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「フラット・マネジメント」~これからのリーダーに必要なマネジメント思考とは?No.6

生命体の柔軟性と組織論~福岡伸一氏・寄稿

2023/07/07

「若者から未来をデザインする」をビジョンに掲げ、新しい価値観の兆しを探るプランニング&クリエーティブユニット、電通若者研究部「ワカモン」(以下、ワカモン)は、これからのリーダーに必要なマネジメント思考について研究しています。

その活動から導き出されたのが「フラット・マネジメント」という概念。リーダーがトップダウンで意見を押し付けるのではなく、部下やチームメンバーをリスペクトし、対等な水平目線で向き合うことで、「心地いいチーム」をつくりだそうというのが基本思想です。

本連載では、「フラット・マネジメント」を実践している著名人に話を伺ってきました(これまでの記事は、こちら)。最終回は、生物学者・作家の福岡伸一氏の寄稿「『動的平衡』組織論」をお届けします。人体を構成する一つ一つの細胞のふるまいから理想の組織のあり方を考える福岡氏の視点は、フラットで柔軟な組織づくりのヒントになるかもしれません。

福岡伸一

生物学者・作家。京都大学大学院博士課程修了。ハーバード大学研修員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。「生物と無生物のあいだ」「動的平衡」シリーズなど、“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。撮影:菊田香太郎

寄稿:「動的平衡」組織論

生物学の視点から組織論を考えてみたいと思う。私たち生命体が多数の細胞から成り立っているように、社会的な組織もまた、多数の個性を異にしたメンバーから成り立っている。それゆえ、細胞のふるまい方を観察することによって、理想の組織のあり方を考えるヒントが見つかると思えるからだ。

多細胞生物は、性質を異にした専門の細胞の分業体制から成り立っている。脳を構成する神経細胞(ニューロン)、皮膚を形作る上皮細胞、心臓の鼓動を生み出す筋細胞、栄養素を作り、アルコールを代謝する肝細胞、インシュリンを分泌するランゲルハンス島のB細胞、消化酵素を作り出す膵臓(すいぞう)の腺房細胞、免疫を制御するT細胞……。

しかし、これら多種多様な細胞は、もともとはたったひとつの細胞から出発している。精子と卵子が合体してできた受精卵細胞である。受精卵細胞は分裂によって二細胞となる。このとき、DNAをはじめ、ミトコンドリアなどすべての細胞内小器官はコピーされ、二つの細胞へ均等に分配される。次いで、同じことが起きる。四細胞への分裂。分裂は繰り返され、細胞数は倍々に増えていく。八、十六、三十二、六十四、百二十八……これが10回繰り返されると、細胞は2の十乗、1024個になる。細胞はさらに分裂していく。

この状態(つまり発生の初期段階)では、それぞれの細胞にまだ差異や分業はない。形態も内容物も同じだ。それぞれの細胞が持つDNAも同一である。DNAには、その細胞が将来どんな役割を分担するのか、指令が書かれているわけではない。DNAに書かれているのは、細胞で使われるタンパク質の設計図である。

受精卵細胞から出発したすべての細胞は、同じDNA、つまり同一の設計図面一式を保持しているだけだ。細胞はどんな分業でもこなせる情報を保持している。要するに、細胞は、これから何にでもなりうる。けれども発生の初期段階では、まだ何にもなりえず、自分の未来が見定められない、完全な未分化状態にある。

しかし、この時点で、細胞たちは極めて重要なことを行なっている。顕微鏡で観察すると、細胞のかたまり(これを初期胚と呼ぶ)は、互いに密着し、たえず細かく震えながら、おしくらまんじゅうをしているようにみえる。

実は、細胞たちは、互いに自分のまわりの空気を読んでいるのである。この喩(たと)えが細胞を擬人化しすぎているとすれば、細胞間で交信している、と言い換えてもよい。細胞は細胞膜という薄いシートに包まれている。シートの表面には、微小な突起物が多数生えていて、前後左右上下の細胞同士で、突起物が結合したり反発したりする。この“会話”が細胞内に伝えられ、その結果、それぞれの細胞で、DNAの設計図の中で、どの部品が使われるべきなのか、選択されていく。

