カルビー「個人に合わせたグラノーラ」開発秘話
電通はじめ10社以上参画も、圧倒的スピード感
2024/03/04
※この記事は、2023年7月6日「東洋経済オンライン」で掲載された記事広告を一部修正し、掲載しています。
カルビーは2023年4月に、サブスクリプション型のパーソナルフードプログラム「Body Granola(ボディ グラノーラ)」の提供を開始した。腸内環境を検査し、個々人の結果からグラノーラを選択し定期的に購入するこのプログラム。革新的なだけに、当初は事業開発に難航したが、最終的にはオンスケジュールでローンチまでこぎ着けた。
共同開発者のメタジェン、サイキンソーのほか、システムの構築など実際には10社以上のプレーヤーが参画した。それにもかかわらず、スピード感を持ってビジネス化できた秘訣(ひけつ)はどこにあるのか。プロジェクト責任者であるカルビーの大塚竜太氏と開発パートナーである電通の古平陽子氏、渡邉典文氏に話を聞いた。
一人ひとりの腸内環境に合ったグラノーラを
カルシウムの「カル」とビタミンB1の「ビー」を組み合わせた社名に表れているように、カルビーは創業以来、健康に役立つ商品づくりを目指してきた。象徴的な商品が、食物繊維や鉄分、ビタミンが豊富なシリアルブランド「フルグラ®」だ。1991年の販売開始から30年以上にわたって支持されている。
「これまで、カルビーではより多くのお客さまに向けた商品をお届けしてきましたが、パーソナライズした商品の提供にチャレンジしたいという気持ちがずっとありました」
そう話すのは、カルビーで新規事業を手がけている大塚竜太氏だ。従来は個々人の状態を把握する方法がなかったが、腸内環境研究で国内でも有数の実績を誇るバイオベンチャー、メタジェンとの出会いが状況を変えた。個々人の腸内環境に着目したメタジェンの事業創出の考え方に意気投合し、「カラダの声を聞いてつくる、あなたにぴったりのグラノーラ」というコンセプトのもと、新規事業の開発が始まる。ところが、ここからが大変だった。
「約1000種類、40兆個もの菌による腸内フローラは一人ひとり違います。それらに合わせてグラノーラをカスタマイズするといっても、工場は大量生産に最適化されていますので、簡単にはできません。どの素材を使うかもゼロベースから決める必要がありました」
しかも、パーソナライズドプログラムであるため、従来の流通経路は使えない。ECサイト開設を含め、直接お客さまへ提供する仕組み(D2C=ダイレクト・トゥ・コンシューマー)も構築しなければならなかった。そんなとき、電通グループからのオファーが飛び込む。
「一緒に腸内環境に着目した事業をやりませんか、というお話でした。資料を見たところ、まったく同じコンセプトで、私たちがまだアウトプットしきれていなかったことがまとまっていたんです。一緒にやらない手はないと思いました」
それが可能だったのは、電通グループもペット向けに、同様の事業に取り組んでいたからだ。電通 トランスフォーメーション・プロデュース局DXビジネス戦略1部部長の古平陽子氏は、次のように説明する。
「電通グループは今、広告やマーケティングを超えた領域からも顧客企業の成長をご支援しています。自社としての新規事業開発も推進する中で、2019年ごろからペット向けのパーソナライズドサービスを展開してきました。そこで培った知見やノウハウを生かして、人の健康や健康を意識した暮らしに貢献したいと思い、ご提案をしたのです」
大塚氏が、電通グループをパートナーに選んだのは、この知見とノウハウが大きいという。
「ゼロから手探りで進めるよりも格段に早いだろうと思いました。それに、今回は社外のプレーヤーとの連携が不可欠です。事業開発だけでなくプロジェクトマネジメントの面でも、電通グループの豊富なノウハウを活用させていただきたいと思いました」
個々の役割を細かく定義して「自分ごと」化
「Body Granola」プロジェクトに参画するプレーヤーは最終的に十数社に上った。社外だけでなく、工場や品質保証部門など、カルビー社内で巻き込むべきメンバーもどんどん増えていく。
「気をつけたのは、現場レベルだけで勝手に進めないことです。各部署でいろいろな事情もありますし、話が進んでからコンフリクト(衝突)が起こるとプロジェクト自体が停滞してしまいます。パーソナライズという新しい試みということもあり、ルールを作りながら進める必要があったので、社内整備も並行して進めました」
社内の理解を得るのは一筋縄ではいかなかったが、プロジェクトに懸命に取り組む姿勢が人を動かすのだと大塚氏は話す。
「一生懸命ポジティブにトライをし続けていると、必ずどこかで見てくれている人がいたり、理解者が現れたりして助けてくれるのです」
新たな挑戦をするうえでは、社内と意思疎通しながら進行することが重要だということだ。この視点は、もう一つの留意点である「目線合わせ」でも生かされた。
「それぞれの役割を明確にし、プロジェクトを通して何を実現するかを合意したうえで進めました。序盤で多数のプレーヤーの目線を合わせることができたことが、プロジェクト成功の大きな要因の一つです。このプロセスの重要性はもちろん認識していましたが、役割の詳細や定義、誰が何をするのかといったアウトプットを最初に見たときは、思わず『こんなに細かいんですか』と口に出してしまったほどでした」
大塚氏がそう話すほど細かく役割を定義したのはなぜか。電通 トランスフォーメーション・プロデュース局DXビジネス戦略1部シニアDXディレクターの渡邉典文氏は「結果的に、最速かつ最小限の労力で、自律的にプロジェクトが進むようにするため」と説明する。
