【グローバル】加速するサステナビリティ&サーキュラーエコノミーNo.25
EUにおける使用済自動車関連規制はどうなる?日本のサーキュラーエコノミー推進ポイントは?
2024/12/03
本記事は、EUの政策・規制に詳しいCircular Economy Hub(サーキュラーエコノミーハブ)の藤原ゆかり氏と、メーカーと自動車販売店を接点としたサーキュラーエコノミー活動を推進するトヨタ・コニック・プロの伊藤学氏に、EUで現在調整作業が進められている自動車のサーキュラーエコノミー関連の規制について、そして日本との違いを踏まえた今後の展望をお聞きします。聞き手は電通サステナビリティコンサルティング室の田中理絵です。
<目次>
▼EUのELV規則案、いつからどうなるの?自動車メーカーの反応は?
▼消費者浸透と「行方不明の自動車」
▼反対があっても規制が進められる欧州と、今後の日本のポテンシャル
EUのELV規則案、いつからどうなるの?自動車メーカーの反応は?
──藤原さんから、EUの自動車に関する政策・規制についての状況を教えていただけますか。
藤原:昨年欧州委員会からELV規則案(※1)が発表され、日本の自動車業界も非常に注目をしています。業界にとっては産業の方向性を左右する重要な規制だからです。
※1=ELV規則案
Proposal for a Regulation on circularity requirements for vehicle design and on management of end-of-life vehicles/自動車設計における循環性要件および使用済自動車の管理に関する規則案
EU理事会における修正作業がいったん終わって、現在は欧州議会が調整を行っています。予定は大幅に変わることもありますが、早ければ来年の3月までに採択されるのではという話も出ています。採択された場合は、今回は現行の「指令」から「規則」となるので、それぞれの国内法への転置を待たなくても、直接拘束力を持つものになります。
──ELV規則案とは具体的にはどんな内容なのでしょうか。
藤原:EU域内における自動車の循環性を促進するという目的で、現行のELV指令が大きく改正されます。自動車バリューチェーン上のありとあらゆるものを循環させ、水平リサイクルを目指すというものです。まず使える中古部品はリユースする、そして、新しい部品を作るときもその中に再生材を最低何パーセント入れるというターゲット数値も設定されます。新車に再生材を使用するにあたり、自動車会社はコストの問題、安全性の確保なども大変です。
またこれまでの事業戦略を変更する必要性も出てきます。例えば、メーカーはCO2削減に対応するため、車の軽量化へ投資し、CFRP(炭素繊維強化プラスチック)という画期的な軽量素材を開発したのに、CFRPという素材はリサイクルが難しい。自動車を軽くして燃料消費を減らす努力が、循環という観点で見たら望ましくないなど、戸惑うところもあります。
伊藤:ELV規則案は、自動車業界もやるべきだ!と前向きなのですか?
藤原:自動車業界は「環境問題はもちろんやります。でも、同時に気候変動対策として排ガスの規制(EURO7)もやらなきゃいけない。ターゲット数値が厳しすぎるので、こんなに全部対応できない。もし規制をかけるなら、国際競争に負けないよう規制でサポートもしてください」というスタンスです。
──「規制をかけるなら、規制でサポートもする」というのはどういうことですか?
藤原:コストがかかる分を補助金や税制で対応してもらうか、あるいは競合にも課税や規制をしてもらうという形です。
伊藤:規則案の対象は欧州で生産された車になるのですか。
藤原:基本的にEUの市場で販売取引される自動車全てですが、対象となる形式については、乗用車・トラックなど規則案に記載され、一部除外されるものもあります。今後EUは、域内の産業を保護しなければならないプレッシャーもあり、外から入ってくる自動車にも、どんどん規制や課税をかけていく可能性があります。最近のEUによる中国産の安価なEVへの課税決定はその一例といえます。しんどい規制だけ先に採択されて、守ってくれる規制が遅れたら困るので、自動車業界からは、早く同時にやってくれという声もあがっています。
消費者浸透と「行方不明の自動車」
──伊藤さんは日本の自動車のサーキュラーエコノミー関連活動で、どんなことをされているのでしょうか。
伊藤:私はトヨタ・コニック・プロという、トヨタ自動車の国内宣伝・マーケティング領域の課題把握から実行までの機能を担う会社に勤めています。自動車を生産するときに出る廃材を使った雑貨や、自動車販売店の事務作業で発生する古紙の一部を、シードペーパーの形にアップサイクルしてノベルティ化のトライアルを実施しています。ただ加工はコストもかかり、エネルギーも使うので、全ての資源を捨てずに生かすというのは難しいです。
何を優先するかで、何をやるかが変わります。私の場合は、このサーキュラーエコノミー活動の意義を、地域ごとの意識啓発と置いています。私のミッションの1つは、全国に約4300あるトヨタ系列販売店の店頭でのブランド力を高めることですが、販売店のほとんどは地場の会社ですので、地域貢献への想いはとても強い。サーキュラーエコノミーの推進には、地域貢献と事業をつなげられる可能性を感じています。
──サーキュラーエコノミーに取り組む自動車のブランド価値が高まり、廃材を使うことがお客さまの満足につながるには何が必要でしょうか。
伊藤:日本はまだまだ入り口にあり、一握りの企業や団体の取り組みという印象です。環境への危機意識が高まらないと結局は進まないと思います。生産活動は基本的に環境負荷をかけてしまうものですが、お客さまとの接点で、少しでも循環を意識するきっかけになる活動をやり続けるしかないのかなと。自動車販売店は、飲食や小売に比べて一人一人の顔が見える形でお客さまに接しているので、販売店スタッフから伝わる説得力は強いと思います。地域での暮らしのなかで、少しずつでもサーキュラーエコノミーへの意識や行動が広がって、数年後に振り返ったときに、その意識や行動がスタンダードになっていることを目指しています。
──推進にあたってボトルネックだと感じていることはありますか?
