スタートアップって何?~新しい経済成長エコシステム~No.7
コネクテッド・ハードウェアを手がけるCerevoが起こすスタートアップの新しい潮流:Cerevo 岩佐琢磨氏インタビュー 前編
2015/03/10
7回目の本連載は、コネクテッド・ハードウェアを手がけるCerevoの岩佐琢磨氏にお話をうかがいました。今回は新規事業開発プランナーであり、neurowearプロジェクトで脳波で動くネコミミ「necomimi」を開発した加賀谷友典氏とともに、ハードウェア系のスタートアップ企業が人を惹き付けるプロダクトを製作する考え方、Cerevoが掲げるコネクテッド・ハードウェアのあり方、グローバルにビジネスを展開する方法などを2回にわたってご紹介します。ハードウェアを世界中で販売して行くための仕組みや、世の中の流れが大きく変わってきたことなどを、岩佐氏自身の経験の中から話していただきます。
世界中にモノを見せて決済し、流通させる仕組みが簡単になってきている
中嶋:Cerevoは2015 International CES(世界最大の国際家電ショー)で、センサー搭載スノーボード・バインディング「SNOW-1」を出展し、「Top Tech of CES」を受賞しています。世界のトップメーカーが集まるCESで互角以上の戦いを行っているわけですが、このような製品が出てくる背景やコネクテッド・ハードウェアで世界と競う力はどこにあるのでしょうか。
岩佐:僕らの場合、外国に対して日本が誇れる数少ない産業分野や技術を使って戦っていくというのは必然となってきたことです。
そういった思いはあるものの、最初はいきなり海外に出るのはハードルが高いという話を社内でしていました。一般的なモノを作っている業界でこれから起業することを考えると、通常はある程度国内でシェアを獲得してから海外に出ることを考えます。僕もそう考えていて、それが当たり前だと思っていました。スタートアップのメンバーは5人しかいないので、特定の分野に最大限のリソースを注力することが常識だと思っていましたし。
しかし、創業後に最初の製品としてカメラを売り出した2010年は、期待したほどモノが売れませんでした。そこで、何となくその後の製品はアメリカで売ってみようと考え、英語版のウェブサイトを作ってみました。やってみると、海外から結構な問い合わせが来る。これはもしかしたらいけるかもと考え、方針を転換したのが海外進出のキッカケです。
国内で1万台モノを売るのは大変です。しかし、広い世界で物好きな人を100人捕まえるのは簡単だと考え、さまざまな国で1か国あたり100台ずつ売って、100カ国で売れば1万台になると考えました。趣味が多い人やこだわりがある人、海外通販で何でも買っちゃう人は結構多い。いわゆる趣味人と呼ばれる人は世界中にいて、僕らが英語だけ何とかすれば、反応して買ってくれるのではないかという仮説を立てたのです。そこから必然的に一気に海外販売を行い、そうしなければ売れないということがわかり、会社の戦略を「ニッチなモノを世界で売る」としたのです。
中嶋:流通が大きく変わってきたタイミングでもあったのでしょうね。Cerevoが創業した2008年は、まだまだワールドワイドシッピングのハードルは高かったと思います。それから世界中にモノを送ることが割と簡単になってきたというトレンドに合致しているような気がします。
岩佐:まさにそうですね。創業時は、PayPalはそれほどメジャーじゃなかったし、モノを見せる、決済する、モノを送るという流れがしっかりと整っていませんでした。
eBayを見ても、日本のオークションサービスよりもはるかに多くのモノが多くの国籍の人たちの間でやり取りされています。また、アリババは元々B2Bをやっていて、僕らも部品のほとんどをアリババ経由で見つけたメーカーから購入しているのですが、それらのメーカーもクライアントが世界中にいるというイメージですね。
コネクテッド・ハードウェアで勝負するための戦略
中嶋:面白いと思ってくれるユーザーを獲得でき、世界中で販売したり、部品を調達できるインフラが整っている中で、どのようなプロダクトを出していこうと考えられているのでしょうか。
岩佐:そこは行き当たりばったりですね。IoT(Internet of Things)という言葉は本来インターネットにつながる機器を指すはずが、ウェアラブルなどインターネットにつながらないものも含んでいるため、あまり好きな言葉ではないのですが、まず、これから身の回りにあるさまざまなモノで何らかのインターネット連携やスマートフォン連携が行われると、「ドラえもん」や「Back To The Future」に近い未来があるのではないかと考えました。…例えばですが、毎日必ず使うトイレのスリッパを電子化するとします。体重や体脂肪を自動的に計測して記録するなど、便利なモノとなりそうですよね。トイレのスリッパは100円ショップでも買えますが、センサー付きのスリッパにすれば100倍の1万円くらいで売れるわけです。僕らが仮に体重計付きスリッパを開発したとしても、スリッパのトップメーカーは回路設計技師などがおらず、電子部品の調達もできず、家電量販店に販売するチャネルも持っていないため、追従することができません。電子電気とは関係のないモノの業界に、これまでなかった価値を付けて殴り込みをかけるというのがSNOW-1以降の新しいテーマで、今後もこのテーマで製品を出していくことを考えています。
また、従来1000円だったモノを1万円で売ることは通常あり得ないことですが、利用者同士が競い合うような分野では、よりお金を使いやすいと思っています。ゴルフなどのスポーツがいい例です。5倍~10倍する値段を払ってでも、あいつに勝ちたい、好きな子にいいところを見せたいと考えます。なので、コンペティション&スポーツ分野の製品をやってみようと考えました。
加賀谷:スポーツ用品などは、スペックが高いほどお金を出したくなりますね。
