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アート・イン・ビジネス最前線No.2

スタートアップに欠かせないアートの内在化とは?

2020/03/25

『アート・イン・ビジネス—ビジネスに効くアートの力』執筆者のひとり、美術回路(※)メンバーの上原拓真と申します。連載第1回では「アートってビジネスにどう効くの?」と題して、なぜアートがビジネスの現場で注目されているのか、アートパワーとアート効果の関係についてご紹介しました。

第2回では、アートパワーを個人が体得する考え方として、本でも頻出する「アートの内在化」についてビズリーチ(現・Visionalグループ)の事例を交えながらお話しします。

(※)美術回路:アートパワーを取り入れたビジネス創造を支援するアートユニットです。専用サイト:https://www.bijutsukairo.com/
 

 

ビジネス“パーソン”がアート“パワー”を取り入れることは意味がある

アートの内在化とは、アートパワー(アーティストの源泉である問題提起力、想像力、実践力、共創力の四つ)を自分の心の中に内在化することです。分かりやすく言い換えると、アートに触れる体験を通じてアートパワーが自分の血肉になることで、自分で物事を考えられるようになり、自分で行動ができるようになる状態のことを示しています。

四つのアートパワーと内在化
四つのアートパワーと内在化

なぜビジネスパーソンにとってアートの内在化が重要なのでしょうか。書籍の中で「ビジネスにアートを取り入れると効果がある」と仮説を提示していますが、正確には「ビジネス“パーソン”にアート“パワー”を取り入れることは意味がある」と主張したいのです。

商品パッケージにアート作品を載せたり、現代美術の作品をオフィスに飾ったりする活動は、もちろんそれはそれで素晴らしい活動です。しかしながらその前にビジネスパーソンは、自律的に創作を行うアーティストを見習うことで、自分の仕事にどう関係があるか深く内省することが大事なのです。

内在化は必ずしもアートだけに限らない

本の中では主にアーティストの思考や感性について考察しましたが、必ずしもアーティストだけがアートパワーを持っているとは限りません。本稿では狭い意味でのアート(作家や作品)だけでなく広い意味でのアート(創造行為全て)もしくはアートパワーの価値にも着目してみましょう。

アートパワーである問題提起力、想像力、実践力、共創力、このすべてを兼ね備えた人とはいったいどんな人なのでしょうか。アートやアーティストに出会う機会なんてそうそうないよ、と感じる方もいるでしょう。でも、この四つのアートパワーを兼ね備えた存在とは、社会人であれば超一流のスーパービジネスパーソン。実は、ビジネスパーソンである皆さんご存じのスタートアップを創業した経営者たちが、それに該当します。


スタートアップは、まるでアーティスト

スタートアップ企業をつくった創業者あるいは経営者たちは、なぜアートパワーを持ち得ているのでしょうか。一つずつ確認してみましょう。

まず問題提起力でいえば、自分は何をしたいのか深く掘り下げて、やりたいことと社会にとって必要なことをつなげて「世の中こうあるべき」という問題提起をしています。世の中にない概念を創造的に想像し、生み出そうと四苦八苦しています。

いろんな制約条件に悩まされながら(資金調達、人材育成、法改正など)自分がやるべきことを粛々と主体的にやり続ける実践力もあります。社内(経営陣、従業員)はもちろん、社外(株主、取引先、ユーザー、競合他社、プラットフォームなど)のさまざまなステークホルダー、さらには社会全体と相互に関わる共創力もあります。

皆さんはスタートアップの創業者や経営者と触れ合う機会はありますか。私は仕事でも個人的なお付き合いでも、アーティストやスタートアップの方々とご一緒する機会に恵まれてきました。スタートアップの方々と議論して「この人たちはまるでアーティストみたいだな」と感じたり、あるいは、アーティストと触れ合って「この人は何でこんなにビジネス感覚に長けているのだろう」と不思議に思うことがよくありました。

アーティストもスタートアップの方々も、どこか社会に問題を感じ、深く想像を深め、いろいろな苦労を伴いながら実践し、その結果としてあらゆる人たちと共創しています。彼らの溢れ出るエネルギーを浴びながら、いつしかその思いに共振し、私はいつの間にかアートパワーを自分の中に取り込めてきたような気がします。


なぜビズリーチは現代美術に協賛したか

例えば、人材採用プラットフォームなど、さまざまなインターネットサービスを運営するビズリーチ(現・Visionalグループ)は、アートの内在化を実践されているスタートアップ企業といえるかと思います。同社は2019年2月に、フランスの現代美術家ソフィ・カルの活動に共鳴し、渋谷スクランブル交差点の街頭ビジョンで彼女の映像作品「Voir la mer(海を見る)」を放映するアートワークに協賛しました。

