loading...

電通報ビジネスにもっとアイデアを。

デジタル時代における広告とメディアの新たな協業戦略

2025/03/10

デジタル広告業界は、テクノロジーの急速な進化に伴い、大きな変革期を迎えています。そのなかで、デマンドサイド(広告主・広告会社側)とサプライサイド(媒体社側)の間で、情報共有や相互理解が不足していることで、業界の発展が阻害されている可能性が指摘されています。

本記事では、メディアのビジネス課題解決や成長を支援するフォーエムの代表取締役 綿本和真氏、フォーエムのアドバイザーを務めるアタラの代表取締役CEO 杉原剛氏、フォーエムのパートナーである電通デジタルのDentsu Digital Global Center(DDGC) マネージャー 小野寺信行氏の3人が、デジタル広告業界の現状と課題、そして今後の展望についてお届けします。

image
(左から)アタラ 創業者 兼 代表取締役CEO 杉原剛氏、フォーエム代表取締役 兼 AnyMind Japan執行役員 綿本和真氏、電通デジタル グローバルセンター マネージャー/電通イノベーションイニシアティブ コネクト 小野寺信行氏

 

デジタル広告業界を取り巻くさまざまな課題

杉原:まず、小野寺さんに伺いたいのですが、デジタル広告業界の現状の課題についてどのように考えていますか?広告主や広告会社側の視点から教えてください。

小野寺:デジタル広告の課題は、インプレッションやクリック数などの数値目標が優先されるがあまり、ユーザーの広告体験が十分に配慮されていないことです。その結果、広告はただ表示されるだけで、ユーザーとの本質的なつながりは築けません。

情報があふれる今、ユーザーは意識的にも無意識的にも情報を取捨選択しています。数値目標を追うだけでは、広告はユーザーに届きません。これからの広告には、ユーザーの生活や価値観に寄り添い、意味のあるつながりを築く視点が、これまで以上に重要となります。

杉原:外資、内資問わず、広告体験に対するクライアントの意識変化はありますか?

小野寺:広告体験への意識は高まっていますが、依然として一部の広告主に限られているように思います。ユーザーの関心が高まる瞬間に適切な広告を届けることは、ブランドの信頼や価値向上に欠かせません。しかし業界全体では、「即時的な成果」や「ターゲティング精度」がどうしても優先され、ユーザー視点を欠いた広告がまだ目立ちます。ユーザー視点を重視した広告体験は、ブランド価値の向上だけでなく、競争優位性の確立にもつながります。このアプローチが業界全体に広まり、持続的で効果的な広告体験が定着することを期待しています。

杉原:広告体験以外の点で課題はありますか?

小野寺:ひとつは、従来の定量的な評価指標、特にCTR(クリック率)やCVR(コンバージョン率)は、広告効果を限定的にしか捉えていない点です。例えば、CTRが1~3%の範囲で良しとされる一方で、残りの97~99%のユーザーには直接的なアクションはできていません。このように、従来の定量的な評価指標だけでは、広告の真の価値を適切に評価できていないと言えます。また、広告の価値は、ユーザーの直接的なアクション効果にとどまらず、ブランド認知の向上やユーザーの態度変容、ブランドロイヤルティの醸成など、多角的に評価されるべきです。広告主、広告会社、メディアがこの視点を取り入れることで、より効果的な広告コミュニケーションが可能となると考えます。

また、3rdパーティクッキーの規制に伴い、ターゲティング手法や広告効果測定手法の再構築が急務です。この変化に対応するためには、1stパーティデータの活用、コンテクスチュアルターゲティングやペルソナターゲティング、予測モデルを活用した、プライバシーに配慮したアプローチが不可欠です。この新たな局面をチャンスと捉え、持続可能なマーケティング戦略を推進することが、競争優位性を確立するためのカギとなります。

image
電通デジタル 小野寺氏

杉原:2024年7月にGoogleが3rdパーティクッキー非推奨を撤回する方針を発表しました。ですが、結果的には3rdパーティクッキーはほとんど使えなくなることも予想されており、メディア環境は依然変化の中にあります。サプライサイドの綿本さんは、現状の課題をどのようにお考えでしょうか?

綿本:端的に言うと、メディアのマネタイズですね。メディアの経営が厳しい状況が多く、短期的なキャッシュを作るための行動がすごく多くなってきていると感じます。ユーザー体験を阻害し得るようなフォーマットやクリエイティブに関しては、皮肉なことにダッシュボードで見えてくるCTR、CPC、CPMの数字自体が高くなる傾向にあります。数字上で見ると、これらを入れるべきであるという判断をしますが、その先に広告主がいて、ユーザーがいて、という背景を考えずに意思決定をしている部分も多く見受けられます。

杉原:それに対するフォーエムの取り組みはなにかありますか?

