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「フラット・マネジメント」~これからのリーダーに必要なマネジメント思考とは?No.4

経営者へのバイアスを自覚し、SKY-HIがつくる“優しい”会社

2023/02/13

「若者から未来をデザインする」をビジョンに掲げ、新しい価値観の兆しを探るプランニング&クリエーティブユニット、電通若者研究部「ワカモン」(以下、ワカモン)は、これからのリーダーに必要なマネジメント思考について研究しています。

その活動から導き出されたのが「フラット・マネジメント」という概念。リーダーがトップダウンで意見を押し付けるのではなく、部下やチームメンバーをリスペクトし、対等な水平目線で向き合うことで、「心地いいチーム」をつくりだそうというのが基本思想です。

本連載は、そんな「フラット・マネジメント」を実践している著名人と、ワカモンメンバーとの対談企画。第3回は、ラッパー、トラックメーカー、プロデューサーなど幅広く活動を続けるアーティスト、SKY-HIさんに、ワカモンの奈木れい氏が話を聞きます。

2020年にはマネジメント/レーベルの新会社BMSG(ビーエムエスジー)を設立し、経営者としても走り出したSKY-HIさん。自身のさまざまな立場を通して見えてきた組織への考え方や、その根底にある思いとは?

フラット・マネジメント

SKY-HIが自社の社員に「優しく」接する理由とは

奈木:近年、「部下や若い世代にどう接していいのか分からない」という管理職の声がたくさんあがっています。そんな中で、SKY-HIさんが「自社の社員には、とにかく“優しく”接するようにしている」とお話しされているのを拝見しました。この「優しくする」という言葉のチョイスがとても今の時代らしくて共感できたと同時に、自社の社員と向き合うのに選ぶワードとしては非常にユニークだと感じました。どういった思いから出てきたものなのでしょうか?

SKY-HI:「優しい」という言葉は、僕の会社のバリューにも入れています。ホームページなどの対外的なものには「本質的に優しくある」と書いていますが、社内向けにはただ「優しく」と。僕の中で、大事にしている感覚です。

仕事は、1から100まで、すべてが人とのコミュニケーションだと思います。その中で、キャリアや能力の差、失敗はどうしたって生まれてしまう。

今の僕の立場では、自分と社員の関係値ってほとんど「=(イコール)」です。どの社員の失敗であっても、「=自分ごと」になるし、僕がしたことも全社員に関わっていきます。そう思うと、“自分(=社員)”が失敗をするたびに、毎回自分で“自分”を叱咤(しった)していたら生きていられません。恐怖政治をしたら、それも結局自分に返ってくる。優しくいられないと、すべてが悪い方向に連鎖していく気がするんです。

奈木:自分の行いが相手にどう作用し、どう自分に返ってくるかも含めて、振る舞いを考える姿勢を大事にされているのですね。では、“経営者”として実際に社員や所属アーティストなど、特に若い世代に接していく上で気をつけていることはありますか?

SKY-HI:僕の会社に所属するアーティストは大体15~24歳で、社員も幅広い年齢の方がいますが20代も多く、彼らは社会経験がほとんどありません。僕自身が逆の立場だった17、18歳の頃を思い返してみると、当時目上の人から「いじられる」ことがよくあって、そこにわりと嫌悪感を覚えていました。相手が先輩や目上の方だと、「傷つく方が悪い」「真に受けるなよ」といった雰囲気になる。それがとても嫌だったんです。言う側が冗談のつもりでも、その空気に慣れていない若い世代が傷ついてしまう状況は骨身にしみているので、気をつけているというより実体験として知っているからやりません。

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「命令」でも「お願い」でもなく、「部下に甘える」がしっくりきた

奈木:これまでの時代は、立場が上になると、若い頃にされて自分が嫌だったことを意図せずしてしまう人も多く存在しているように思います。「本来は自分がされて嫌だったことを自分がやるべきではない、と分かっていてもやってしまう」ことがたくさんある中で、意識したことをきちんと行動にまでつなげられている点が素晴らしいですね。

SKY-HI:今のいじる・いじられる話で言うと、「コミュニケーションは利害が生まれると難しくなる」ことを念頭に置くといい気がします。こちら側がどう思っていようと、立場の違いはやっぱり影響してきます。僕の場合は特にアーティスト活動をしていることで、普通の経営者よりも知名度や影響力がある。それは変えられない事実なので、だからこそ社員にどれだけ気を使っても使いすぎることはないと思っています。例えばライブが終わった後に、社員が打ち上げしている所に遭遇すると気を使いますね。「僕がいるとみんなは気持ちよく酔えないんじゃないか」と(笑)。

奈木:それは利害があるからというよりは、社長としての気遣いですか?