伊藤:メーカーが環境に向き合おうとすると、コストが上がって、最終的に消費者に負担がかかることにつながるのではないかということです。欧州では消費者はそのことは許容しているのでしょうか。
藤原:国によって違いはありますが、欧州にいると、消費者の認識は年々上がっていると感じています。例えばドイツ、オーストリアはEU域内でも早くから廃棄物管理のインフラを形成した国なので、廃棄物に関する意識が高いし、フランスも、国内のサーキュラーエコノミー政策がこの数年で浸透し、非常に変わりました。正直、フランスは国民性としてドイツみたいにきっちり分別できないと思っていたのですが(笑)、意外にちゃんとやっていて驚きます。
ただ、西欧では中古車や中古部品が積極的に受け入れられていますが、主な理由は安いからです。一方でドイツは経済的に豊かな国なので、新車好きで、キレイに乗って5年くらいで手放す方も多いです。
ちなみに、EUでは抹消登録された車の3割が「行方不明」という、20年以上解決されていない問題があります。EU基準では使用済でも中古車として輸出されていたり、EU加盟各国における登録システム上の問題などいくつかの理由から行方不明の自動車の数がかなり多くあるのです。
EUでは電池パスポートの導入が決定しているので、これが徹底すればEVは電池が搭載されている間はトラック(追跡)できることになります。EUでは、使用済自動車は新車を作るための資源で、その流出を防ごうという考え方に変わってきています。
さらに自動車に関しては、EURO7下で環境自動車パスポート(EVP:登録時の車両の環境性能に関する情報記載)の導入が決定しています。加えてELV規則案では、自動車向けのデジタル製品パスポート(CVP:自動車の循環性を推進するデータの保存・開示)の導入が義務付けられています。
──企業努力だけに頼らず、政府が市民のサーキュラーエコノミーの必要性についての理解を進めている。それと同時に、EU単位で産業全体に働きかけて、進めざるを得ない仕組みを作るという形なのですね。
藤原:はい、日本と違いそれぞれの国の上に傘としてEUという仕組みがあるから、産業界は交渉がしやすいところもあるように思います。
反対があっても規制が進められる欧州と、今後の日本のポテンシャル
──欧州はなぜそんなにルールメーキングが得意なのでしょうか。
藤原:EUは27カ国をまとめるのにいちいち声を聞いていられないから、まずは大きい方針を作ってガッと走る。できる・できないの前に決めたら、産業界はついてくる。新しい技術、画期的な技術、革新は、必要に迫られないと生まれない。こうした考えが政治家のスピーチからうかがえます。業界がそんなの不可能だと言っても、「過去の歴史を見てみなさい。対応してきたでしょう」というスタンスです。日本では、どこがリードするのでしょうか。やはり大企業ですか?
伊藤:日本は体力がある企業がけん引する形が期待されていると思います。ただ、実際は、国民全体の意識が芽生えていくという両輪でいかないと難しいですね。数年たっても市場に定着しないと、体力が尽きてやめてしまうことになる。結局は、人々の意識も高まらないと、続けていけないでしょうね。
藤原:ヨーロッパから見ると、日本は技術があるので、もし重い腰を上げたらすごく速く進むのではという期待もあります。また「人がやっているから自分もやろう」という日本らしいマインドは、環境活動については、ポジティブに働くんじゃないかと。
伊藤:日本は「もったいない」「節約」という感覚が文化的にあるので、まず受け止めますね。
藤原:欧州の場合は必ず系統立てて説明があります。例えば、気候変動対策なら、「今年は、こんな異常気象が起きた、火事が何件あった、死者が何人出た。だから私たちが今、気候変動対策を加速しなきゃいけない」みたいに、なんでやるのかの説明とセットです。だから人々も理由を消化した上で行動できる。
外から見ると、日本は理由づけやストーリーを欠いている印象です。勢いで流されるだけだとすると、別の流れが来たときに、大多数は止まってしまうリスクがありますよね。しかしもし、そこに規制があれば、止めることはできないので、続けられます。必要なのは、教育と仕組みですね。
──行動の理由は、サーキュラーエコノミーを始めるときだけでなく、やめずに続けるためにも必要ですね。最後に一言ずつお願いします。
伊藤:自動車を買いたい人に環境意識も持って選んでいただくためには、しっかりと理由を説明することはとても大事だと思います。サーキュラーエコノミー基準を当たり前にしていくために、メーカーや自動車販売店の努力だけでなく、それがどうして必要で、どんな意味があるのかという人々の理解浸透とセットで、止まらないように動かしていきたいです。それが、自動車販売だけでなく、地域の未来を良くする活動につながっていくとうれしいです。
藤原:サーキュラーエコノミーはある地域、ある国や一定の地域だけでやっても、他の地で資源が大量消費され続け、廃棄物が増え続けていたら意味がないので、国際協力と協調が必須だと言われています。例えば技術のある国がない国を支援し、各国がその推進において足並みをそろえるなど。日本は高い技術力があるので、支援できる立場だとも思います。