十人十色の思考のお伴No.9
──糸乘健太郎さん、リアルってなんですか?
2024/10/29
この連載は、2023年にウェブ電通報が「10周年」を迎えたことにちなみ、「10」人「10」色というテーマのもとで、すてきなコンテンツを提供したい、という編集者の思いつきからスタートしたものだ。「10」つながりの企画ではあるものの、大きく出るのであれば「ダイバーシティ(多様性)」をテーマとした連載、ということになる。
思考に耽(ふけ)りたいとき、アイデアをひねり出そうとするとき、ひとには、そのひとならではの「お伴」(=なくてはならないアイテム)が必要だ。名探偵シャーロック・ホームズの場合でいうなら、愛用の「パイプ」と「バイオリン」ということになるだろう。
この連載は、そうした「私だけの、思考のお伴」をさまざまな方にご紹介いただくものだ。あのひとの“意外な素顔”を楽しみつつ、「思考することへの思考」を巡らせていただけたら、と願っている。
(ウェブ電通報 編集部)
第9回のゲストは、アートディレクター・糸乘健太郎氏
──糸乘さんと言えば、Ponta(ポンタ)(ⓒロイヤリティ マーケティング)やナナナ(ⓒテレビ東京)など、数々の人気キャラクターを手掛けられています。今回は、そんな糸乘さんに「キャラクターの生みの親」としてのお話を伺っていきます。よろしくお願いいたします。
糸乘:よろしくお願いいたします。
──インタビューに先駆けてお送りした質問シートへのご回答によると、「キャラクターとは長く関わり続けられるので、そのキャラの成長を見守れたり、ファンやクライアントの皆さまの変化を感じられたりするのが、楽しい」とありました。これってまさに、生みの親ならではの「親目線」のコメントですよね?
糸乘:「親目線」というのかどうか分かりませんが、たとえば、Ponta(ポンタ)は2025年に、誕生から15周年を迎えるんです。ナナナは、11周年。長く続いているなー、というのが正直な気持ちです。Pontaでいうと、「えっ、Pontaってもう、そんなこともできるようになってたんだ」と驚かされることはよくあります。はじめはPontaファミリーからスタートさせたんですが、気が付いたら「バファローズ☆ポンタ 」とか「グランパスポンタ」みたいに新しいキャラクターが生まれている。僕が生み出したキャラが、思わぬ形で発展しているー!という喜びもそうなのですが、「(Pontaと)一緒に、大好きなチームを応援できてうれしい」とか「こんなコラボが実現するなんて……すごいぞ、Ponta!」といったファンから寄せられる声には、いつもぐっとさせられます。
──うわあ、それは泣いちゃいますね。「ついこないだまで、よちよち歩きだったのに」という親心……分かるなあ。
糸乘:いろいろな意味で、感慨深いです。そうか、もうこんなにも大きくなったのかあ、という気持ちは一言では表現できませんから。
──そう伺うと、キャラクターを世に送り出すことができるアートディレクターという職業が、本当にうらやましい。
糸乘:キャラクターを誕生させるだけ、ではなく、その成長をずっと見守れる楽しさみたいなものは確かにありますよね。この先も長く大きく育ってほしいみたいな。
──そんなことまで、考えるんですね。
糸乘:一緒にPontaを世に送り出したクライアントの方とも、Pontaの成長を喜び合ったり、この先のことを一緒に思い合ってどう育つといいのかみたいな話はしますね。クライアントの中でも、元々は生活者としてPonta に接していた人がPonta のご担当になられたりして。時の経過を感じて、じんと来ちゃいます。
──今回のお話も、深いぞー。
人との「掛け算」が、面白い。(糸乘健太郎)
──「人間に当てはめると、なん歳」とか「なになにとは、もう何年の付き合い」といったあたりが、キャラクターの大きな魅力の一つでもあるんでしょうね。単なる「周年」ではなく、そこに成長のドラマが感じられて。そしてその成長の物語は、キャラクターだけでなく、そのキャラクターに関わるすべての人生と共にあるわけだもの。
糸乘:キャラクターは、僕一人の力で生まれて、成長していくわけではありませんから。クライアントやファンの方、一緒にチームを組む仲間とか。たとえば、デジタル領域のプロフェッショナルという人、いわゆるデジタルネイティブと言われる若い世代の人と打ち合わせをしていると、向こうはもう「小さい頃からVRの世界で当たり前のように生活していたり、SNSが日常にあった」みたいな人ですから、正直、本質的な部分がきっと自分には分からないんだろうな、と思います。革新的なアイデアとか、そういうことじゃないんです。彼らにとっては、それこそがリアルで、ごくごくフツーな日常なわけですから。そうした、僕にはない世界に触れることで、僕自身も、キャラクターも、成長していくんだと思います。
