NEWSPACE PROTOTYPE OF ART DIRECTIONNo.6
日本人のタブーを身近に!ファッションブランド“HIDDEN THINGS”
2020/03/19
アートディレクションの可能性を追求する実験フィールド“NEWSPACE”では、一線で活躍中のアートディレクターが続々と斬新なプロダクトアウトを提案中。第6弾は、日本人が見て見ぬふりをしているタブーをテーマに扱うファッションブランド“HIDDEN THINGS”です。
現代の日本社会で隠されているものとは?また、タブーとされるモチーフをどのように表現したのか?このプロトタイプを手掛けたアートディレクターの河野智に聞きました。
表現の自由が守られない社会に悶々としていた
──HIDDEN THINGS=隠されたもの、というテーマを導き出した背景を教えてください。
昨今、SNSで誰もが発信できるようになり、個人が不快だと思うことへの一方的かつ否定的な意見を目にする機会が増えました。意見の発信は良いのですが、それが一方的な攻撃に近いことに疑問を感じていました。
例えばアメリカでは議論は活発に行われますが、教育現場でディスカッションが取り入れられているからか、他人へ厳しく意見をしても人格否定はせず、ルールに基づいたフェアな議論をしている印象があります。一方、日本の教育では、自分の意見を論理的に構築するとか、多視点で客観的に考えるとかいう能力が育まれにくいのか、SNS上では一方的な意見ばかり飛び交っているように感じます。
海外では誰かの表現物に対し活発に議論がなされることは少なくありません。美術教育で「自分が作品をどう読み解いたか」を議論した経験によると思うのですが、日本では「上手い・下手」で点数をつけられがちで、美しいもの以外はダメというルールを全ての作品に適用しようとする風潮が見受けられます。
ものづくりをしている人間として、アーティストやその作品が制作背景を全く意識されないまま一方的に攻撃されている状況には危機感を覚えます。タブーを扱っているという理由で一方的に攻撃をされたり、表現の自由が守られないことがあったり。世の中に溢れているそういった事象を目にする度に、僕自身も疲弊してしまいます。
その経験から、日本人が押しのけようとしていたり、または見て見ぬふりをしていたりするものをモチーフにして表現をしようと考え付きました。
性というタブーを、ポップな形で日常に潜ませる
──HIDDEN THINGSが「性」を題材にしたファッションブランドになった理由は?
日本人がタブー視していることの中で、性が一番関心の高いテーマであろうと考えて選びました。なぜなら全人類に関係のあるテーマであるからです。調べてみると、海外に比べて日本には性感染症や望まない妊娠が多いという話にたどり着きました。理由の一つに、性に関する情報や知識が足りていないことがあるようです。
性を頭ごなしにタブー視したことで、結局自分たちに不利益が返ってきている。ならば故意に性の話題を避けるのはやめて、もっとフラットに日常へ取り入れた方がよいのではないでしょうか。
“HIDDEN THINGS”をファッションブランドとしたのは、性というタブーをポップな形で提案したかったからです。タブーを扱うと深刻になりがちですが、今回はそうしたくなかった。そこで日常的なアイテムである衣服を選択しました。
しかも衣服は性に関して相反する性質を持っています。身にまとうことで身体(=性)を隠す一方、身体に一番密接であったり、性差を強調する衣服もあったり。性に最も近くて遠い存在です。そして何より、日本人の避けたいものが、衣服に表出し、日常に入り込んでしまうことがアイロニカルで面白いと感じました。
「性」をポジティブに暗喩するデザイン
──ブランドのビジュアルコンセプトはどんなものですか?
まず、性=ポジティブなものと認識させたかったので、不快感なくチャーミングに仕上げることが重要でした。一目で性と分かればそれだけで遠ざかる人もいますし、人を不快にしては元も子もありません。モチーフを判断できるギリギリのあんばいをどう狙い撃つか。
そこで、ブランド名にある「HIDDEN(=隠れた)」をテーマとし、「目にすべきでないもの」に使用されるモザイクを活用して性を可視化・暗喩しました。
衣服に定着させる際には、「48 LABEL」と「XXX LABEL」という二つのレーベルを展開し、それぞれにTシャツと家で飾るためのポスターを用意しました。キャップやパーカー、トートバッグも現在つくり直しています。
「48 LABEL」は名前の通り、四十八手をモザイク起点で可愛らしくアイコン化したもので、ポップな仕上げにしています。
「XXX LABEL」は抽象形態にモザイクを足すことで性行為中の身体をビジュアル化したもので、クールな仕上げにしています。ちなみにTシャツは、着るとロゴが絶妙な位置に来るよう狙っています。
同時に、ブランドイメージを訴求するためのコンセプトムービーとブランドポスター、商品ポスターも制作しました。ムービーはコンセプト文が冒頭に流れますが、文章は表示されるとすぐに検閲されるかのごとく、モザイクでかき消されていきます。
ブランドポスターも同様に、コンセプト文をモザイクで隠し、うっすらと文章を読めるようにしています。
ファッションポスターは着用者の写真を使用するのが常ですが、ブランドの特性を伝えるため今回は着用者を大胆なモザイクに。一方、服のデザイン部は正確に伝える必要があるためリアルに描写しました。
商品は“NEWSPACE”の展覧会での販売や通信販売を考えています。ゆくゆくはセレクトショップで置いてもらえるといいですね。アイテムが起点となり、隠されていた性が少しでも皆の身近な話題になったらうれしいです。
視覚で思考し、最適なカタチを物事に与える
──“NEWSPACE”プロジェクトがうたう「アートディレクションの拡張」をどんなふうに捉えていますか?
僕は「視覚で思考する技術」こそがアートディレクターの武器だと思います。人は言語を用いて思考しますが、時に意味にとらわれ過ぎて、正しいのに魅力的でないものを生んでしまいます。しかしアートディレクターは言語と視覚の二つの思考回路で発想し、最適なカタチを物事に与えることができます。
従来の広告におけるアートディレクターの仕事は基本的に受注で、決まった枠内にどのような表現を置くかが問われてきました。アートディレクターの技術を、メディアにとらわれずもっと自由にいかんなく発揮することが「アートディレクションの拡張」なのではないでしょうか。
自分は現在、電通のアートディレクターとして会社名で受注した仕事をしていますが、それに甘んじず、自分の視点や表現を求めてもらえるような、作家性が確立されたアートディレクターになるべく、日々技術を磨いていく必要があると考えています。
今回“NEWSPACE”に参加し、ひとつの活動フレームができたので、今後も発展させていけたらいいですね。今回は性をテーマにしましたが、タブーをテーマにいろんな展開ができると思っています。
“HIDDEN THINGS”のアイテムの取り扱いに興味を持っていただけたら、ぜひinfo@newspace.galleryまでご連絡ください。