十人十色の思考のお伴No.5
──白土謙二さんって、「せっかち」な方ですよね?
2024/03/21
2023年10月。ウェブ電通報は、開始から10年の節目を迎えた。ここはぜひとも、10周年にちなんだ「連載モノ」を編んでみたい。たどり着いたのが、「10」人「10」色というテーマのもとで、すてきなコンテンツを提供できないだろうか、というものだった。大きく出るなら、ダイバーシティ(多様性)といえるだろうか。
思考に耽(ふけ)りたいとき、アイデアをひねり出そうとするとき、ひとには、そのひとならではの「お伴」(=なくてはならないアイテム)が必要だ。名探偵シャーロック・ホームズの場合でいうなら、愛用の「パイプ」と「バイオリン」ということになるだろうか。
この連載は、そうした「私だけの、思考のお伴」をさまざまな方にご紹介いただくものだ。あのひとの“意外な素顔”を楽しみつつ、「思考することへの思考」を巡らせていただけたら、と願っている。
(ウェブ電通報 編集部)
第5回のゲストは、白土謙二氏(元電通役員/思考家)
──白土謙二さん。元々は、電通でクリエーティブディレクターとして活躍、企業経営の多様な課題のコンサルティングも手掛けられ、いまは「思考家」という肩書で活躍されていらっしゃる方です。よろしくお願いいたします。
白土:よろしくお願いいたします。
──さっそくなんですが、「思考家」とはどういうことなのでしょうか?お名刺をいただいたとき、「ん?思考家?思想家とは違うのだろうか?」と考えてしまいました。
白土:「思想家」は、“自分の考え”を深め広げる人、「思考家」は誰もが使える“考えるプロセス”を解き明かして広げる人、というのが僕なりの定義です。
──思考家のお仕事とは、具体的にはどのようなものなのでしょうか?
白土:大学や企業で講演することが多いですね。それから、企業の役員会に招かれたりもします。ですから、いわゆるクリエイターという立場ではなく、物事をクリエイトする秘訣(ひけつ)を教えることをしています。教えると言ってはおこがましいな。若い人に「考えるプロセス」を考えてほしい、もっともっと育ってほしい、という思いです。思考しつづけることで、考えるテクニックはあがります。でも、僕ひとりのテクニックがあがってもしょうがない。
──それは、大企業の、年上の大社長であっても、ですか?
白土: そうです。「考えることを、考えるプロセスを考えてみませんか?」とお話しすると、年齢や性別を問わず、相手は必ず耳を傾けてくださいます。それが正解なのかは、僕自身、分からない。でも、共感していただけます。なぜなら、こう言ってはなんですが、世の中の大半の人は考えることを放棄しているから。
──それは、手厳しい。でも、わが身を振り返ってみても、確かに「考える」というよりは、「相手に合わせにいく」ということをしているような気がします。もちろん、思い悩むことはいろいろありますよ。ただ、思い悩むことをしているだけで、正解への道筋(プロセス)を考えてはいない。ただただ、思い悩んでいるだけだ。
白土:守破離。これは千利休の言葉なのですが、ビジネスでも表現でも、なにかを突破して新しいものをつくるときには、プロセスがあるんです。ドラッカーの言葉に「思いつきを事業化してはならない」というものがあります。さあ、クリエイティブなことをしてやろう、と思うと、人は思いつきに頼りますよね。こんなアイデアはどうだろう?といったような。そうではなく、最上の答えにたどり着くためには、考えるプロセスが大事なんです。いきなり答えを求めてはいけません。
──なるほど。
白土:枠の中のアイデアをあれこれ考えていても、たいした飛躍は生まれない。その枠を外してみたらどうなるだろう、ということをまず考える。それで、白土はこのように枠を外してみましたよ、というように説明する。相手は必ず興味を持ってくれる。こいつ、何を言い出すんだ?ということですから(笑)。
ですが、大企業の大社長であっても、臆することはありません。あなたの会社の商品は、ここに問題があり、ここに飛躍のチャンスがあるんです、ということをきちんと説明すると、かならず分かってもらえる。それは、思いつきでこんな表現をしたらどうでしょう?といったことではないからです。御社のビジネスにはこんな可能性があるんですよ、という提案ですから。
──白土さんといえば、大手の酒造メーカーやアパレル、コンビニなど、さまざまな会社を手掛けられていますよね。クリエイターとしても、思考家としても。この分野には強い、というマーケターやクリエイターはいますが、白土さんほど「なんでもござれ」な人はそうそういない。
白土:思考のプロセスは、どんな業界でも同じです。そして、プレゼンはエンタテインメントでなければなりません。どんなに生意気なことを言おうが、痛いところをつこうが、考えに考えてエンタテインメントに昇華する。すると、「こいつ、人の気持ちが読めるヤツなんだな。おもしろい。お前のその考えに乗ってやろう」ということになる。
──納得、共感、信頼……みたいなことですね。相手にとっても、それは思考の「プロセス」だ。
白土:ある意味、僕の思考に乗っかりませんか?という博打(ばくち)です。「ウイスキー」と言うの、やめませんか?と大手のウイスキー会社のトップに進言したこともありました。ウイスキーそのものがなかなか売れない時代に、なんとかプレミアムウイスキー、とかいうことで世の中に出しても、意味がない。ウイスキーという言葉は出さずに、ウイスキーの新しい楽しみ方を打ち出して、新たな市場をつくりましょう。これはそういう博打です、と。
「思考のお伴」には、言葉が大事(白土謙二)
──具体的な「思考のお伴」の話の前に、白土さんにとって「思考のお伴」というものがあるとするなら、それは、どのようなものですか?
