アスリートの知恵を、ブレイクに使え
2022/03/07
2022年1月27日、為末大氏と電通 日比氏による対談形式のウェビナーが開催された。テーマは「ビジネスに、ブレイクスルーを起こす」というものだ。アスリートブレーンズというプロジェクトチームの中心メンバーとして活動しているお二人。アスリートの知見を、さまざまなビジネスの場面で生かしていこうという取り組みだ。
ウェビナーのサブタイトルは「アスリートとの共創」。為末氏の連載を長く手がける編集部としては、もはや当たり前の概念なのだがアスリート×ビジネス?一体、なにを言っちゃってるの?という読者も少なくないと思う。
でも、この話は深い。斜め読みでもいいので、ぜひ、目を通していただきたい。なにかしらの発見が、きっとあると思う。
ブレイクスルーには「壁」が必要だ
ウェビナーの冒頭、為末氏はこんなことを話し始めた。「ブレイクスルーには、壁が必要なんです。だれもがまあ、そこが限界だよね、と思っている見えない壁が。ブレイクスルーと言われると、一握りの天才が、突飛な思いつきで成し遂げるものだと思ってしまいがちですね?そうではないんです。見えない壁を発見すること。そこからブレイクスルーが生まれる」
為末氏が例にあげたのは、陸上の高跳びの選手フォスベリーのケースだ。それまで高跳びといえば、正面跳びが当たり前だった。フォスベリーはそこに「背面跳び」という手法を持ち込んで、それまでの記録を大幅に更新してみせた。「ここで面白いのは、彼のスタイルは失敗から生まれた、ということなんです。より高く跳んでやろう、と意気込んでいるうちに、あるとき勢い余って体が反転してしまう。その結果、くるんとバーを越えることができた。あれあれ、これはいけるんじゃないか。そこからブレイクスルーが起きた」
クリエイター、ビジネスディベロッパー、ファシリテーターなど、さまざまな肩書を持つ日比氏が、こう応じる。「分かります。あれあれ?ここに見えない壁があるんじゃないのか?ということを感じた時に、なんだか発想が湧いてくる、みたいな。僕自身、学生時代にアメフトをやっていたこともあり、スポーツってそういう気づきの場面が多々あるように思います。これでも当時は、50mを6秒フラットで走っていたんです」
「揺さぶられない」と、ブレイクスルーは起きない
「50mを6秒フラット?それは、僕よりだいぶ遅いですね」という為末氏からの軽妙ないじりが入りつつ、和やかな空気の中、ウェビナーは進行していく。
為末氏は言う。「ブレイクスルーというものは、なにかに揺さぶられることで起こるんです。本人の力だけ、では無理。それは、仲間かもしれないし、指導者からの一言かもしれない。その時に吹いていた風かもしれないし、時代かもしれない。自身で自身を揺さぶっていたのでは、単にくすぐったいだけ。あれあれ?自分はどこへ流されていくんだろう、ということを体験したときに、なんらかの発見があるんです。それまで信じていた秩序やルール、習慣みたいなものが、ぐらぐらっとする」
「セオリーを壊す、とも言えますよね」と、日比氏。「ブレイクスルーを起こしてやろう、と必死になっていても、そう簡単にブレイクスルーなど起こせない。既存の方法論の中で結果を伸ばしてやろうともがいても、びっくりするほどの劇的な成果は得られないですものね」
「集中する」ということの本質とはなにか?
