Facebook Japan×電通が考える、次世代データビジネス最前線No.1
改正個人情報保護法施行。Facebook Japanは実際どうなった?
2022/10/12
2022年4月に施行された改正個人情報保護法をきっかけに、データプライバシーのあり方を多くの企業が模索しています。
MetaおよびFacebook Japanは改正法施行以前からデータの取り扱いやデータプライバシーのあり方を追求し、「プライバシー保護とパーソナライゼーションは背反するものではない」という考えのもと、技術開発に取り組んできました。
大きな変革期を迎えているプライバシー保護の潮流に対し、データビジネスが目指すべき方向性とは?プライバシー保護とパーソナライゼーションの在り方とは?
今回はFacebook Japanの田中慎一郎氏をゲストに迎え、ともに研究開発を進める電通データ・テクノロジーセンターの前川駿氏がインタビューを行いました。
プライバシー保護とパーソナライゼーションは背反するものではない
前川:私は電通のデータ・テクノロジーセンターでFacebook Japanをはじめとするグローバル規模のデジタルプラットフォーム企業の方々と一緒に、データやテクノロジーを活用したクライアント企業の課題解決に取り組んでいます。20年近くデータまわりの仕事に携わってきましたが、昨今のプライバシー保護の潮流は、データマーケティングにおけるここ20年で最も特筆すべき方向転換であると感じています。個人的にも非常に注目しているテーマなので、本日は田中さんとさまざまな角度から議論できるとうれしいです。
田中:私はMetaの日本法人であるFacebook Japanでマーケティングサイエンスの領域に携わっています。主にデータ分析などを通してクライアント企業のマーケティング活動の改善に貢献することを目指す部門ですが、その中でも私は電通のような大手広告会社と一緒にデータ分析のための基盤づくりに取り組んでいます。本日はよろしくお願いいたします。
前川:最初のトピックとして取り上げたいのが、2022年4月に施行された改正個人情報保護法です。欧米では先行してGDPRやCCPAなどプライバシー保護の動きが加速していますが、Facebook Japanとしては国内の法改正の動きをどのように捉えていますか?
田中:弊社が提供しているサービスは実名で登録して利用している利用者が多くいらっしゃることもあり、昨今のデータの取り扱いやプライバシーに対する配慮は丁寧に取り組んできたと自負しております。その上で、これまで以上により多くのサービス提供者がデータを厳格に取り扱い、社会全体でデータの利用に対するリスクが低減されていくことは歓迎すべき潮流だと捉えています。実際、世の中のプライバシー保護に対する感度が上がってきたという実感があり、それに関する広告会社やクライアント企業とのコミュニケーションは増えたと感じています。
前川:今回の改正法に合わせて、Facebookの利用規約自体を変更するといった対応は発生したのでしょうか?
田中:結論としては、今回の法改正に合わせて利用規約を改定していません。なぜならば、以前からデータの取り扱いに関してはグローバル規模で議論を重ねてきたため、特に変える必要がありませんでした。
また、Metaは「プライバシー保護とパーソナライゼーションは背反するものではない」というメッセージを発表しています。つまり、プライバシー保護の動きが加速する中でも、われわれが強みとしているパーソナライズされたコンテンツによる体験価値の提供は両立できると考えており、そのための技術開発に注力しているのが現状の基本的な方針です。もっとも、業界全体でプライバシーの意識が高まったことで、時代の変化に応じて、実際の広告案件を通じて、クライアント企業や広告会社との議論を通じ、Metaの社員ひとりひとりのプライバシ―リテラシーも高まっていると実感しています。
逆に広告業界にいる立場として、前川さんはこの潮流をどのように捉えていますか?