白土:「思考の質をみる測定器」です。自分の思考が正しいか否かのチェックツールですよね。なぜなら、誰も否定してくれないから。チェックツールは自分で持ってないといけないんです。昔、ある会社の社長に「キミは窮地に追い込まれるとちょっとだけ早口になる。そんな時の君の提案は信じない」と言われてハッとさせられたことがあります。思考不足だと、その場をとりつくろうと早口になったり、しゃべりのトーンを上げてしまう。それは分かる人には分かってしまうのだと。思考の質の大切さを感じました。
──事前にいただいた資料には、思考を広げるのはA3用紙、思考をまとめるのはA4用紙、というのがありましたが……
白土:講義などを頼まれると僕は、受講者の皆さんにA3の用紙を1枚だけ配って、好きなようにアイデアを書いてください、とお願いするんです。思考していない人の用紙は、空白だらけです。思考している人のA3用紙は、びっしりアイデアで埋まるんです。しかも、そのアイデア同士がリンクしあっている。これがこうだとすると、こうなる。すると、これがこうなるはずだ、というようなストーリーが、手書きのA3用紙に山ほど書かれているんです。
──なるほど。では、A4用紙の意味とは?
白土:思考を広げるのは、A3の用紙一枚。でもそれを他人に説明するには、とにかく簡潔にまとめないと伝わらない。僕は、講義の際、生徒の皆さんには「考えに考えたことを、とにかくそぎ落としてA4用紙3枚くらいで、1分でプレゼンしてください。それに対して僕は、30秒で返答します」というようなことをよくやります。ちゃんと思考できている人はA4用紙に落とし込める。A4用紙に落とせない人は思考ができていない証拠なんです。
白土謙二氏の「思考のお伴」とは?
──いよいよ本題となりますが、そんな白土さんの具体的な「思考のお伴」について教えてください。
白土:古今東西の、優れた人の「金言」でしょうか。
──金言…?
白土:歌舞伎などの芸の世界では、「芸談(げいたん/げいだん)」というのですが、要するに芸事はこうあるべき、ということを示したものがあるんです。物事の本質をつかんだ人の言葉が記されている。そういうものは、最高の「思考のお伴」といっていいでしょうね。
──温故知新、のようなことでしょうか?
白土:いや、古ければいいというものじゃない。物事の本質がつかめる人というのは、昔も今もいる。10代でつかんでしまう人だっている。そういう人の言葉に耳を傾ける、というのが、僕の「思考のお伴」といっていいでしょう。たとえば、李大釗の、この人は毛沢東の先生にあたる人なんですが「進化と退化は並進する」とか、尾形典男の「すべてを、疑え」とか、大江健三郎の「今、必要なのは大きな智慧(ちえ)」といった言葉は僕にとっての指針、まさに「思考のお伴」と言えるものです。他にも、「企画は足で考えろ」「自分の言葉と頭で考え、自分の意見を言え」「課題の定式化は、その解決に匹敵」「矛盾を突破できる人を、クリエイティブという」などの数々の言葉に支えられ、また、自分への戒めとなっています。
──うわあ。一つ一つの言葉が、重すぎますね。
白土:そして、ここからはテクニック論になってしまうのですが、そうした言葉に後押しされて出てきたことを、瞬時に、スピーディーに形にして、相手に届けるということが大事だと思います。うーん、違うなー、ということなら、ではこんなアイデアでは?といったような。それも、トップの人とじかに話すことです。ぐだぐだとやっていても物事、先に進みませんから。間違ってもいい、未完成でもいいから、とりあえず前を向いて走り出す。間違いに気づいたら、その時点で軌道修正すればいい。
──語り口もそうですが、白土さんって、相当せっかちな方ですよね?(笑)
白土:このせっかちさは、30代のころに養われたのだと思います。最速で、オリエンから制作、納品まで8時間25分なんてこともありましたから。クライアントからオリエンを受けて帰るタクシーの中で、3案くらいの企画ができていないと、もう納期に間に合わないです。思考のスピードが、1000倍くらいになりましたね。元々は、ボソボソとしゃべる、頭の回らない人間だったんです。
──えっ?信じられない。
白土:直感で思考して、それを論理に変換する。そして課題は大きなものと対峙(たいじ)する。例えばSDGsに対応しようと、各部署の改善点をならべていく。それだけじゃ意味がないな、社会、地球をどう変えることがあるのか?という大きな視点です。それを自身で検証するには、「金言たち」がとにかく必要です。ああ、今ぼくは、間違った方向に進もうとしていたんだ、ということに気づかされますから。若い頃は、散々、いろいろな方に説教されましたけど(笑)。「お前は間違ってる」なんて、今は誰もいってくれませんから。