セカイメガネNo.68
ラトビアの魔術師は、予測させない
2018/05/23
チェスが好きだ。残念だけど、へぼの部類だ。手を打つ時、感情に流される。事前に戦略を立てない。自分で自分を混乱させる。名人の棋譜とは似ても似つかない。
弱点を矯正したくて、20世紀の偉大なチェスプレーヤーたちを研究した。そこで、ミハイル・タリに出会った。目を大きく見開き、片時もたばこを離さないラトビアの天才。歴史に残る攻撃型プレーヤー。
伝説となったチェスの世界チャンピオンが3人いる。カパブランカとフィッシャーは、卓越した技術で相手に脅威を与えた。一方タリは、盤上で敵に一寸先の展開も読めなくさせ、恐怖に陥れた。
タリは、「正しさ」とは無縁だ。非合理的で、勇敢で、あつかましい。試合後の分析では、「打ち手に論理的根拠がない。敗北して当然」と評される。けれど、現実の結果は逆だ。タリは勝っているのだ。
リスクを冒し、予測不能の動きを取る。チェス用語で「イニシアチブ」と呼ばれる主導権を握るためなら、平然と持ち駒を犠牲にする。敵にイニシアチブを取られている間は、攻撃を回避することしかできなくなるからだ。
タリのアプローチはチェスとして魅力的なだけではない。クリエーティブのプロフェッショナルにとって、学びどころ満載の教材だ。勇敢で、常に挑戦する革新的な姿勢が、僕たちにも求められている。
チェスの考え方をマーケティング、広告戦略に応用してみよう。競合にイニシアチブを握られているとはどんな状態か。生活者がその競合ブランドを最初に想起し、購買意欲をそそられている。こちらのブランドメッセージを生活者に届けるのがままならない。イニシアチブを取り返すまで、僕たちクリエーティブは打ち手に悩まされ、頭の痛い日々が続く。
ひとつだけ慰めがある。戦っている相手は、ヘビースモーカーの、大胆不敵な、ラトビアの魔術師ではないことだ。挽回できるかもしれない。
(監修:電通 グローバル・ビジネス・センター/
イラストレーション:yukio)