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ヒットメーカー・佐久間宣行の発想法

2024/03/25

元テレビ東京のプロデューサーで、フリーになってからも、テレビ、YouTube、イベント、ラジオ、ビジネス書など、メディアを横断してヒットを連発する佐久間宣行氏。

本記事では、佐久間氏と電通MCx(メディア・コンテンツ・トランスフォーメーション)室(※)の布瀬川平氏、伊藤弘和氏、ラジオテレビ局の前田かおり氏による座談会を通して、手掛けた番組の制作裏話、トークバラエティ番組「あちこちオードリー」(テレビ東京系)に見る成功する配信イベントの極意など、佐久間氏ならではの発想法に迫ります。

※MCx室…2024年1月に設置された、メディアビジネス、コンテンツビジネスの進化と新しい創造・開発に取り組む専門組織。
https://www.dentsu.co.jp/news/business/2024/0124-010679.html 

*本記事は、Transformation SHOWCASE掲載の記事をもとに再編集しています。

 

ヒットメーカー・佐久間宜行の発想法

あえて番組ファンが嫌いそうな企画も

伊藤:佐久間さんとは、佐久間さんがテレビ東京の社員の頃から、さまざまな仕事をともにしてきました。その中で感じたのは、佐久間さんはヒットメーカーであるうえ、「濃いファン」をつくるのが得意だということです。番組やコンテンツを制作するうえで、ファンとどのように向き合っているのでしょうか。

佐久間:テレビ東京にいた頃は、ファンのことを考えて番組を作っていました。それは、自分が面白いと思う番組を残すには、視聴者とのコミュニケーションを濃くして、強いファンをつくる必要があると思ったからです。

例えばドラマ「ウレロ☆」シリーズでは、DVDの特典映像をファンと一緒に決めるなど、制作過程も視聴者に開放し、今でいうプロセスマーケティングのようなことをしていました。

バラエティ番組「ゴッドタン」の場合は、深夜で生き残れるよう濃いファンをつくりつつ、その視聴者だけに向けた企画に偏らないようにしています。あえて、その人たちが嫌いそうな企画も時々打っているからこそ、15年以上続いているのだと思います。

伊藤:「あえて嫌いそうな企画も」というのは、ファンマーケティングを考える上でおもしろい視点だなと思いました。やはり、視聴者が好きなものを提供するだけでは、コンテンツは長続きしないのでしょうか。

佐久間:そうですね。例えば、「ゴッドタン」は、「当たり外れが多い番組」と言われたいんです。「この人にとってはハズレ、でも、こっちの人にとってはアタリ」という状態をつくりたい。「みんなが好きな番組」を作っているだけでは免疫が弱くなっていくというか、突然変異のように全く新しいコンテンツが生まれづらくなるというか、長いスパンで続くコンテンツを生み出す力が衰えていく気がします。

このように、番組を作る時に毎回ルールを一つ作り、それだけはしっかり守ることで、ブランド価値を維持してきました。そして、新しい視聴者を開拓するためにできることは何でもやる。テレビ東京にいた頃は、そういう制作スタンスでした。

佐久間 宣行
佐久間 宣行(さくま のぶゆき) テレビプロデューサー。1975年福島県いわき市生まれ。99年にテレビ東京入社。2021年にフリーに。「ゴッドタン」「あちこちオードリー」「オドオド×ハラハラ」「トークサバイバー!〜トークが面白いと生き残れるドラマ〜」「LIGHTHOUSE」などを手掛ける。19年4月からラジオ番組「佐久間宣行のオールナイトニッポン0(ZERO)」のパーソナリティを担当。YouTubeチャンネル「佐久間宣行のNOBROCK TV」も人気。近著に「佐久間宣行のずるい仕事術」(ダイヤモンド社)がある

“メディア逆算”で作る

佐久間:2021年にテレビ東京を退社してからは、作るコンテンツの幅も広がりました。例えば、YouTubeのコンテンツを作ることもあれば、テレビ番組にMCとして出演することもある。僕のことを、ラジオのパーソナリティだと思っている人もいるでしょう。

テレビを見る人とYouTubeを見る人は違うし、視聴者が抱く期待も違います。だからこそ、そのメディアでの自分のルールをちゃんと作り、そのメディアでしかできない表現を必ず一つ入れるようにしています。

