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マレーシア、大人になる

セカイメガネ №6

  • Hisham Sahudin

2013/06/26

マレーシア、大人になる

物事の矛盾や対比ほど世の中で面白いものはない。

マレーシア人は実用知識が豊富で、生活はテクノロジーに始まり、テクノロジーに終わる。どれか一つのデバイスのスイッチを切ったら、自分自身が消滅してしまうかもしれないと考えている節さえある。強迫観念ともいえる接続願望は、誰もがどれほど「今、ここに存在していたいか」を物語っている。現在だけでなく未来にも存在していたいのはもちろんだが。

マレーシア人は同時に「古いもの」が好きだ。ずっとずっと昔のもの。古そうに見せ掛けた商品ではなく、正真正銘の骨董(こっとう)品が好きなのだ。

自宅を改築して夫婦で経営するかわいらしい店では、年代物のタイプライター、スーツケース、アート作品が売られている。二人はその店のキャッチフレーズ「幸福な物の蒐集(しゅうしゅう)家」そのままだ。オンライン販売も好調で商売繁盛している。

こんな例もある。風雪に耐えたランドローバー・ディフェンダーを修復できる工場は少ない。先の先まで予約でいっぱいだから、自分の手で愛車を修理しようと決心する人が大勢いる。しかも、彼らはとても美しく修復してしまうのだ。

同じ種類の情熱と忍耐が別の修理工場でも注ぎ込まれている。クラシックなフォルクスワーゲンやミニ・クラブマンをよみがえらせるためだ。物を見る目が肥えた若いオーナーたちの依頼が増えている。

オートバイ

古いオートバイも見逃されない。ノートン、ロイヤルエンフィールド、永遠の魅力べスパ。最近の熱狂的流行はホンダ・ドリームの装飾部品を取り去りスポーツタイプに変えて路上を走ることだ。カスタムメードの一人乗りホンダ・ドリームをかなりの数、見かける。

女性には古着のブティック。はるか昔のものとはいえないが、曽祖母の代から受け継がれてきた由緒正しい服が並ぶ。中古ハンドバッグを集めた店もある。プラダやルイ・ヴィトンと人気を争うほどだ。

美食すらビンテージだ。週末に多くのマレーシア人が近郊の小さな町までドライブする。植民地時代の面影を残すコーヒーショップでブランチを取るためだけにだ。おかげでクアラルンプール中心街にあるコーヒーショップは売り上げ確保に四苦八苦。規模縮小を余儀なくされている。

古きものへの憧れ。マレーシア人はモノで地位や成功を誇示する生活に飽き足らず、心を取り戻したくなってきたのかもしれない。私たちはついに大人になりつつあるのだ。

(監修:電通イージス・ネットワーク事業局)