アドエージが見た今年のカンヌライオンズ 10のポイント
2016/07/01
① 次の大潮流はVR(仮想現実)。出版業界の救世主にも
今年のカンヌで最も話題をさらったのがVRだ。クリエーティブ・マーケター・オブ・ザ・イヤーにも選ばれたサムスンは、展示スペースを構え“スーパーシークレット”なVR体験を提供し、大人気を博した。
多くの人を驚かせたのが、ニューヨーク・タイムズ紙のグランプリ2冠。新たなVRプラットフォームはモバイル部門で勝利。そしてそのコンテンツの一つで、紛争で故郷を追われた子どもたちの生活を追った「The Displaced」は新設されたエンターテインメント・ライオンを獲得した。停滞する印刷メディアをVRが活性化した形だが、審査委員長のジェイ・グッドマン氏は「この作品でグレー・レディー(古い学校に現れる幽霊。ニューヨーク・タイムズ紙の通称として使われる)は100年先に飛躍した」と語った。
航空機・宇宙船の開発・製造会社ロッキード・マーチンの「The Field Trip to Mars」(火星への遠足)や、ダリ美術館の「Dreams of Dali」(ダリの夢)のVR2作品はサイバー部門のグランプリを最後まで争った。
② “GOOD”への倦怠感が広がる
ここ数年、社会問題に取り組んだ作品がスポットライトを浴びてきているが、何人もの審査委員長や審査員が、過去授賞が続いた規模的に決して大きくない広告主の社会貢献的作品ではなく、大手のブランドキャンペーンへの授賞を望んでいると語った。このままでは、有能な若手がビッグブランドの仕事を避けるようになるのでは、との危惧も示された。
情に訴えることで有利になりがちなチャリティー的要素を持つ作品について、プロモ・アクティベーションとダイレクト部門の両委員長は「採点のハードルを上げた」と明言した。他にも、非営利目的の作品を対象とした独立したカテゴリーを設けるべきだ、との意見が目立った。“GOOD"への倦怠感が広がり始めている。
③ クリエーティブはやはり重要
アンダーアーマーのケビン・プランクCEOとドロガ5の創業者兼クリエーティブチェアマン、デービッド・ドロガ氏が登壇し、人気を博したセッション「負け犬からゲームチェンジャーへ」で、プランク氏は、ブランド醸成やセールス向上におけるクリエーティブと戦略の重要性を強調した。頭にダース・ベイダーのようなヘルメットをかぶった大柄で筋骨隆々の男を登場させた同ブランド初の雑誌広告は、3週間で8000回のコールと80万ドルの売り上げにつながった。「前年の年間売り上げは130万ドルだった」。やや精彩に欠けた次のキャンペーンでは、コールはたったの35回にとどまったという。去年のサイバー部門のグランプリ作品でもある女性向けラインのキャンペーン「I Will What I Want」の効果に触れ、今年見込まれる収益の50億ドルのうちの10億ドルが女性向けだと説明した。
④ アイデアとエグゼキューションの合体
カンヌで最も注目されるチタニウム部門のグランプリを受賞したのは、米アウトドア用品の小売りチェーンREIの「#OptOutside」だった。広告主と広告会社の見事なパートナーシップが、大きな勝因とみられる。年間最大の売り上げが期待できるブラックフライデーに店舗を閉め、休日をアウトドアで過ごすことをアピールする、というアイデアを思い付いたのはREIだったが、ベナブルズ・ベル、そしてイーデルマンとスパークという異なるエージェンシーが一丸となってキャンペーンを形にした。
アイデアとエグゼキューションのどちらをより評価したのか、という質問に対して審査委員長のジョン・ヘガティ氏は「奥深いアイデアであったと同時に、人々の気持ちを引き付ける形で実施された。両方の見事なコンビネーションこそ、まさにわれわれが見たかったものだ」と答えた。
⑤ 超過密スケジュール
カンヌでは目まぐるしく、さまざまなことが展開されている。ネットワーキングなどのミーティングを積極的にこなそうとすると、作品やセッションを見る機会を失ってしまう。
レキットベンキーザーのグローバルマーケティング担当上級副社長、ローラン・ファラッチ氏は「幹部にはミーティングへの参加を促し、若手のマーケターには作品を見たり、セミナーや授賞式に参加することを優先するように言っている」と社の方針を説明。P&Gのグローバルブランドオフィサー、マーク・ピッチャード氏は「少ないことは、すなわち豊かさだ。われわれはミーティングを極力減らして、じっくりと作品に触れるようにしている」と語った。
⑥ “新顔は仲間に入れよう”
ライオンズヘルスが独立したイベントとして2日前に実施されたことに、多数の広告会社や広告主、メディアの幹部などから不満の声が上がった。WebMDのデービッド・シュランジャーCEOをはじめ、ライオンズヘルスをメインの広告祭に組み込むべきだとする意見は多い。
⑦ 次の次の大潮流は、AI(人工知能)
今年はAIの話題が躍り出た。サーチアンドサーチは恒例の「New Director’s Showcase」でAI(人工知能)が制作したフィルムを披露し、パネルディスカッション「ロボットはライオンに勝てるか?」でテクノロジーを議論した。他にも、さまざまな企業や広告会社が、機械学習のクリエーティブへの活用の可能性を模索していた。人工知能が人間に反乱を起こした映画「ターミネーター」のような悪夢を恐れる必要があるのか、アルファベットのエリック・シュミット会長は「まだまだ道は遠い」と語った。
⑧ ジェンダー問題
広告業界で女性の活躍を支援する議論が活発化する一方で、カンヌでは、元BBHのシンディー・ギャロップ氏が「魅力的な女性とモデル限定とする」と記されたVernerMedia主催のパーティーの招待状を公に暴き、主催者は「第三者が勝手にやったこと」とした上で謝罪する一幕があった。また、女性に差別的な内容が含まれる作品に授賞したとして、審査員が糾弾される場面もあった。
⑨ スキャム論争高まる
例年、授賞作品がスキャム(賞狙いの偽広告)ではないかという議論が起こるが、今年も2作品ほどが対象となった。その内の一つがプロモ&アクティベーション部門でブロンズを獲得したアプリ「I Sea」で、人工衛星で地中海に浮かぶ船影を探知し、漂流する難民たちを助けることができるとしたもの。実際に使い物にならないというクレームが殺到したため、アップルはiTunesから削除した。制作側はまだテスト段階だったと釈明したが、カンヌ事務局は事実の究明のため調査に入ると発表した。
⑩ 物量作戦への警鐘
カンヌへのエントリーが、物量作戦になってきている傾向を指摘する参加者が目立った。部門の多さが、スキャム作品の増加につながっているとも推測される。カンヌライオンズは現状、スキャムだと認定された作品に直接関わった者だけを処罰しているが、母体である広告会社まで対象を拡大するべきなのかもしれない。