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なぜか元気な会社のヒミツseason2No.41

薄あかりが照らす、プロモーションの未来

2025/02/03

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第41回は、創業から200年余り。福岡県八女(やめ)市で「提灯(ちょうちん)」の製造を手掛ける伊藤権次郎商店の8代目・伊藤博紀社長に、「伝統」と「革新」への向き合い方、そのヒントを教えていただきます。

文責:三浦僚(電通九州)

以前見たテレビ番組の取材シーンが、伊藤権次郎商店に興味を持ったきっかけだ。提灯の系譜やパリでの展示の話に、なんだか妙に心がざわついた記憶がある。提灯そのものは、室町時代に伝わった、との通説が示すとおり、歴史あるものだ。その提灯を、なんとパリで展示?本連載の取材先を探している際に、そのときの心のざわつきがふっとよみがえった。

今回、念願かなってお会いすることができた8代目伊藤博紀社長は、テレビの前で感じた心のざわつきをさらに増幅させてくれるような方だった。日本の伝統工芸は、後継者不足や原材料産業の衰退により、低迷している分野も多いと聞く。そうした中、日本の魅力からエンタメに至る幅広い領域を提灯で「照らして」やろう、という伊藤社長の意気込みと行動力は、まさに必見。あらゆる仕事のヒントになるものだと思う。

伊藤博紀(いとうひろき)氏:伊藤権次郎商店/クラフカルト代表取締役社長 1990年福岡県生まれ。大学でマーケティングを学び、卒業後はファッションビルのプロモーションを経験。その後、福岡県八女市で200年以上の歴史を有する「伊藤権次郎商店」で職人として本格的に提灯製作を始める。現在は8代目として伝統を守りながらも新たな取り組みに日々挑戦している。
伊藤博紀(いとうひろき)氏:伊藤権次郎商店/クラフカルト代表取締役社長
1990年福岡県生まれ。大学でマーケティングを学び、卒業後はファッションビルのプロモーションを経験。その後、福岡県八女市で200年以上の歴史を有する「伊藤権次郎商店」で職人として本格的に提灯製作を始める。現在は8代目として伝統を守りながらも新たな取り組みに日々挑戦している。

提灯(ちょうちん)とは、神様に向けてつくるもの

岐阜、小田原、京都、そして福岡県の八女が日本の提灯の四大生産地なのだという。「八女提灯といえば、それは盆提灯のことを指します。対して、僕らが手掛けているのは神社仏閣、お祭りなどに用いられる装飾提灯(見本提灯)です。そこから発展させて、現在はさまざまな空間演出の装置としての提灯の可能性を追い求めています」。空間演出とはどういうこと?提灯でしょ?あの、ビアガーデンとか居酒屋の入り口とかにぶらさがっている……という読者の皆さんの反応は、もっともだと思う。くだんのテレビ番組と出会わなければ、筆者自身もそうであったはずだから。

博多総鎮守 櫛田神社に特別奉納させていただいた提灯。デザイン・製造・設置場所を全任させていただいた、提灯職人としての起点となった仕事でした(伊藤社長談)。
博多総鎮守 櫛田神社に特別奉納させていただいた提灯。デザイン・製造・設置場所を全任させていただいた、提灯職人としての起点となった仕事でした(伊藤社長談)。

「なにしろ、相手が神様ですからね。そこには、一切のサボリが許されない。どんな仕事でも、多少のことでサボることはありますよね?でも僕らの仕事は、一時でも気を抜くことができません」。うわあ、それだけでもう、大変さが伝わってくる。「人間ですからね。そんなことは無理なんです。でも、やり続けなければならない。では、どうするか?後ほどお話ししますが、『自分の機嫌は、自分でとる』これしかないんです」

あかりで、空間を演出する

提灯で空間演出をする、とはどういうことなのか?空間演出ということは、舞台演出のようなことなのだろうか?「実際に、海外の舞台や映画の美術として採用されたこともありますが、いわゆるフィクションの世界だけのことではありません。飲食店、商業施設、イベント会場……人を呼び込む場所、人が集まる場所、ありとあらゆる空間に僕らの提灯にしかできない可能性がある、と思っています」

