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避難訓練はあっても避難生活訓練はない。 「防災新視点」から考える未来への備え

2025/03/11

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「災害は夜にも起こるのに、避難訓練は昼だけだった。」「車には事故だけでなく、災害の備えも。」「避難訓練はあっても、避難生活訓練はない。」このように、日本には過去の災害の経験から、本来備えるべきなのに見落とされている課題や、世の中に広まっていないナレッジがたくさんあります。

そこで、福島民報と岩手日報電通が推進する、災害から国民の「命」を守るプロジェクト「未来防災イニシアチブ」は、全国から備えられていない防災の視点を集めて世の中に共有する「防災新視点」プロジェクトをスタートしました。

そもそも「未来防災イニシアチブ」とは何か?「防災新視点」を通じて企業・団体、個人に伝えていきたいこととは?プロジェクトメンバーの電通 長島龍大氏、小林央奈氏に聞きました。

未来の災害に備えて、日本の防災の集合知をつくる

──はじめに「未来防災イニシアチブ」について教えてください。

小林:「未来防災イニシアチブ」は、災害から国民の「命」を守るための新しい制度や習慣、仕組み、サービスの創造を目指し、福島民報と岩手日報、電通で立ち上げたプロジェクトです。新聞社、民間企業、自治体、学校などを巻き込み、防災に関する発信などを通じて地域ごとの課題解決を目指しています。

長島:新聞社と電通が向き合う中で、防災は非常に重要なテーマでした。しかし、防災に関する知見や施策は各地に分散しており、それらが十分に共有されていないという課題がありました。そこで、全国各地でバラバラに取り組まれている防災施策や知見・ノウハウを集め、集合知として発信するため、地方紙が持っている知見と、電通が関わっているクライアントの知見、コミュニケーションのノウハウをつなげる新しい防災プラットフォームをつくることができないかと考えたのが始まりです。

──このプロジェクトを福島民報・岩手日報とともに進めることになった経緯を教えてください。

小林:福島民報さんとは「365日の防災」や「夜の避難訓練」といった防災に関する取り組みを行っていました。その活動をさらに広げていく必要があると考え、岩手日報さんにお声がけしました。岩手日報さんは被災県として以前から防災に関する情報発信に注力されていたこともありご賛同いただき、3社でプロジェクトをスタートしました。

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小林央奈氏。プロジェクトでは地方紙との連携や調整を担当

長島:福島民報さんも岩手日報さんも、東日本大震災の経験と、そこから生まれた防災知見を数多く持っており、県内でさまざまな発信や取り組みを進めていました。一方で、それらの価値ある知見が県境を越えて広く発信される機会が少ないことに課題意識をお持ちでした。

このプロジェクトを通じて、自分たちの知見をより広く共有し、日本全体の防災意識向上につなげたい。そのような思いでプロジェクトを推進してくださっています。私たちも個々の企業の防災活動を単独で行うのではなく、クライアントのネットワークを活用して相互につなげることで、より大きな防災の潮流をつくりたいという思いでプロジェクトに取り組んでいます。

──ちなみに「未来防災イニシアチブ」の“未来”という言葉には、どのような意味が込められているのでしょうか?

小林:このプロジェクトの大きな目的は、「次の災害で一人でも多くの命を救うこと」です。防災の集合知をつくり、未来の災害に向けて日本の防災力を高めていきたい。“未来”という言葉にはそのような思いが込められています。

確かに!言われて気が付く「防災新視点」

──未来防災イニシアチブの企画の一つである「防災新視点」について教えてください。

長島:「防災新視点」は、さまざまな災害の経験から生まれた、備えられていない防災の視点を収集し、集合知として共有する企画です。誰かにとっての「いい気づき」となる視点を集め、それを広く発信していくことが目的です。全国の新聞社42社43紙の協力を得て取り組んでいます。

