十人十色の思考のお伴No.8
──銀座英國屋・小林英毅社長、信頼ってなんですか?
2024/10/03
この連載は、2023年にウェブ電通報が「10周年」を迎えたことにちなみ、「10」人「10」色というテーマのもとで、すてきなコンテンツを提供したい、という編集者の思いつきからスタートしたものだ。「10」つながりの企画ではあるものの、大きく出るのであれば「ダイバーシティ(多様性)」をテーマとした連載、ということになる。
思考に耽(ふけ)りたいとき、アイデアをひねり出そうとするとき、ひとには、そのひとならではの「お伴」(=なくてはならないアイテム)が必要だ。名探偵シャーロック・ホームズの場合でいうなら、愛用の「パイプ」と「バイオリン」ということになるだろう。
この連載は、そうした「私だけの、思考のお伴」をさまざまな方にご紹介いただくものだ。あのひとの“意外な素顔”を楽しみつつ、「思考することへの思考」を巡らせていただけたら、と願っている。
(ウェブ電通報 編集部)
第8回のゲストは、銀座英國屋3代目社長・小林英毅氏
──「なぜか元気な会社のヒミツ(#39)」の取材にご協力いただき、誠にありがとうございました。長時間のインタビューとなりましたが、お疲れではないですか?
小林:いえ、とても楽しくお話しできました。
──ありがとうございます。さて、ここからは「思考のお伴」について、お話を伺わせてください。
小林:よろしくお願いいたします。
──小林さんは、28歳という若さで銀座英國屋の看板を引き継がれました。その若さで社長に就任されるのは大変なことだったと思います。想像ではありますが、重圧に押しつぶされそうになったのではないでしょうか。
小林:成果を出さねば信頼してもらえない、と力が入っていた状態だったと思います。まず、現場の声を聞いて回りました。現場からの不満もたまっていて、会社の未来も諦めていた当時の役員らには会社を去ってもらいました。最先端の経営術なども必死で学び、提案して、導入し……。ところが、「さあ、やってやるぞ!」という思いとは裏腹に、結果がついてこない。導入しても、定着しないんですね。そんな状態がしばらく続きました。
──分かります。いや、正確に言うなら、私にも分かるような気がします。そうなると余計に力が入ってしまいますよね。
──そうした悪循環から抜け出す、なにか「転機」のようなものはあったのでしょうか?
小林:あるとき、懇意にさせていただいている企業経営者の方に「おまえ、なんだか偉そうだよね」と言われたんです。こちらとしては、偉そうにしているつもりなど、もちろんないんです。ただ、必死になっているだけで。そして、こうアドバイスされました。「おまえより(銀座英國屋のことを)分かってる人たちの話、ちゃんと聞けよ」と。あぁ、確かに。と思ったんです。就任直後だったら思わなかったかもしれません。でもいろいろやってみて、うまくいかなかった経験があったからこそ、確かにそうだ!と。
──真面目な方が陥りやすいこと、なのかもしれないですね。偉そうということではなく、「私がなんとかしなければ」という正義感や使命感で、自身を追い詰めてしまう、という。
小林:頼ったのは、当時、役員になってもらった小谷でした。銀座英國屋で40年という古参のベテランでした。経験はある、しかも改革への気持ちは誰よりもある。ただ、英國屋を思うがゆえ、ブレーキを踏むときはきちんとブレーキを踏む、というような人間です。私は、決めました。小谷がNOということは、絶対にやらない、と。それだけでなく、社内への情報発信も、小谷にお願いしました。すると、なんだか物事が、徐々にではありますが、うまくいくようになっていったんです。
──いいお話だなあ。若き戦国武将と古参の軍師との、厚き「信頼」関係みたいだ。「なぜか元気な会社のヒミツ」でのお話もそうでしたが、やはり「信頼」という二文字は、小林社長のお話を伺う上でのキーワードとなってきますね。
思いは、伝わってこそ価値がある。(小林英毅)
小林:小谷に気づかされたのは、思いというものは、伝わってこそ価値がある。逆に言えば、仮にその思いがどれほど革新的なアイデアだったとしても、相手に伝わらなければ何の価値もない、ということでした。銀座英國屋の価値についても同じことがいえると思います。いくらいいものを持っていても、可視化して、お客さまに伝わってはじめて価値になるのだと思います。どうやったら伝わるか、いつも思考を巡らせています。
