【グローバル】加速するサステナビリティ&サーキュラーエコノミーNo.24
COEDOビールが挑む、生物多様性のビジネス化
2024/07/05
生物多様性が注目されている理由の1つは、その喪失が企業活動に必要な水や原材料などの自然資本の持続可能性を脅かしているからです。生物多様性はビジネスリスクと密接に関係していると同時に、向き合うことで新たなビジネスチャンスが見えてくるケースもあります。
そこで今回は、埼玉県川越市を代表するクラフトビールブランドとして人気を博し、創業時から生物多様性と向き合ってきたCOEDOビールの朝霧重治社長にインタビュー。生物多様性をビジネスにするヒントを探ります。
また、「人工芝のサッカーグラウンドを麦畑に再生した」というCOEDOビールのアクションに関して、生物多様性とビジネスへの影響度合いを可視化した「バタフライチェック」と、バタフライチェックを基に事業機会を生み出す発想法についてもご紹介します。聞き手は、電通サステナビリティコンサルティング室の澤井有香です。
<目次>
▼なぜCOEDOビールは、生物多様性を守ることに取り組むのか
▼バタフライチェックで測定した、生物多様性に寄与するアクションとは
▼生物多様性を地域と世界のビジネスに
なぜCOEDOビールは、生物多様性を守ることに取り組むのか
「農業は生物多様性を犠牲にしているという意識は持った方がいいと思います」
朝霧社長は自社の麦畑を見ながら意外な言葉を口にし、こう続けました。
「ここだって、自分たちの都合で無理やり麦畑の群生地にしているので、それは本来、生物多様性に逆行していると思います。だからこそ、われわれは“人間のために”じゃなくて、まずは一度“生物多様性のために”環境や有機栽培に目を向ける必要があるんです」
農業は自然を育て管理する側面がありつつも、効率化の観点から単一作物を大規模栽培することが多く、生物多様性を脅かすことがあります。これにより特定の生態系が損なわれ、多様な生物種の共存が難しくなります。農業は生物多様性保全に役立つ一方で、生物多様性喪失の主因でもあります。だからこそ、朝霧社長は自然との共生を意識し、農業と真摯(しんし)に向き合っているのだと感じました。
COEDOビールを展開するのは、埼玉県川越市に拠点を置く協同商事。地域の農産物を生かしたクラフトビールづくりが特徴で、地元の規格外のさつまいもを使用したクラフトビール「紅赤」は見たことがある方も多いのではないでしょうか。
実は、協同商事の本業は青果物の専門商社。1970年代には有機栽培や無農薬・減農薬栽培という当時としては新しい農業への取り組みを開始し、地域の農家と環境に向き合ってきたバックグラウンドがあります。
また、日本のクラフトブルワリーとしては珍しく、バイオマス発電機が醸造所に併設されています。ビールの副産物で再生エネルギーを生みだすだけではなく、そのこだわりは、廃液にまで徹底されています。
朝霧社長はバイオマス発電の仕組みについて、こう説明しました。「ビール工場の廃液は決して汚いものではないのですが、栄養分を含んでいるためそのままでは排水クオリティには至りません。通常だと、栄養分を処理するために微生物に食べてもらうのですが、微生物の死骸が大量に出ます。微生物にはリンや窒素が含まれていてそのまま流せません。
そこで、うちではメタン菌を使っています。メタン菌が食べやすい環境条件を整え、その副産物であるメタンを含むバイオマスガスを発電に生かします。できた電気は売っているので収益になっています。また、残留する汚れをバクテリアで分解し、排水中に含まれるリンを除去し、殺菌して排水クオリティを担保しています」
バタフライチェックで測定した、生物多様性に寄与するアクションとは
2023年12月、COEDOビールは電通とシンク・ネイチャーが共同開発した、生物多様性とビジネスへの成果を可視化する「バタフライチェック」の実証実験を行いました。
バタフライチェックとは
