LINE、トレジャーデータ、電通が語る
Cookieフリー時代におけるデータパートナーシップの現在と未来
2022/01/31
データ活用とプライバシー保護の機運が高まるなか、クッキーの利用制限をはじめ、デジタルマーケティングの世界は大きな転換期を迎えています。
この転換期に、企業のマーケティング担当者はどのようにあるべきなのでしょうか。
企業にCDP(カスタマーデータプラットフォーム)を提供するトレジャーデータと、データのマーケティング活用に造詣の深い電通グループが、「データ」というキーワードを巡る最新の知見を発信する本連載。
今回は、ソリューションとしての「ファーストパーティデータ活用」と、「デジタルプラットフォーマーのデータとの連携」をテーマに、LINEの徳重航氏、トレジャーデータの山森康平氏、電通の前川駿氏による鼎談をお送りします。
<目次>
▼Cookieレスではなく「Cookieフリー」。データが生活を豊かにする時代に
▼CDPとデータクリーンルームが、クライアントのDX課題を解決する
▼月間アクティブユーザー8900万人のLINEが、データマーケティングの鍵を握る
Cookieレスではなく「Cookieフリー」。データが生活を豊かにする時代に
──はじめに自己紹介をお願いします。
前川:私は電通のデータ・テクノロジーセンターという部署で、プラットフォーマーとのデータ連携を通じて、クライアントのマーケティングを支援するデータ分析ソリューションの開発・運用を担当しています。
「人の日々の生活にメリットのあるデータの在り方とは?」「人の心が動くデータの使い方とは?」を日々考え、広告領域にとどまらず、営業販促やCRM(Customer Relationship Management、顧客管理)活動でのデータ連携を実践し、クライアントのビジネスプロセスのDXにつなげています。
徳重:LINEのデータソリューション室で、広告領域におけるLINEのデータ活用や、外部の企業と連携した広告配信やレポート機能などの事業企画・開発を行っております。またLINEだけでなく、Zホールディングス全体のデータ共通基盤の構築にも携わっています。
山森:私はトレジャーデータで、「パートナーシップ」と「ビジネスデベロップメント」の担当執行役員をしています。LINEのようにプラットフォームや各種データ活用ツール、ソリューションを持つ企業とのパートナーシップも構築しています。
また、昨今の「データとプライバシー」の問題など、世の中で注目を集めるテーマについて、今何が起きているか、そして企業がどのような対応をすべきかを、トレジャーデータのクライアント企業に伝える役割も担っています。
──まず前川さんに伺います。デジタルマーケティングは今、大きな転換点を迎えているといわれますが、具体的にどんな変化が生じていますか?
前川:プライバシー保護の機運が高まる中で、GDPR(EU一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)といった個人情報の取り扱いに関する法制度が、各国・地域で運用開始されています。日本でも、2022年4月に改正個人情報保護法が施行予定です。
技術面では、「サードパーティクッキー」や「アプリの広告識別子」の利用が制限されることが大きな変化です。その結果、クッキーによって実現していた「リターゲティング」という方法や「ビュースルーコンバージョン」といった広告効果計測にも影響があります。
──この転換期に、企業のマーケティング担当者はどうあるべきでしょうか?
前川:まず、第一に考えるべきは、データは企業の所有物ではなく、一人一人の個人から許諾を得て、お預かりしているものだということです。「刈り取り」「獲得」「トラッキング」といった言葉も、「データは個人からお預かりしている」という意識が根ざしていれば、自然と使うことに抵抗感が出てくると思っていますし、そのことが、私たちが個人データを適切に取り扱いつつ、ユーザーに便益をもたらす“Cookieフリー”アプローチを模索する第一歩だと思います。
その上で、ではどんなアクションを取っていくのか。商品・サービスの課題によって戦略は異なるので、一般的な解はないと思いますが、あえていえば今現在、クライアントからよく聞かれるのは「クッキーが使えなくなっていく潮流“Cookieレス”について、いろいろな情報が錯綜しているので、組織全体での中長期戦略を立てるのが難しい」という声です。
そこでまずは、“Cookieレス”といわれる状況に対し、クッキーの代替手段や、中長期的なサプライサイド(広告配信プラットフォーム)の動きを客観的に俯瞰しておくことが重要だと思います。
Cookieレスに対応するソリューションのまとめ方はいろいろですが、一つの俯瞰の仕方として「ID」の在り方に注目すると、大きく三つのアプローチがあります。
前川:一つ目は、「人単位でないターゲティング手法」というアプローチです。有力なものに、“コンテクスチュアル(文脈)ターゲティング”があります。これ自体はもともと存在していたソリューションですが、Cookieレスの文脈で改めて注目を集めています。
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「文脈ターゲティング」、驚異の効果!次世代の運用型広告とは?