細胞間の会話とは次のようなものだ。「ぼくが神経細胞になろう」。するとそれに呼応して、隣の細胞が言う。「きみが神経細胞になるのなら、ぼくは皮膚の上皮細胞になろう」

会話は重ねられていく。「きみが上皮細胞になるのなら、ぼくは心臓を動かす筋細胞になる」……。

こうして細胞の個性が決められていく。細胞の運命は、細胞内に、あらかじめDNAに記載されているわけではなく、細胞と細胞の相互作用によってはじめて決定される。つまり、細胞の個性は、細胞の中にあるのではなく、細胞と細胞の“あいだ”から生み出されているのである。

ここから導かれる組織論のヒントは、組織におけるメンバーの役割は、そのメンバーの内部にある資質によって決定されるのではなく、メンバー同士の関係性の中にあるということだ。

細胞のふるまい方にはもうひとつ重要なポイントがある。それは細胞が絶えず動的な状態にある、ということだ。あらゆる細胞は絶えず更新されている。たとえば消化管の細胞は二、三日のうちに捨て去られ、新しい細胞がそれを代替する。他の臓器の細胞も速度の程度は異なるものの、どんどん交代している。

これは常に動的な状態を維持することによって、自身の栄養状態の変化や外的環境の変化に柔軟に適応するためである。細胞は可変的で体内にはある程度の未分化状態を保った幹細胞が温存されており、ある細胞に不足があればそれを補い、損傷があれば修復できる体制をとっている。

機械は動かしながら故障や消耗を修理することができない。それは部品ごとの機能分担が一義的に決まっているからだ。しかもその役割がメカニズムの中で一義的に固定されているからだ。どれか一つが壊れれば、機械を止めて交換・修理するしかない。

しかし、生命体の構成要素は、細胞はもちろん、細胞を構成するタンパク質もまた、絶えず更新されている。常に分解と合成の最中(さなか)にある。私はこれを生命の「動的平衡」(dynamic equilibrium)と呼んでいる。動的平衡が保たれているがゆえに、生命体はレジリエントである。もし何かが欠落したり、故障したとしても、増減を調整したり、ピンチヒッターが現れたり、バイパスを作ったりして、問題にすぐに対処できる。細胞および細胞の構成要素はいずれも基本的には多機能性であり、異なる役割を果たしうる。

さらに大切なことは、生命の動的平衡は自律分散的である、ということだ。個々の細胞は鳥瞰(ちょうかん)的に全体像を知っているわけではない。自律分散型で、しかも役割が可変的であること。これが生命体の強みである。生命にとって中央集権的なしくみは全く必要でない。各細胞はただローカルな動的平衡を保っているだけだ。脳ですら、生命にとって実は「中枢」ではない。むしろ知覚・感覚情報を集約し、必要な部局に中継するサーバー的なサービス業務をしているにすぎない。情報に対してどのように動くかはローカルな個々の細胞や臓器の自律性に委ねられる。個々の細胞やタンパク質は、ちょうどジグソーパズルのピースのようなもので、前後左右のピースと連携を取りながら、絶えず更新されている。ピース近傍の補完的な関係性(相補性)さえ保たれていれば、ピース自体が交換されても、ジグソーパズルは全体としてゆるく連携しあっており、絵柄はかわらない。

新しく参加したピースは、「郷に入っては郷に従え」の言のとおり、周囲の関係性の中で自分の位置と役割を定める。既存のピースは、寛容をもって新入りのピースのために場所を空けてやる。こうして絶えずピース自体は更新されつつ、生命体はその都度、微調整され、新たな動的平衡を求めて、刷新されていく。

細胞のふるまい方、生命の動的平衡は、そのまま人間の社会組織にダイレクトに当てはめることはできないかもしれないが、人もまた生命体である以上、その柔軟なあり方に学ぶことは、組織論を考える上で重要な視点を与えてくれるはずだ。

電通若者研究部

今回、ワカモンとして若者研究の観点から「組織論」や「マネジメント論」といったテーマに向き合いました(これまでの記事は、こちら)。

われわれは10年以上にわたり、10~20代の若者世代の研究を行い続けていますが、若者を研究することは単に若い人の生態を知ることだけではありません。若い世代を知ることは、今の時代がどうなっているのか、そしてこれから先の未来がどのような方向へ進んでいくのか、今を把握し、未来を見据えるヒントをつかむことだと考えています。

