未来の難題を、こう解いていく by Future Creative CenterNo.11
1万人が参加した「とつぜんはじまる避難訓練」はどう生まれたのか。
2021/01/08
電通のクリエイティブ横串組織「Future Creative Center」(FCC)は、広告の枠を超えて、未来づくりの領域をクリエイティビティーでサポートする70名強による集団。この連載では、「Future×クリエイティビティー」をテーマに、センター員がこれからの取り組みについて語ります。
今回取り上げるのは、2020年にLINE Fukuoka株式会社 と福岡市が行った「とつぜんはじまる避難訓練 」。決められた期間内に突然、福岡市のLINE公式アカウント(友だち追加はこちら )から“災害発生”の通知が届き、そのままLINE上で避難の仕方や注意点、付近の避難場所など、災害時の行動を学べるものです。オンライン完結の避難訓練で、1万4857人が参加登録。現在では、LINE公式アカウントを活用した防災のアイディアとして全国の自治体に紹介されています。
このプロジェクトに関わったのが、電通FCCメンバーの姉川伊織氏、熊谷由紀氏、長島龍大氏。LINEの通知機能を使い、予定調和になりがちだった避難訓練を一新したこの企画はどう生まれたのか、プロジェクトの過程を振り返りました。
優れた機能はそのままに、世の中に必要とされるきっかけをどうつくるか
長島:災害は、何の前置きもなく、突然やってくるもの。一方、避難訓練は、決められた日時・場所に集まって実施するのが一般的で、予定調和になりがちです。そんな防災の課題に着目して、LINEの通知機能を使って「避難訓練が突然やってくる」新しい体験を作れないかと考えました。今までになかった、災害の突発性にアプローチする防災が「とつぜんはじまる避難訓練」のポイントです。
熊谷:事前登録した人に向けて、9月1〜6日のどこかで福岡市のLINE公式アカウントから“災害発生”の通知を送信。通知タイミングは実際の災害を想定していつ来るか分からない形に。通知のタイミングを20パターン以上用意して、参加者をランダムに配置、家族や友達同士でもばらばらになるようにしました。通知後、LINEに届くメッセージに従って操作をすると、災害時にとるべき避難行動を学べるという内容です。
姉川:LINEというプラットフォームは、改めて考えるとすごいものです。生活者の大半が毎日使っていて、みんなに通知が行き届く。そのポテンシャルを生かした避難訓練ができればと考えて、この形になりましたよね。
姉川:プロジェクトが始まったきっかけは、今年の6月16日。大学時代の知人がLINE FukuokaのPRマネージャーをしていて、オフィシャルではなく、あくまで個人的にツイッターで福岡の街づくりを手伝う人を募っていたことです。 それに返信したのが始まりで。いろいろ話す中で、福岡市ではLINE公式アカウントをインフラとした、市民への情報発信のデジタル化が進んでいて、そのひとつである「防災機能の認知を上げたい」と相談を受けました。それで、よく仕事をするADの熊谷とプランナーの長島に声をかけました。
熊谷:今回の核になった防災機能は 、最初から福岡市のLINE公式アカウントにあったんです。主に、防災情報のセグメント配信、避難行動支援機能、道路公園等通報機能の三つで構成されていて、LINE上で簡単に家や職場近くの避難所を見られたり、災害時のデモが体験できたりする。それを活用した形です。今年はコロナ禍で、集まって行う避難訓練ができないので、防災のデジタル化を普及させやすいタイミングでしたね。
長島:防災機能をはじめとする、福岡市のLINE公式アカウントの機能を知ったとき、本当にすごい発明だと思ったんです。ただ難しいのが、どんなに機能が便利でも「防災情報をLINEで見ることができる」というだけでは、なかなか使ってもらえない。この素晴らしい機能は変えることなく、世の中に広めるにはどうすればいいか。そこを徹底的に考えました。
熊谷:それで長島が「とつぜんはじまる避難訓練」のアイデアを持ってきました。LINEの通知機能に着目して。
長島:LINEアプリで改めて着目したのが、「ピコン」という通知機能。多くの人のスマホに、いつでもどこでも一斉に通知できるのは、当たり前だけど実はすさまじいパワーを持っているなと。突然くる緊急地震速報のアラートで、スマホが鳴るたびに驚いてしまうように、「突然の通知」を入り口にすることで、LINEにしかできない防災体験が生まれると考えました。