前田:そうなんですね。てっきり、クリエイターとしての太い軸があり、あらゆるメディアを使って「佐久間宣行」を発信しているのかと思っていました。

佐久間:そう思う方も多いかもしれません。でも、僕の考え方はまったく逆で、「クリエイター・佐久間がいろいろなものを仕掛けている」とならないようにしています。

だから、YouTubeに挑戦するならYouTubeの勉強をして、「YouTubeでしかできないものはこれだろう」というコンテンツを差し出す。今、不安定ではありながらも、さまざまなコンテンツで一応及第点を取れていると思うのは、“メディア逆算”で作っているからだと自分では思っています。

伊藤:「ワンソース・マルチユース」(一つの素材を複数の用途で使用すること)は、もう通用しないということですね。

佐久間:そう思います。例えば、どれだけ人気のYouTuberでも、テレビタレントとして成功している人は意外と少ないと思いませんか? YouTubeでもラジオでも、「そのメディアに本気です」「そのメディアが一番大事です」という人しか当たらないんじゃないかと思っています。だから、本来なら、僕みたいに全部のメディアに進出する人は失敗するはずなんですよ(笑)。

でも、幅広いメディアをやっているからこそ、そのメディアでしかできないことは何か、逆算することもできます。僕のラジオ番組のファンには「佐久間さんのテレビ番組は見てないんです」という方もいますが、そういう声を聞くと、ラジオにしかない価値を提供できているんだなと実感します。

布瀬川:私もMCx室でメディアやコンテンツの新しい価値を考える機会が多いのですが、佐久間さんがおっしゃる通り、一つのコンテンツを複数のメディアで展開し、マネタイズをするのは、思った以上に難しいと感じています。同じ視聴者をそのまま横にスライドさせても成長は見込めないことが多い。

「このメディアの向こう側にいる人たちは、こういう人たちだろう。だったら、こういうコンテンツを提供した方がいいよね」とメディアの特性を踏まえて分析している点に共感しました。

布瀬川 平
布瀬川 平(ふせがわ たいら) 電通 MCx室 エグゼクティブ・メディア&デジタル・ディレクター。セールスプロモーション局から電子番組表を提供する IPGへの出向を経て、同社代表取締役。2015年、ラジオテレビ局に帰任。STADIAの立ち上げ、TVer広告の立ち上げ、MIEROの立ち上げなどに従事

当たり外れのある番組の方が信用される

伊藤:私たちがご一緒している佐久間さんの番組の一つに、「あちこちオードリー」があります。ここからは、この番組を例に具体的な制作術、テレビと配信イベントの関係性についてお伺いしていきたいと思います。

佐久間:この番組は、オードリーの冠番組、しかも、彼らをMCとするフリートーク番組を作りたいという気持ちから始まりました。かつては「人見知り芸人」として知られていた若林(正恭)くんが、「人に興味を持つようになった」ということを聞いて、トーク番組を作るのにちょうどいい時期だと思ったのが一つ。

もう一つは、ゲストに事前にアンケートを書いてもらうことで安定的な面白さを狙う従来のトーク番組のカウンターとなる番組を作りたくて。そういう番組なら、やる意味がありますし、視聴者にも望まれるのではないかと思いました。

布瀬川:そうはいっても、トーク番組は他にもたくさんありますし、なかなか差別化が難しいのではないかと思います。どのような点を意識しましたか?

佐久間:オードリーは威圧感がなく、相手の懐に入りやすいタイプの芸人です。それに、若林くん自身、悩みながら芸能界を生きてきた人。彼にしかできない質問、オードリーにしか引き出せない話があると思ったので、面白くなる確信がありました。

その上で大事なのは、お笑い芸人を中心とするゲストの芸に関する談議に終始せず、僕らスタッフがそれを仕事論に置き換えること。“芸事”の話ではなく、視聴者が自分の仕事に重ね合わせて考えられる“仕事”の話なんだ、と伝わるように編集しています。

前田:ゲストに事前アンケートを書いてもらうことなく、フリートークを繰り広げているのが番組の大きな特徴です。なぜそうしたのでしょうか。

前田 かおり
前田 かおり(まえだ かおり) 電通 ラジオテレビ局テレビビジネス5部 アソシエイト・プロデューサー。ラジオテレビ局でテレビ東京、テレビ愛知、テレビ大阪を担当し、新たなメディアビジネスの創出に向けて番組セールスやイベント事業に従事。担当する「あちこちオードリー」では、配信イベントの実施やポップアップイベントなどの立ち上げにも携わる。放送局におけるコンテンツビジネスの最大化に向けて、幅広い業種との可能性を模索している