防災は日本中で大切にされているテーマですが、それでも備えられていないことや、見過ごされていることが数多くあります。例えば、福島民報さんと一緒に実施した「夜の避難訓練」という企画があります。夜の災害は被害が大きいにもかかわらず、避難訓練は昼にしか行われていないという視点に気づき、それをテーマにしました。実施すると、多くの方から反響があり、普段あまり防災に関心がない人でも新しい視点に触れることで興味を持つきっかけになると実感しました。

──この視点をみた時、「確かに!」と思いました。子どもの頃から何度もやってきた避難訓練の盲点ですよね。

長島:こうした経験から、「防災にまつわる新しい気づきは、日本中にまだまだあるのではないか?」「防災に関するプロダクトやサービスをつくっている方々は、“そもそも備えられていないもの”に対する発見や気づきから開発を進めているのではないか?」と思いを巡らせ、それらを集めて共有することに価値があると考えたことが企画につながっています。

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長島龍大氏。「防災新視点」をはじめ、プロジェクトの企画全般を担当

小林:「防災新視点」に至るまでに、新聞社の方々や被災経験者の方々にもお話を伺いました。災害を経験して語り部をされている方など、知見を持っている方からお話を聞いて、「私たちがやろうとしていることは正しいのか?世の中のためになるのか?」を確認していきました。その中で「とても良い取り組みだと思う。世の中に広く広がるきっかけになればいい」という声をいただけたことが、企画を立ち上げる後押しになりました。

長島:お話だけでなく、これまで新聞社が発信してきた防災にまつわる大量の記事を見直し、そこから視点につながったものも多くあります。災害を経験した方々にとっては当たり前のことでも、災害を経験していない人にとっては全く知らないことってたくさんあるんです。そのような視点こそ、県境を越えて共有するべきものだと強く感じました。

──地方紙がずっと発信してきた情報を1度の記事で終わらせず、新視点として編集しなおしたことにも、とても意味があると感じました。
お二人のおすすめの「防災新視点」を教えてください。

小林:私がおすすめしたい視点は「津波からは、ばらばらに逃げよ。」です。これは三陸地方に伝わる「津波てんでんこ」という言葉で、津波が来た際には誰かを待たずにバラバラに逃げよ、という教えです。「てんでんこ」は自分だけが逃げることではなく、「家族も、大切な人も、全員が『てんでんこ(おのおの)』で逃げているはず」という信頼関係で成り立っているもの。私だったら、災害が起きたら家族を探しに戻ってしまうかもしれない。だけど、それぞれが逃げることを前提に行動することが大切なのだと学びました。新聞社の方々から教えていただいた大切な視点の一つです。

長島:岩手県盛岡市を拠点に障害のある作家の作品を製品化している企業のヘラルボニーさんからいただいた視点です。障害のある方と一緒に暮らすご家族の視点で、避難所になじめずに、倒壊寸前の家に戻る人がいるという実態を知りました。安全な場所であるはずの避難所から、危険な場所に戻らなければならない人がいる。これは災害を経験した場所でもまだ明確な解決策が見つかっていない課題であり、見過ごされがちだからこそ、私たちが向き合っていくべき大きな課題だと感じました。

──確かに、津波の被害を受けた経験がない地域の人も、旅行中に震災に合うかもしれない。どの地域の人も知っておきたい視点ですよね。また、DEIはさまざまな領域で取り組まれ始めている課題ですが、防災は命に直結することにもかかわらず、まだ認知も進んでいないことに気が付いて、ハッとしました

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3月11日に岩手日報にて発行されたタブロイド。二人が紹介した視点をはじめ、さまざまなところから集まった「防災新視点」を掲載している

新視点で得られる気づきを、未解決の課題にチャレンジする契機に

──全国から集まった「防災新視点」を共有する「防災新視点サミット」が3月24日(月)に開催されます。アナウンサーの有働由美子さん、パラリンピック金メダリストの大日方邦子さん、元ラグビー日本代表の大野均さん、企業や自治体、被災経験者などをお招きし、多様な視点から防災を考える場ということですが、このシンポジウムでの新たな視点との出合いを通じて、企業や団体、個々人ができることについて、お二人の考えを教えてください。

