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アート・イン・ビジネス最前線No.1

2020/02/27

アートってビジネスにどう効くの?

初めまして、美術回路(※1)メンバーの若林宏保と申します。新連載「アート・イン・ビジネス最前線」の第1回を担当いたします。2019年12月に『アート・イン・ビジネス —ビジネスに効くアートの力』(有斐閣)を出版して以来、発売後1カ月で重版になるなど、さまざまな反響が生まれており、改めて「アート×ビジネス」分野に対する関心の高さを実感しています。

本連載では、書籍では書ききれなかったアート・イン・ビジネスの最前線について触れていくことで、読者の皆さまと一緒に、「アートはビジネスに効くのか?」というテーマについて考えていきます。シリーズの初回は、「アート・イン・ビジネス」の基本的な考え方について解説いたします。

(※1) 美術回路:アートパワーを取り入れたビジネス創造を支援するアートユニットです。専用サイト

 


なぜ今「アート」が注目されるのか?

近年ビジネス界において、 「これからのビジネスにはアートが必要だ」「クライアントワークではなく、アートワークだ」「デザイン・シンキングの次はアート・シンキングだ」「0から1を生み出すのがアートだ」「アートに触れて美意識を磨け」「ビジネスとはまるでアートのようなものだ」といったフレーズをよく耳にするようになりました。

VUCAと呼ばれる不安定(Volatility)、不確定(Uncertainty)、複雑(Complexity)、曖昧(Ambiguity)な時代において、多くのビジネスパーソンは、“アート”という何か神秘的で特別な力を持った存在に引かれているのかもしれません。その一方で、アートが素晴らしいということは分かるけど、アートとどう向き合っていくのか、アートをどう自分自身のビジネスに取り入れていけばいいのか、といった声もよく耳にします。

感度の高いビジネスパーソンたちの間で、アートで何かやりたいという人が確実に増えているのです。もはや アートから単に教養や思考法を学ぶだけでなく、それを取り入れて実践していこうという機運が高まっています。

「アート・イン・ビジネス」とは何か?
 

下図は、有力な事例研究や定量調査をもとに、アートがビジネスに効果をもたらす仕組みを図式化したものです。

アート・イン・ビジネスの仕組み
出典:「アート・イン・ビジネス —ビジネスに効くアートの力」(2019)

この図の主人公はビジネスパーソンです。ここでいうビジネスパーソンは、経営者といったトップ層に限らず、プロジェクトリーダー、マネージャー、現場の企画担当者といったミドルからボトム層まで幅広いビジネスパーソンを含んでいます。そうした一人一人のビジネスパーソンが、個人的にアートに触れるという体験を通じて、自分自身の中にアートパワーが内在化(※2)し、ビジネス活動の中でさまざまな形で、じわじわと、そして幅広い効果を生み出していく様子を示しています。

では、モデルを構成する「アートパワー」「アート効果」について順を追って説明していきます。

(※2) 内在化:「取り入れる」とか「自分のものにする」という意味を持つ社会心理学用語。
 

アートパワーとは何か?

アートパワーとは、アーティストが作品をつくり続けていく活力の源泉、つまり創作の原動力として、四つのアートパワー「問題提起力」「想像力」「実践力」「共創力」を抽出しました。

アートパワー

 ❶「問題提起力」
アートパワーの一つ目は、「問題提起力」です。「問う力」は、アートを生み出す最初の動機といえます。ここには、「自己の探求」と「批判的洞察」が含まれます。自己の探求とは、自分とは何なのか、自分は何をしたいのか、など自分自身の内面に問いかける行為です。

もう一つの要素は「批判的洞察」です。これまで当たり前と思われていたことに対して批判精神を持って挑みます。その結果、ある現象やテーマについて、前提を疑い、そもそも「◯◯◯とは何か」といった問いを立て続けることが批判的洞察です。

❷「想像力」
アートパワーの二つ目は「想像力」です。四つのパワーのうち、この想像力こそが、アートをアートたらしめる最も核となる力ではないでしょうか。内発的な問題提起や社会に対する違和感を経て、想像力が生まれていきます。さらに、「想像力」には2種類あり、単なる過去の体験を再生する場合と、ある特定の目的に沿って再構成される場合があり、後者を「創造的想像」と呼び、表現を生み出す重要な契機となります。

アーティストのオノ・ヨーコ氏は、戦争中の疎開先の家の屋根の隙間から見た「空」に思いを描くという過去の体験が、後の表現活動に影響を与え、今日における平和をテーマにしたアート活動へとつながっているといわれています。

 ❸「実践力」
アートパワーの三つ目は「実践力」です。アーティストは、誰からの指示を待つのではなく、自分の意志に従って自発的に創作していきます。しかし、創作活動は孤独であり、高い自律性が求められます。自分の成し遂げる目的のために、自ら立てた規律に従って、自分の行動を正していく必要があります。

アーティストは、何事にも束縛されず自由な活動が許されていますが、その一方でさまざまな制約条件を突破していく必要があります。仮に表現したいモノがあったとしても、自分自身の技術的なスキルの限界、制作のための予算、創作環境の確保、発表する場の創出、人的ネットワークの構築など、作品を世に出すためには多大なハードルが存在しています。アーティストは一人でその制約を乗り越えていきます。その突破力こそが、創作の活力となっていくのです。

