダーには欠かせないと思います。

リーダーの中には、一度決めたルールなどを一切更新しない人もいる。「俺についてこい!いいんだよ、黙ってついてこい!」と言われても、部下はどこに連れて行かれるか、ものすごく不安ですよ。昔はそれでも「はい、ついていきます!」と言って済んでいた時代もあったと思うんですけど(笑)。

奈木:めちゃくちゃ分かります。

小島:人って、できれば変わりたくないんですよね。変化するのはすごく怖いから。その恐怖と向き合って、自分を更新し続け、その更新になぜ価値があるかをちゃんと言葉で伝えられる人、一緒に働く人たちに不安を与えない人。それが、私が考える頼れるリーダーです。

奈木:一方で、部下もリーダーに全部を期待していい時代じゃないですよね。リーダーが一人でできることなんてないんだから、部下も助けてあげる姿勢が必要だなって。リーダーも部下もフラットな意識が大事だと思います。

小島:それ、すごく大事なポイントですね。どんな人間も限界があるし、不安を持っている。仕事でもプライベートでも、目の前の人に対して「この人はどんな不安を持っているだろうか」「その不安を取り除くためにできることはないだろうか」という視点が重要ですね。それは忖度ではなく、むしろ対話を引き出すものではないかと思います。

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全く違う環境に身を置いて想像力を養う

奈木:フラットなチームをつくっていくためには、相手の不安を想像し、自分にできることはないか考えることが大事ということですが、想像力ってどうやって養えばいいんでしょう?

小島:私は子どもの頃、相手の感情や思考を読むのが苦手だったんです。ですから、極めて強い不安の中で生きてきました。そんな私が生きていくためのすべは、頭の中で「いま世界は私にどういうふうに見えているか?」をいちいち言語化して実況することでした。言語に落とし込むと物事を扱えるようになるので、想像や推測ができるようになる。頭の中でこうなのではないか、いやこういう可能性もあるな、じゃあ取りうる選択肢としてはこういう行動があるなと、極力言語化することで人と関われるようになりました。

奈木:なるほど。そうやって想像力を働かせてきたわけですよね。でも、世の中には、分からないことを分かったつもりになっている人も少なくありません。

小島:みんな多少なりともそうですよね。実は、すさまじい量の物事を「見落としている」のですが(笑)。誰だって不完全な脳みそ1個しか与えられていないんだから、物事を理解するのには限界があるのに、「自分は見落としているものなんかない」と思ってしまうのって、交通標識を見ないで車を運転しているようなものです。

職場になぜダイバーシティが必要かっていうと、見えていなかったものに「気づける」からです。「自分はおそらく想像力が足りていないだろう、何かを見落としているはずだ」と気づくには、自分と異なる道を、異なる速度で、異なる乗り物で走っている人が身近にいることが必要だと思うんです。泥だらけで走っている人を見て、初めて「あ、道がぬかるんでいたんだね」と気づくことで、想像力の限界を少しは補えるんです。と、分かったふうに言っている私も気が付けていないこともいっぱいあるわけですが……。

奈木:どうしたら気づけるようになるんでしょうか。

小島:自分と大きく異なる体験や視点を持った人との接点を持つことですよね。一番の近道は、全く違う環境に自分の身を置いてみることです。

私は9年前に子どもたちの教育目的で家族の拠点をオーストラリアのパースに移し、私一人だけが東京で仕事をするという2拠点生活を送っています。

オーストラリアの家族に会いに行く際は、朝と夜ではまるで別人です。朝、日本を出るときには、言葉は完全に通じるし、国内に経済的基盤もあるし、「小島さん知ってます、応援してます」と言ってもらえることもある。それが飛行機に乗って8000キロ南に下って、夜にパースに着くと、誰も私を知らない。言葉も通じない。オーストラリアではお金も稼いでいない。向こうでは私たちファミリーは、社会のマイノリティ。脆弱(ぜいじゃく)なアジア系移民です。私の日本でのキャリアなんてなんの意味も持たないんですよね。

奈木:それは強烈な体験ですね……。

小島:そんな生活を繰り返していたら、見えてなかったものが見えてきたんです。例えば、日本のコンビニで外国の方が働いていますが、私はその方々のことを全く分かっていなかった。母語ではない日本語を使ってややこしい接客をこなすのがいかに難しいか、どんな不安や孤独と共に生活しているか、想像したことがなかったんですよね。