小林:個人としては、災害の経験有無にかかわらず「こんな視点があるのか!」と気づきを得ることがまずは大切だと思っています。すでにソリューションとして実現されている視点もあれば、まだ実装されていない視点もあります。企業や自治体の方々には、そうした未解決の課題に対して、一緒に実装に取り組んでみませんか、というチャレンジを促したいと考えています。

長島:災害を経験していない地域の企業の方々にヒアリングをした際、「防災関連の技術は持っているが、何を作ればいいのか分からない」という声がありました。そうした企業の方々に、「防災新視点」を新たな発想の種として活用していただけるとうれしいです。「人に話したくなるような視点の種」がたくさんあるので、個人の方はそれを一つでも多く持ち帰っていただき、まわりの人や家族に話してもらえるとうれしいですね。

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サミットでは集めた「防災新視点」が展示される。防災に取り組む企業と自治体の交流の場となるブースも用意される

日本に新しい防災の仕組みをつくりたい

──立ち上げから今まで、新聞社や被災者の方、災害を経験していない子どもたちなど、さまざまなステークホルダーと対話を重ねてきたと思います。その中で、印象に残っていることや、大切にしたいと感じたことはありますか?

小林:岩手県釜石市で「防災スポーツ」の授業を行った際、東日本大震災の語り部をされている宝来館の岩崎昭子さんにお会いしました。とても明るく接してくださって、地域のためにこれほど前向きに取り組み、発信している方がいるんだと、改めて気づかされました。こうした被災経験者の方々の思いや経験を発信し続けているのが地方紙です。私たちもその姿勢を受け取り、一人一人の思いや体験に寄り添い全国へ広げる活動を続けていきたいと思っています。

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岩手県と福島県で行われた「防災スポーツ」授業。元ラグビー選手で震災復興にも取り組む大野均さん(写真旗の前左)をゲストに、体を動かしながら防災について学ぶ。語り部である宝来館の岩崎昭子さんは写真前列右
※「防災スポーツ」は株式会社シンクの登録商標です。

──「未来防災イニシアチブ」の中期的な展望についても教えてください。

長島:今回は「視点を集める」段階にとどまっていますが、今後はそこから新しい防災の仕組みやソリューションを生み出していくことにチャレンジしたいです。今回のサミットを一つの契機として、企業や自治体と一緒に具体的なアクションにつなげ、日本に新しい防災の仕組みを作ることを目指したいですね。

──具体的にどのようなアクションが考えられるのでしょうか?

小林:重要なアクションとして、視点を活用した「防災教育」に取り組みたいと考えています。福島県と岩手県で実施した、スポーツを通じて防災について学ぶ「防災スポーツ」の授業を全国にも広げる他、「防災新視点」の教材化に取り組むことができればと考えています。今回のサミットでは、「防災新視点」を活用して課題解決のアイデアを高校生と一緒に考えるワークショップも実施する予定です。このワークショップを全国の自治体や教育機関に広げていくことで、若者を中心とした防災力向上にも貢献していきたいです。

長島:もうひとつ、「情報発信の仕組みづくり」も重要なテーマです。例えば、外国人の方や障害のある方、その他のマイノリティの方々に向けた情報発信は、まだ十分ではありません。そのような課題に対して、通信事業やコミュニケーションプラットフォームを持つ企業と連携し、災害時の情報発信のあり方を一緒に考え、より適切な情報提供の方法を模索するような取り組みをしていきたいですね。

みなさんの「次の災害で一人でも多くの命を救う」活動に、引き続き注目していきたいと思います。本日はありがとうございました!

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イニシアチブメンバーである福島民報、岩手日報、電通のみなさん
防災新視点のサイト:https://bousai-new-perspective.com/
防災新視点サミット申し込みサイト:https://bousai-new-perspective-summit2025.peatix.com/
 
https://x.com/dentsuho