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仕事という名の冒険No.1

ロンドンのモダンアート美術館長に会いにいく

2015/07/16

絵/堀越理沙(電通 第4CRプランニング局)

 

あらゆるものが変革期にある現在ですが、仕事というものもまた、変革のさなかにあります。

今までのやり方でやってもうまくいかなくなっていますし、仕事はすでに新たなものを生み出す、新たなやり方を生み出すことと同義になったと捉えたほうがよいと思います。

それは、仕事観そのものから作りかえていかなければ対応できない状態、といってもいいでしょう。
ではその新たな仕事観とは何でしょうか。明確な羅針盤もなく、先人の切り開いたものは見えにくい。自らを信じ、少しずつ歩みを進めるしかない。当然失敗もするし寄り道もあるけれども、前へ行くことを止めなければ徐々にやれることが増えていき、歩みは力強くなっていく。

そういうものとしてとらえたとき、僕は「冒険」というものがこの新たな仕事観を表現するときに近いのではないかと思います。

この連載では、拙著「仕事という名の冒険 世界の異能異才に会いに行く」(発行:中央公論新社)から選択し、冒険のようなでこぼこの起伏ばかりの日々の仕事で巡り合ってきた人物やその考え方について紹介していきます。

はじめにご紹介するのは、何度もbigという言葉を使って話をするロンドンの美術館長の話です。


美術展の企画をしていたときのこと。日本のアーチストにとってのモチベーションになるのではないかと思い、日本のアートシーンのショウケースのようなものをつくることについて、ロンドンのあるモダンアートの美術館長と話をしていた。彼は常に新しい展示のアイデアを求めていたし、遠い国のアートの話をもってきた人間の話に酔狂にもしばらくつきあってくれた。

「モダンアートというのは常に歴史との対比により成立するものだから、美術の歴史を知ることがすべてなんだよ」と彼は言い、アートが成立することの背景やその意味について、歴史をもとに楽しそうに語った。30分の時事ネタの会話のなかで中世を語り、バロックを語り、ロマン主義を語るような人だ。彼が「最近は」と話をするとき、その「最近」の感覚はだいたい50年程度を意味しているようだった。

彼の職業がそうだから、というわけではないが、話をしていると彼は常に「君の言うその新しい企画というのは、世界史上どんな意味があるのか」と質問する。「どんな意味があるのか」ではない。「世界史上の意味」だ。

だから必ず、「こういう背景のなかで、こんな切り口のものは今までになかった」とか「このとらえ方は今後このカテゴリー作品に影響を与えるものになる」とか、そんなことを事前に考え、準備しておかなくてはならない。

彼は、「Think Big」「Bigger Picture」と何度もbigという言葉を使って話をする。人は弱い生き物で、どうしても目の前のことにとらわれてしまうもの。だから、できるだけ大きな視点でものごとをとらえなさい。そのためには半ば強引なことが必要なので、と言って彼は時折地球の始まりをホワイトボードに描く。Big Bang。ここでもまたbigが登場する。ここまでさかのぼって一気に流れを見てみると、本当に必要なことが見えてくるのだ、と。

それは僕にとってとてもよい経験だった。世界史上の意味を考える訓練。それは結局、すべての仕事にあてはまるものだ。本当にこの仕事は必要なのか。本当に意味があるのか。本当のところそこに自分はどんな意味をもたせようとしているのか。そして何より、お前は地球の歴史に何かの爪痕を残すだけのものにする覚悟があるのか。そう問われていたのだ。

実際、いつの間にかビジネスのスピードは上がりに上がり、1年計画は3ヵ月計画に、1ヵ月計画は1週間の計画になるような世の中だ。では、それで新しいものが生まれるかというと、そういうわけではない。むしろ、世の中の流れにどうついていくかに精一杯という状況でしかない。世の中に何がしかを投げかける存在になるためには、いったんそのサイクルから距離をとり、より大きな流れのなかでとらえ直してみる。そしてその流れのなかにおいて、覚悟を決めて乾坤一擲の爪痕をつけていけるかどうか考える、そういうことなのだと思う。

彼を見ていると、時間軸を遥か彼方に設定し、遠い目をしてものを考えている姿というのは、よい佇まいだなと感じる。迷いのない生き方をする一つの方法なのだと思う。


次回は、コロンビアの書籍王に会いにいった話です。お楽しみに。