十人十色の思考のお伴No.7
──酒井美紀さん、ドラマは「とまどい」から生まれるんですね
2024/07/31
2023年10月。ウェブ電通報は、開始から10年の節目を迎えた。ここはぜひとも、10周年にちなんだ「連載モノ」を編んでみたい。たどり着いたのが、「10」人「10」色というテーマのもとで、すてきなコンテンツを提供できないだろうか、というものだった。大きく出るなら、ダイバーシティ(多様性)といえるだろうか。
思考に耽(ふけ)りたいとき、アイデアをひねり出そうとするとき、ひとには、そのひとならではの「お伴」(=なくてはならないアイテム)が必要だ。名探偵シャーロック・ホームズの場合でいうなら、愛用の「パイプ」と「バイオリン」ということになるだろう。
この連載は、そうした「私だけの、思考のお伴」をさまざまな方にご紹介いただくものだ。あのひとの“意外な素顔”を楽しみつつ、「思考することへの思考」を巡らせていただけたら、と願っている。
(ウェブ電通報 編集部)
第7回のゲストは、女優の酒井美紀さん
──はじめまして、ウェブ電通報編集部でございます。まさか本当に取材させていただけるなんて……とてもうれしいです。
酒井:はじめまして。よろしくお願いいたします。
──酒井さんといえば、俳優業、タレント業に加えて、国際NGOワールド・ビジョン・ジャパンの親善大使、不二家の社外取締役、プライベートでは中学生の息子さんをもつ母、とまさにマルチな活動で知られる方です。
酒井:マルチだなんて、そんな……。あれも、これも、と興味が湧いてしまう性格なので、気がついたらいろいろとやってきたなあ、という感じでしょうか。基本的に、その真ん中には「女優(俳優)業」というものがある、つもりではいるのですが。
──でも、普通、「女優さん」と「NGO」は、なかなか結びつきませんよね?
酒井:私の中では、すごく近いものなんです。子どもの頃にはガールスカウトに入っていて、女優じゃなかったらボランティアの仕事がしたいな、と思っていたくらいですから。その意味では、NGOの活動も「生活の一部」みたいな感覚でしょうか。
──NGO親善大使への直接のきっかけ、のようなものはあったのでしょうか?
酒井:きっかけとしては、テレビの仕事で、フィリピンの「スモーキーマウンテン」の取材をしに現地へ赴いたことですね。マニラの北部にあるゴミ集積場なんですが、太陽の熱を受けて自然発火を繰り返す「ゴミの煙」とともに、およそ1000世帯が暮らしているという場所。まわり中、腐った生ゴミだらけですから、ものすごい悪臭なんです。
──その時点で、すでにものすごい体験ですね。
酒井:目の前には、学校にも行けない女の子がいる。でも、私にはどのように接したらいいのか分からない。むしろ、「酒井さん、そっちは危険ですから」なんて、気を遣わせてしまうようなありさまで。その光景と臭いと、自分自身への無力感に押しつぶされそうになりました。
──例えば、報道される映像からでは、そのいずれも感じられないですものね。
酒井:そうなんです。知識としては知っているんです。でも、知っているのと体験するのとでは全く違う。現地のことをなにも知らない、東京で暮らしているこの私に、一体なにができるんだろう?と考えた結果、自然とNGOの門をたたいていました。
──そこが、すごいですよね。体験をしても、次の行動にまで移せる人はなかなかいないと思います。
酒井:そんな「なにかをやらなければ」という思いだけで走り始めたのですが、学べば学ぶほど、さらなる壁に悩まされる、といった感じなんです。
──ジレンマ、のようなことですか?