世界は目まぐるしいスピードで変化を続けており、若い世代と一言で言っても、世代ごとの違いは顕著であり、例えば5年前の若者と、今の若者はまるで違う存在です。加えて、この3年はコロナ禍を経験したことによって、若者世代だけでなく社会の構造やルールさえも、大きく変化することとなりました。

しかしながら、大人世代が、若者世代に対して「今の若者は何を考えているのかわからない」「なぜ、若者はああなのか」という思いを抱くのは、いつの時代も変わりません。いつの時代も、大人世代は若者世代に対してどのように接していいかわからないものなのです。

とはいっても、近年のビジネスシーンにおいては、そもそも「仕事の仕方」自体も大きな変革が求められている状況であることも相まって、「どのように若者世代と向き合えばいいのか?」という問いは、これまで以上に大きなトピックになっていると言えるのでしょう。

そのような世の中の状況も踏まえ、上司は部下である若者世代にどのように向き合う必要があるのか、ひいては、若者世代だけに限定せず、今求められる理想の上司とはどうあるべきなのか、2023年初夏に発売を予定しているワカモンの新書で、組織論やマネジメント論という観点からまとめています。

今回、そんな書籍の発売に際して、福岡伸一先生に電通報への寄稿をお願いしました。寄稿を依頼した理由は、われわれが書籍で提案している「これからのリーダーに求められる『フラット・マネジメント思考』」の考えの根源と、生命体が本来的に持っている作用には近いものがあると考えたからです。福岡先生が書かれた内容に「組織におけるメンバーの役割は、そのメンバーの内部にある資質によって決定されるのではなく、メンバー同士の関係性の中にあるということだ」という記述があります。

生命体が持っている根源的な作用として「メンバー同士の関係性というものが重要である」ということだと思いますが、「フラット・マネジメント思考」においても、同様の考え方を取り入れています。メンバー同士の関係性、つまりコミュニケーションを、いかに先入観を持たず取ることができるか、いかにコミュニケーション相手に対してフラットなスタンスで向き合うことができるかが重要である、という点を取り上げています。

さらにもう一点、福岡先生の寄稿の中に「細胞のふるまい方にはもうひとつ重要なポイントがある。それは細胞が絶えず動的な状態にある、ということだ。あらゆる細胞は絶えず更新されている。たとえば消化管の細胞は二、三日のうちに捨て去られ、新しい細胞がそれを代替する。他の臓器の細胞も速度の程度は異なるものの、どんどん交代している」という記述がありますが、組織における人間の流動性についてもまさに同じようなことが言えます。

組織では常に人材が流動的に変化しており、さらに時がたつごとに、仕事の仕方や世の中の価値観、評価される仕事の内容なども、常に変化を続けていますが、そのような目まぐるしい変化の中で、私たちは仕事をする必要があり、リーダーにはその中でマネジメントを行うことが求められるのです。

フラット・マネジメント思考では、以下のような思考の提案をしています。

【フラット・マネジメントの7つの思考】
思考1 固定観念より新しい価値観 〜「あなたの常識」は、部下の非常識〜
思考2 会社の都合より部下自身の「納得解」 〜出世したがるのは上司だけ〜
思考3 費用対効果より時間対効果 〜あなたとの食事はお礼にならない〜
思考4 大きなビジョンより小さなアクション ~口だけ上司は、言葉は軽いが腰は重い~
思考5 上から目線より横から目線 〜部下から吸収できないリーダーは成長できない〜
思考6 嫌われない建前より丁寧な本音 ~叱れないのは、自分への優しさでしかない~
思考7 リッチキャリアよりサステナブルライフ 〜「会社の中の蛙(かわず)」上司は尊敬されない〜

人間という生命体の日々の大きな営みの一つである「仕事」において、私たちはどのようにふるまっていく必要があるのか。ワカモンが提案する「フラット・マネジメント思考」を取り入れていただけたらうれしく思います。

2023年7月21日発売!(ご予約は、こちら
「フラット・マネジメント 『心地いいチーム』をつくるリーダーの7つの思考」

フラット・マネジメント
エムディエヌコーポレーション刊、1760円(税込)、208ページ、ISBN978-4-295-20472-5

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