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なぜか元気な会社のヒミツseason2No.42

アートは、うそをつかない

2025/02/18

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第42回は、「アート」と「NFT(ブロックチェーン技術を基盤とした代替できないトークン)」という、素人には理解が難しい二つのものを融合するビジネスで注目を集めるスタートバーンという会社を取り上げる。施井(しい)社長から、どんなお話が飛び出すのか、取材前からワクワク、ドキドキが止まらない。

文責:塚本文比児(電通九州)

ブロックチェーンと言われると、真っ先にイメージされるのが「仮想通貨」ではないだろうか?お札やコインのように具体的に手に取れるものではなく、あくまで「仮想の世界」で通用している、それを通用させているシステムのこと。そこに求められるのは「信用」「信頼」ということだと思う。モノの価値を、一瞬で、全世界に、それも未来永劫、認めさせる。そこに「アート」が絡んでくる。アート業界の歴史を一変させる黒船の来航にワクワクした。

その一方で、恐ろしいという印象も受ける。ゴッホの絵画が何億円で落札された、みたいな話は、夢がある話というよりは、少し恐ろしい話に聞こえるからだ。アートとおカネ、芸術文化と社会経済。この難しい話に、施井社長はどう答えてくれるのだろうか?

施井泰平(しいたいへい)氏:スタートバーン代表取締役社長 1977年生まれ。2001年、多摩美術大学絵画科油画専攻を卒業。「インターネットの時代のアート」をテーマに美術制作を開始。06年、アート作品が二次流通した際、作家に還元金が支払われるしくみを発明し日米で特許取得。07年から11年まで東京藝術大学講師。14年、東京大学大学院在学中にスタートバーン株式会社を起業。美術家として活動する際の名義は泰平。Geisai#9 安藤忠雄賞、ホルベインスカラシップ奨学生など受賞歴多数。主な著書に平凡社新書「新しいアートのかたち NFTアートは何を変えるか」などがある。

施井泰平(しいたいへい)氏:スタートバーン代表取締役社長
1977年生まれ。2001年、多摩美術大学絵画科油画専攻を卒業。「インターネットの時代のアート」をテーマに美術制作を開始。06年、アート作品が二次流通した際、作家に還元金が支払われるしくみを発明し日米で特許取得。07年から11年まで東京藝術大学講師。14年、東京大学大学院在学中にスタートバーン株式会社を起業。美術家として活動する際の名義は泰平。Geisai#9 安藤忠雄賞、ホルベインスカラシップ奨学生など受賞歴多数。主な著書に平凡社新書「新しいアートのかたち NFTアートは何を変えるか」などがある。

アート業界はテクノロジーに疎い、というウソ

「そもそもアート業界やアーティストは、最先端のテクノロジーに疎いというイメージ、ありませんか?」インタビューの冒頭、施井社長はこう切り出した。確かに、イメージとしては「デジタル?そんなものは信用しねぇ!こっちは絵筆一本に魂を込めてんだ!」みたいな職人の世界というイメージもある。「でも、例えばルネッサンス時代をイメージしてください。科学技術がとんでもない進化を遂げた。それとともに、アートは進化してきたんです。時代の大きな変化とともに、これまでのアートをアップデートさせることができるんじゃないか?ということにアート業界やアーティストは、いつの時代も敏感なんです」

施井社長は、こう続ける。「情報社会の到来とともに、アートのアップデートが必ず起きると思いました。ただ、伝統的なアートはアナログが前提になっていました。ですので、デジタル上でアートを流通させる『基盤』が、必ず必要になると思いました」。なるほど、基盤……。それでブロックチェーンというわけか。

とはいえ、新たな基盤をつくることは一朝一夕でできることではない。社会的な理解と共感と期待が必要だ。2014年の起業からビジネスを軌道に乗せるまでは、数々のご苦労があったのだろう、ということが容易に想像できた。

さまざまな作品が登録されているブロックチェーンインフラ「Startrail」のイメージ図 
さまざまな作品が登録されているブロックチェーンインフラ「Startrail」のイメージ図 

「アーティスト」はおカネが嫌い。これは多分、ホントの話

「そこで、ネックというか、ハードルとなってくるのは、そもそもアーティストという人たちは、おカネが嫌いなんです」と、施井社長は言う。これはすごく重要な指摘だなと思った。たまたま時流に乗って、ものすごい額を稼いでいるアーティストも、確かにいる。でも、彼らは「カネもうけ」のために作品を生み出しているわけでは決してないはずだ。実際、生前のゴッホが大金持ちだった、なんて話はない。