国指定の文化財「柳川藩主立花邸 御花」にて、おどろおどろしい“妖怪”が描かれた八女提灯を展示。夜型アートイベント「奇怪夜行」での空間演出が、世の注目を集めた。
国指定の文化財「柳川藩主立花邸 御花」にて、おどろおどろしい“妖怪”が描かれた八女提灯を展示。夜型アートイベント「奇怪夜行」での空間演出が、世の注目を集めた。

なるほど、そういうことか。舞台セット×プロモーションの力で、人が集まる「場」や人を魅了する「風景」をつくってみせる、ということなのだ。そういうことであれば、海外の有名舞台や映画のセットとして採用された、という話もすんなりと入ってくる。

「そうしたプロモーションの延長と言えるのかもしれませんが、現在、僕らが手掛けている仕事の一つに福岡国際空港の装飾美術というものがあります」。プロモーションが見据える先には、例えばインバウンドといったこともあるわけだ。伝統的な工芸品に、光をあてる。脈々と受け継がれてきたそのフォルムが、光が、現代の空間を輝かせる……。なんだかスケールの大きな話になってきた。

クラフカルトとは、どんな会社なのか?

200年余りも続く家業を継いだ伊藤社長だが、前職は大手商業施設で館内演出の責任者を務めていたのだという。いうなれば、プロモーションの分野の最先端をいくスペシャリストだ。「学生の頃、当時の学生起業ブームに乗っかったわけではないのですが、その会社に頼もう!とばかりに企画書を持っていって、採用してもらったことがあるんです。そのご縁なのかは分かりませんが、僕を社員として拾ってくれました」

学生が書いた企画書が、大企業に採用?そんなことは最先端をいくその会社でも、それまでに例がないことだったのだという。「子どもの頃から、大人の顔色をうかがうとか、今でいう空気を読む、といったことが得意だったんです。気がつくと周りにいる人、下から上まで、仲良くしてもらっていました」。さらりとおっしゃるが、世代を超えて周りの人間から愛される……とてつもないスキルだ、いや、人望というべきか。保守派でいくべきか、それとも革新派か?みたいなことで、普通はどちらかに偏るものだ。

「伊藤権次郎商店」と並行して「クラフカルト」をいう会社を始めたあたりにも、そんな伊藤社長らしさが垣間見える。「分かりやすくいうと、一軒の焼き鳥屋さんがあったとしますよね。その看板を手掛けるのが伊藤権次郎商店だとすると、その店の内装を手掛けるのがクラフカルトなんです。クラフ(工芸)をカルト(崇拝する)という意味のベンチャー企業なんですが、老舗が守りに堅い最強の盾(たて)だとするならば、ベンチャーは新たな分野を攻めるにはもってこいの矛(ほこ)。“モノ売りではなく、コト売り”を実践していくためには、盾と矛、二つのアイテムが必要だと思うんです」

伊藤権次郎商店は、兄(達耶氏/写真右)と弟(博紀氏/同左)の二人で会社の事業の中核を担っている。「兄弟経営って、破綻することが多いんですよ。うちの場合は、職人気質の兄と経営や営業が得意な僕が、同じ方向を見つつも違うことをやっていて、そのスキルを互いにリスペクトしあえているところがいいんだと思います」。こうしたコメントにも、博紀氏らしさがうかがえる。
伊藤権次郎商店は、兄(達耶氏/写真右)と弟(博紀氏/同左)の二人で会社の事業の中核を担っている。「兄弟経営って、破綻することが多いんですよ。うちの場合は、職人気質の兄と経営や営業が得意な僕が、同じ方向を見つつも違うことをやっていて、そのスキルを互いにリスペクトしあえているところがいいんだと思います」。こうしたコメントにも、博紀氏らしさがうかがえる。

自分の機嫌は、自分でとる

取材前の予習で、伊藤社長が「(ものを生み出す際には)流行をつくろうとしないことが大事」という旨のコメントをされていた。そのことに話を向けると、伊藤社長は「伝統は稼ぐためのもの、対して流行はカネにならないものだと僕は思うんです」と言う。普通は、逆ではないのか?伝統は稼げないけれど、守っていかなければならない。そのためには流行(トレンド)を追いかけて稼がなければならない、みたいな。伊藤社長の見立ては、それとはまったく逆だ。

伊藤社長は、こうも言う。「会社を継ぐと決めたとき、僕の存在は『瞬き(またたき)』だと思ったんです」。確かに200“歳”を超す会社からすれば、何代目の社長であろうが瞬きのような存在なのかもしれない。でも、これまた普通の感覚(あくまで想像でしかないが)でいうなら、「さあ、この会社は何代目にあたるこの私のものだ!できうるかぎり、長く居座ってやる!」といった感覚になるのではないだろうか?