佐久間:当たり外れのある番組にしたいという気持ちが強かったんです。ハズレもあるけれど、大アタリが出る可能性もある。今はそういう番組の方が信用されるんじゃないかと思いました。

というのも、今は相対的にテレビの信用みたいなものが落ちている感じがしていて。しかも視聴者側も、うそをつかれることを嫌います。例えば今は、俳優さんに「おきれいですね」と言った時、「何もしてないんですよ」と答える人より、「美容液でめちゃくちゃお手入れがんばってます」と言う人が支持される時代ですから(笑)。だから、うそのない番組にしたいと思いました。

布瀬川:確かに、番組作りにうそがないですよね。制作の裏側やプロセスも見せて視聴者の信用を得ていくという視点は、昔から意識していたのでしょうか。

佐久間:そうですね。僕自身、好きになったものをちゃんと追い掛けるタイプの人間なので、共鳴する理由がないと応援されるコンテンツにならないという実感があります。テレビ東京でしっかりファンをつくって、その先の放送外収入までを獲得するには、ブランド価値をしっかり確立する必要があると思っていました。

伊藤:「あちこちオードリー」は、私が佐久間さんとご一緒した初めての番組でした。「テレビと配信イベントの融合で勝負したい」という思いがあったのですが、初年度から配信チケットが4万2000枚、これまで最高で8万枚の売り上げを記録し、今では日本一の配信イベントになっています。

面白いのは、テレビの視聴者、TVerなどの配信サービスで番組を見る人、配信イベントを見る人、それぞれが少しずつ違う層なんですよね。コンテンツとして幅があると感じます。イベントに関しては、どのようなところを意識して企画されていますか。

伊藤 弘和
伊藤 弘和(いとう ひろかず)  電通 MCx室BX業務推進1部 部長。2019年に佐久間氏と共に「あちこちオードリー」の放送と、日本最大規模になった配信LIVEの立ち上げを主導。既成概念にとらわれないコンテンツビジネス開発に従事、戦略から事業成長のための協業までをオーガナイズ。複数の高校生イベント立ち上げやIP事業開発に従事。生活者に対して、コンテンツ体験価値の最大化を推進している

佐久間:最初に決めたルールは、生で見る人と配信で見る人で体験の質が違うイベントにするのはやめよう、ということでした。だから、イベントに観客は一切入れていません。かつ、この配信イベントで、普段「あちこちオードリー」の番組が届いていない地域や層にも届けられるといいなと思いました。

その二つをコンセプトにスタッフと議論を重ね、生まれたのが今のスタイルです。これまで、テレビ番組に関連した配信イベントの多くは、番組内で、後日イベントの模様を一部オンエアしていたと思います。でも、「あちこちオードリー」のイベントに関しては、番組内では一切オンエアせず、イベントはイベントの参加者だけのものにする。SNSなどでも口外禁止にして、代わりに、出演者には踏み込んだことを話してもらうようにしたんです。

一番いい手法を時代に合わせて探る

前田:今後、「あちこちオードリー」でチャレンジしたいことはありますか?

佐久間:そろそろ、番組を第3フェーズに持っていきたいですね。番組開始当初とは、オードリーの芸能界での立ち位置も変わってきていますから。芸能界にはいろいろなトップの取り方がありますが、オードリーは独自の山でトップに登りつつある。そんなオードリーにしかできない、若手との絡み方を見せていきたいし、この番組なら芸能界以外の人たちとも絡めるんじゃないかと思っています。

ただ、一番大事なのは、オードリーもゲストもこの番組でしか話さない本音を出すということ。事前アンケートをしないというのはそのための手法の一つでしかありません。一番いい手法を時代に合わせて探っていき、どのやり方だと一番本音が出るのか考えていきたい。そうやって常にアセスメントしていかないと、番組は続かないと思っています。

伊藤:2024年は、「あちこちオードリー」が5周年を迎えます。時代に合わせて番組もどんどん変化してほしいし、私たちとしても一緒に何か取り組みをしたいですね。

配信イベントのチケットも、購入者の3割は放送外エリアの方なんです。他とは違う価値がたくさんあるコンテンツなので、それらを可視化してアピールしていきたいです。

前田:配信イベントは、視聴者もオードリーさんも、回を追うごとに熱量が高まっているように感じます。その思いを大事にしつつ、新たなファンにも喜んでいただける5周年にできたらいいですよね。

佐久間:こういうタイプの番組が5年も続くことは珍しいので、ちゃんとお祝いして5周年をアピールしたいですね。これからも、この番組を大事に続けていきたいです。

 

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