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二つ目は「集団単位を対象にしたターゲティング手法を新たに構築する」というもの。例えばGoogleが主導する「FLoC」(Federated Learning of Cohorts)では、似たブラウジング習慣を持つユーザー群を一つの「コホート」として、コホート単位で IDを発行し、それを基にターゲティングします。
三つ目は、「適切な同意許諾に基づき、人単位のターゲティングを維持する」アプローチです。多くのデジタルプラットフォーマーは、コンテンツ、サービス、ポイントなどのメリットをユーザーに提供した上で、「マーケティング活用目的での使用許諾」の取れたログインIDを大規模に保有しています。そのログインIDを分析、ターゲティング、計測に用います。個人情報保護の潮流を踏まえて、デジタルプラットフォーマーでは、「いかにプライバシーを守るか」の研究・開発が進んでいます。
Cookieレスに対応した、サプライサイド各社によるこれらのソリューションを、三つのアプローチ(①~③)と「投資対効果分析/インサイト分析」「広告ターゲティング」「広告効果計測・最適化」という三つの業務プロセス((a)~(c))で分けると、九つの領域に整理できます。
全てを網羅できてはいませんが、私たちが提供するソリューションを対応させると、以下のようになります。
──さまざまなソリューションがありますね。特に注力しているものはありますか?
前川:目的によって採用すべきソリューションは変わりますが、本日のテーマでいえば、③です。よりマーケティングの付加価値を高めるという視点では特に、(a)のデータクリーンルームに大きく力を入れています。
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というのは、電通グループでは、人基点のマーケティング「People Driven Marketing」を推進してきました。しかし手段としてはCookieベースが主流だったPeople Driven Marketingを、これからもクライアントからパートナーに選ばれ続けるために、よりCookieフリー時代に則した形で進化させていく必要があるのです。
そして適切な同意許諾に基づいて人単位を維持するという意味では、クライアント自らが既存顧客から許諾を得て“ファーストパーティデータ(自社が直接管理・所有するデータ)”を活用する基盤、「CDP(カスタマーデータプラットフォーム)」があります。まさにトレジャーデータがサービス提供されている領域ですね。特にCRMにおいて有力なソリューションです。
一方データクリーンルームも、「新規顧客」との接点としての広告施策も含むものですが、「既存顧客」に対しても自社にない新接点でのCRM施策が可能です。
顧客のライフタイムバリュー(LTV)を高めていくCRMの視点では、CDPとデータクリーンルームの“両輪”をワンストップで動かしていくことが、ますます重要になるでしょう。
──それらのソリューションに力を入れる背景や理由をもう少し教えてください。
前川:CDPとデータクリーンルームの両輪を回し続けていくことが、最も「データがより人の生活に役に立つ未来を作る」ことにつながると考えるからです。今まで以上に、人々の購買や体験価値に還元する形でデータが活用される世界を、私たちは目指しています。
電通グループでは、クッキーが使えなくなっていくことを、データによって人々の購買やメディア体験が、もっと楽しく、わくわくするものになっていくポジティブな変化だと考えています。
そのため、この潮流を“レス”というネガティブな表現を使わずに“Cookieフリー”と呼び、新たな変革の幕開けと捉えているのです。
前川:CDPやデータクリーンルームは、顧客からデータをお預かりすることが前提です。そのため、顧客の日常体験にきちんと「データ分析の価値」を還元するものでないと持続しません。
両輪を回し続ける中で「顧客の不(不信・不要・不適・不急など)」を見つけ、解消し、結果として顧客の買物やメディアでの日常を豊かにする。それを考えていくことが、Cookieフリー時代のマーケティングの在り方だと思います。
CDPとデータクリーンルームが、クライアントのDX課題を解決する
──現在、データクリーンルームにはどんな活用事例がありますか?
