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なぜか元気な会社のヒミツseason2No.39

信頼を得る。それは、個性を敬う先にあるもの

2024/09/26

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第39回は、創業から80年余り。「銀座英國屋」の看板をいまに引き継ぐ3代目社長・小林英毅(こばやしえいき)氏に、事業承継の難しさや喜び、ロマンといったことを大いに語っていただきました。

文責:武藤新二(電通SCC)

銀座英國屋といえば、言わずとしれたスーツの一流店だ。伝統、格式、品質、どれをとっても一流。文字通り「折り目」正しく、そのサービスには一分の「ほころび」もない。もちろん、一流のブランドは、一流のお客さまを選ぶ。だからこそ、その敷居はとてつもなく高い。もちろん、お値段も……。リクルートスーツよろしく、スーツとは「個性を隠すため」に身にまとうもの、という既成概念を持っていた。スーツとはそんなイメージではないだろうか?そうしたイメージからすると、このタイトルはどういうことだ?ということになる。こうして筆をとっている私ですら、まさかこんなタイトルをつけることになろうとは、3代目社長・小林英毅氏のお話を伺うまでは思ってもいなかった。

ブランド、サービス、サステナビリティ……私たちが、毎日のように使っているワードだ。使っている、というよりも、縛られている、と言ったほうが正しいのかもしれない。ところが、銀座英國屋というとてつもない看板を背負う小林社長に、そうした窮屈さはない。その表情、語り口、すべてが明朗かつ柔らかだ。老舗企業の再生を主導した若き社長に、「失敗を繰り返してこそたどり着いた、教科書には載っていない生きた経営ノウハウ」を惜しみなく公開していただいた。

小林英毅(こばやしえいき)氏:銀座英國屋 代表取締役社長。1981生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。IT系企業、システム導入コンサル・開発を経て、銀座英國屋へ入社。2009年、28歳で3代目代表取締役社長に就任。倒産寸前だった社業(当時の預金は月商の0.4カ月分)を建て直し、現在に至る。主な経歴に一橋大学MBA・明治大学MBAのゲスト講師(事業承継における組織論)、「後継者育成相談協会」の理事長、100年経営企業家俱楽部での講演など。後継者の経営支援実績(ガラス製造、介護、霊園、幼稚園など)は多数。
小林英毅(こばやしえいき)氏:銀座英國屋 代表取締役社長。1981生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。IT系企業、システム導入コンサル・開発を経て、銀座英國屋へ入社。2009年、28歳で3代目代表取締役社長に就任。倒産寸前だった社業(当時の預金は月商の0.4カ月分)を建て直し、現在に至る。主な経歴に一橋大学MBA・明治大学MBAのゲスト講師(事業承継における組織論)、「後継者育成相談協会」の理事長、100年経営企業家俱楽部での講演など。後継者の経営支援実績(ガラス製造、介護、霊園、幼稚園など)は多数。

こだわりは、「信頼を得られる」装い

取材前の下調べによれば、小林社長は「信頼」の2文字に強いこだわりがある。実際、ウェブサイトの冒頭には「信頼を大切にされる貴方へ」という呼びかけがなされている。いかにも銀座英國屋らしい。そこで取材の冒頭、「信頼で売る。その信頼を、磨いていく」というようなことでしょうか?と話を向けてみた。「信頼で売る、というのはしっくりきませんね。信頼を得られる装い、という言い方はしますが……」。それが、小林社長の答えだった。

小林社長が大切にしている信頼とは、大切な場面で大切な方に対して「お客さまご自身が」信頼を得られる装いを提供する、ということ。なるほど、信頼の主体が違うのだ、ということがまず分かった。そこで大事になってくるのが、「お客さまが、どのような場面で、どのような方の信頼を得たいとお思いなのか?」「お客さまご自身、あるいは会社のブランドにふさわしい装いは何か?」ということなのだと、小林社長は言う。「その思いを、接客担当=スタイリストがいかに引き出し、見極めるかが銀座英國屋のサービスの根幹。そこに、一人一人のお客さまの体格にミリ単位で迫るフィッティング技術と縫製技術が掛け算される。これが、銀座英國屋の仕事なんです」