私のようにわざわざ海外に行かなくてもいいんです。肩書が意味を持たない場に身を置いてみる。育児や副業などで、それまで接点のなかった人たちとの関わりを持つ。楽しいことばかりではなく、面倒くさくてしんどいこともあるはずです。でも恵まれた立場の人ほど、そういう経験は大事だと思います。自分がいかに世間知らずで、想像力が足りていないかに気づくきっかけになるかもしれませんね。

フラット・マネジメント

心理的安全性ではなくビロンギングが大事

奈木:相手と自分の立場に関係なく、そもそも人間はみんな多様なんだという前提を持ち、どう振る舞っていくかが大事なんですね。他に、マネジメントでは、最近はよく「心理的安全性をつくることが大事だ」と言われます。でも、よく考えると、それって当たり前のことだと思うんです。

小島:本当にそうですよね。きっと以前から、職場の心理的安全性が大事なことはみんな体験的に知っていたはずです。でも、それを求めることを、リーダーと呼ばれる人たちが諦めさせていたんじゃないでしょうか。「甘えるな!」と叱咤(しった)したりしてね。謎の根性論とか。いまさら「心理的安全性をつくれるリーダーになる」なんて言っている時点で目標が低すぎますよね(笑)。

ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンといわれますが、実はそれだけじゃ足りなくて、もう一つ、ビロンギング(Belonging=帰属意識)が大事なんだそうです。これは社会起業家を育てるETIC.(エティック)というNPOの創設者の宮城治男さんに教えていただいたんですが、すごく共感しました。

リーダーが、「よし、制度を作って多種多様な人を包摂したぞ」と言うだけじゃ足りない。包摂された側が、本当に歓迎されていると感じ、やりがいがある、居場所があると感じられたときに、初めて多様性豊かな組織が完成するのだそうです。

考えてみれば、友達でも、仲間に「入れてもらう」のと、仲間に「なる」のとは違いますよね。ジェンダーや障がい、文化的背景などさまざまな多様性に開かれ、みんなが力を発揮できる職場をつくるには、ちゃんとそこまで見届ける眼差しを持ったリーダーが必要だと思います。

奈木:なるほど。心理的安全性というよりも、ビロンギングという言葉の方が、ニュアンスがすごく伝わってきます。

多様性の時代に必要なリーダーの意識として、まず、多様な人々をつなぐ前提に人権というものがあること。そして、状況に応じて、自分の重視するものや部下に伝えるメッセージを更新し続ける。そのために想像力を養い、チームメンバーが本当に帰属意識を感じられているかを考えてみることが大事なんですね。

フラット・マネジメント

引き続き、本連載では「フラット・マネジメント」について、各業界で活躍する方々にお話を聞いていきます。どうぞお楽しみに!


マネジメントについては、下記の連載もおすすめです
「人文知」を社会実装する

 


2023年初夏、書籍発売予定!
「フラット・マネジメント 『心地いいチーム』をつくるリーダーの7つの思考」

上司を辞めることから、はじめよう。

コロナ禍を経験したことで、テレワークやリモートワーク、副業、地方移住といった働き方の多様化が進み、世の中の価値観は大きく変容したといえます。「仕事とはこういうものである」といった、多くの人に共通する「当たり前が崩壊」した時代であるともいえるでしょう。

多様な価値観が顕在化し、働くことの意味が変化するなか、上司からの指示や会社の方針に従うのが絶対という時代は終わりました。もはや、「上司だから偉い」「上司だから立場が上」ではなくなってきているのです。

チームをマネジメントする立場にいるリーダーは、「こうすれば正解」という答えがどこにも存在しない時代の価値観を理解したうえで、どうしたらより良いチームをつくることができるのか、状況に応じて向き合わなければなりません。

本書では、「杓子定規な考え方にとらわれず、チームメンバーの一人一人と向き合いながら、その多様性を生かしてチームをより良い形に整えていく『フラット・マネジメント思考』」を提唱し、変わりゆく時代における課題について、直接的に現場の指揮を執るリーダーに焦点を当てていきます。

難しい時代だからこそ、リーダーには多様な結果が求められ、効率的に働くことが重要になってきます。難題に向き合いながらいかにして生産性を向上させるのか、いま求められているリーダー像、素養、行動、発言といったマネジメントのあり方を、具体的なノウハウとして提示していく「チームづくり」の一冊です。

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