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なぜ、山奥のパン屋がこんなに知られているのか。【わざわざ 平田はる香×電通 尾上永晃】

2023/09/14

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長野県東御(とうみ)市の山奥にある、田んぼに囲まれた一軒のパン屋。「わざわざ」という名のこの店には、地元の人はもちろん遠方からも、多くの人が訪れるといいます。

アクセスが良いとはいえない、むしろ悪いこの店になぜ人が集まるのか。
そもそも、なぜ、山奥のパン屋がこんなに知られているのか。

平田はる香氏の著書「山の上のパン屋に人が集まるわけ」(サイボウズ式ブックス)、尾上永晃氏の著書「なぜウチより、あの店が知られているのか?」(共著、宣伝会議)のダブル刊行を記念して行われた対談イベントをもとに、自社の商品やサービスが世の中に知られ、選んでもらうためのヒントをお届けします。

※イベントは2023年7月11日(火)に行われました。
 
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長野県東御市御牧原の山の上にある「わざわざ」。店名には、こんな山の上までわざわざ来てくださってありがとうございます、という感謝の気持ちが込められている。

「できること」を集めて生まれた、唯一無二のお店 

――まずは自己紹介をお願いします。

尾上:広告の会社でクリエイティブディレクターをやっている尾上永晃です。企業の広告から商品開発や街づくりなど、いろいろな領域でブランドをつくる仕事をしています。

平田:株式会社わざわざの代表の平田はる香です。衣食住を包括する日用品を扱う「わざわざ」、その反対で非日常をテーマにした「問tou」、コンビニ型店舗「わざマート」、体験型施設の「よき生活研究所」と、実店舗4つとECサイト2つの経営をしています。

尾上:この対談をするにあたり、「わざわざ」に行ってきました。すごく景色がよくて、田んぼの道を車でずっと行って越えていくと、そこにパン屋が現れる。「わざわざ」という店名ですが、お店までの道のりも楽しくて、そこも含めて設計されているのが面白いなと思いました。お店もどこを切り取っても絵になるというか。美意識が細部にまであるなぁと感じました。

平田:ありがとうございます。10回くらいリノベーションしているので、不思議な忍者屋敷のような立て付けになりました(笑)。自然と滞在時間が長くなるんですよ。皆さん、行ったり来たりして楽しんでくださっています。

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「わざわざ」の店内は入り組んでいて、気が付くと時間が経っている

――では、テーマトークに入っていきます。まずは「わざわざ」とは何か、です。改めて、平田さんに「わざわざ」を始めたきっかけや変遷など、お話しいただければと思います。

平田: 2009年に長野県東御市の山の上に、パンと日用品の店をつくりました。最初は自分一人でコツコツやっていたんですが、だんだん人が集まるようになってスタッフが増えていって。2017年に法人化して、2019年に「問tou」、2023年に「わざマート」と「よき生活研究所」を立ち上げました。

32歳で開業しましたが、それまではやることなすこと失敗して、人生に絶望しかけていました。20歳で東京に出て、クラブDJがやりたい!と思って目指して、7年間活動しましたが、うまくいかなくて。挫折を繰り返して長野にやってきて、これからどう生きていこうかと考えた時に、考え方を全部変えようと思ったんです。これからは好きなことじゃなくて、できることで人の役に立つことをやろうって、方向転換しました。

それで、自分ができることを棚卸ししました。DJ時代にPRで自分のサイトをつくっていたのでウェブデザインのスキルはある。雑誌の編集部でアルバイトしたことがあるのでそのスキルがある。ファッションの専門学校に行っていたのでファッションに詳しい。子供の頃から料理をやっていたし、パンも焼いていた。

一流の料理人やウェブデザイナーにはなれないけど、全部を組み合わせた複合的なお店をつくったら、誰にでもできることじゃないなって。これならみんなの役に立てるんじゃないかと思ってはじめました。この開業が人生の転機になりました。