人型に着せられたスーツ

その説明に、のっけから圧倒されるとともに、改めて気づかされた。それって、僕のような広告クリエイターが、日々、思っていることに通じるではないか。作りたいのは、私、「武藤新二の作品」ではない。クライアントの思いにどこまで深く迫れるか、それをどのように表現するか、そしてその表現は、世の中の人の心をどれだけ揺さぶるものになっているか。洋服と広告……作るものは違っていても、その根底にある気持ちはまったく同じなのだと思った。

銀座英國屋の「接客」の場面

個性と向き合うこと。すべては、そこから始まる

小林社長が、3代目として「事業承継」をしたのは、28歳のとき。血気盛んな時期、伝統と格式、さぞかしいろいろな衝突や葛藤、失敗や挫折があったことだろう。その話を向けると、小林社長はこう語った。「自分が結果を出さなければ、誰も評価してはくれない、誰もついてきてはくれない、と思い込んでいた当時は、必死でした。最先端の経営術のようなものも必死で勉強しました。人材を含め、旧態依然としたものは思い切って変えていきました。それが、銀座英國屋のためだ、と信じていたからです。ところが、なかなかうまくいかない。定着しないんです。あるとき、私がなんとかしなければ、と思うあまり、『個性』を大切にできていなかったことに気づいたんです」

小林社長のいう「個性」とは、銀座英國屋らしさ、ということだ。伝統ともいえるだろう。「ある経営者の方に言われたんです。『お前は偉そうだ。会社を支えてきてくれた方たちの話をちゃんと聞け』と。確かにそうだ、と思ったんです。それからは、新卒から40年間、ずっと支えてきてくれて、現場を一番分かっている社員(元副社長)と向き合いました。この人が乗らないことはしない、と決めたんです。そうしたら、うまく動き出すようになりました」

冒頭にある「接客、フィッティング、縫製」という銀座英國屋の価値も、元々あったものの表現されていなかっただけ、なのだという。「表現することで、その価値を意識することができます。意識をしないと、その価値はいずれ消滅してしまいます。だから、表現で可視化することが大切なのだと思います。可視化された価値に見合った価格。それが社員の自信につながって、よりよい仕事につながっていく。実は今年から、(これまで定番だった)夏のセールも取りやめたんです」。法人、という言葉が、頭をよぎった。企業とは、人なのだ。人であるということは、そこには必ず個性(人格)が宿る。そこに気づいたことが、銀座英國屋再生への一歩となり、その後の活性化のエンジンともなった。

デスクにて、の小林英毅社長

向き合った個性をいかに尊重し、互いの信頼につなげるか

「銀座英國屋の売り上げに占める新規顧客率はおよそ30%。5年前は、20%ほどだったことを考えれば、社員一人一人が新規、常連分け隔てなく、お客さまそれぞれの個性を敬い、向き合っている証しです」と小林社長は続ける。そして、それが実現できているのは、社員の個性を尊重する社風への変革にあったとも。

上司の役割も、命令ではなく「部下の仕事をサポートすること」とした。現場社員の個性を尊重することで、仕事へのモチベーションや達成感を向上させることに成功している。それは、社員同士の信頼関係をつくることとなり、同時に、お客さまからの信頼を得る力にもつながっていく。結果として、銀座英國屋としての個性=「信頼を得られる装い」をお客さまへ提供することができ、冒頭の数字を残す結果になった。個性の尊重が生む信頼、その発見とそれを社内外に確実に着地させていく小林社長、しかも軽やかにやり遂げてしまうさまに経営者としての才を感じ、尊敬の念が自然に湧いた。