酒井:10年もかければ、それなりの知識や経験が積み重なりますよね?でも、問題そのものは一向に解決していない。具体的にはどうしたらいいのだろう?って。
──それは、難しい課題ですね。そうそう簡単に方針は見つからない。
酒井:ところが、あったんですよ、その糸口となる「きっかけ」が。息子が小学2年生の時に学校の行事で「演劇会」のようなものがあって、「演劇といえば」ということで、子どもたちに演じることについて教えてほしいと頼まれたんです。いいですよ、と引き受けたものの、私はパフォーマーであって、演出家でもプロデューサーでもない。困ったなあ、と思って出かけた六本木の青山ブックセンター(編集部注:現在は閉店)で、「応用演劇」というものを紹介した本と出合ったんです。応用演劇とは、商業や鑑賞のための演劇や芸術とは異なり、個人やコミュニティ、社会に特別な有益をもたらすことを目的とした演劇活動のことなんですが、ああ、私が探していたものはこれだ!と思いました。
──小学校の「演劇会」だけではなく、それまでに感じていた課題に対しても、ですか?
酒井:そうです。俳優業25年で得た演劇に関する知見や経験と、取材先のフィリピンやNGOでの経験、といったすべての「点」が一本の「線」になったような……。コミュニケーション手法としての「応用演劇」と「国際協力」を掛け合わせれば、自分にしかできない貢献ができるんじゃないか、と思ったんです。その翌年には、大学に入学せずに、特定の科目を履修できる科目等履修生として、国際NGOに関する授業を受けていました。
──思ったら即、行動!が、今の酒井さんにつながっているんですね。
演劇を「体系的」に学べる場が、日本にはないんです(酒井美紀)
──「応用演劇」を、本格的に学ぶ。未来への道筋が、はっきりと見えてきました。
酒井:ところが、そう簡単にはいかないんです。科目等履修生を経て、本格的に大学院の門をたたいて「応用演劇」×「国際協力」の可能性について学ぼうとしたのですが、ないんですよ、そんな学科は。「応用演劇」を教える学科はある。「国際協力」も同じです。でも、それを掛け算したものを教えてくれるところは、一つもない。
──門はたたいたものの、「教えてくれる先生」が、そもそもいない、と。
酒井:最終的に出会った先生が、「国際協力における防災教育」の先生だったんです。
──「防災」ですか。結びつかないです、演劇と。
酒井:実は、「震災後の支援活動としての演劇活動」といったように、防災と応用演劇には、かすかな接点はあるんです。私は「女優」として仕事をしてきましたし、相手は「防災」のプロ。ですから、受け身でなにかを教わる授業というより、自分の経験を相手に話す、相手の話を持ち帰って一人で考えるという感じでしょうか。世界の論文にヒントを求めながら、一つ一つ、自身で答えを掘り下げていく4年という歳月からは、本当に濃密な学びを得たと思っています。
──これまで酒井さんの行動力に驚いてきましたが、ここへきて、学ぶ力にも驚かされました。思考の力、ということかもしれません。本題に入る前に、酒井さんにとって「思考のお伴」とはどのような存在なのでしょうか?
酒井:知的好奇心を持ち続けるためのモチベーション、ですね。ハッピーになるための要素、ともいえます。「知りたい」「分かりたい」という自分を発見させてくれる出会いをつくってくれるきっかけ。いろいろなことを学び、行動することができるための熱源のようなものだと思います。
──なるほど。その具体的な「思考のお伴」が何なのか、とても楽しみです。
酒井美紀さんの「思考のお伴」とは?
──いよいよ本題となりますが、そんな酒井さんの具体的な「思考のお伴」について教えてください。
酒井:それはですね、「なぜ?」ということなんです。WHY?の「なぜ?」です。
──「なぜ?」……?それはまた、「なぜ?」なのでしょうか?