企業の自然関連活動が生物多様性と事業の双方にもたらす影響を測定し、チョウの羽に見立てた1枚の絵で俯瞰(ふかん)することで、バラバラに見えていた生物多様性と事業の関連性を分析し、改善点やさらなるビジネス機会を見いだすことができるサービス(リリースはこちら)。
COEDOビールは、醸造所に併設された人工芝のサッカーグラウンドを有機農法の麦畑に変えました。そこで収穫された麦からつくったクラフトビールを音楽イベントで販売するなど、麦畑へ変えたことを起点にさまざまな取り組みを行いました。そして、バタフライチェックの実証実験に参加し、その一連のアクションの効果を測りました。
分析の結果、人工芝のグラウンドを麦畑に変えたアクションが、生物種・生態系の増減において約9倍のプラスの効果を生み出していたことが分かりました。また、農地の保水力で水量調整機能が向上するなど、主に水関連の生態系サービスにプラスの効果が見られました。
ビジネス面においても、ブランドイメージやリクルーティングにも寄与することが分かり、事業価値の向上につながっていることが可視化されました。
その結果に朝霧社長は「これまで農業と向き合ってきた自信はありましたが、定量化できていませんでした。バタフライチェックにより、この活動がネイチャーポジティブにつながっていることが科学的に証明されました。また、自分たちの信念が顧客から評価されていることもうれしかったです。“自然”と“ビジネス”の両側面で成果を見ることができ、改善点も明確になりました」と感想を述べました。
生物多様性を地域と世界のビジネスに
さらに今回、朝霧社長とビール部門を担当する田邊 真さんと共に、「生物多様性とビジネスをどう発展させていくか」をテーマに、バタフライチェックの分析結果を基にセッションを行いました。その様子とともに、ビジネスアイデアを発展させる方法をご紹介します。
まず、バタフライチェックの結果が記載されたA1サイズの印刷物を用意し、会議室のテーブルに広げます。
ステップ①:真ん中と左羽に注目し、生物多様性や自然環境の改善・発展方法を考える
まずは、生物種や自然へのポジティブな影響を増やすためにはどうするべきか、測定された数値を見ながら意見を出し合います。
ステップ②:左羽から右羽へ。Nature Effectをステークホルダーの価値に転換する
自然関連のアイデアが出たら、次にそれらを右羽のステークホルダーの価値にどう変換するかを話し合います。
農業に向き合ってきたことは顧客に伝わっているのか、左羽のエビデンスは海外の取引先へのアピールにならないか、地域住民の協力を得ることはできるかなど、各ステークホルダーの顔を思い浮かべながら、現状を把握し、ギャップを埋めるアクションやアイデアを出していきます。
ステップ③:下から上へ。シンボル化や企業価値向上につなげる
最後に、バタフライチェックの右羽と左羽を俯瞰(ふかん)し、上のアクションや企業価値の向上につなげられるか話し合います。
これまで出てきたアイデアを今回の麦畑のアクションに集約させ、より共感してもらえるシンボリックなものにできないか、もしくは他の新しい目標が生まれないか、さらにレイヤーを上げて企業価値の向上につなげられないかを考えます。
結果的に、1時間半のセッションで28個のアイデアが出てきました。
自然に関連する具体的な改善策から、新商品開発・海外PRといったマーケティングに関するもの、さらに企業ブランディングに至るまでさまざまなレイヤーでのアクションとアイデアがバタフライチェックを起点に生まれました。
セッション後、期待を込めて朝霧社長はこう語りました。
「バタフライチェックの結果を基にしたセッションの中で、自然とビジネスと企業が有機的につながり塊になったことがおもしろかったです。これを受けて、今後われわれ自身が進化していくことももちろん重要ですが、日本全体が自然と共生し、良い循環が生まれる社会になることを願います」
今回のCOEDOビール朝霧社長への取材やセッションを通して、改めて生物多様性とビジネスを結びつける重要性を感じました。ネイチャーポジティブ(自然再興)を前向きに捉え、企業の再生の歩みを社会や経済全体で応援できるよう私たちも貢献していきたいと思います。