なぜか元気な会社のヒミツseason2No.38
日本の「発酵文化」を、「発酵哲学」へ昇華させたい
2024/07/25
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第38回は、酒、しょうゆ、みそ、納豆など、身の回りに当たり前のように存在する発酵文化を「発酵哲学」という域にまで高めたい。そうした思いで起業したオリゼの小泉泰英氏に、「発酵食品」や「発酵」のポテンシャルについて、語っていただきました。
文責:薬師寺肇(電通BXCC)
オリゼは、主力商品「オリゼ甘味料(米麹発酵糖分)」で砂糖の代替、その先にあるものを追究するスタートアップ企業だ。2018年に創業、発酵技術を活用して社会課題を解決することを目指している。オリゼ甘味料の原料である米は、国内消費量の減少が続いている。その米から、麹(こうじ)を活用した発酵によって甘み成分を作り出し、現代人のニーズと結びつけることで、新たな商品価値を生み出そうというのだ。また、同社では企業の販売規格外品や残渣(ざんさ)を「発酵アップサイクル」する取り組みも行い、日本の米作にまつわる課題だけでなく、食品ロス問題への貢献も同時に行っている。
麹由来の発酵食品と言われると、健康意識の高い、ごくごく少数の客層に支えられているニッチなマーケットをどうしてもイメージしてしまう。が、小泉社長の描く未来像は果てしなく大きい。わずか1時間ほどのインタビューではあったが、終わりの頃にはすっかり発酵にかける熱きサムライのファンになってしまった。
起業の原点は、「もどかしさ」
起業のきっかけに先立ち、プロフィールにある「農業経済学科」について質問してみた。オリゼという会社の原点がそこにあるような気がしたからだ。「農業経済学って、なんだ?ということなんですが、明治時代は時代の先端をいく花形の学科だったらしいんです。というのも、当時は急速な近代化による食料不足や都市部への人口流入、つまり、広がる農工間格差をなんとかしなければ、という課題が噴出しはじめた頃でしたから」と言う小泉社長。「現代でも、その傾向は続いています。たとえば農業は、金融会社やIT企業のように信用によるビジネス創造ができない。日本の農業の7割を占める稲作をイメージしていただくとよく分かると思うのですが、資本の効率性という観点からすると、実に割に合わない仕事なんです。その時に感じた『うわ、これはなんとかならないものなのか?』というもどかしさが、今の仕事につながっているような気がします。また、取り組むなら難しいことの方がいい。昔からそう思ってしまう性格も影響していると思います」
「もどかしさ」というワードが、筆者にはとても刺さった。功成り、名を遂げてやる!といったスタンドプレーではない。目の前の現実を知ってしまった以上、看過することはできない!ということだ。僕自身を含め、世の中の大半の人が「まあ、そんなものだよね」で済ませてしまう領域、また取り組んだとしても決して一筋縄ではいかない領域に、小泉社長は一念発起、足を踏み入れた。
尊敬する人物は、二宮尊徳
「もどかしさは募るものの、実家が農家でもない、それまで農業に関心を持ったこともない若造ですからね。なにかヒントはないものか、と古い書物を読みあさりました。中学、高校と野球ばかりやっていたこともあり、本なんてものは正直、趣味や暇つぶしのためにあるものだと思っていました。ところが、読めば読むほど、こんなにも役に立つことが書いてあるのか、とビックリ。先人たちに応援してもらっているような気持ちが、ふつふつと湧いてきたんです」
中でも、強く心を打たれたのは二宮尊徳だという。「二宮金次郎ですね。薪を背負いながら読書している様で、勤勉の大切さを伝えている人、のような。でも、僕が感銘を受けたのは、自身の資産を増やすよりも、自身の志を継いで大きくしてくれるような若者を増やすことに尽力した、ということなんです。事実、渋沢栄一、安田財閥の祖である安田善次郎、松下幸之助といった人物が、尊徳の影響を受けたと言われています」。自身の志が醸成され、社会を変える力になるまでの時間を、ひたすら待つ。尊徳のそうした高い視座と深い情熱に、若き日の小泉氏は魅せられたのだ。
矛盾するものにこそ、価値がある
取材にお立ち会いいただいたオリゼ事業開発部 長瀬みなみ氏に、小泉社長の人となりを伺ってみた。いわく、「大局を見ながらも、時にマイクロマネジメントも行う、とてもレアな人だと思います」とのこと。経営者として誰もが驚くような大きなビジョンを掲げることと、現場の人間と語り合うことを、両立しているということだ。「人の気持ちに寄り添いたい、というだけなんですけどね」と、小泉社長は少し照れながら言う。
「たとえば、砂糖業界の方とも、そう。今では、仲良くさせていただいているものの、はじめの頃は、砂糖業界に弓を引くやからがよくもノコノコとやって来たな、といった空気がありました。なにしろ、砂糖に替わる甘味料を売り出そうしている企業の社長ですから、それも若造の。でも、僕の思いとしては、誰かを、何かを否定するのではなく、共に知恵を出し合っていい方向に進めていきましょう、ということだけ。砂糖業界にも、悩みはあります。もちろん、僕一人の力ではどうにもしようがないことばかりですが。でも、だからこそ、手を取り合うことが大切だと思うんです」
一見すると競合関係にある者同士、まったく異業種の者同士が手を組んで、夢ある未来を創造していく。昨今、さまざまな業界で行われているコラボレーションのことだ。そしてその根底にある小泉社長の思いは、至ってシンプルかつユニークだ。「矛盾するものにこそ、価値がある。矛盾するものが共存する社会にこそ、未来がある。そうは思いませんか?」
対話だって、発酵していくもの
そのためには、「発酵」というものの価値をより多くの方に分かっていただきたいと小泉社長は言う。「わが社の主力技術である麹(こうじ)は、あくまで『発酵』のひとつの例に過ぎません。酒、しょうゆ、みそ、納豆、ぬか漬け、くさや……『発酵』というものは、わが国が世界に誇る技術であり、文化であり、伝統なんです。それは、日々の暮らしを支えるものであると同時に、社会課題を解決する糸口にもなるものだと思います。なにしろ、先人や微生物との対話で成り立っているものですからね。知れば知るほど、その英知や営みは奥深いものです」
なるほど、それで二宮尊徳となるわけか。話が見事につながった。「たとえば、今日、こうして薬師寺さんと『対話』していますよね。もちろん、こんなことを聞かれるだろうな、と思って事前に用意はしますよ。でも、会話をつづけているうちに、話が膨らんだり、いい意味で脱線したりしますよね?対話も発酵していくものだ、と僕は思うんです」
ブランディングとは、何か?