酒井:俳優として役を作っていく上で、「なぜ?」は出発点なんです。例えば、いわゆる脇役として、たった一言「どうも」というセリフがあったとします。主役であれば、その人の人となりにまつわるいろいろな背景などが描かれますが、脇役は「どうも」の一言だけ、だったりします。でも、その「どうも」には、その人の人生が詰まっているはずですよね?どういう背景があって、どういう気持ちで、彼女はその「どうも」の一言を絞り出したんだろう?数あるあいさつの中で、なぜ「どうも」を選んだのだろう?とか。そうやって「なぜ?」を、思いつくままに考えていくんです。
──まさに、「思考のお伴」だ。
酒井:役者の仕事の9割は、考えることだと、私は思っています。演技は、残りの1割。でも、その1割は共演する相手があってのこと、ですから。
──基本的には、一人で延々と思い悩む作業なんですね。
酒井:それがないと、本番での柔軟な対応ができないですし、そこに化学反応が起きて、いい芝居になっていくんじゃないかな、と。あっ、これはあくまで、私の考えなんですが。「なぜ?」でいうと、子どもって3歳くらいになると突然、「なぜなぜ口撃」を始めますよね?あんな感じかもしれません。
──酒井さんの魅力の本質が、垣間見えた気がしました。今回、取材に先駆けて、酒井さんのピュアな魅力ってなんだろう?と勝手に分析してみたんです。そこで思ったことは「学び」と「遊び」ともう一つ、「喜び」という要素が重なって、酒井美紀さんという人物ができているのでは、ということ。これって、子どもの特徴ですよね。遊んで学んで、そこに喜びを感じる。大人は学びだけになりがちですが、酒井さんには、遊びや喜びがいつも一緒にあるように感じます。
酒井:そうかもしれません。不二家の取締役会の社外役員は、弁護士や会計士の先生や、外交のプロみたいな方々で構成されていて、みんなで工場視察に行ったりするんですが、そのとき皆さんそれぞれ、ちがった視点でコメントをされるんですよ。それがとても楽しくて、いつも「どうして、そういう視点が持てるんだろう?」ということを学んでいます。
──会議室ではなく、工場まで「みんな」で行く、というのが素晴らしいですね。
酒井:百聞は一見にしかず、ですからね。とにかく出かけていって、見ること、感じること、が大事だと思います。「現場」で得た学びに勝るものはありませんから。
──NGOのお話とも、見事につながりました。うわっ、もう時間だ。インタビューの最後に、これだけは酒井さんに伺いたいな、という質問があるのですが、よろしいですか?
酒井:なんでしょう?
──酒井さんのピュアな魅力って、なんだろう?ということの続きなんですが、もう一つ、いちファンとしても前々から思っていたことがあって、それは「その年齢ならではの魅力」というものを、酒井さんがいつも体現されている、ということ。「白線流し」でいうなら、長野県松本市の高校に通うごくごく普通の女の子って、こんな感じなんだろうな、というその年頃ならではの「とまどい」を、そのまま表現してくれている、みたいな。
酒井:「とまどい」は、あのドラマの大きなテーマでしたから。何かをしたいけど、具体的な夢がない。ビジョンもない。でも、このままじゃダメだということは分かってる。そうした葛藤の中で、自分らしい恋や進路を、それぞれが見つけていく、という。
──その年齢、その季節ならではの、リアルな「とまどい」が印象的なドラマでした。そこで、の質問なのですが、酒井さんはどんなおばあちゃんになりたいですか?
酒井:おばあちゃん……ですか?そうですね、よく笑っている、「笑いじわ」があるおばあちゃんになりたいかな。細かいことは「いーよ、いーよ」と言ってくれるような。役者としては「縁側に座ってるだけ、のおばあちゃんの背中」の演技とかに憧れます。その背中が、彼女の人生を語ってる、というような。そのためにも立体的で豊かな人生を送りたいと思います。
──ステキですね。ちなみに、「お伴」つながりで、酒井さんの日々に欠かせない「お伴」はありますか?
酒井:布、でしょうか。ブランケットでもなんでも、纏(まと)うものがあるとリラックスして安心するんです。いつでもどこでも持って行きます。
──おそらくは縁側にも、でしょうね。調子のいいことを言うようですが、ブランケットを纏った酒井さんの姿、イメージできますもん。本日はお忙しい中、ステキなお話、ありがとうございました。
酒井:こちらこそ、ありがとうございました。
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