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【ウェブ電通報10周年】十人十色の思考のお伴No.4

──鈴木淳一さんって、「偏屈」なひとなんですか?

2024/02/08

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2023年10月。ウェブ電通報は、開始から10年の節目を迎えた。ここはぜひとも、10周年にちなんだ「連載モノ」を編んでみたい。たどり着いたのが、「10」人「10」色というテーマのもとで、すてきなコンテンツを提供できないだろうか、というものだった。大きく出るなら、ダイバーシティ(多様性)といえるだろうか。

思考に耽(ふけ)りたいとき、アイデアをひねり出そうとするとき、ひとには、そのひとならではの「お伴」(=なくてはならないアイテム)が必要だ。名探偵シャーロック・ホームズの場合でいうなら、愛用の「パイプ」と「バイオリン」ということになるだろうか。

この連載は、そうした「私だけの、思考のお伴」をさまざまな方にご紹介いただくものだ。あのひとの“意外な素顔”を楽しみつつ、「思考することへの思考」を巡らせていただけたら、と願っている。

(ウェブ電通報 編集部)

第4回のゲストは、鈴木淳一氏(電通イノベーションイニシアティブ)

──鈴木淳一さんといえば、過去にはソーシャルシティ「グランフロント大阪」のIT基盤を手掛けていたり、ブロックチェーン分野のスペシャリストとして活躍されている、時代の仕掛け人といっていい方です。

鈴木:よろしくお願いいたします。僕のような「偏屈」な人間に声をかけていただいて、なんだか申し訳ない気持ちです。

──「偏屈」ですか。そのあたりは、おいおい、伺わせてください(笑)。鈴木さんは、常に時代の先端にあるITを研究されてきました。グランフロント大阪の時は、便利で無機質なものではなく「人と人が響き合うためのもの」としてITを捉えられていました。そこから10年たった今、ITやブロックチェーンは、どんな時代になっているんでしょうか。

鈴木:一言でいうと、「人間が、自分のアイデンティティに気づくためのもの」という時代だと思います。

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鈴木淳一氏:電通グループ 電通イノベーションイニシアティブ(DII)/プロデューサー
2017年にCERN(欧州原子核研究機構)らと国際会議体「Table Unstable」を開始。以後、気候変動や民藝などの社会課題に対して、伝統的な知識と先進科学技術の融合により解決を試みるとともに、その派生活動として研究者養成を目的としたアウトリーチ活動「落合陽一サマースクール」を推進。Innovators Under 35 Japan | MIT Technology Review Advisory Board、放送大学客員准教授、ブロックチェーン推進協会(BCCC)理事など兼務。
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鈴木淳一監修。ブロックチェーン技術が活用される「トークンエコノミーの国内外特許」と様々な分野の「ユースケース」をまとめた、他に類がない書籍。金融、エネルギー、ヘルスケア、公共サービス、サプライチェーン、トレーサビリティ、教育など、非金融分野へも拡大しているユースケースが、37項目網羅されている。詳しくは、こちら

──アイデンティティ?「自分らしさ」や「存在証明」とかをイメージしますが、ブロックチェーンやITとどうつながるのでしょうか。

鈴木:グランフロント大阪はあくまで街の中のITでした。当時、大容量通信には有線LAN環境が必要だったし街内メディアといえばデジタルサイネージだった。そこから10年たち、スマホとWi-Fi環境が人々にいきわたると、ITは人へと広がります。そうすると人が持つ行動データや意識データが格段に増えました。企業のデジタルマーケティングが進み、人のデータをもとにしたターゲティングアプローチがされるようになりました。山を検索したらアウトドアグッズの情報や広告がでてくるみたいな。でも、その人にとっては微妙なことでもあるんですよね。

──ちょっとした気持ち悪さがあるのでしょうか。

鈴木:それもあるし、本人にとっては、自分のある一面を見て「あなたはアウトドアが好きな人」「あなたは高級なものを好む人」と勝手にレッテルを貼られるようなものですよね。だって、友人、親、職場…時と場によって自分の価値観や意識は違いますし、デジタルコミュニティが増えて、人はより多面的になったんですから。そういう一面だけを切り取った情報は「ノイズ」になってしまうし、自分のデータは公開したくないと思ってしまう。

そうではなくて、企業に「出してもいいデータ」を自分で決める。そのデータから自分の潜在ニーズがくみ取られて、自分にとって本当に価値のある情報が信頼できるチャネルを通して届けられる。そうしたらそれは、「ノイズ」じゃなくて「アドバイス」になりますよね。

──でも、自分のことは意外にわかっていないというか。逆に「誰かに自分のことを分かってほしい」っていうニーズもありませんか?