「意図していなかった、想像もしていなかったことをキャッチして、それに対して調整していくということが、ブレイクスルーの基本だと思います」という為末氏。「僕はハードルをやってきたわけですが、前から3mの風が吹くだけで、歩幅が3cmほどズレる。このわずかなズレが致命的なんです。どうしたらいいのだろう?風がいつ、どれくらいの強さでどの方角から吹いてくるのか、なんてことは分からない。であれば、自身の肉体をその風に対応できるように調整するしかないですよね?」
そこで為末氏がなにをしたのか?自分が後ろを向いている間に、陸上部の後輩たちにハードルの間隔を微妙にズラしてもらって、練習をつづけた。
「集中といわれると、決まったルールのもとで、一点を見つめてひたすら努力をする、みたいなイメージですよね?そうではないんです。突発的なことに対して、どれだけ対応できるか、どれだけ調整できるか、そこに己の精神を瞬時にもっていけるか、ということだと僕は思うんです。我を忘れて没頭する、ということではなく、雑音や障壁がある中で、どれだけ冷静に自分を保てるか。とてつもない勇気と、そしてセンスが必要なことです。それを覚悟したときに、あれあれ?これっていけるんじゃないの?というブレイクスルーのきっかけが見つかるような気がするんです」
「実践知」の大切さ、難しさ
為末氏は「実践知」という言葉を好んでよく使う。机上でいくら抽象的な議論をしていても、現場でそんなものは通用しない。「アスリートは、自らの身体でそれが分かってる。このように足を運べば、よりよいタイムが出る、みたいなことは実践知からしか得られない。でも、ここがジレンマなんですが、実践知に縛られているとブレイクスルーはできない。これは企業にお勤めの方や経営者の方にも言えることだと思うのですが、過去の成功体験に乗っかっているだけでは、イノベーションは起こせない。まさにそこが、実践知の難しさだと思います」
日比氏はそれには「俯瞰(ふかん)、自らの身体、社会」の3つの視点が必要なのではないかと指摘する。トップアスリートをイメージしていただきたい。大リーガーでも、サッカー選手でも、大相撲の力士でも、憧れの選手は確かにこの3つを極めた人のように思える。為末氏はそれを、分かりやすくひもといてくれた。「俯瞰の視点とは、客観性があること。身体と向き合うとは、カンを研ぎ澄ますということ。社会の視点とは、チームの勝利を優先するということだと思います。そして、その答えを示すマニュアルなど、どこにもない。自らリスクを抱えて、その都度、自らが発見をし、判断していくしかないんです」
「ワンテーブル」でいこう
「アスリートのナレッジを、すべての人へ」のスローガンの下、活動するアスリートブレーンズの本質を、ワンテーブルというワードで為末氏は表現した。
「トップアスリートは、実践知はあるものの、それを表現する言葉を持っていない。一方で、企業の方はさまざまな言葉や数字は操れるが、それに見合う実践知がない。どちらが優れてるとか、どちらが偉いということではないんです。同じテーブルについて会話してみませんか?ということなんです。たとえば、とある企業と『健康な骨を手に入れるためには?』というセッションをしたとき、『骨に刺激を与えること』と『正しい姿勢を心がけること』という、実践知から得た、アスリートとしては至極当たり前の提案をさせていただきました」
同じテーブルについていた企業の人々からは「えっ、それってどういうことですか?」という反応が返ってきたのだという。健康な骨づくりにはカルシウムが要る。そのためには1日何gのカルシウムを摂取しなければならない。そのカルシウムをおいしく摂取するためにはどうしたらいいのだろう?といったことを日々、考えている商品開発部の人には目からうろこが落ちるような指摘であったはずだ。
アスリートブレーンズ プロデュースチーム 日比より
為末さんとウェビナーを実施させていただきました。多くの方々にご覧いただき、ありがたい機会となりました。今回のウェビナーでは、「ブレイクスルー」のひとつの選択肢として、アスリートとの共創をお話しさせていただきました。企業は、知らず知らずのうちに、決まったメンバー、決まった手法、決まった意思決定をしがちです。そこには「型」が存在しています。この型に気づき、この型を壊すためには、外部からの揺さぶりが効果的です。イノベーションとは、新結合から生まれるとも言われますが、ブレイクスルーを起こすための新結合。その選択肢として、アスリートブレーンズをご検討いただけるとありがたい限りです。
為末大さんを中心に展開している「アスリートブレーンズ」。
アスリートが培ったナレッジで、世の中(企業・社会)の課題解決につなげるチームの詳細については、こちら。