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チェスが好きだ。残念だけど、へぼの部類だ。手を打つ時、感情に流される。事前に戦略を立てない。自分で自分を混乱させる。名人の棋譜とは似ても似つかない。

弱点を矯正したくて、20世紀の偉大なチェスプレーヤーたちを研究した。そこで、ミハイル・タリに出会った。目を大きく見開き、片時もたばこを離さないラトビアの天才。歴史に残る攻撃型プレーヤー。

伝説となったチェスの世界チャンピオンが3人いる。カパブランカとフィッシャーは、卓越した技術で相手に脅威を与えた。一方タリは、盤上で敵に一寸先の展開も読めなくさせ、恐怖に陥れた。

タリは、「正しさ」とは無縁だ。非合理的で、勇敢で、あつかましい。試合後の分析では、「打ち手に論理的根拠がない。敗北して当然」と評される。けれど、現実の結果は逆だ。タリは勝っているのだ。

リスクを冒し、予測不能の動きを取る。チェス用語で「イニシアチブ」と呼ばれる主導権を握るためなら、平然と持ち駒を犠牲にする。敵にイニシアチブを取られている間は、攻撃を回避することしかできなくなるからだ。

タリのアプローチはチェスとして魅力的なだけではない。クリエーティブのプロフェッショナルにとって、学びどころ満載の教材だ。勇敢で、常に挑戦する革新的な姿勢が、僕たちにも求められている。

チェスの考え方をマーケティング、広告戦略に応用してみよう。競合にイニシアチブを握られているとはどんな状態か。生活者がその競合ブランドを最初に想起し、購買意欲をそそられている。こちらのブランドメッセージを生活者に届けるのがままならない。イニシアチブを取り返すまで、僕たちクリエーティブは打ち手に悩まされ、頭の痛い日々が続く。

ひとつだけ慰めがある。戦っている相手は、ヘビースモーカーの、大胆不敵な、ラトビアの魔術師ではないことだ。挽回できるかもしれない。

 

(監修:電通 グローバル・ビジネス・センター/

 イラストレーション:yukio)

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著者

Rob Cook

Rob Cook

BC&F電通(ニュージーランド)

BC&F電通(ニュージーランド)コピーライター。ロシア語と西洋古典文学の学位取得後、アドスクールで1年学ぶ。2011年、モラトリアムに終止符を打ち、就職。以来さまざまなクライアントを担当し、クリエーティブ、エフェクティブの国内国際広告賞を多数受賞。仕事が終われば、パブに出没。余暇は、70年代以降の難解なドイツ映画鑑賞にハマっている。夢は、いつの日にか「まぁまぁの」チェスプレーヤーになること。魔術師になる野望はとっくに断念した。

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