鈴木:はい、世の中の情報はどんどん複雑になっていますし、相手や状況に応じて出していい自分のデータを決めるのも難しい。そこにブロックチェーンを用いて自分のデータを自動的に制限する技術や、条件が満たされると決められた処理が自動的に実行されるスマートコントラクトと呼ばれる技術が役に立つと思っています。

──なるほど。

鈴木:ヒントは、客観視してくれる存在。つまり、「自分だけのエージェント」が持てるといいと思います。少し先の自分をより良くするために、潜在的なニーズを見極めてくれる。自分が何に不安を感じて、何を求めて、何に幸せを感じるのか……自分のことを客観的に理解して掘り下げて、アイデンティティに気づかせてくれる存在です。

「実は、エージェントづくりを目指して、こんなサービスを先日ローンチしたんです」と紹介されたアバターUIを通して自分のWeb3.0ウォレットと対話できるサービス。NFT(非代替性トークン)の獲得状況と対話の内容をもとに、権利行使が可能なインセンティブの提示もしてくれる。懺悔室や茶室のような、自分と向き合うことができる空間構成やUXを意識したという。詳しくは、こちら。
「実は、エージェントづくりを目指して、こんなサービスを先日ローンチしたんです」と紹介されたアバターUIを通して自分のWeb3.0ウォレットと対話できるサービス。NFT(非代替性トークン)の獲得状況と対話の内容をもとに、権利行使が可能なインセンティブの提示もしてくれる。懺悔室や茶室のような、自分と向き合うことができる空間構成やUXを意識したという。詳しくは、こちら

鈴木:ニーズも価値観も情報も複雑になった今は、自分のことを理解してくれる、自分のための存在は、人が幸せになるために必要だと思っています。眼鏡の少年にとっての、ネコ型ロボットがそうであったようにね。

──なるほど。エージェントは企業のビジネスのためでなく、あくまで個々人のための存在なんですね。

鈴木:そう。僕はテクノロジーはプライベートでいきてこそだと思ってます。そこにこそDXが必要だと。例えば、大きな話題となったChat GPTは仕事の効率化がすごいんじゃなくて、離婚調停の文書を書いてくれる、みたいなプライベートのニッチなニーズに寄り添えるところがすごいんです。「こいつ、俺のことわかってくれている!」みたいなグルーブを得られないテクノロジーには継続性がないんです。これからのテクノロジー実装は、企業目線でのコスト削減効果や省力性能よりも個々人がグルーブを感じられるかどうかがより重要になっていくと思います。

「思考のお伴」とは、会うべき人を定めてくれるもの(鈴木淳一)

──具体的な「思考のお伴」の話の前に、そもそも鈴木さんにとって「思考のお伴」というものがあるとするなら、それは一体、どのようなものですか?

鈴木:「会うべき人を定めてくれるもの」……でしょうか。僕は人が好きで、人に会って話すということをとても大切にしています。人に会うことで、課題やアイデアの解像度が格段に上がるからです。例えばご飯を食べていて、「この野菜、どんな人がつくったんだろう」と思うことってありません?

──あります、あります。「私がつくりました」の表示ができてから、余計思うようになりました。

鈴木:僕は偏屈なんでそこで終わらずに、思考があちこちに発展していっちゃうんです。「この野菜はどんな人がつくっているんだろう」「そういえば、農家さんの生活スタイルって知らないな」「冬野菜をつくっている農家さんは夏は暇なのかな」「野菜って夏と冬ではどっちが自然や生態系にやさしいんだろう」「そういえばスーパーでは……」といったように。

──その時点でもう、思考の旅が始まっているわけですね?

