ロボティクスビジネス入門講座No.9
「2020年に向けて、ロボットを日本の力に」 経済産業省・今里和之氏インタビュー(前編)
2015/03/17
電通の社内横断組織・電通ロボット推進センター代表の西嶋賴親氏が、日本国内の著名なロボットクリエーターや、ロボット関連企業のパイオニアとの対話を通して、ロボットをビジネス視点から考える本連載。今回は、先ごろ公表された政府の「ロボット新戦略」などをまとめられた経済産業省・今里和之氏を訪ねました。
1000万円の高性能ロボットより、10万円の単機能ロボットを
西嶋:今日は、一般の方にも分かりやすいように、経済産業省のロボット産業に対する施策について、いろいろ伺っていきたいと思っております。どうぞ、よろしくお願いいたします。
今里:よろしくお願いいたします。
西嶋:生活に密着したロボットには、介護や医療、家事のサポートやコミュニケーションなどの領域が思い浮かびますが、経済産業省が推進するロボットの条件はあるのでしょうか?
今里:分野を問わず、省として目指しているのは「広く現場で使われ、作業や生活の改善にちゃんと役立つ」という点です。
日本は技術的に優れている分、高度すぎるものをつくってしまう傾向があります。例えば、最先端のセンサーとモーターを駆使した1000万円するような介護ロボットを、買える人がいったいどれくらいいるのでしょうか。それよりも、抱き上げる瞬間だけ腰をサポートしてくれる10万円程度のパワースーツの方が、はるかに現場のニーズには合っています。本当に現場が使える、機能と値段を考えることが重要なのです。
身体的な負担だけでなく、金銭的な負担も抑えられる、そういう現場が使える機能と価格を兼ね備えたものをつくってこそ、私たちの生活の中にロボットが浸透していくのだと考えています。この考え方は、例えば経済産業省が隔年で主催している「ロボット大賞」(※1)の審査基準にも含まれています。
※1 経済産業省と日本機械工業連合会が主催。2006年に創設以来、将来の市場創出への貢献度や期待度が高いロボットを選定して、表彰している。
西嶋:このような考え方は、審査基準にまでなっているのですね。
今里:はい。ロボット大賞には、産業用ロボットやサービスロボット、ソフトウェアなど5つの部門がありますが、いずれの部門でも技術力だけでなく、社会的必要性やユーザー視点での評価も重視しています。利便性やデザイン性、維持するコストなども明記されているのです。過去の受賞作品を見れば、そういった考えが根底にあることは感じてもらえると思うのです。でも、ロボット事業の推進を通して経済産業省がどんな未来を目指しているのか、もっと発信していかないといけないですね。そこには課題を感じています。
ロボット産業の今後の市場予測について
西嶋:次は、ロボット産業の将来市場について伺いたいと思っております。平成22年度ロボット産業将来市場調査において、足下の国内市場規模約9,000億円が、2035年には約10倍の9.7兆円に成長すると予測されておりました。また、ビジネス面でのロボットといえば、製造分野のいわゆる「産業用ロボット」が中心でしたが、2025年にはサービス分野とよばれる「生活空間で活躍するロボット」が市場シェアで逆転する見込みです。この点について、お聞かせください。
今里:2020年には、製造分野で2倍、サービス分野で約20倍の成長を予測されています。まず、製造分野についてですが、現在世界一のロボット台数が導入されています。かといって、例えば自動車工場のライン全てにロボットが導入されているかというと、そうでもなく、まだ人手でまかなっている部分も多く見受けられます。また、食品・化粧品・医薬品のいわゆる「3品産業」については、お弁当の箱詰めなど従来人手による作業が多かったです。こういったポテンシャルのある部分に、複数の工程を担うことのできる多機能なロボットを導入することで、非常に大きな伸びが期待できます。
西嶋:なるほど、従来から導入されてきた業種でも、されていない業種でも、さらに拡大の可能性があるのですね。