「会社にとって自分とは、人柱のように、糧にされる存在。だからこそ、自分を楽しむ、自分で楽しませることが大事だと思うんです。冒頭、申し上げた『自分の機嫌は、自分でとる』ということですね。僕にとっての流行とは、『自分で自分の機嫌をとっている状態』のことなんです」。ああ、分かったぞ。伊藤社長のおっしゃる流行とは「マイブーム」のことなのだ。おカネを稼いでくれる伝統を守るためにも、マイブームに興じている自分を楽しむ。なんて粋な考え方なのだろう、と思った。

「奇怪夜行」でとりあげた妖怪は、実はかねてよりの伊藤社長の趣味であり流行。写真は、水木プロダクションで初代チーフアシスタントを務めた佐々岡先生との“妖怪談義”の様子。
「奇怪夜行」でとりあげた妖怪は、実はかねてよりの伊藤社長の趣味であり流行。写真は、水木プロダクションで初代チーフアシスタントを務めた佐々岡先生との“妖怪談義”の様子。

提灯の光は、世界をも魅了する

提灯の光って、ぼわっとしていますよね?その「ぼわっと」が、日本人にとって心地いいというか、心が和むというか……これってどういうことなんでしょうか?と、伊藤社長に投げかけてみた。

難しい質問をしたつもりだったのだが、伊藤社長はすぐにこう答えた。「たとえばキャンドルのような西洋の直線的な光とはちがって、日本の光は何かを通すことで柔らかいものになっています。形や色も強すぎず、ぼやっと淡い。それは、はっきりしないもの、存在が定かでないものに美徳や愛着、尊厳などを感じる、日本人独特の感性だと思いますね」

ぼやっと淡い、か。筆者の「ぼわっと」という表現と比べて、やはり光の捉え方の次元がちがう。「たとえば浮世絵には余白が多いですし、国賓をお迎えする皇居の客間はがらんとした空間になっています」。お分かりですよね?とばかり、にこりとほほ笑む伊藤社長のその表情には「提灯の光には、世界を魅了するだけの日本の美が宿っているのだ」という誇り高き自信がうかがえた。

制作中の提灯(=竹ひごによる骨格)
伊藤権次郎商店ロゴ

伊藤権次郎商店のHPは、こちら

 クラフカルト 社名ロゴ

クラフカルトのHPは、こちら

カンパニーデザインロゴ

「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第41回は、福岡県八女市で「提灯」の製造を手掛ける伊藤権次郎商店と、その提灯による空間プロデュースで世界からも注目されるクラフカルトという会社をご紹介しました。

season1の連載は、こちら
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら


【編集後記】

八女提灯の特徴は、提灯の骨組みをつくる際、細く長く整えた竹ひごを「らせん状」に巻いていく「一条らせん式」という手法にある。その際に重要なのが、竹ひご同士をつなぐ部分の「遊び」にあるという。間がつまりすぎていては、柔軟な成形ができない。かといって間をあけすぎていては成形そのものが成り立たない。そんな「遊び」の大切さを伊藤社長に尋ねると、意外な角度からのコメントがもらえた。「ご質問への答えとしては見当ちがいかもしれませんが、こう見えて僕、性格が悪いんですよ。たとえば老舗の何代目ということを鼻にかけている人には『あなたは、その老舗で歴代最強と言えますか?』と聞いちゃう、みたいに」

「僕は、性格が悪い」という言葉をそのまま受け取ると、意地の悪いことをついつい言ってしまう、という表層的なエピソードではあるのだが……。いや、待てよ。伊藤社長の発言の真意は「少なくとも、僕はそれを目指していますけどね」ということなのではないだろうか。なるほど、「遊び=反骨(精神)」ということですね?そう返すと、伊藤社長は「そうです」と、短く答えた。伝統を尊びつつも、その伝統に甘えない。そんな覚悟が込められた「そうです」のように、僕には聞こえた。

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