ビズリーチは協賛した理由として

新規事業を連続的に創出するためには、世界や業界を新しい視点で捉え、そこに意味を見いだす能力が必要だ。

と説明しています。スタートアップの新規事業と、アーティストの作品制作は、まさにその根幹が通じているように思えます。

渋谷スクランブル交差点で放映した映像作品:ソフィ・カル「Voir la mer(海を見る)」
渋谷スクランブル交差点で放映した映像作品:ソフィ・カル「Voir la mer(海を見る)」

協賛を決断したのはビジョナル取締役CTO(協賛時の役職:ビズリーチ取締役CTO)の竹内真さんです。竹内さんはアーティストではありませんし、アートの教育を受けたわけでもありません。幼少から数学が大好きで数学者を目指したこともあるほどで、大学では機械工学を勉強され、新卒で勤めた会社は大手IT企業でエンジニア職だったそうです。ですが竹内さんは自分なりにアートパワーを内在化し、その思いを形にする行為としてソフィ・カルに協賛されています。私が竹内さんにお会いした時におっしゃっていた発言をご紹介します。

アートと呼べるか分からないが、幼い頃は切手が好きだったので切手を集めていたことがある。音楽も好きだったので20代からシンガーソングライターのような活動もしていた。私にとってはじめてのアート体験は、音楽活動のつながりで出合った友人の絵を5000円くらいで買ったこと。

今では竹内さんは現代美術への関心も高いそうですが、その関わりはごく最近のことで、元々はアートが身近にあったわけではないようです。しかし竹内さんは物事の捉え方や考え方がじつにアーティスト的です。

エンジニアには二つのタイプがいる。こういうものをつくってほしいといわれて、仕様書通りにつくるエンジニア。もう一つは自分がつくりたいものがあるから自分で設計してゼロからつくる想像力のあるエンジニア。後者のエンジニアに筆を持たせれば画家たるアーティストになるのではないか。

われわれが本の中で示しているアートパワーを内在化したビジネスパーソンとは、まさに竹内さんが定義してくれたように、自分の心の中を深掘りし、自分がやりたいことを明確にしてビジネスの世界で実践する人のことを意味しています。

さらに竹内さんの話で興味深いのは、実家の1階でご両親が経営されていた飲食店のお話でした。

子供の頃からお店に来るお客さんの出入りを見て今日は日販いくらだな、などビジネスの肌感覚が培われた。

など、ビジネスパーソンの教育(?)を幼少から自然と受けてきたそうです。そして竹内さんは数学と切手集めから、プログラミングや音楽に熱中する青年となりました。

竹内さんは子どもの頃からずっと、広い意味でのアートとビジネスの両方を体感してきたからこそ、結果として彼はビジネスの中でアートパワーを実践できているのかもしれません。アートとビジネスを結びつけるというよりも、日常のビジネスの中に隠されたアートパワーを見いだして形にしていく。私はその姿勢にこそアート・イン・ビジネスの本質があるのではないかと考えています。


ビジネスパーソンはアーティストになる

私は自分自身も悩めるビジネスパーソンなので、自分と同じような思いを持つビジネスパーソンたちに向けてメッセージを伝えたいと思って本を書きました。皆さんからは「そうはいっても仕事の中で好きなことなんてできないよ」「そもそも自分のやりたいことなんてあったかどうか忘れちゃった」といった声が聞こえてきそうです。

そう感じた人がいたら、私を参考にしてもらいたいです。私は大学でこそ美術を少し勉強しましたが、就職してからはいわゆるアートとは無縁になりましたし、今はデータ分析の仕事をしており、同僚は美術館に行ったことない人がたくさんいます。竹内さんも似たような経歴ですごく共感しました。

美術館に飾った作品、ミュージシャンの演奏、あるいは映像や演劇だけがアートではありません。私はありふれた仕事や日常の中にもアートが隠されていると考えています。あなたが「本当はこうだったら楽しいのに」「自分がひそかに思っていることで言いにくいんだけど」といった本音を、正しく仕事につなげてほしい、そう願ってこの本を書きました。

本の帯に「ビジネスパーソンはアーティストになる」という標語を掲げてみました。この標語には、皆さん一人一人のビジネスを会社のため、社会のため、自分のために具体的に実践してほしい、という思いを込めています。もしあなたが私のように悩めるビジネスパーソンであるとしたら。まずは竹内さんのような、広い意味でのアーティスティックなビジネスパーソンに、自分の悩みを共有してみることから始めてみることをお勧めします。ぜひアートパワーを内在化し、自分らしいビジネスを実践してみてください。

『アート・イン・ビジネス』の概要