「対話」という話の流れから、インタビューの核心ともいうべきオリゼが掲げる「FIVE WIN」について尋ねてみた。「いわば、近江商人の三方よし、の進化系です。僕なりの解釈で言うなら、三方よしは合理的で良さそうな思想ですが、非効率的なものが抜けていると思うんです。それは、地球環境であったり、伝統といったものです。非効率で、本気で向き合うのは難儀だ、といったような。でも、そこから逃げていてはいけないと思うんです。あれも大事だぞ、これも捨ててはおけないぞ、と考えているうちに、いつの間にやら『五方よし(FIVE WIN)』になってしまった、というのが正直なところです」
「また『FIVE WIN』の根底には、『利己的利他』という考え方があります」と小泉社長は言う。それぞれが自らを利することが、他を利することになっているという意味だ。それはまさに、微生物が自ら活動することによって、人間が恩恵を受けている発酵そのものだと思った。
そんな小泉社長に、五方よしのブランディングをいかにして実現させようとしているのか?という質問を最後にぶつけてみた。もちろん、これさえやればいい、という答えなどはそうそう簡単には見つからないと思う。だからこそ、聞いてみたかったのだ。
少し考えて、小泉社長はこんなことを話してくれた。「難しい質問ですが、すでに確立されているブランドに『発酵』というものを入れていく、『〇〇×発酵』という掛け算を実現していく、というのはひとつの有効な手段だと思います。誰もがブランドとして認めるものを『発酵』という哲学や文化で横ぐしにする、といったような。『発酵』と言われると、とかく時間がかかる、といったイメージだと思うのですが、発酵に2年を要するものもあれば、たとえば納豆のように2週間というスピードで仕上がるものもある。『発酵』に、そのスピード感のイメージはありませんよね?たとえば、そういうことなんです。わが社が世の中に広めたいのは、オリゼという会社のブランドではなく、『発酵』そのものがもっているブランド価値やポテンシャルなのですから」
ブランディングとは、すごく単純に言うなら、世の中の多くの人に「ああ、ありがたい」と思ってもらうことだ。でもそれは、一朝一夕にできることではない。小泉社長がこだわる「伝統」とは、決して懐古主義からの言葉ではないはずだ。ブランドを作っていくことの難しさを十分に理解した上で、先人からその責を引き継ぐ者としての揺るぎなき決意と自信が、筆者にはまぶしく見えた。
オリゼのHPは、こちら。
「オリジナリティ」を持つ“元気な会社”のヒミツを、電通「カンパニーデザイン」チームが探りにゆく本連載。第38回は、酒、しょうゆ、みそ、納豆など、身の回りに当たり前のように存在する発酵文化を「発酵哲学」という域にまで高めたい。そうした思いから生まれた会社、オリゼを紹介しました。
season1の連載は、こちら。
「カンパニーデザイン」プロジェクトサイトは、こちら。
【編集後記】
世の中、一周回って「ブランディング」に注目が集まっている。ひと昔前のブランディングのイメージは、自社の存在を世に知らしめ、その価値を社会に認めさせる、ということに主眼がおかれていたように思うのだが、昨今、注目されるブランディングとは、「社会のためにどうしたらお役に立てるだろう?わが社が存在する意義って、そもそもなんだろう?」ということを自問自答する、という行為そのものを指しているような気がする。それだけ、企業も社会も成熟の段階を迎えつつある、と同時に、ともすればそれは「禅問答」のような議論に終始しかねないという、側面も持っている。場合によっては、「机上の空論」「理想論」といった誹(そし)りを受けたりもする。
編集部からのそうした指摘に、小泉社長はこう答えた。「理想論にならないためには、発酵哲学を定性的なものではなく、定量化して示すことが必要だと思います。いわゆる『見える化する』ということです」。あちらの意見にもこちらの意見にも、真摯(しんし)に耳を傾けて、具体的な数値で方針や成果を示す。そうしているうちに、オリゼという会社が果たすべき役割、世の中から期待されていることが浮かび上がってくる、ということだ。「昔からの性分といいますか、期待されると頑張っちゃうタイプなんです。結果として、あれもこれも、と欲張ってしまう」。正直な人だと思った。その正直さが「熟成」し、「発酵」していく中で、なにかしらの化学反応が暮らしに、そして社会に起きていくはずだ。
今回、インタビュアーを務めた薬師寺氏は、そうした小泉社長の人となりを「余白を持った人物」と表現する。微生物との対話ひとつをとっても、心に余白がなければ成り立たない。言い得て妙だ、と思った。