綿本:短期的に見ると、業績を少しでも上げないといけないので、そういったフォーマットを提案する機会は正直なところあります。一方、広告でのメディアマネタイズを行う場合、広告枠数を減らしたほうが全体の収益化効率が上がるケースもあります。短期的な数字だけを目的として捉えないように心掛けています。また、私個人としては、リポート上の数字が良くても、マーケティングのエコシステム全体を見ると今の状態が健全ではないと思っています。メディアが持つコンテンツやブランドの価値を最大化し、質の高い広告体験を提供していけるよう独自の広告商品を開発し、日々提案活動に励んでいます。実現に向けて、泥くさく取り組んでいきます。

杉原:私は、メディアは広告だけに頼って収益化を目指すのではなく収益多角化が必要だと思っています。

綿本:おっしゃる通りです。まだ成功事例も多いわけではなく、これから増やしていきたいですね。2023年下半期あたりから、収益多角化に注力しているメディアが多い印象なので、今後さらに事例が出てくると思います。

杉原:収益多角化という面で、フォーエムが取り組んでいることはありますか?

綿本:親会社であるAnyMind Groupとの協業を通して、EC事業の立ち上げやグロース、コンテンツ課金、テキストコンテンツだけではなく動画や音声メディアのグロースや収益化、生成AIの利活用など、メディアごとにオーダーメードで取り組んでいます。

クッキーレスと1stパーティデータ偏重

杉原:クッキーレスのさまざまなソリューションも出ていますが、それに伴って1stパーティデータ偏重になっているとも思います。「そうなると、デマンドサイド(広告主・広告会社)とサプライサイド(メディア)でより連携していく必要があると感じますが、綿本さんはどう思われますか?

綿本:1stパーティデータを保有しているメディアはすごく少ないと思います。なので、各メディアが連合を組み、データの連携をデータクリーンルームでやっていく。データ量の担保や質の向上を目指す上でそういった動きは大事な要素であると考えています。

また、データの標準化にも課題があると思います。例えば、年収でターゲットユーザーを設定する際の項目として「高収入層」というセグメントがあったとします。その際に、メディアAは1000万〜1300万円、メディアBは900万〜1200万円で区切っているということがあります。このように、データの取り方が全然違うケースも多いので、データに関するルールの共通化は誰かが先導してやっていかないと進まないと感じています。

image
フォーエム 綿本氏

杉原:日本のメディアはアメリカと比較してもユーザーの母数が少ないからこそ、私はうまくいくキーポイントが「集約」だと思っています。そのためにも、データの正規化が必要ですよね。そういう役割をフォーエムが担っていくんだと思います。

小野寺:データ集約と正規化が進み、統一されたデータ基盤が整備されることは、デマンドサイドにとっても大きな利点です。複数のメディア間で一貫性のあるデータが活用されることで、ユーザーの行動や興味関心をより精緻に把握し、ターゲティング精度が大幅に向上すると思います。その結果、リーチの質も飛躍的に向上するでしょう。さらに、データ連携が進むことで、ユーザーとブランドの最適な接点を設計し、広告投資対効果を改善することが可能となります。エコシステム全体でデータの信頼性が確保され、すべてのプレーヤーが持続可能な形で協力し合う基盤が整うでしょう。

課題解消と原点回帰

杉原:ここまでの話を聞くと、今一度、デマンドサイドがサプライサイドに向き合いなおす必要があるように思います。例えば、昔とあるメディアレップが媒体の広告商品の情報を入手できる説明会を開催していて、良い機会になっていました。昨今はそういった機会もなくなりましたし、なによりデマンドとサプライが対話する機会が不足していると感じます。

小野寺:おっしゃる通り、サプライサイドとデマンドサイドが相互理解を深め、協力していくことは業界の持続的な成長に不可欠です。既存の業界イベントや勉強会はありますが、デマンドサイドとサプライサイドがこれまで以上に主体性を持ち、情報の発信や共有にとどまらず、「本質的な広告効果」や「ユーザー視点の広告」といったテーマについても共に議論し、具体的なマーケティングアクションに移していくことが今後ますます重要になると考えています。

杉原:デマンドサイドとサプライサイドでは、使っている用語もKPIも違います。ならば、交流の場を設けるのはもちろん、デマンドサイドだけではなくサプライサイドも経験すべきだと思うんですよね。

小野寺:広告会社は、広告主の要望に応じたメディアやプラットフォーム、ソリューションを提供するだけでなく、市場の変化を踏まえ、最適な提案を通じて、業界全体に持続可能な価値を提供することが使命であると、私は考えています。また、メディアの価値を守り、サプライサイドとデマンドサイドが共に発展できるよう努めることも、広告会社の重要な役割です。そのためには、サプライサイドの視点も深く理解し、広告商品の設計や開発にも協力し、業界の新たな課題に積極的に対応することが求められます。

メディアもブランドとしての意識を

綿本:その他にメディアに求めることはありますか?

