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スポーツで社会の課題を解決するNo.3

【対談】為末大×樋口景一

第3回 東京オリンピックを機に実現する未来都市?!

2014/02/13

前回に引き続き、元プロ陸上選手であり現在は指導者やコメンテータなど幅広く活躍する為末大さんと、電通・CDCコミュニケーションデザイン・ディレクターの樋口景一さんが、社会の様々な課題に対してスポーツの力で何かできることがないか、その可能性について語り合いました。

【スポーツやライフスタイルによる「まちづくり」の可能性】

為末:スポーツの知恵が組織づくりに寄与するのでは、というお話がありましたが、企業にとどまらず、人同士の横のつながりをつくるのにも応用できると思っています。今、僕はスポーツを取り入れたコミュニティー形成のお手伝いのような仕事もしているのですが、エリアや家の間取りといったスペック以上に、住んでいる人に僕らは影響を受けていますよね。

樋口:たしかに、隣近所の人の暮らし方みたいなものは、自分の生活にも少なからず入り込んできますね。で、自分も含めて全体としてそのまちの文化がつくられていく。

為末:まちの空気感というか、ソフトといえばいいんですかね。例えば大規模なマンションにしても、1階に保育園や診療所や公園があること自体が魅力というよりは、それによって常にいろんな世代の人が自然に交流できることが魅力になる。そういうソフト面が充実していることがコミュニティーには今後けっこう重要で、それを僕はスポーツを通してつくろうとしているんです。

樋口:すごくよく分かります。環境によって行動が促されたり、サービスが生まれたりすることは昔からずっと研究されています。ある程度、当事者の判断に委ねられる部分はありますが、隣人を含めた環境を考えてのまちづくりというのは興味深い視点です。

為末:そうなんです、当事者の判断と言われましたが、提供する側がコントロールしようとすることが、そもそもできなくなっているのかもしれません。だから、ちょっとしたコンテンツみたいなものを置いて、かかわる人によって場の空気や流れが変わることを期待するのが、これからのやり方なのかなと。

それがいい方に向かうにはどうすればいいだろうか、という点で、僕はスポーツがコミュニティーづくりに果たす役割があるだろうと思っています。

樋口:ハード面ではなく、そうした部分でまちの価値も上がりますよね。例えば金沢で、使わなくなった繊維工場などをほぼ無料でアトリエとして提供する企画が行われたのですが、それによって多くのアーティストの卵たちが移り住んだそうです。彼らが自主的に展示会や販売会をする中で、金沢21世紀美術館と一緒にそのまちがアートのまちになって盛り上がった。そういう動きのスポーツ版は、十分にできそうですね。

為末:おもしろいですね。スポーツ版だと、例えば改札を通るたびに体脂肪が記録されてしまうとか(笑)。そういう生活に根付いた仕掛けなんかも考えたいです。

【東京オリンピックを機に、未来の課題に対応する都市へ】

為末:それにしても、日本では「スポーツ」というと、アスリートやプロを目指すレベルをイメージしがちで、それ以外の人との隔たりが大きいなと常々思っています。ジョギングを10年楽しんでいる、という人も立派にスポーツマンですし、もうちょっとグラデーションがあってもいいのに、言葉の敷居が高いんですね。

樋口:どうしても、ゲーム性や競技性がないと“スポーツ”という感じがしませんが、先のまちづくりでも同じ住民のアスリートと一般の人がちょっとジョギングをしたりすれば、それだけで心地いい関係が生まれそうです。

為末:そうですね。Weak Tiesっていうのかな、他人同士のゆるいつながりがまちにあると、防犯や防災の観点でも機能しますね。

樋口:防犯や防災を考えるなら、まさにハード面だけではだめで、コミュニティーがどう寄与するかをこれまでにない視点で考えないと答えが出ない感じがします。きれいな花を植えたら、それを見る人の目が増えて結果的に防犯になった、なんて話も聞きますが。

為末:何かを育てるというのは大きな要素ですよね。以前サンディエゴに住んでいたとき、英語を話せる人が2割もいないくらいのエリアで、植物や何かを育てたり、サッカーをしたりしてコミュニティーを形成しようという動きがありました。

皆で植物を世話するのも身体性を通したコミュニケーションですが、サッカーは言うまでもないですよね。言語が不要で、走ってボールを蹴って気分が高揚する中で相手と分かり合える感覚が得られる。そうすると、その後の付き合い方は変わるのではないかと。例えば紛争地域の子どもにスポーツをさせるといった取り組みも、その子たちの精神性に大きく影響すると思います。身体性を伴って、相手も自分も変わらないんだと体感すると、敵を憎むロジックも生まれにくくなるのではないでしょうか。

樋口:都市づくりやコミュニティーづくりにスポーツが寄与して何かしらの解決をもたらす。そんな試みを、東京オリンピックを控えた日本でできるといいですよね。これからの6~7年間で日本をどう変えていくのかというテーマには、スポーツで健康促進といった従来からある意味だけでなく、社会的課題を解決する切り口としてのスポーツも大きくかかわってくると期待しています。

為末:それに加えて、オリンピックが終わった後の日本にも注目したいです。ある都市にオリンピックがくることで、その後その都市はどう変わるのかということがこれからは重要な気がしています。例えば2020年に向けてパラリンピアンを中心にバリアフリーの都市づくりをすれば、その後50年くらいは高齢化のまちを支えられるようになる。今の東京も、前回の東京五輪に際してつくったインフラを使っているわけですから、2020年の50年後まで使えるものを考えた方がいいでしょうし。

オリンピックを機に未来の課題に対応した都市になる。ちょっとタイムマシンみたいですね。さらにその都市に日本の技術をちりばめておけば、2020年をきっかけにそれが世界にどんどん出ていく可能性もあります。そんな先々の視点に、僕は今すごく興味を持っています。

樋口:なるほど、そう考えるとオリンピックは単なるスポーツイベントだけにとどまらずに、何か新しい知恵の見本市みたいなこともできる可能性を感じますね。特に日本は先進国として高齢化や少子化など“課題大国”ですから、日本での好例は海外にも応用できそうですよね。

為末:次の50年につながる新しいスポーツ観が、日本に芽生えていくといいですね。僕もそのために尽力していきたいです。

今までは、社会がどうやってスポーツを支えるかということが議論の中心でしたが、ぜひ、スポーツが社会をどう支えるのかというほうに変化して、結果としてスポーツが必要とされていく、というふうになればいいと思っています。

樋口:スポーツやスポーツマンが持つ知恵は、僕は本当に社会資産だと思っているので、それをもっと企業活動や社会的課題の解決に活用していく取り組みを考えていきたいです。ありがとうございました。

(了)

取材場所:BiCE TOKYO