今里:はい、そうです。そして、サービス分野については、一般的に馴染み深いのは掃除用ロボットなどの家事支援を行う生活家電だと思われますが、サービス産業のバックヤードのロボット化にも大きなポテンシャルがあると思っています。老舗旅館の「加賀屋」では、搬送ロボットが料理を載せて厨房から配膳室まで自動的に運ぶシステムを導入していますが、これは単なる効率化のためでなく、人と人が接する部分でさらにサービスに注力できるように考えた結果なのです。サービス分野のロボット黎明期では、この話題性だけが先行していましたが、大切なことは人の仕事をロボットがとって変わってしまうのではなく、人とロボットを共生させることによって、今までのサービスをより深化させることができるようになったという点です。
西嶋:たいへん興味深いお話です。人間にしかできない仕事をもっとするために、サービス分野でロボットと共生する形を検討することが重要なのですね。
今里:あらゆるサービス分野において、チャンスがあると思っています。そのチャンスを活かすためには、いわゆる「ロボット」という言葉だけでくくってしまうのは良くないと考えています。例えば、自動走行可能なロボット自動車や、配送型ドローン、ロボット掃除機などは、すべて用途も違えば、そこに抱えるリスクも大きく異なっています。もっと言えば、そのロボットが導入されるであろう社会制度自体もそれぞれ異なり、今はロボットが存在することを予測されていない状態で作られたものがほとんどです。今後、ロボットと共生する上での制度を考えていく必要がありますが、その際に注意することは、やみくもに規制することではなく、安全に使ってもらうために必要なルールを考えることだと思っています。今のまったく自由な状態で大きな事故が起こると、世論がロボットに対して拒絶に振れてしまう可能性があります。でもだからといって、あれもダメ、これもダメ、といったネガティブな考え方をするのも問題です。ロボットと共生する社会が発展していくためにはどうしたら良いのか、という考え方の元での基盤づくりが重要になってくるのです。
ロボットの安全性に関する国際規格、日本の提案で実現
西嶋:昨年2月、生活支援ロボットの安全性に関する国際標準化規格「ISO13482」が日本の提案をベースに発行されて、ニュースになりました。それまで生活支援ロボットにおける国際統一ルールはなかったのでしょうか?
今里:そうなのです。意外といえば意外ですよね。
西嶋:発行を提案したのはNEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)となっておりますが、経済産業省もバックアップしているとお伺いしております。
今里:はい。発行されてすぐに日本で取得第1号、第2号の事例が出て(※2)、以降も日本の事例が続いたので(※3)、手応えがありましたね。
西嶋:日本主導で規格づくりを提案した理由をお教えください。
今里:一般の人が生活の中でロボットを使うようになると、より厳密な安全管理が必要になります。また、民間企業へのヒアリングからは、統一ルールがないと大きなチャレンジができないという事情も見えてきました。掃除用ロボットが象徴的ですが、技術の蓄積があるはずなのに、日本が生活分野でのロボット活用の先鞭をつけられなかったのは、そこに理由があると感じています。
そこでNEDOと連携し、生活へのロボットの浸透、そして日本企業の研究開発の応援のため、規格の提案に取り組んだのです。
西嶋:立て続けに日本からISO取得事例が出たところから見て、狙い通り、日本企業のチャレンジを後押ししそうですね。
今里:そうなって欲しいです。実際にISOへの提案では、日本企業の考え方や、これまで蓄積した大量のデータが非常に役に立ちました。規格の基本的なコンセプトやスキームづくりは、まさに日本が貢献したと言ってもいい成果があったと思います。やはり日本は、実際に生活の場で使われるロボットの実例において、群を抜いていると実感しました。
後編でも経済産業省・今里氏に引き続きお話を伺います。安倍首相が主宰した「ロボット革命実現会議」など、日本国内のロボット開発・活用についてお聞かせいただきます。