尾上:本にも書かれていましたが、すごい紆余(うよ)曲折で衝撃を受けました。初期の頃、青山のマルシェに5回連続出店されていましたよね?とてもうまくいっていたのにスパッとやめられた。その思い切りの良さがすごいと思いました。

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トークイベントの様子

平田:DJ時代に、うまくいっていても同じことを続けていると集客がなくなる、という失敗を経験しているんです。マルシェを続けてもいずれうまくいかなくなるとわかっていました。なので、ちゃんと目標設定をして、その目標を達成したら潔く切り替えて次のフェーズにいく、と決めていました。

マルシェに出た目標は「全国誌に取材してもらう」こと。というのも、お店は皆さんが安定してきてくれる立地ではないので、実店舗とECの2軸でやると決めていました。ECに集客するために知名度を上げる、そのためのマルシェ出店だったんです。

雑誌の編集部でアルバイトしていた経験から、編集者の人はマーケットで取材対象を探すことがあることを知っていました。取材されるためにマルシェで一番おしゃれなお店を目指しました。そしたら、雑誌で巻頭から7ページくらい特集してくださったんです。目標を達成したので、マルシェはそこでやめました。

尾上:DJでの失敗や編集部での経験も、すべてに学びがあるということですね。同じことを続けていると集客がなくなる、というお話がありましたが、今も気にかけていることはありますか?

平田:人は新しいものや面白いものがやっぱり好きなんです。でも、「わざわざ」は定番商品しかなく、季節商品もセールもしません。定番商品を売り続けるってとても難しい。だから、ひとつの商品を、あてる人を変えていろいろな角度の文脈で紹介しています。

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「例えば、今日はいているもんぺは、『わざわざ』の定番商品のひとつです。伝統文化が好きな人には久留米絣(がすり)を使っていること、着心地を求める人にははき心地の良さと家でも外でもはけること、便利さを求める人にはメンテナンスのしやすさを、ファッション好きな方にはファッション性を……といったように角度を変えて(紹介して)いきます」と平田氏。尾上氏も当日はいており、「とてもはき心地がいいですよね」と語る。

平田:あと、新しい価値を提供し続けることはとても意識しています。開業からずっとリノベーションを続けて話題を提供してきましたが、土地の関係で改装ができなくなるとやっぱり人が来なくなります。そこから、「問tou」や「わざマート」のような新しい事業を展開していきました。

尾上:僕も実際に伺って、お店によってあまりにガラッと違うことに興味を引かれました。「わざマート」には思わず何度も足を運んでしまいました。

平田:「わざわざ」と「問tou」は山の上にありますが、「わざマート」はロードサイドにあって(交通の)便がいいんです。利便性を追求したコンビニ型店舗なので、年中無休で営業時間も2店に比べて長い。お店のつくりも、入った瞬間にコンビニのように行動できるような動線設計にしています。

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コンビニ型店舗の「わざマート」

尾上:「わざマート」に入った瞬間にコンビニのように自然に動けるんですけど、並んでいるものが全部見たことないもので、異世界に来たみたいな、とても不思議な感じでした。

平田:ほとんどの人がそう感じるかもしれないですね。肝は商品セレクトだと思います。通常、お店をやる場合、仕入れをする商社との取引はできるだけ1社にしようとします。そうすると商品の雰囲気が自然と均一化していきます。ですが、うちは約400社と取引しています。その仕入れ先の多さが店頭の商品が並んだ面の面白さにつながって、お客さんは不思議さを感じているんだと思います。

尾上:約400社と取引するのはとても大変だと思います……。「これめっちゃ面倒くさいな」と気付く瞬間があったと思いますが、心が折れそうになりませんでしたか? 

平田:「面白い!」って思いました(笑)。みんなができないということは、それが参入障壁になるんだと気付いて、これは面白いぞ、って。

尾上:そのマインドはすごく大事な気がしますね。


飽きないために、自分の「レイヤーを移動する」

――次のトークテーマは、「わざわざ」のすごさについて、です。尾上さんからみて、どのように思いますか?