鈴木:そう。でも思考のゴールは「人と会う」ことなんです。実際に農家さんに会って話を聞くと、「夏は遊んでます」とか「実は農産品のサプライチェーンはこうなっている」とか、思考できていなかったことまで、一気に解像度があがる。テクノロジーもそう。機能よりもその先の「人」を見る。自分にはない価値観や、それまでの言説を否定するような問いを立ててくれる第三者の存在は、自分自身を新しい思考へとさらに解放してくれるんです。

だから「誰に会うか」っていうのはとても重要で、「会うべき人を見つけるために思考をしている」といえるかもしれません。あちこちに思考を深めていくと、「この人に会おう」とピタッとはまってくる感覚があるんです。「思考のお伴」はそんな存在ですかね。

鈴木淳一氏の「思考のお伴」とは?

──いよいよ本題となりますが、そんな鈴木さんの具体的な「思考のお伴」について教えてください。

鈴木:ずばり、「もう一人の私」です。

──な、なるほど…?

鈴木:正確にいうと、好奇心旺盛で、いろんな人に会いたがって暴走する、頭の中の私です。マスターである私は、それを客観視して、冷静に見ています。そうやって、いろいろな人に会いたがる「センサーの私」と、マスターである冷静な「アクチュエーターの私」が言葉を交わしながら、「今、会うべきはこの人だ!」というのを見つけるんです。

例えば、「Account Abstraction」というブロックチェーン技術のことを考えていくとしますね。これは、インターネット上の「アカウントの抽象化」をすることで、セキュリティやユーザビリティを向上させることができる技術なんですが、じゃぁ、この抽象概念ってどこからでてきたんだっけ……と考える。早速、その人に会いたくなる「もう一人の自分」を抑えながら、思考を深めていきます。

──ふむふむ。(難しくなってきたぞ……)

鈴木:「抽象」といえば、輪郭線の消失や鮮烈な色彩表現に代表される抽象絵画だ。大きな影響をもたらしたのは多視点描写を伴った立体派「キュビスム」だ。美術史の視点から見たらどうだろう。今度は、美術史の研究者にやたらめったら会いたくなる自分を抑えながら調べていくと、松井裕美さんという人に行きつく。この方は、これまでの「多様な角度から見た物の形を一つの画面に収める視点の改革だ」というキュビスムの通説に対して、「対象を見ることから、知ることへの転換がキュビスムの本質である」と説いているんです。

キュビスムとは対象をカンバスの中に取り入れていく試みの帰結として、画家たちが自らの頭の中の認知構造に関心を向けるようになっていった「認識のメカニズムの問題」なのだという考えにたどりつく。確かに、ブロックチェーンを用いて自己主権的にIDを管理することの本質も「アカウント=自分」を見るのではなく、「抽象化=知ること」が本来の姿だろうと思い至って、ようやく「Account Abstraction」につながるんです。もう一人の自分との対話でそこまでたどり着いてやっと、よし!松井さんに会いにいこう!となるんです。

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もう一人の自分との対話から、あらたな発想が生まれる。

──すみません、技術のお話は理解できていないのですが……、鈴木さんは自分の中にそれこそ「エージェント」がいて、それによって思考が深まっていく、というイメージは掴めました。

鈴木:確かに、僕が思考のお伴にしている「もう一人の自分」は、冒頭の「エージェント」と同じことかもしれません。それが内在している状況です。

このエージェントをうまく使いこなせたら、マスターであるわれわれ人間の思考を、さらに深めることができる。そういう意味では、僕は今、「人の思考を深めるための技術」をつくろうとしている、ともいえますね。

──つながりましたね!技術が進化すると何も考えなくてよくなる、といわれたりしますが、だからこそ、「考える」ことってとてもぜいたくなことなんですよね。

鈴木:まさにそうですね。ぼーーーっと考えるって、従来の価値尺度ではマイナスなことですけど、個人の幸せや豊かさにつながる重要な行為です。考えることを放棄してしまったら、人生、これほどつまらないことはない。思考は僕らの特権です。他人から「偏屈なヤツだ」といわれても、こればかりは譲れません(笑)。

──僕のエージェントは、どんなひとなんだろうと、考えるのも楽しそうです。

鈴木:思考は尽きませんね。

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「ウェブ電通報10周年企画」の連載、続々、配信中。ぜひご覧ください。
ウェブ電通報10th連載告知(その1)
ウェブ電通府10th連載告知(その2)
ウェブ電通報10th連載告知(その3)