岩佐:ゴルフであれば、ボールは極端にいってしまうとゴムの固まりなのに、1個1万円の商品があるくらい高いですよね。しかし開発費という名目で価格を設定できます。先に例で出した高機能スリッパを100円で売るためにはかなりの努力が必要で、僕らは太刀打ちできません。でもゴルフボールだったら1万円の販売価格でそれなりにいいものを作れるのではないかと考え、スポーツの中でも教育ではなく、競争的な要素があって、且つプロフェッショナルが存在する種目を狙いました。その中でも、ゴルフやテニスなどあまりに大きなジャンルには手が出ません。ゴルフクラブをIoT化するデバイスなどは、すでに数十個出ているし、テニスラケットには大手電機メーカーが参入しています。その他にも競争できそうにないジャンルを省いていったら、スノーボードに行き着いたわけです。
ハードウェアの世界は、アプリの世界で戦っている人たちと違って、非常に勝負しやすいと思っています。スポーツの分野だけでも、テニスとゴルフは強い競合がいるから、他の種目の市場を狙おうというように、逃げ先がいくらでもあります。スマートフォンアプリの世界では、課金系は競争が激しいからソーシャルゲームを辞めようと考えても、他に逃げ道がなく、会計系などの別のアプリに行っても競合相手が世界中にいます。ハードはまだまだブルーオーシャン戦略を取ることができ、大きなマーケットなのに電子化やスマートフォン連携されていないモノがたくさんあります。
海外でビジネスをすることはすごいことではなく、ハードルは高くない
中嶋:スポーツはコンペティションとともに、見た目のかっこよさもお金を出す理由になりますよね。それに拡張性を付けてコネクティブになった瞬間に別の価値が出て、グローバルニッチに対応させているのですね。
岩佐:欧州や米国の人と話していても、「あいつに勝ちたいから新しいのを買っちゃった」というのは万国共通ですね。英語版サイトに問い合わせが来るようになった当初は、外国人は日本人とはまったく違う趣味嗜好、購買行動、考え方を持っているというイメージだったのですが、「やっぱりみんな同じ人間じゃん」ということがわかりました。僕の中では、関西人と関東人ぐらいの違いしか感じませんね(笑)。
ユーザーサポートの問い合わせは毎月何百件も来て、「国によって違うでしょ?」と聞かれることも多いのですが、大部分は日本の問い合わせのコピー&ペーストで対応できます。来るタイミングも聞き方も一緒で、「不良だ、交換しろ」と言ってくる人が実は設定を間違っていたりする、というパターンまで似ていますね。展示会に出るときも、どの国でも同じことを聞かれるのもよい例です。
加賀谷:necomimiを発表したときも似通った質問に収れんしていきましたね。買う人が同じようなクラスターじゃないかというイメージです。
中嶋:こういった話をしてもらえると、若い人にはすごく勇気づけられると思います。
岩佐:1つだけ言えるのは、海外に出るのはすごくハードルが高いということは完全に忘れたほうがいいですね。そんな時代ではありません。
加賀谷:海外拠点は、アメリカにあるのですか。
岩佐:一応、アメリカのシアトルにレンタルオフィスを借りているとはいえ、海外拠点はほぼなしでやっていると考えてもらっていいですね。
中嶋:設計や基本的な運営は日本だけでやって、調達は日本とアジアで行っているようですが、アセンブリー(組み立てて製品に仕上げる過程)はどこでやっているのですか。
岩佐:商品によって異なりますが、中国・深センがメインで、フィリピンのマニラやベトナムのホーチミン、一部を台湾で行っています。
加賀谷:生産拠点から消費者へは、ダイレクトにシッピングするのですか。
岩佐:中国のものは香港の倉庫に集めて、香港から世界の代理店に配送しています。個人のお客様にダイレクトシッピングというわけではないですけどね。
中嶋:そうなると、シアトルはあまり意味がありませんね。
岩佐:一応シアトルにも存在意義はあって、北米は出荷台数が多いので、RMA(Return Merchandise Authorization、返品確認のこと)で不良品の返品先にしています。日本に返品すると送料が非常に高くなってしまうので。EUでは、代理店がRMAの機能をやってくれて、オランダの倉庫に返品していますね。あと、アメリカ国内の個人ユーザーにはシアトルで借りている倉庫に1度入庫して、そこから出荷させています。
加賀谷:完全に世界展開に対応しているのですね。
岩佐:海外でビジネスをやっているのはすごいという論調が日本には昔からあると思いますが、自分達はすごいことをやっているという認識はないし、実際にすごいことはやっていません。小さなビジネスをやっているだけで、国内で大きなビジネスをやっているほうがすごいと思います。こんな新しいカタチがありますというだけで、国内か海外かなんて、髪型の違いくらいの違いしかありません。ショートにするか、ボブにするか、ポニーテールにするかのやり方の違いだけですね(笑)。
中嶋:でも、その髪型を違いには、先ほど言われたような戦略性がありますよね。
岩佐:たとえば、ポニーテールは少し髪が引っ張られて痛いけど涼しいというメリットがあり、スポーティな女の子が好きな男が寄ってくるなどの、いくつかの必然性があります(笑)。他の会社がプロモーションに使っている予算を、僕らは海外展開に使って、RMAやグローバルシッピングを行っているだけなのです。
日本は狭い国で、モノづくりをする人が多いので、僕らの競合が出てきやすいと思います。アメーバ組織のように分散させることで、これらのコンペティターに勢いがあってもダメージを受けにくいようにしていますね。また、モノづくりをやっている人の仕入れは基本的にドル建てですが、僕らのビジネスモデルは円相場に左右されないというメリットもあります。今は海外売上が半分くらいですが、今後は、もっと伸ばしていきたいと思っています。