前川:データを使ってマーケティング効果を高めるには、「データサイエンス」の力が必要ですが、その分析結果によって、意思決定が変わっていくという緊張感は大きなものです。だからこそ、データサイエンスにおいては、記録時のデータの欠測や出力におけるデータの癖、分布の偏り、施策に接触した介入群と、非介入群の属性バランスなどをデータ分析者が把握し、データが語りうる可能性と限界をしっかりと理解することが求められます。そういった理解の前提で、結論ありきではなく、フラットな視点で、“正しい”データ分析を行うというスタンスも欠かせません。
変に聞こえるかもしれませんが、いちデータ分析者としては、「天空から全てお見通しのお釈迦様が見ていても、クリアに説明できる分析であるか」と念頭に置いて分析をすることが大事だと思っています。このようにデータを活用したマーケティング効果を高める上でデータサイエンスはとても重要です。
しかし一方で、昨今はもう一つの大きな論点があります。それがプライバシーファーストの考え方です。先ほど、田中さんが「プライバシー保護」と「パーソナライゼーション」は相反するものではない、とおっしゃった通りで、その言葉が示すことは、逆に言えば、ともすると、「相反」してしまう可能性があったということではないかと捉えています。いくら分析手法として“正しく”ても、その分析結果を用いて意思決定された結果、“それが果たしてエンドユーザーである個人や社会にとって好ましい変化であるか、そのようなデータの使い方が予期されるものといえるかどうか”までは担保してくれません。そのような議論がともすると不足しがちになってしまう根底には、データは一義的に企業に属しているという考え方があったのではないかと思います。
プライバシーファーストの考え方の特長は、データの所属は企業ではなく、エンドユーザーである生活者そのものだという点です。データの一義的な所有者は生活者であって、そのデータの使い方は生活者にとってメリットがあるのか、生活者が想定していない使い方をしていないかという観点がまず最初に考えることであり、データサイエンスを実行するためにこそ、まずはデータを生活者からお預かり頂き続けなければならない、ということになります。具体的には、エンドユーザーに対してデータがどのように活用されるのかを可視化し、利用目的の具体的な提示、事前の明示的な同意許諾を得ることが必要になりました。これからは「データサイエンス」に加えて、「データエシックス」にフォーカスが当てられるようになったといってもいいかもしれません。
このこと自体は、データ分析をする立場の人間として非常に歓迎すべき傾向だと思っています。なぜならば、エンドユーザーの一人一人がデータの使われ方を意識する機会が増えることで、企業も、顧客体験(CX)をより強く意識したデータ活用を考えるようになり、プライバシー保護とデータ利活用の両方を最大限に満たすようなアイデアの好循環が生まれていくと確信しているからです。
データエシックスと申し上げたのは、「顧客体験を意識しよう」という点にとどまらず、法改正を正確に理解することはもちろんのこと、大きく4つの視点でさまざまなリスクを把握しながら、ベストなプランを出していく必要があると考えているからです。
個人最適化された情報は生活を豊かにするが、透明性の担保が欠かせない
前川:データ活用の重要なポイントは、生活者の利便性やメリットだと思っていますが、そのメリットの一つは、最適な情報やサービスが最適なタイミングで提供されることだと考えます。しかし、“データによって最適化されたサービス”を当たり前のものとして享受しているため、どれほど便利になっているか、あまり意識されることがないというのも課題に感じています。
例えば、私のFacebookのタイムラインには興味がある分野の情報や、気になって追いかけていた話題に関するまだ読んでいない記事のリンクなど、“ちょうど良い感じにパーソナライズされた”情報が出てきます。一方、データ提供をオフにすると、自分の興味関心の範疇から外れる情報が出てきたり、世間一般で話題になっているような情報が流れてきます。個人的には、明らかにデータを活用してもらったほうが、自分がより知りたい、生活の充足を感じる情報が並んでくると感じます。
田中:おっしゃるとおり、Yotpo消費者体験調査(2021年5月)では調査対象者の82%が、パーソナライズされた製品、推奨、割引、サービスに関する情報を受け取るために、自分の個人データを共有することを望んでいることが分かっています。
ただし、利用者にとっては、自分の個人データがどのように使われ、どのように役立つのかを理解できることが最も望ましい状態だと言えるでしょう。そして、私たちが使用するデータに対して強力な保護を行い、その使用方法について透明性を確保することは、私たちの責務だと考えています。
実際、私たちは最近、プライバシーポリシーを更新し、利用者の情報をどのように使用するかについてより理解しやすいものにするだけでなく、一人一人の意思決定に応じて提供するデータをコントロールする方法を増やしました。利用者は、いつでもご自分のプライバシー設定を管理することができますし、私たちが利用者の情報を収集、使用、共有する方法に重要な変更を加えた場合は必ずお知らせすることを約束しています。
前川:なるほど。私たちもクライアント企業やプラットフォーム事業者の皆さまとプライバシー保護を意識したコミュニケーションを常日頃から取っているのですが、今回の法改正をきっかけに「データの許諾がきちんと取れているか?」「利用方法についてエンドユーザーからの予見性に問題がないか?」といったご相談を頂く機会が増えており、1日1回は必ずどこかのプライバシーポリシーを確認している気がします(笑)。先ほどFacebookは法改正以前の規約内容で十分な対応ができているというお話もありましたが、プライバシーポリシーのページも充実されていますよね。最近、私もよく拝見しています。
田中:ありがとうございます。Metaではプライバシーセンターを施行前より設けており、このページでMetaのプライバシーポリシーをご確認いただけます。例えば、「お客様の情報の使用方法」の項目では、ほかの目的とともに広告を含む適切な体験を利用者に提供する方法について説明した、パーソナライゼーションに関する情報が記載されています。
前川:今後、エンドユーザーとの約束を意識しながらデータ利活用を考えていくことがますます重視されるようになります。われわれとしても、データサイエンス&データエシックスを大事していきたいですね。
データの健全な利活用を、技術と仕組みで実現する
前川:このように法改正を経て周辺環境が大きく変化する中で、今後Metaとしての具体的なビジョンはどのように描かれているのでしょうか?