「新規事業は、誰もやったことがないことを実現しなくてはなりません。電通はさまざまなプロジェクト推進手法を持っていますが、今回は『実現したい未来が明確』だったので、必要と思われるタスクを可能な限り細かく予測して洗い出し、誰が責任を持つかを割り振りました。そうすることで、誰の何がプロジェクト推進上のボトルネックになるかをピンポイントで見定め、今どこに注力する必要があるかを決めることができました」(渡邉氏)
個々の役割分担を決めたうえでタスクおよびスケジュールとひも付けたことで、各プレーヤーがやるべきことを見失わず、着実に取り組みやすくなったと大塚氏は話す。
「タスクやスケジュールを細かく出すだけでなく、事前のレビューにより、関係者全員がプロジェクトを『自分ごと』として捉えられたのが非常に大きいですね。途中からリーダーを任せた社内のメンバーからも『ここまできっちりやることが見えるプロジェクトは初めてです』という反応がありました」(大塚氏)
「+αの企画力」が迅速な意思決定を支える
もちろん、「やることが見えるプロジェクト」になったのは、役割分担やタスク、スケジュールを決めたことだけが要因ではない。渡邉氏はこう説明する。
「最新の研究やテクノロジーを活用した事業開発では、研究やテクノロジーを理解すること自体が難しく、どうしてもタスクの抽象度が高く、担当者も決まりにくいものです。そこで、初めの『企画』をPM(プロジェクトマネジメント)チームが提案し、適切な担当者を割り振りやすい、割り振られた担当者が考えやすいようにするなど具体化の道筋をつくっていきました」
取り組むべき「企画」を具体化して用意することで、曖昧な事象の解像度を高められるというわけだ。チーム全体の理解の解像度も上がることで、プロジェクトに対するリテラシーが向上するとともに、一体感も醸成される。PMは「管理力」に目が向きがちだが、「企画力」も発揮することで、初動から正しく進められるということだろう。
「一般的ではないかもしれませんが、プロジェクトをスムーズに進行し、アウトプットのクオリティを可能な限り高めるために私たちがよく採るマネジメント手法です。電通は企画することが好きな人たちの集まりだからこそ採用しやすい手法です。『Body Granola』のプロジェクトは想像以上にそれがきっちりとかみ合いました。でも、最終的に10社以上のプレーヤーが参画しながら、当初の予定どおりにローンチできたのは、プロジェクト責任者である大塚さんの意思決定力が非常に高かったからだと思います」
そう渡邉氏が話すように、バックグラウンドの異なるメンバーが多ければ多いほど、意思決定スピードはプロジェクトの成否を左右する。しかし、そう頭では理解していても、実践できるかどうかは別だ。むしろ、すぐに意思決定できるケースのほうが少ないだろう。では、なぜ大塚氏は迅速に意思決定できたのか。
「一つは、カルビーには積極的に権限委譲する文化があることです。上司は私の判断を信頼し、任せてくれているので、上司の判断待ちによって意思決定のスピードが落ちることはほとんどありません。もう一つは、お客さま本位で意思決定をするように心がけていたことです。判断に迷った場合は、このサービスを誰が利用するのかという原点につねに立ち戻るようにしていました。サービスを利用する人たちが何を求めているのかを中心に置くことで、プロジェクトの本質を見失わずに、素早い意思決定をすることができました」(大塚氏)
「顧客目線」を最後まで忘れないための工夫がカギ
大塚氏に重ねて、古平氏は次のように説明する。
「『前例がないので社内で承認を得るのが難しい』『今までのやり方では製造ができない』といった想定外のことが、新規事業開発ではよく起こります。顧客目線を忘れて、前例のやり方や発想、現状に合わせ続けると、最終的に当初案とは違う形になり、お客さまに提供したい価値が失われることになりかねません。今回は、目線合わせのあとにチーム全体で生活者インタビューを行い、お客さまの生の声を実際に聞いたことも、そういった事態を防ぐのに役立ちました」
この生活者インタビューは、カルビー、メタジェン、サイキンソー、電通グループの主要4社であえて混合チームを構成して実施。プロジェクトに対する目線を確かなものにするだけでなく、プレーヤー間の交流も実現させた。「1人当たり2~3件は必ずやってもらったので、早い時期に同じ方向を見て、今までにない新たな価値を創出しようという気持ちを高める意味でも大きかった」と大塚氏も話す。
「こうした事業開発を電通グループが手がけているイメージはなかったので驚きましたが、今後はさらにオープンイノベーションが重要になるでしょうから、ともに多くの仲間をつくってさらなるチャレンジをしていきたいですね。まずは、より気軽に腸内フローラを検査できるようにして、一人ひとりに合った食品が選べる新たな『食と健康』の未来を切り開いていきたいと思っています」
この大塚氏の言葉に、「電通グループの統合的な知見をさらに生かし、事業の成長にきちんとコミットしていきたい」と応じる古平氏。「実現したい未来を共有」し、全員が「自分の役割を自覚」し、「プロジェクトを自分ごと化」したチームをつくり上げ、合理的なプロセスでチームの熱量を維持して事業開発を行うことがいかに重要か、カルビー「Body Granola」の取り組みは示しているといえそうだ。