セカイメガネNo.50
人間観察に取りつかれて
2016/11/23
「人をジロジロ眺めるなんて決して上品なしぐさではないのよ」。少女の頃、私が他人の観察を始めると、母は決まって注意した。長じて私はますます人間観察の魅力に引かれていった。観察結果を空想のノートブックに書き込む。笑い、怒り、哀しみ。まるで「感情を分類・保管する図書館」の司書になった気分だった。
後になって、これは普通の観察の程度をはるかに超えていることに自分でも気付いた。人間観察に「取りつかれている」としか言いようがない。見ている対象に深く深く入り込み、理解しようとする試みなのだ。見るもの全てに疑問を持つ好奇心こそ、創造力を伸ばす重要な第一歩になる。
人間観察に取りつかれると、こんな能力が開発される。
(1)直感。ボランティアで病人、お年寄りの世話をするとき、相手が何を望んでいるか言われる前に察するようになった。喉の渇き、空腹、気分の悪さ。私は先回りして気付く。プレゼンテーションにも役立つ。クライアントが私たちのアイデアを気に入っているかどうか、言われなくても感じる。その場でアイデアを修正し、失敗を未然に防いだことが何度もあった。
(2)人の気持ちを読む。珈琲店のバリスタがどうして過剰なほど元気そうに見えるのか。会社の警備員がニコリともしないのはなぜか。観察に取りつかれると、突然理解できる。社員を採用するときも、雇う前に能力を見抜ける。人の気持ちを読む力は、私たちの仕事をいつも助けてくれる。生活者がどうすれば幸せな気持ちになり行動に移すか、手に取るように分かる。クライアントの課題に取り組む、新しい視点が手に入る。もうグループインタビューの必要がないくらいだ。
(3)洞察。レオナルド・ダビンチは、自分の周りのあらゆる物事を観察することで創造的突破ができると信じていた。世界中でたぶん私だけだろうが、飛行機が遅れるのがうれしい。おもむろにサングラスを取り出し、人に気付かれないように観察開始! 遅延、欠航をアナウンスしたばかりの地上勤務員の内心の当惑。お客さまにはあくまで冷静沈着に振る舞うそぶり。こうした観察のストックがあれば、自分がコピー、原稿を書くとき、ホントに助かる。マーケティング・ストラテジストのサイモン・ケンプ氏が最近こんなコメントを書いていた。「価値ある洞察を望むなら、観察を学べ。見たことを調査に生かせ。ビッグデータでは人の気持ちに入り込めない」。
さぁ、そろそろオフィスを飛び出そう。観察に取りつかれるのに絶好の、自分だけの場所を見つけよう。
(監修:電通グローバル・ビジネス・センター)