尾上:ここまでで既に、皆さんは如実に感じていると思いますが……「知られていること」という視点でお話しします。僕と、同じ会社の嶋野裕介さんで書いた「なぜウチより、あの店が知られているのか?」という本は、いろいろなお店にヒアリングしたり、仕事で得た知見から、お店が「知られる」ための共通項を探っている本です。

そこで感じたのは、究極的には本人が「楽しく続けられているか」ということがとても大事だということです。単純に「1回知られる」だけなら、独特なことをすれば話題になって、知られることもできると思います。ですが、大切なのは、無理なく知られ続けて、柔軟に事業を成長させ続けられることです。

あともうひとつ、「行動原理がしっかりしている」こと。場当たり的ではなく、自分はこういうものであり、こういうことを広めていくということが明確です。最近は企業のミッション・ビジョン・バリューの重要性に言及されることが多いですが、いろいろなお店の方にお話を聞くと、個人でも同じだと思いました。

平田さんはまさに、そのミッション・ビジョン・バリューをしっかり策定されていて、その上で楽しく続けるためにいろいろな手法を取り続けて、どんどん価値が広がっているのかなと思います。

平田:ありがとうございます。確かに……。私はずっと飽きていないんです。

今回の本をつくるにあたって、編集者の方に「本ってどのタイミングで売れなくなるんですか?」と聞きました。そしたら、「著者が飽きたら終わりです」って。著者が飽きずにずっとPRし続ければ、売れ続ける可能性が高いけど、飽きたら終わりなんです、って。

それを聞いて、「わざわざ」も同じだなぁと思いました。私は全然飽きていない。むしろ今は、3億円の年商規模を10年で40億円規模にするという事業計画を書いています。やったことがないからワクワクしていますよ。全然飽きていないから、努力し続けられるのかな?と思いました。

尾上:飽きそうだと思う時はないんですか?

平田:14年続けていると、やっぱり飽きたりつらい時はあって、そういう時は心がくじけそうになります。ですが、そういう時に新しい行動を起こすと、次のフェーズに変わるんです。そのことを「レイヤーを移動する」と言っています。

例えば、2017年に株式会社にしたとき、「個人事業主」から「会社経営者」というレイヤーになりました。そしたら、付き合う人や話す内容、自分の行動が大きく変わりました。経営者カンファレンスで登壇するような、苦手で嫌なことも行動してみると、そこからご縁が生まれたり、新しい目標も見えてきました。そんなふうに、今のフェーズに飽きたらレイヤーを移動する。しかも嫌だと思うフェーズに積極的にいく、ということをしています。

尾上:次のレイヤーは何か考えているんですか。

平田:海外に行きたいです。いろいろな経営者の方と話していると海外の視点が必要だと思いました。日本の市場だけをみて知ったかぶりをせずに、世界の小売業やメーカーの話を最先端で見ると、また違う視点で事業を考えられる。英語しゃべれないですし、怖いし、嫌なんですけど(笑)。行ったらまた、次のレイヤーが開けるんじゃないかと思っています。

尾上:すごいですね。平田さんが事業で大切にされている、「よき生活」を広めるということは、海外にもつながりそうですよね。日本の昔の商いでいう「三方良し」という考え方が、「わざわざ」にはあると思うんです。そんな「わざわざ」は、海外でも自然と広がっていくと思います。

平田:ありがとうございます!うれしいです。

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「わざわざ」は米国の非営利団体B Labによる国際認証「B Corp(B Corporation)」を2023年6月に取得。B Corpは約200問のアセスメントによる厳格な評価のもと、環境や社会に配慮した公益性の高い企業に与えられる。世界91カ国7066社が取得しているが日本ではわずか29社(2023年7月19日時点)。「B Corpを知った時に、私のやりたかった企業像はこれだ!と思いました。企業として何のために売り上げを伸ばすのかがクリアになった」と平田氏は語る。

届けたい相手になりきって、まずアウトプット!