田中:Metaは、ビジネスと利用者の両方にサービスを提供することを目指しています。企業は、Metaプラットフォームが提供する広告体験から利益を得ています。先ほど述べたように、多くの利用者もパーソナライズされた体験に価値を感じています。
私たちの目標は、Metaが提供するプラットフォーム上で、コスト効率の向上、受容的な顧客へのリーチ、マーケティングのインパクトの理解といったクライアント企業の目標をサポートしながら、生活者に対してはプライバシーを尊重する最善の方法をみずから意思決定していただく選択肢を提供することです。
私たちはこれを「プライバシーを尊重したパフォーマンス・マーケティング」と呼んでいます。この言葉を使うようになったのは最近のことですが、この言葉は私たちの指針であり、業界が変化しても私たちが目指すエッセンスであり続けると思います。
前川:そのような「パフォーマンスとデータプライバシーは両立できる」というビジョンを、Metaは技術開発を通じて実現していますよね。例えば、ご一緒にサービス開発・提供に取り組んでいる「Advanced Analytics」では、マーケティング担当者がプライバシーを保護した安全な環境で、メディアパフォーマンスの分析をカスタマイズすることができます。最終的にはデータ分析を実行するシステム環境でプライバシー保全が担保されているのかどうかが非常に重要な論点なので、われわれ広告会社のようにデータを分析する立場としても、クライアント企業にご提案しやすいフレームだと実感しています。
田中:おっしゃるとおり、技術革新による広告システムの進化は、「パフォーマンスとデータプライバシーは両立できる」という私たちの目標を推進する上で重要なポイントになります。我々が提供する「Advanced Analytics」はプライバシーフィルターなどの技術を活用し、適用される最小プライバシー閾値を満たした場合にのみ集計結果が報告され、集計された報告データのみがAdvanced Analytics環境から出ることができるような環境設計になっています。
クライアント企業がデータの適切な利用を求めるようになってきた環境下では、データ戦略を見直し、利用者が共有に同意したデータを使って顧客体験を向上させる方法を見出すことが重要です。その改善策を見出すための強力なソリューションがAdvanced Analyticsだと考えています。
前川:最近ですと、Privacy-Enhancing Technologies(以下PETs:ペッツ)といった最先端の技術も開発されているようですね。
田中:はい。PETsとは、利用者のプライバシーを尊重しつつデータを活用する技術の総称です。独立したソリューションではなく、私たちのソリューションで使用しているデータに適用できる基礎的な技術やテクニックで、人びとのプライバシーを尊重しながらパフォーマンスを発揮することを可能にするものです。
Metaでは、PETsが次世代のデジタル広告の基礎になると考えています。そのため、学術機関、グローバル組織、開発者とともに複数年にわたる投資を行い、ソリューションの構築と業界標準の共同開発を進めています。PETsは多種多様であり、Metaは暗号化、デバイスへのデータ保持、識別子の除去、集約、ランダム化データの使用など、これらの技術への投資を続けています。
前川:そういった最先端の技術は、それほど遠くない未来に世の中に浸透していくと思いますし、われわれもしっかりとキャッチアップしていきたいと考えております。いずれにせよ、データエシックスの潮流は歓迎すべき動きなので、今後もFacebook Japanと一緒にこういった活動を広く理解していただけるように取り組みたいと思います。本日はありがとうございました。