『明日の広告』が、既に「明日の話」ではなくなってしまった世界で。
2013/11/29
今回は、電通モダン・コミュニケーション・ラボの生みの親である、さとなおさんこと佐藤尚之氏による『明日の広告』を取り上げます。書評コラムではありますが、コミュニケーション・デザインの「古典」ともいえるこの本についてはまず、自分(たち)に与えた影響と、この本が当時指し示した新しいコンセプトがこれからのコミュニケーションにどうつながってくるのかについて書きたいと思います。
2008年のコミュニケーション環境を振り返る
『明日の広告』が出版されたのは2008年1月。
いきなり自分の話をしてしまって恐縮ですが…その頃、僕は就職活動をしながら、最後の学生生活を送っていました。
2008 ~09年当時、僕の周りにいた一部の学生は既にTwitterのアカウントを持っていたし、ニコニコ動画も見ていたし、初音ミクで音楽を作ったりしていました。世の中的には、2ちゃんねるの書き込みから生まれた内容から大ヒット作が生まれたり、ケータイ小説が流行していた時代です。もちろん、スマートフォン、Ustreamなどのサービスもまだ普及していなかったため、動画をアップする時には、サンヨーのザクティを使ったりしてYouTubeにアップしていました。当然、Facebookもあまり浸透していなかったわけですが(LINEは存在すらしていない!)、学生はほぼ全員がmixiで連絡を取り合っていたし、多くが自分のブログも持っていました。今あるコミュニケーション環境とほぼ同じ風景は広がっていたと思います。
学生だった僕は、もちろん広告に興味があったし、面白いことが好きだから広告会社を志望していたわけですが、正直不安がないわけではありませんでした。やはり、新しいコミュニケーションサービスやプラットフォームが生まれ、若者が(マスメディアとは直接の関係のない場所で)独自の文化を創造・発信している中で、既存の手法に固執している(ように外から見える)広告ビジネスがどう変わっていくのか。好きで読んできた『広告批評』は休刊になってしまうし、僕の周りにはテレビを見ない、新聞もとらない若者もたくさんいました。しかも、リーマン・ショック直後でこれからどんどんと暗くなっていく印象があった広告業界。広告も「危機」なのではないか、と実は思っていました。
『明日の広告』という本は、激変するコミュニケーション環境の中で、広告はどう変わればよいのか?変化に備えるためにどのように考えていけばいいのか?を、ラブレターの比喩を用いたりしながら、メディアニュートラルや消費者本位といったコンセプトからわかりやすく紹介しています。基本的には当時の広告業界内やクライアント企業の上の世代の人たちへ、コミュニケーションの環境が激変しているということを伝えつつ、逆に、ネット急先鋒の人たちの頭をクールダウンさせる役割を果たしていたのではないでしょうか。
メディア環境は変わるかもしれないけれど、コミュニケーションは必要。消費者本位の考え方に自らを合わせていけば、可能性は広がる。本質を捉え直すこと。そこに新しい価値が生まれる。
このように多くの人を「啓発」する一方で、この本はこれから広告業界へ入ってくる多くの若い人たちを「鼓舞」する役割も果たしたのではないかと思うのです。
「明日」は既にやってきている!
今、『明日の広告』を読むと、僕ら若手のプランナーにとって、この「明日」は、既にやってきているぞ!ということを強く思います。インターネット白書の発表によれば、2012年度の段階で、日本人のSNSの人口は5000万人を超えています。今になって、デジタルが重要じゃないと考える人はほとんどいないでしょう。コミュニケーション・デザインというのは、もはや新しい思想や概念ではなく、もはや、一番僕らのベースにある考え方、基本動作として(若い世代は特に)身につけておかなければならないものに変わりました。そう、消費者本位の考え方は当たり前になったのです。
おそらく、今の広告業界で、5年目くらいの年次から下の世代は、さとなおさんや、岸勇希さんに憧れて、コミュニケーション・デザイナーになるのを目指して、この業界に入ってきた人たちも多いのではないかと思います(僕もそんな一人でした)。今こそ改めて、日常の業務の中でも、自らがコミュニケーション・デザインを実践できているか、つまり消費者本位のコミュニケーションが行えているかを問い直してみるとよいと思います。最近注目されつつある「インバウンドマーケティング」も、この「消費者本位の視点」の延長にあるものだと思いますし、ますますコミュニケーション・デザインの考え方は浸透していくでしょう。
今回、初心に帰るという意味でも、『明日の広告』を読み直しました。コミュニケーションの基礎を改めて確認し、きちんとそれを受け継ぎ、さらに僕らが今日における『明日の広告』を考えていかなくてはならないのです。
【電通モダンコミュニケーションラボ】 |