銀座英國屋 店内の写真
銀座英國屋ロゴ

大事なのは、「成果主義」ではなく「行動主義」

小林社長が大切にしている「個性」の話は、社内評価にもおよぶ。「わが社では『成果主義』ではなく『行動主義』による評価へ移行中です。いくら稼いだか、利益率をどこまで伸ばしたか、といったことは、正直な話、新客獲得には運によるところも大きいんです。そうではなく、どれだけ諦めずに試行錯誤したか、その試行錯誤をどれだけ行動に移せたか、ということが大事だと思います」。若手社員であれば「こんなことをやってみたい、ということにどれだけチャレンジできたのか」、上司であれば「その部下のチャレンジを、どれだけサポートできたのか」、ということでその人の仕事の評価が決まる。

それは、採用を担当する社員についても同じだと、小林社長は言う。「ここにいる植村(取材にご同席いただいた、広報・採用担当の植村氏)がそうなのですが、だれを、何人採用するか、その方法やプロセスは彼女の裁量に任せています。一定の成績以上の人間を、何人採用せよ、といったノルマなどはありません。この人の個性は、銀座英國屋で伸びそうだな、伸ばしてくれそうだな、と植村が判断したならば、それがわが社の「若き芽」に対する判断です。もちろん、何がなんでも入社してもらう、ということもしません。ただ、植村を通じて『(銀座英國屋のことを)分かった上で、入社してくださいね』ということはお伝えしますが」。個性を尊重し、信頼が人を動かす、ということへの徹底ぶりがよく分かる話だ。

新緑イメージphoto

何よりうれしいのは、「銀座英國屋さんなら、安心」というお客さまからの言葉

ブランド論、サービス論、事業承継論……さまざまな視点で小林社長に教えを乞う形となった本稿、インタビューの最後にその小林社長からこんなコメントがあった。銀座英國屋にとって一番うれしいのは、お客さまから寄せられる「銀座英國屋さんなら、安心」という言葉なのだ、と。

「(お客さまが)仕事で信頼を得るためスーツとは何か。信頼とは、相手への敬意があって生まれるもの。でも、その敬意というものは、ご自身に余裕がないとなかなか生まれません。『こんな格好で大丈夫かな?』という状態では、相手への敬意を示す余裕など持てませんから。銀座英國屋のスーツは、『(着ていて)安心だ』と言っていただける。そうしたお言葉こそが、私どもが大切にすべき誇りなのだと思います」

銀座英國屋イメージphoto

銀座英國屋のHPは、こちら


なぜか元気な会社のヒミツ season2 ロゴ

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第39回は、創業から80年余り。「銀座英國屋」の看板をいまに引き継ぐ3代目社長・小林英毅(こばやしえいき)氏に、事業承継をテーマに、その難しさや喜び、ロマンについて語っていただきました。

season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


【編集後記】

インタビューの最後に、小林社長に「銀座英國屋」という屋号へのこだわりについて尋ねてみた。あくまで私見なのだが、“英國”人と明治・大正時代の日本人は、その凛(りん)とした佇まいやメンタリティ(人生観)において、とても近いような気がしているからだ。イギリス人のコピーライターと仕事をしたことがあり、日本語特有の「行間」を読み解いて英訳してくれたときに“英國”への親しみが一気に湧いた。そんな経験からきているのかもしれない。「國」という旧漢字にもそそられる。

編集者の思い(思い込み)を小林社長に伝えたところ、その答えはとてもシンプルなものだった。「屋号へのこだわりは、特にないですね。初代社長が、当時の日本人が抱いていた『舶来(はくらい)モノ』や『紳士の國・イギリス』への憧れから名付けたと聞いていますが。大切なことは、その屋号に寄せられるお客さまの思い(信頼)にお応えすることだと思います」

インタビューを通して、小林社長のお話に一切のブレはなく、胸襟(きょうきん)を開いた誠実で穏やかなその語り口には、銀座の柳の枝をそよがす風のような爽やかさを覚えた。

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