「という人たち、あるいは業界に対して、NFT・ブロックチェーンというものを有効活用してみませんか?と提案したところで、なんだお前は?カネの亡者か?ギャラリーの仕組みをつぶす、アートビジネスのディスラプター(破壊者)か?という誤解をさんざん受けました。それが、会社を立ち上げた当時の苦労で、今でもなおそれは続いています」

ところが、ですよ。と、施井社長は続ける。「この仕組みは、実はいいものなのではないか?ということへのリテラシーがある人とない人との間に、やがて温度差が生まれてくる。そしてその潮流は、いわゆる『デジタルアートバブル』みたいなことを巻き起こした。ただ、それはそれで、私がやりたいこととは違うもので。NFTの理解度が人によって大きく違う混沌の中、結局、毎日毎日、NFTというものの説明に追われることになりました」。これは、深い話だ。広告会社で仕事をしている人間としては、世の中が一気に動き出す、みたいなときのダイナミズムと恐ろしさは十分に理解しているつもりだからだ。

グラフはCoinGeckoのYearly Report 2021より抜粋した2021年の主要な取引市場(マーケットプレイス)におけるNFT総取引数の推移。同年初期から急激に取引数が増加したことから、急激な関心の高まりや市場の変化が確認できる。
グラフはCoinGeckoのYearly Report 2021より抜粋した2021年の主要な取引市場(マーケットプレイス)におけるNFT総取引数の推移。同年初期から急激に取引数が増加したことから、急激な関心の高まりや市場の変化が確認できる。

コロナが、アートの歴史を変えた?

デジタルアートバブルのきっかけにはコロナ禍があった、と施井社長は振り返る。「アートの価値付けに関わる人たちが、デジタルを無視できない状況になった。あるいはデジタルというものの真価に気づかされた、と言えばいいのでしょうか」。なるほど、生活物資の調達にせよ、人とのコミュニケーションにせよ、このパンデミックな世界で私たちはどう生きていけばいいのだろう?ということは、コロナ禍を経験する中で誰もが思ったことだ。アート業界にも激震が走ったことは、想像にかたくない。あらゆるイベントが中止になる中、例えばアート作品の展覧会場なども閑古鳥が鳴く状態だったはずだ。

「ただ、そうした状況は、必ずしも悲観だけするものではない、と私は思うんです。NFTを使えば、一つのアート作品のオークションに世界中の人を巻き込める。アナログの世界では、専門家のバイヤーが数十人集まって行われていたところへ、世界中の人が参加できるわけですからね」。施井社長の言わんとされていることが、だんだん分かってきた。

写真は、NFTデジタルスタンプラリーを実施したムーンアートナイト下北沢の様子。コロナ禍後、リアルの場で皆になじみ深いかたちでNFTを実装させたことにより、テクノロジーが違和感なく生活圏に入り込んだことが多くの人々の共感を呼んだ。こうした一般層へのデジタルアートの広がりが、逆輸入的にアート業界へのテクノロジーの普及につながる、と施井社長は言う。
写真は、NFTデジタルスタンプラリーを実施したムーンアートナイト下北沢の様子。コロナ禍後、リアルの場で皆になじみ深いかたちでNFTを実装させたことにより、テクノロジーが違和感なく生活圏に入り込んだことが多くの人々の共感を呼んだ。こうした一般層へのデジタルアートの広がりが、逆輸入的にアート業界へのテクノロジーの普及につながる、と施井社長は言う。

人を、社会を巻き込んでいくには?

人を、社会を巻き込んでいくには、「無料とスピード」が大事だ、と施井社長は言う。「新しいサービスを社会に広めていくには、無料で楽しめる、ということがなによりのインセンティブですよね。加えて、スピードです。ログインだとかアカウントの取得だとかにやたらと時間がかかっていては、気軽にやってみようという気にはなりません。面倒な手続きがたったの25秒でできるのか、それならやってみようかな、ということです」。施井社長の話は、ここからが深い。「その仕組みをつくるには、行政や企業を含めた社会全体を巻き込むことが必要です。そのために、いわゆるP/Lのようなことで判断される短期的な成果ではなく、長い目で見たB/S的な時間軸を提示することが大事だと私は思います」

今ならお得(無料)!とか、スピードがとにかく速い!といったことは、あらゆる業界で行われているキャンペーン。ただ、そこに欠落しがちなのは「長い目で見た時間」という視点ではないだろうか?特にアートに関してはそれを提示していくことがより重要だと感じた。アーティストに正しく還元金が支払われる仕組みをつくり、アート作品の価値を正しく継承したいという施井社長の思いには、深い説得力がある。