クライアントの中に入って進めた「新しい制作様式」
熊谷:防災機能はそのままに、「通知からはじまる」という体験の入り口を変えるだけで、世の中の課題を解決する企画になるのがいいなと。一気にタイトルやデザインをチームで掘り下げました。
姉川:LINE Fukuokaの方にこのアイデアを出したら、気に入っていただいて。その後は「一緒に考えながら作りましょう」という姿勢で協力していただいたのが印象的でしたね。普段のやりとりもメールではなく、LINEグループを作って頻繁にコミュニケーションしながら。
熊谷:時間がない中で、すごいスピード感でした。本企画の体験設計はじめ、デザイン面も、先方でテストアカウントを作って見え方を検証してくれて。PRもLINE Fukuokaさんでメディアプロモートしていただいたり、本当に一心同体のチームでした。私たちは“見せ方”を考えただけで、具現化はほとんどLINE Fukuokaさんにやっていただきました。
長島:僕らがLINE Fukuokaに出向している感覚でしたよね。あと、打ち合わせが全てリモートだったのも大きかったかも。このご時世ならではですね。また、福岡市の方もコロナ禍で通常の避難訓練ができない中、アイデアを喜んでいただいた。市民全員を巻き込むことが狙いだったので、企画の中心に高島宗一郎福岡市長がいる形を提案し、告知ムービーにも出演していただきました。
サービスの潜在的な価値に光を当てた企画は他にも。
長島:今回のプロジェクトは、新しい何かを作ったのではなく、もともとクライアントのLINE Fukuokaが持っていたサービスに、違う角度から光を当てられた事例だと思っています。福岡市のLINE公式アカウントが持っていた防災機能や、LINEそのものの通知機能のポテンシャルに着目し、世の中の課題解決をしていく。振り返ると、僕ら3人のチームはそういう企画が多いかもしれませんね。
姉川:最初に3人でやった「おくる福島民報」もそうですね。地方紙の「福島民報」を“手紙”として全国に届けられるようにしたもので、東日本大震災の影響で県外に避難した県民の方が、地元の情報に触れて故郷を思い出すきっかけになればと。これまでは「日々の情報源」だった地方紙が、光の当て方を変えると「故郷を思い出す手紙」になる。同じ新聞でも、当てる光を変えると新しい課題解決ができる。
熊谷:福島民報とは、その後ラジオで「夜の避難訓練」 という企画も行って。文字通り、夜中にラジオで避難訓練が始まるのですが、これもラジオが「家の中にあるインフラ的存在」だからこそ。夜に音だけで行う避難訓練に活用することで、家の中の防災ができる。ラジオの持つ価値を捉え直したものですよね。
商品やサービスの内側から考える、潜在価値発想のクリエイティブ。
姉川:外から何かを持ってくるより、内側にもともとある価値を見つけて新しく光を当てるというか。実はそれが、サービスや商品の根本にある強さでもある。その強さを生かそうとすると、自然と企画の真ん中にクライアントの商品・サービスがくるので、その意味でもメリットがあるなと。
長島:たしかにそうだね。なので最初はできるだけ斜に構えずに、商品やサービスのいいところをピュアに探すようにしています。よくよく考えると、これって当たり前だけどすごいことだな、みたいな気づきから企画が生まれることは多い気がします。
熊谷:あと、商品やサービス中心の企画の場合、長く続けられます。特別なものを作るわけではなく、商品をそのまま生かすので一過性になりにくい。そうやって考えると、私たちの案件はクライアントの力を多大に借りています(笑)。自分たちでゼロから作るより、クライアントの持っている“強み”をお借りして、それを拡大するのが得意というか。
姉川:あと、このチームでいうと、いい意味でも悪い意味でも、3人ともアウトプットの形にこだわりがないです(笑)。クライアントの持つ強み、価値を最大限に広げることが最優先で、その形はどんなものでも構わない。このへんの価値観も似ているから、よく仕事しているのかなと。
熊谷:そのあたりをきちんと話したことはないけど、言われてみれば。これからもこういう考え方は大切にしながら、商品・サービスと世の中、どちらにとってもうれしい企画をしていきたいですね。
長島:今後一気に進んでいくデジタル化の中で、今回のような、世の中におけるサービスの必要性や接点をつくるお手伝いを、もっともっとやっていきたいですね。まだまだいろいろありそう。そのときはまた、3人で一緒にやりましょう(笑)。