前川:データクリーンルームならではの価値ということでは、食品メーカーの販促での活用事例があります。
ある食品ブランドを担当するマーケターの方が、「商品への応募シールの添付」「商品配送」のコストを考え、販促領域をデジタル化したいと考えていました。しかし、デジタル販促は費用対効果がはっきりしないので、なかなか踏み込めないという課題がありました。
そこで、トライアルとしてデジタル販促を実施していただき、データクリーンルームを使って、マーケティング施策としてのデジタル販促の「位置づけ」や「価値」を検証しました。
結果、デジタル販促は顧客がインセンティブを得るための面倒な応募や手間が比較的少ないため、ポイント目的の人だけでなく、幅広い顧客に価値を感じてもらえることが分かりました。具体的には、データクリーンルーム内での分析で、以下の3点が明らかになりました。
- キャンペーンに参加したうちの約65%もが「新規顧客」である。
- もともとは販促では想定しにくかった20代、30代の参加が多い。
- 新規顧客は、キャンペーン参加の2カ月後まで継続して商品を購入している。
このような検証は一見当たり前に見えるのですが、実データの世界、特に推計を含み、また長期効果を見ることが難しいクッキーの世界では実現しにくかった分析事例です。
──次にトレジャーデータの山森さんに伺います。こうした変化は、トレジャーデータの取り組みとどうつながるのでしょうか。
山森:はい、前川さんのお話を補完する形で、トレジャーデータのソリューションを紹介させてください。現在、トレジャーデータのクライアントである広告主企業には、かつてないほど「プライバシーに対する配慮」が求められています。データの利用において、法や規制への準拠はもちろん、個人の同意を取った上でマーケティングやCRMを展開することがこれまで以上に大事になってきます。
今後は、パブリックDMPのサードパーティクッキーを活用した顧客データの拡張も、難しくなると考えられます。デジタルマーケティング施策の、例えばリターゲティングの精度も下がる可能性があります。こうした状況にどう対応するか。
まず前提として、企業自らがファーストパーティデータを確実に取得することが最優先です。そしてそのデータの利用についてユーザーの同意を得た上で、例えばデータクリーンルーム内でデジタルプラットフォーマーのデータとの連携を図るといった活用法が重要になるでしょう。
「取得」の次にポイントになるのが、ファーストパーティデータの「管理」です。企業によっては、データがSFA(営業支援システム)、CMS(コンテンツ管理システム)、CRM(顧客関係管理)ツールとバラバラに格納され、それぞれをつなげることが難しいケースがあります。
つまり、部門ごとに個別に管理されているため、せっかくのデータを一気通貫でつなげず、マーケティング施策への活用や効果測定も思うようにできない。いわゆるデータの「サイロ化」です。結果として、全体的なユーザー理解が進まず、クロスセルやアップセルの提案機会を逃したり、解約されてしまったりする。
この問題へのソリューションとして私たちが提供しているのが、社内のさまざまなデータを統合管理できる基盤「Treasure Data CDP」です。
──この課題解決のために、Treasure Data CDPはどのような使い方をされているのでしょうか?
山森:例えばソフトバンクグループの法人営業チームでは、営業担当者3000人のセールス活動を管理できるように、Treasure Data CDPでのデータ集約を進めています。また、ソフトバンクグループが開催する大規模イベント「SoftBank World」では、およそ12万人もの参加者に対してのイベント後のフォローアップも、Treasure Data CDPで一元的に管理、運用されています。
次にUSEN ICT Solutionsでは、「データが散在し営業活動に十分活用できていない」という課題がありました。しかしTreasure Data CDPでデータを統合することで、営業粗利の改善や、リードジェネレーションからセールスクロージングまでのリードタイムの大幅な短縮に成功しています。
そして、広告主企業にとってファーストパーティデータの活用とともに重要なのが、デジタルプラットフォーマーのデータとの連携です。
──2021年8月に、LINEとトレジャーデータの連携強化が発表されましたね。
山森:自社の持つファーストパーティデータと、デジタルプラットフォーマーの保有データをつなぐことで、企業はよりユーザーのことを理解できるようになります。その意味で、月間アクティブユーザー8900万(2021年9月時点)というLINEとの連携強化は大きな意義があると考えています。
LINEとTreasure Data CDPとの連携事例に、ある飲料メーカーのキャンペーンがあります。従来は、缶に貼ってあるシールをハガキに貼り付けて送ってもらうキャンペーンを展開していたのですが、データは手集計で、蓄積できていなかったそうです。
そこで、キャンペーンの応募を全てLINE経由に切り替え、データの入力をいわば「ユーザーにやっていただく」形にしました。それを分析することで、ヘビーユーザーにケース購入を提案したり、シール枚数に応じた配信をしたりと、単にキャンペーンに応募してもらって当選しました、というだけではないコミュニケーションが実現しました。