――最後のテーマです。お二人ともブランディングや、知られるためのさまざまな手法を実践されてきたと思います。その中でお二人が考える、SNSの有効な使い方について教えてください。そもそもSNSなのか?というところも含めて、お聞かせいただければと思います。

平田:私は開業が2009年なので、SNSの恩恵をかなり受けています。それまでは無料で告知できる手段はなかったですから。でも、今ではもう当たり前になってしまっていますよね。逆に、SNSをみていない方も増えていますし、SNSではない、違うやり方が必要になってくるかと思います。

尾上:確かに今は、手法も情報量も無限にあって「話題になる/知られる」ということ自体がどういうことなのか、分からなくなっている状態だと思います。その中でも独自性をもってコミュニケーションをしていくやり方はあると思いますが、「そもそも自分は何のためにこの事業をしているのか」という原点に立ち返る時が来ていると思います。そうすると、新しい商売のルール、知られ方のルールがまた見えてくるんじゃないか、と。

例えば、「途中でやめる」という今日着ている服のブランドは、デザイナーが服を仕入れてリメークして売っているブランドです。ひたすら好きな服を作り続けて、突然オンラインで、もうけを重視していない値段で売り出す。前は買えたのですが、今ではもうSNSで告知するだけで売り切れちゃってなかなか買えない。商品の力はもちろん、商売のルール自体が新しいから、それだけで知られていくんです (「バイトやめる学校」という本もおもしろいのでおすすめです!)。知られるためには、ルールを変える。そのピンの打ち方が大事だと思います。

手法の話でいうと、どこで何を発信するのか、というのも大事ですよね。「わざわざ」はnoteで会社の話をされていて、それが広がりましたよね。お店のストーリーが丁寧に書かれていて、こんなお店があるんだという驚きもあって、より行きたくなりました。

・note「山の上のパン屋に人が集まるわけ」はこちら


平田: SNSは商品の反応はいいんですけど、会社についてのことは反応が悪かったんです。会社の話はどのツールが受け入れられやすいのかを調べて、戦略的にnoteで発信しました。書いている内容も、講演で反応がよかったポイントをまとめ直して発信しました。

尾上: 一度、客観的な反応をみた上でのnoteだったんですね。この話に限らず、平田さんは、客観視をとても意識されていると感じます。情報や商品を世に出すとどんな反応があるのか、フィードバックを受けて、世に受け止められやすい状態にして出しているな、と。

平田:はい、すごく意識しています。客観視して、伝えたい相手に合わせた伝え方ができるように「他の人になる」という訓練もしてきました。年齢やライフステージの違ういろいろなお客さんがいらっしゃるので、その人になりきって従業員同士でひたすら話すんです。

尾上:それは広告でも大事なポイントで、よく「イタコになれ」って言われるんですよ。届けたい人を自分におろして、その人の気持ちの本当の部分って何だ?というのをいっぱい考えて、企画にしていくんです。

平田さんのように、他人になりきって誰かと話をするロールプレーイング方式は試したことがないですが面白そうですね。一回アウトプットしてみて、ロールプレーイングで反応をみて、軌道修正をしていくというのは、とても効果的だと思いました。

平田:そうですね。知られるかどうかはわからないけど、とにかく一回出してみることが大事、ということでしょうか。最後はすごく原理原則になってしまいました(笑)。

尾上:それが結論ですね(笑)。本を書いていても感じましたが、結局、原理原則に戻ってくるってことですね。本日はありがとうございました!

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・平田はる香氏の著書「山の上のパン屋に人が集まるわけ」(ライツ社)についてはこちら

・尾上永晃氏の著書「なぜウチより、あの店が知られているのか?」(共著、宣伝会議)についてはこちら

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