──おやおや?なんだか「思考のお伴」の方へ、話が向かいはじめました。そのお話でいうと、インタビューに先立って、植村さん(銀座英國屋 広報担当の植村氏)に2024年入社の新入社員の方々からの声をまとめた資料を送っていただいたのですが、そこには2つの発見がありました。研修を振り返ってのコメントなのですが、1つは、「気づいてもらえると、人はうれしい」ということ。もう1つは、「失敗を許してもらうと、人は前向きになれる」ということ。
小林:そもそもうちが、個性を尊重する企業文化であることが影響しているのかもしれません。相手の個性を認めて、敬意を払う、ということはとても大事なことで、そうした思いは必ず相手にも伝わり、「自分のことを分かってもらっている」という思いにつながるはず。そしてそれは、お客さまへの応対にもつながるものです。
──向き合う相手がどんな方なのか、何を求めていらっしゃるのかを、あれこれ考える。その姿勢は、まさに「思考のお伴」と呼べるものですね。
小林:弊社にお見えになるお客さまは、ファッションをあまり求めてはいらっしゃらない、と私は思っています。仕事が好き、あるいは人との触れ合いが大切。そんな私の思いに応えてくれるスーツや洋服はないものか?という。お客さまのそうした期待を察して、ご期待以上のサービスでお応えする。それが、銀座英國屋の仕事の本質なんです。
小林英毅社長の「思考のお伴」とは?
──ここからが本題となりますが、そんな小林社長の具体的な「思考のお伴」について教えてください。
小林:「同じオフィスで、一緒に働くこと」でしょうか。
──と、言いますと……?
小林:例えば、わが社には「社長室」というものがありません。一緒に働くみんなと、同じフロアで、今みんながどんなことを話しているか、私がどんなことを話しているか、お互いになんとなく理解し合える環境が重要です。それによってコミュニケーションロスがかなり減っていますし、私の考えを社内に発信した時も、社員に届きやすくなります。
──確かに、そうですね。例えばリモートワークでも、画面には映らない、映像からは伝わってこないものこそが、実は重要だったりしますものね。
小林:そしてこの環境は、個性の尊重にもつながります。相手の個性を知るには、生の声を聞くのが一番つかみやすいんです。報告書ではつかめない、生の声と向き合うことで、見えてくることがあると思います。
──それがきっかけで、自分では気づかなかった視点やアイデアにつながることがありますものね。人とのフランクなおしゃべり、もっと言えば「雑談」すら可能な環境こそが、思考のお伴というわけですか。
──雑談といえば、昔、雑談が上手な上司がいましてね。なんでこんなに話がうまいのだろう、と観察していたら、その上司は相手をきちんと見てるんです。何を話したら楽しんでくれるか、その人は何を大切にしている人なのか。単なる雑談のようでいて心の深いところに響く。だから、その上司の話は面白いのだ、と。そのとき、サービス精神の本質のようなものを学んだ気がしました。
小林:接客にも、同じことがいえるのかもしれません。銀座英國屋の接客担当=スタイリストは、お客さまの仕事上のお話を、とにかく伺うんです。どんな仕事をされていて、その仕事でのこだわりは何なのか。苦労話や成功話、書籍を出されているお客さまであれば、もちろんその書籍も読みます。スーツは「仕事着」ですから。その仕事についての生の声を雑談レベルまで伺うことで、お客さまがどのような「仕事着」をお求めなのかの思考が深まっていく。それが結果として、「自分のことを分かってもらえている」という信頼につながっていくのだと思います。
──本稿のタイトルを「信頼ってなんですか?」という私から小林社長への問いかけにしよう、と思いつつお話を伺っていたのですが、まさかその答えが「雑談」になるとは想像できなかったなあ……。うわあ、またしても、お約束の時間をオーバーしてしまいました。本日は、取材にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
小林:こちらこそ、ありがとうございました。
──小林社長との「おしゃべり」、とても楽しかったです。