SKY-HI:そうですね。でも、そうした飲み会一つとっても、年齢差や上下関係のある相手とのコミュニケーションでは、自然と利害が生まれやすくなると思うんです。部下は上司に気に入られた方が待遇はよくなるし、出世もしやすくなったりする。役職が上がるにつれそうした状況は増えるので、立場が上の人が自覚的にならないとキツイと思います。利害には「利」もあれば「害」もありますから。

ただ、今までそこを意識してこなかった人が、急に考え方を変えるのは無理かもしれません。筋トレと同じように、少しずつ“気をつける度”を増やしながら積み重ねていけるといいのではないでしょうか。それでもミスは当然すると思うから、その時は「ミスったな」と思って反省することを繰り返すしかない気がします。

奈木:部下は上司に好かれると「利」が多いとのお話でしたが、今の時代は、逆に“下に好かれるべき”と言っている方もいますね。「自分たちは立場上、力があるかもしれないけど、結局下が押し上げてくれないと駄目だ」という発想なのですが……。

SKY-HI:その発想はすごく分かります。似たような話で言うと、僕の場合、基本的に「命令する」より「甘える」が近いと思っていて、最近は部下に「甘えられる」方がお互いにとっていいという考えです。本質的にそういうタイプでもあるのですが、ワードとして「甘える」という言葉は非常にしっくりきました。

奈木:感覚的にその方が物事がうまくいくということでしょうか?

SKY-HI:それもありますし、やはりコミュニケーションを取る上で、相手から甘えられると気持ち良いと思うんです。大切なのはバランスですが、現代はそのあたりのバランスが変化してきているように感じます。その意味で、今は上司から部下に「命令する」だと強すぎるんじゃないかなと。

奈木:「命令」でも「お願い」でもなくて、「甘える」。確かに、「命令しないでお願いにしましょう」と言うと、バランス感覚がないリーダーは「お願い」ばかりをしてしまって、部下から引かれる展開が想定できてしまいますね。その言葉は、今リーダー層の方々(管理職層などチームや組織を束ねる立場の方)に向けて執筆中の本でも使わせていただきたいぐらい、合っている感覚の言葉だなと感じます。

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「バイアス」は取り除けないと、意識することこそが大切

奈木:スタートアップ系の企業には、自分が読んで良かった本や漫画を部下にシェアされる人が多い印象なのですが、SKY-HIさんはご自身が興味を持った本などを周りに薦めることもありますか?

SKY-HI:僕はどちらかというと、良かった本などを聞かれるのが怖いんですよね。そうした流れで僕が紹介した本には、おそらくバイアスがかかってしまう。例えば自己啓発本を薦めたら相手が思いっきり洗脳されることもあると思うんです。かといって、小説を薦めて気に入ってもらえなかったら、センスがないのかなとショックを受けてしまうし(笑)、いろいろ考えると本は難しいですね。

奈木:お話を聞いていると、相手とのコミュニケーションにおいて、いかにフラットでいられるかを非常に意識されている印象です。「何の本が好きか教えてほしい」と言われたとき、多くの場合はバイアスがかかったとしても、そこまで気にせずに教えてしまう気がします。結果的に利害があるのは避けられないとはいえ、かなり意識的にバイアスを取り除いていこうとされているのでしょうか?

SKY-HI:どちらかというと、バイアスは取り除けないので、せめて少しでもお互いが楽しくあるために意識しておくことが大事だと考えています。

奈木:「バイアスは取り除けない」という感覚を持てること自体が、フラットなコミュニケーションの第一歩で、そこが分からなくて若い世代とうまく接することのできない人たちも多いように思います。そうした考え方をするようになったきっかけがあったら教えてください。

SKY-HI:僕の場合は、おそらくBMSGをつくって、人を雇用するようになったからですね。自分が直接知らない人が入社し始めた頃から「怖い」と感じて、考えるようになりました。現代の経営者にとって、「社員に嫌われる」ことはとてもリスクが高いと思います。タレントの場合ももちろん嫌われる事には大きなリスクがありますが、経営者が社員に嫌われたら、仕事がうまくいかないだけでは済まない気がする。僕は会社を興してまだ2年ですが、たった2年で失脚する人もいます。レイヤーが一つ増えたことによってうまくいく人、いかない人をたくさん見てきましたから。

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芸能とアンダーグラウンドの世界。多様な社会との接点が、組織を外から見るきっかけに

奈木:同じように、最初のお話にあった「ミスはする」「人と自分は違う」となかなか思えずに苦労しているリーダーもいると思います。かつては世の中的にキャリアイメージの「正解」がありましたが、近年はそうではなくなりました。仕事を頑張る、という選択も、仕事は最低限にしてプライベートを充実させるという選択も、自分で選ぶことができる、という風潮だと思います。