  ❹「共創力」
アートパワーの四つ目は「共創力」です。アーティストの手を離れた作品はその時点で鑑賞者や批評家の目にさらされ、社会に開かれた作品となっていきます。今日の現代アートは、アート自体や既成概念に疑問を投げ掛けるものが多いため、初めて出現した時には、最初は受け入れることが難しいかもしれません。しかし、アート作品と鑑賞者との相互作用によってさまざまな解釈が生み出されていきます。時間の経過の中で美的評価が形成され、やがては時代、地域、民族などの境界を超えて通じ合い、共感できる作品として後世に受け継がれていきます。こうして、アート作品は時空間を超えた鑑賞者との共創によって価値がつくられていくのです。

以上、四つのアートパワーを見てきました。アーティストとは、自分自身へのまなざしと、社会へのまなざしの二つの問題提起力の視点を通じて、これまで見たこともなかった着眼点で作品を通じて世にその想像力の産物を問い掛け、批判や孤独と闘いながら、自分を信じて制約条件を乗り越えてアート創作を実践していきます。

そして長い年月を経て、後世のまだ見ぬ人との相互作用を通じて共感を獲得し、アート作品は社会に開かれたものとして共創されていきます。

アート効果とは何か?

ビジネスにおけるアート効果については、「ブランディング」「イノベーション」「組織活性化」「ヴィジョン構想」に分類しました。前提として、「アートを活用すれば、売り上げがすぐに2倍になる」といった短期的な効果は期待できません。四つの効果のうちどれかを起点にしながら、多元的なアート効果がじわじわと長い時間をかけて波及していくことを目指していきます。

アート効果

❶「ブランディング」
一つ目の効果は「ブランディング」です。アート作品とは、モノとしての機能的な価値はなく、意味や解釈が詰まった象徴的な存在であるといえます。まさに究極のブランドであるともいえるのです。そうしたアートの持つ価値を活用して、商品や企業のブランドイメージの刷新や新しい「イメージの構築」、あるいは、モノを超えた意味を付与することで「付加価値」を高めることができます。

❷「イノベーション」
二つ目のアート効果は「イノベーション」です。アートには、前提を疑ってみる問題提起力や、見えにくいものを具現化する想像力が備わっています。そうした力を活用することで、ビジネスにおいて、新しい「ひらめき」(インスピレーション)を生み出したり、画期的な「試作品を生み出す」(プロトタイピング)ことが可能になります。

イノベーションというものは、斬新で連続的なイノベーションなのか、画期的で非連続的なイノベーションなのかに分類されますが、後者の場合には、既存の枠組み自体を外す必要があります。特に近年の進化の激しい環境の中では、後者のイノベーションが主流となっています。

そこで、既存の枠組みを取り払うアートの力をビジネスパーソンが内在化することや、私たちとは異なるフィールドで活動しているアーティストとの対話や共同作業を通じて、ビジネスにイノベーションを起こしていくことが有効であると考えられます。

❸「組織活性化」
三つ目のアート効果は「組織活性化」です。アートには、鑑賞者と作品との対話によって感性を高める効果や、現状の制約条件に屈せずに実践していこうとする自律性が備わっています。そうしたアートパワーを活用することで、組織構成員の感性を高め、社員の自律性を向上させることができます。現代のような不透明な時代においては、論理性や合理性だけなく感性や美意識が求められますし、上からの指示を待つ組織ではなく、自律性を高め、自らの意思で動く組織構成員が増えることも、企業にとって不可欠です。

❹「ヴィジョン構想」
四つ目のアート効果は「ヴィジョン構想」です。アーティストには、まだ見えない何かを形にしたり、それに向かって実践していこうという能力が備わっています。同時に、アーティストは自身のアート作品を、社会と共につくり上げていくといった広い視野をも持ち合わせています。

つまりアート作品をつくることは、新しいビジネスを生み出すことと似ているかもしれません。そうしたアートの持つ「想像力」「実践力」「共創力」を総動員することで、新しい事業が生まれ、社会がどのようになっていくのか、そして未来がどうなっていくのかを構想することが可能になります。

以上、四つのアート効果を見てきましたが、これらは一度に生まれるものではありません。最初はアートを活用した小さな取り組みかもしれませんが、アートパワーがじわじわと浸透していくことで、やがては相乗的なアート効果を生み出し、個性ある強い企業体へと成長していくといえるのです。

すでに私たちの目前には「アート・イン・ビジネス」の時代は訪れています。もはやアートは単に富の象徴や社交のツールではなく、アイデアの開発から企業ヴィジョンの構想、さらには組織文化の活性化など、企業活動全般にアートを浸透させることで、ビジネスから社会へと好影響を及ぼす循環を戦略的に構築していくことが求められていくでしょう。

以上、「アート・イン・ビジネス最前線」の第1回では、「アート・イン・ビジネス」の概論をお話ししました。次回以降は、ビジネスの最前線でアート・イン・ビジネスを実践している方々が登場します。きっと、アートで何かやりたいと、モヤモヤしている方々への刺激になると思います。そして、アート・イン・ビジネスの理論的背景から先進事例、そして実践方法まで体系的に知りたいと思われる方々は、ぜひ『アート・イン・ビジネス—ビジネスに効くアートの力』を手にとっていただけるとうれしいです。