スタートバーンが提供するアート作品等に付けるブロックチェーン証明書。簡単にブロックチェーン上の作品情報を閲覧することができ、また還元金も登録することができる。
写真はスタートバーンが提供するアート作品等に付けるブロックチェーン証明書。簡単にブロックチェーン上の作品情報を閲覧することができ、また還元金も登録することができる。

アートは閉じるものじゃない。開くもの

アート業界を盛り上げていくためには、仕組みを浸透させることも大事なのですが、裾野を広げていくことが大事、と施井社長は言う。「スポーツでいうところの競技人口ですね。私は、アート業界は特殊なものではなく、サッカーや野球と変わらないと思っています。例えば、サッカー業界の一部ではブロックチェーンにおける還元金送金の構造と似ていることをしていて、プロサッカーチームと選手が契約すると、それまでその選手を育成してきたクラブチームや学校に還元金が入る仕組みが実用化されている。そうすることで、通常だと報われない育成者層にもインセンティブが生まれる。その結果、業界全体の盛り上がりとレベルが高まっていく。大事なのはプレーヤー(のパフォーマンス)、つまりアーティストとその作品が、もっともっと広がっていくことなんです」

これまでのアート業界は、流通をきちんと管理するために、流通を絞り、アートに触れられる人を限定する傾向があった。NFTによって本物であることの証明が簡易化され、閉ざされたアートの価値が解放されることは、裾野を広げるドライバーになり得るだろう。「アーティストや作品の数が増えた結果、アートの価値が下がるのではないか?といったことを懸念する声も聞かれますが、私はそうは思いません。裾野が広がるほど山の頂きは高くなる。新たなスーパースターが生まれる可能性が広がるということだと思います。私が目指しているのは、大都会だけでなく、誰も聞いたことのない小さな村から、スーパースターがでてくる世界です」。全ての人に対してオープンに開かれ、全ての人にチャンスがある、それこそが理想の状態ということだ。

「アート業界は、実はおろかな歴史を繰り返しているんです。おろか、というのは新しいものを、ダサいものだと保守的な人たちが決めつけちゃう、ということ。印象派などは、当時は否定されまくっていましたからね。アーティストの一人でありたい、と思っている者としては、次世代や後世の人たちからダサいと言われるようなことだけはしたくないんです」。ものの価値を見極める確かな目を持っていたいということなのだろう。

「ピカソの時代は、テクノロジーが足りていなかったから、自分が大声で天才だと言わないといけなかった。これからは、作品と大衆との接点が変わります。アーティストにとって一番リアルに、うそがない状態をつくっていくことが大事だと思います。ちょっと感覚的な話ですが」。アートに、うそがあってはならない。インタビューの最後のコメントに、施井社長の、一人のアーティストとしての思いを垣間見た。

スタートバーンに集う仲間たち

スタートバーン_ロゴ

スタートバーンのHPは、こちら

カンパニーデザインロゴ
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第42回は、「アート」と「NFT」を融合させるビジネスで注目を集めるスタートバーンという会社を紹介しました。

season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


【編集後記】

本シリーズのクリエーティブディレクターである武藤新二氏から、インタビューの最後にこんな質問が飛び出した。「アートを楽しむ、ということにおいて、日本はまだまだ未成熟な社会といいますか、民主化が遅れているような気がするんですが、そのあたりは施井社長はどのようにお考えでしょうか?」と。編集者としても、実は同じ質問を用意していた。例えばヨーロッパでは、自宅に初めて招く客人に、お気に入りの絵画を見せることで、自己紹介をするという習慣があるのだという。文化的にとても成熟したものが感じられる。

施井社長の答えは、こうだ。「裾野の広がりが、まだまだ足りていないんでしょうね。プレーヤーの数を増やすことも大事なんですが、ポイントは情報だと思います。流通する情報量が増えれば、好きなサッカー選手の名前を挙げるように     、好きなアーティストの名前も挙がるようになると思います」たくさんのアートに触れることで感性は磨かれるし、自身の好みも分かってくる、ということだ。

印象派のくだりで、施井社長はこんなことも言っていた。今、自分がやっていることは、「(社会や未来への)問いとして」重要なのだと。経営者として、技術者として、アーティストとしてというだけでなく、ジャーナリスティックな目線もそこには感じられた。

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