また、この事例ではクライアントが「予測モデル」の作成に取り組まれています。Treasure Data CDPに蓄積された属性や嗜好データを分析して、より効果が高まるようキャンペーンを改善可能になっています。さらに反応率などを見ながら、ユーザー一人一人に合ったコンテンツを配信し、コミュニケーションを図っています。
今後、CRMの重要性はますます高まります。その点、日本人の大多数が既に使っているLINEは最大規模のプラットフォームです。たとえサードパーティクッキーの利用が制限されたとしても、これまでクッキーを使ってターゲティングしようとしていた人たちが、既にLINE上に存在しているわけです。
適切な活用法で正しくそれらの人たちに届けることができ、コミュニケーションが取れるプラットフォームとして、LINEはトレジャーデータのクライアント企業からも高い関心を集めています。
月間アクティブユーザー8900万人のLINEが、データマーケティングの鍵を握る
──次にLINEの徳重さんから、CDPやデータクリーンルームを含むデータのお取り組みについてお話しいただけますか。
徳重:LINEでは広告のデータ領域において、昨今の市場環境の変化に合わせて「Any1」というコンセプトを掲げています。外部データの連携が難しくなっていく状況下で、マーケティング活用に必要なデータを一つのIDに統合し、「Any person」「Any location」「Any moment」、つまり人、場所、瞬間に合わせたコミュニケーションができるプラットフォームを実現したいと考えているのです。
それを実現するために「LINE DATA SOLUTION」というウェブサイトを立ち上げ、データの収集、統合、連携、分析など、体系的にソリューションをまとめています。クライアントに価値を明示することで、ソリューションを使っていただきたいという思いからです。
LINE DATA SOLUTION
https://data.linebiz.com/
「LINEログイン(LINEアカウントを用いたソーシャルログイン)」のデータは、ユーザーの同意を得た上でLINE公式アカウントを使用している企業のファーストパーティデータと共通化可能なので、CRMと非常に相性が良い取り組みができています。また、月間アクティブユーザー8900万人のデータは、海外のプラットフォーマーにはないLINEの強みです。
そして今回、トレジャーデータとの連携強化の取り組みでは、「LINE広告」での配信が可能になりました。Treasure Data CDPを利用しているクライアントが、ファーストパーティデータを利用して広告配信を最適化できるのです。
現在クライアントとのデータ連携で注力しているのが、LINEアカウントで外部のサービスにログインできるLINEログインの普及です。こうしたソーシャルログインは日本ではまだ浸透しているとは言い難いですが、8900万人のユーザーがいるLINEだからこそチャレンジしたいと考えています。
企業にとっては、LINEログインをユーザーに使ってもらうことで、その後自社のLINE公式アカウントに友だち追加してもらい、継続的にコミュニケーションできるメリットが大きいと思っています。
このソリューションは大企業だけではなく、中小企業にも展開します。例えばECプラットフォーマーとの連携を強固にしたパッケージを提供することで、LINEログインやファースパーティデータをより広範な企業に活用いただけると思っています。
他にも、LINEの保持するデータの活用促進に取り組んでいます。例えば「Store Communication構想」というものがあります。同構想の実践として、GPSやWi-Fi、BluetoothとLINE Payなどの購買データを捕捉して、来店推計学習モデルも構築している最中です。来店のシグナルを、リアルタイムの店頭でのコミュニケーションに活用いただきたいですね。
さらに、LINEと経営統合したZホールディングスや、その傘下のYahoo! JAPANを含めてさらなるデータ活用を促進するため、オーディエンス管理などの機能を提供していきます。「LINE Tag」を用いた計測の共通化や、オーディエンスデータの共通化が可能になることで、将来的には、Yahoo! JAPANにおけるクライアント企業のオーディエンスデータとも接続していくことを想定しています。
さて、前川さんとも数年にわたって議論してきましたが、生活者はLINEやYahoo! JAPANの中だけで生活しているわけではありませんよね。テレビを視聴している瞬間もあれば、リアルの店頭に足を運んでいる時もあるわけです。
生活者が日常で触れるさまざまなサービスと、LINEの中にあるさまざまなデータ。それからLINE公式アカウントや、関連サービスをつなぎ合わせる共通基盤として「LINE Ads Data Hub」という広告配信システムを私たちは実現していきたいと思っています。まず先行的に、電通との取り組みを進めてきました。
前川:先ほどお話ししたデータクリーンルームですね。電通としても非常に重要な取り組みです。また、次回以降じっくりと語り合えればと思います。