──なるほどね。自分とは違う世界で暮らしている人が、どういう景色を見て、なにを感じているのだろう?というキョーミが、糸乘さんの思考を刺激してくれる、と。
糸乘:刺激というよりは、単純な話、技術の進歩が表現の進歩につながる、ということなんです。だから、たとえばAIでいうなら「早く、もっと進化してくれー!」というのが本音ですね。だって、自分にはそのテクノロジーそのものを進化させることはできませんから。ここまで進化しましたよー、と言われたら、キャラクターと混ぜ合わせて次は何をしてやろうか、という気持ちになる。
──らしい、ですね。糸乘さんらしい。こらこら、あなたに僕のなにが分かるんですか?というツッコミを承知の上で、の感想なのですが。
糸乘:僕の知らない、体験したことのない、ましてや住んだことのない世界の「リアル」って、こうなんだよ、と言われると、ただただ感心してしまうんです。これが、今の時代の「リアル」なのかー、という。
──その「リアル」に、糸乘さんが作ったキャラクターを掛け合わせたら、その世界はどうなってしまうのだろう?みたいなことですね。うわあ、それは楽しそうだ。
糸乘:ポイントは、「掛け算」ということだと思います。「キャラクター×デジタル」とか、「キャラクター×教育」とか、「キャラクター×デュアルファネル」「キャラクター×HR」……なんでもいいから、掛け算する相手が見つかると、目の前の世界が広がっていく。
──「抽象論」でも「たとえ話」でもなく、糸乘さんのアタマの中で、その世界が具現化されて、そこにポツンとキャラクターが座っている、みたいなことですものね。そりゃ、ワクワクしますね。
糸乘:「掛け算」の発見がなかったら、この仕事、ここまで面白く続けていられなかったかもと思います。なになに「みたいな」、「かわいい」キャラクター、つくってくれませんか?みたいな話ばかりが飛び込んでくるようになると、ありがたい話ではあるものの、マンネリ感に襲われますからね。
──それは正直、ツライかも。
糸乘:ツライ、もそうなんですが、世界が広がっていかないんです。でも、「最先端のデジタル技術の魅力を、分かりやすく魅力的にみせてください」などと言われると、なんだかヤル気が湧いてくる。僕が所属する電通CXCCという部署は、まさにそんなことを担当しているセクションで、とにかく扱う領域が広い。そこで、たじろいでいては、先に進めません。「広く、浅く」でもいいから、アートディレクターという専門職として何かやれることはないか?という気持ちで仕事をしています。
──なるほど。「なになに×アート」という掛け算を与えられたら、答えは無限に広がりますものね。
糸乘健太郎さんの「思考のお伴」とは?
──さて、本題となりますが、そんな糸乘さんにとっての具体的な「思考のお伴」について教えてください。
糸乘:先ほど、うっかり口をすべらせちゃったんですが、それは「分からないな」と出会うこと、だと思います。
──分からない?
糸乘:ええ。この領域は、さすがに自分の範囲外すぎて分からないな、というものと出会うこと。そうしたものに出会うと、じゃあ逆に、その世界で自分には何ができるんだろう?というポジティブな気持ちというか、ワクワクする気持ちが湧いてくるんです、最近は。
──うわあ、ポジティブすぎる!ふつう、「分からない」と思ったら、尻込みしてしまいますよね?
糸乘:そうですよね。最近ちょっと変なんです。
──わははっ。
糸乘:分からないで思い出したんですが、分からないながらに踏み込んだ「AI」の領域があるんですが、江戸時代設定のAIキャラクターを作ったときに、江戸のことしか知らないのでそのキャラクターに現代のことを質問したら「その辺のことは分かりません」って答えて。AIってなんでもきちんと答えてくれるものだと思い込んでいたので、その現場で笑いが生まれたんですよね。分からないことが新しい価値を生んだ瞬間だったなあと。
──分からない、かあ。分かります、分かります。そこが人間らしさ、ですものね。AIって、すごいな。デジタルテクノロジーはその領域にまで、もはや踏み込んできているのかー。
糸乘:そうなんです。「分からない」と思う半面、「でも、キャラクターを武器にしてそれを分かるようにしたら、新しいものが生まれんるんじゃないか?」という。
──なるほど。そういうわけで、キャラクタービジネスというところに、ある意味、ピンを立てて、それを仕事につなげていこう、ということにつながっていったわけですね。
糸乘:そうなんです。「ああ、これは分からないな」という気持ちに救ってもらったというか。なので、今がまさに楽しいですよ、この仕事。
──「分からない」という感情が、ポジティブな気持ち、キャラクターを新しくみせることの源泉だったとは、思いもしませんでした。いい話だったなあ。自分の、これまでの人生を振り返って、まだまだ成長してみたくなりました。
糸乘:そう言ってもらえると、うれしいです。僕自身は、「成長」というより、ふわふわと生きているだけなんですが(笑)。