私たちはこれまで正解の形の一つを「リッチキャリア」という考え方で整理しています。リッチキャリアは、社会での成功、仕事のキャリアとしての成功を最も重要視する考え方です。ただ、今はそうした会社での成功ではなく「リッチライフ」の時代だと思っています。単純に会社でのキャリア、社会的成功ではなく、自らの人生をより豊かにしていく、という考え方です。また、自らの人生の豊かさは人それぞれが決めることであるため、もちろんそこにはキャリアを充実させることも含まれますが、全員が同じ考え方ではない、ということが重要だと考えています。そういった価値観をリーダーの立場になる人が分かっていないと、若い世代との感覚が大きくズレてしまうと思っています。SKY-HIさんは以前にどこかで1on1のコミュニケーションを取りながら仕事をしていると話していましたが、「一人一人が違う」との認識から始めようといつから考えるようになったんでしょうか?

SKY-HI:具体的なマネジメントに関してはここ一年以内ですが、「みんなそれぞれ違う」という考えに関しては、相当昔からだと思います。それには、自分と社会との接点が多かったことが良い方向に影響したのかもしれません。

僕は「AAA(トリプルエー)」というグループで活動してきた期間が長く、「芸能」を通して社会を見る機会が多くありました。芸能では、社会的な影響力がエンターテインメント市場にとどまらず多岐にわたります。芸能界でキャリアを積む難しさやストレスもたくさんありましたが、それを見られたことはとてもプラスになりました。

一方で18歳頃からアンダーグラウンドヒップホップの世界にも身を置き、AAAよりも長く活動をしてきました。そこには、いわゆる“芸能界”とは違う世界に身を置く人もたくさんいました。ラッパーの先輩には、大手人材サービス会社で働きながら活動している人もいましたし、あまり大きな声で人には言えない仕事をしている人もいます。それぞれが社会と接点のある中で歌を作るので、曲を通して世の中への多角的な視点が見える瞬間があったんです。

当時日本のヒップホップは商業的に低迷していましたし、「バズ」からは一番遠い位置にいてファッションにもできなかった。だからこそ、本質的なものをたくさん見られました。組織に所属しながらそうしたものにふれられたことで、自分がいる世界や組織の“異常性”に気づけた部分があったと思います。一つの場所しか知らないと、その組織の異常性に気づけないこともある、という面も含めて認識できたように思いますね。

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コミュニケーションに「傾向と対策」はない。まずは“雑なラベリング”をしないこと

奈木:この記事や、いま私たちが執筆中の本を読む、一企業のリーダー(管理者・役職者)のみなさんは、どうすると多様性を受け入れられるようになると思いますか?私は個人的に「多様性」という言葉があまり好きでは実はありません。多様性という言葉にしてしまうことで、そのほかの大事なニュアンスが抜け落ちてしまうのではないか、と感じてしまうからです。ただ、そもそも多様性、という考え方を受け入れることができていない、感じ取ることができない人も多いので、何をすればまずその入り口にでも立てるのか、とても難しく、課題を感じています。

SKY-HI:スタートとしては、人はその数だけ違うので「傾向と対策」は基本的には無理だと認識することではないでしょうか。例えばある人と接していく中で、対応の仕方やその選択肢が枝分かれして増えていく。その結果、コミュニケーションが上手になるという意味では経験数も必要ですが、別の人に全部同じ対応をしてうまくいくことはありません。だから、How to本をうのみにすると痛い目を見るのかなと。

最近は雑な言葉でラベリングをしたり、安易にカテゴライズすることによって人を無理に枠の中に押し込めてしまっている気がします。人はそんなに単純でも雑でもなくて、それぞれに個性がある。それがここ数年の大事な要素だと思うんです。「多様性」や「ゆとり世代」などのキャッチーすぎるワードにもある種の暴力性があります。それは、サビのキャッチーなダンスばかりがはやって、音楽が聴かれなくなることに少し似ているかもしれませんね。だから、「多様性」に関しては大きく反対ではないけれど、おっしゃっている感覚はすごく分かります。

奈木:“相手を雑に扱っている”と思っていない人ほど、実は雑に扱っている、雑に対応している、というところが難しいですよね。自身の距離感や自分と相手の立場、コミュニケーションに自覚的である人が今はまだあまり多くない気がしています。そこの丁寧さがたぶん一番大事な部分なのかなと感じます。

SKY-HI:そうですね。ただ、こうした記事や、執筆されている本などでの発信をジャブみたいに打ち続けているうちに、気づいたら感覚的に変わっていくものもあると思います。それがきっと時代なんでしょうね。


引き続き、本連載では「フラット・マネジメント」について、各業界で活躍する方々にお話を聞いていきます。どうぞお楽しみに!

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