小野寺:「メディアのブランド化」という言葉がありますが、メディアがその価値を明確にし、信頼性と一貫性のあるブランドを確立していくことが不可欠だと考えています。メディアタイアップやPV(ページビュー)数も重要な要素ですが、PV数を増加させることを目的に、大量の広告記事や広告枠を配置するだけでは、メディアのブランド価値が低下するリスクを伴います。重要なのは数値だけではなく、メディアが「広告主のブランドや製品、サービス価値をどれだけ創出できるか」にあります。

綿本:知名度も歴史もある媒体でも数値を優先してユーザー体験を損なわせてしまっては、MFA(Made For Advertising:広告を見せる目的だけで作成されたウェブサイト)と同じような扱いになってしまう危険性もありますね。自分たちの行動でブランド力を低下させてしまうのは非常にもったいなく感じます。

一方、メディアとして良質なコンテンツを作り続けていくためには相応のコストが必要であり、そうせざるを得ない側面もあります。良いメディアや広告商品作りに取り組んでいくことは前提として、より多くのマーケターの皆さまにもオープンウェブに目を向けてほしいなと思いますし、業界全体で解決に向けて取り組んでいきたいです。

「0パーティデータ」と「対話」のすすめ

杉原:さきほど、3rdパーティクッキーレスの話が出たと思います。今後、クッキーレスが進むことによって、データの集計が難しくなるなどの影響が考えられますが、こういった状況下では「0パーティデータ(ユーザーが自発的に提供する信頼性の高い情報、例えばアンケートや購買意向、フィードバックなど)」に立ち戻るのでも良いのではないかと考えています。

そうなると、メディアとして持つべきデータと、デマンドサイドが欲しいデータというものをきちんと理解した上で、メディアが持つべき1stパーティデータを設計することが重要だと思います。立ち位置としてはフォーエムのような会社にしかできないことだと思うのですが、この点、小野寺さんの見解を伺えますか?

image
アタラ 杉原氏

小野寺:3rdパーティクッキーの廃止により、データ層が不明確になり、ターゲティング精度に影響を与える可能性があります。その中で、メディアが持つべきデータ設計はますます重要になります。

メディアの1stパーティデータは適切に活用することでROI向上に貢献しますし、0パーティデータを取り入れることで、双方にとって価値のある広告コミュニケーションが実現できると考えています。こうしたデータ設計とメディアとデマンドサイド間のニーズ調整は、フォーエムの強みです。広告とメディアの質を高め、ユーザーに価値ある広告体験を提供することで、業界全体の信頼性向上と持続的な発展に貢献していくことを期待しています。

今後、日本でも海外同様にオープンインターネットへの投資シフトが重要になるでしょう。しかし、プログラマティック広告の構造上、サプライサイドが十分に注目され、その価値を発揮するのは容易ではありません。こうした状況下で、フォーエムにはサプライサイドの特性を生かし、メディアと広告主双方の利益を調整する役割があると考えています。

杉原:DDGCとフォーエムの両社で取り組んでいることはありますか?

小野寺:現在、DDGCとフォーエムは協業し、クライアント企業に最適化されたPMP配信パッケージを提供しています。配信先メディアの拡充や価格調整、DSP経由での柔軟なプログラマティック買い付けを通じて、広告主、メディア、ユーザーそれぞれにメリットのある、効果的で持続可能なメディアコミュニケーションを確立していけると考えています。

杉原:そういった協業モデルを実現する、具体的なアプローチはありますか?

小野寺:データドリブンなアプローチや高度なプログラマティック手法の確立も重要ですが、「適切なユーザーに、適切なメディアで、適切な広告を提供する」という基本的な姿勢に立ち返ることが最も重要だと考えています。この視点を広告主、メディア、そして中立的な立場にある広告会社のプランナーに浸透させることこそ、協業モデルを実現するために欠かせないアプローチだと思います。

杉原:デマンドサイドとサプライサイドの直接対話の機会を増やすことがやはり良さそうですね。例えば、現在のデジタル広告業界の声として、サプライサイドはお客さまを集められるけど、デマンドサイドはもっとお客さまを集めたいという要望がありますよね。ならば、両者でマッチングイベントを開催すると良いと思うんです。

小野寺:そのアイデアは非常に興味深いです。海外にいくと、広告主、広告会社、プラットフォーム、メディア間の距離が非常に近いことが挙げられます。実際、ランチセッションやショートピッチなど、サプライサイドとデマンドサイドが直接対話できる機会が積極的に設けられており、こうした場が双方のニーズ理解につながり、戦略的なパートナーシップを構築するための重要な基盤となっています。

綿本:そのような場をぜひ作りたいですね。

杉原:フォーエムは、デマンドとサプライの両方をつなげてくれる大事な立ち位置ですね。ほかには実現したいこと、協業したいことはありますか?

綿本:コンテンツメディアの広告価値を誰が見ても分かっていただけるように数値化、可視化していくことが大事だと思っています。DDGCとの協業の中でそこを言語化し証明していくことで、より多くの広告主の皆さまに使っていただきやすいようにしていきたいです。われわれは普段何気なく無料でコンテンツを消費していますが、コンテンツは心を豊かにしてくれるなど生活の中でさまざまな役割を担っていると思います。皆さまとの協業を通して、その当たり前を守っていきたいです。

杉原:今日はデマンドとサプライの距離をどう縮めていくかというテーマで、いろいろな話をしました。僕なりに一言で述べると「手を握らないと解決しない」課題が多いという結論に至りました。今日の対談中にも、ヒント、アクションにつながることがたくさん出てきたと思いますが、今後こうした対談を重ねて協業することが課題解決のきっかけになると思います。

https://x.com/dentsuho