アプリの参考書No.6
良いアプリの7カ条⑥:教わらなくても使える
2025/06/17
多くの企業がDX領域に取り組む中で、顧客接点をスマホに求める動きが加速しています。本連載では、アプリ開発で電通と協業しているフラー株式会社にインタビュー。iPhoneの黎明(れいめい)期からアプリを追いかけてきたフラーの山﨑社長に「良いアプリの7カ条」について語ってもらいます(前回の記事は、こちら)。今回は、「良いアプリの7カ条⑥:教わらなくても使える」について解説します。
(企画:電通 8MK局 笹川真、大坪要介、杉山裕貴)
フラー株式会社
デジタル領域で企業の事業支援を行い、主力事業の一つはアプリのデザインと開発。アプリとその市場をきめ細かく分析し、戦略構築からプロダクト開発、グロースまでを一手に手掛ける。同社では、エンジニア、デザイナー、データサイエンティスト、ディレクターからなるクリエイティブチームがさまざまな企業の優れたアプリを生み出している。

テキストに頼らず、直観的に使い方が分かるか
プロダクト開発において、ユーザビリティを向上させるために、ヘルプやマニュアルを提供することは一つの手段です。しかし、より良いアプリを目指すなら、ユーザーが長々とヘルプやマニュアルを読んで使いこなせるようになることを望むのは現実的ではないと考えます。
一般的にアプリのユーザーは、アプリ内の長々としたテキストは読みません。どんなに丁寧に操作方法が書いてあったとしても、読まないと分からないものであれば、「使いづらいアプリ」という印象を持たれてしまいます。ですから、アプリをダウンロードしたら、直観的に操作方法や機能が分かり、使いこなせるように工夫する。つまり、「教わらなくても使える」ことを目指しましょう。
ちょっとした工夫で、ユーザーの負担を少なくできる
「教わらなくても使える」直観的な表現を取り入れた事例を四つ紹介します。一つ目は、「横スクロールができる領域」を設けた事例です。例えば、アプリストアは、上の画像のように、次のコンテンツの一部を見せることで、横スクロールができる(サイドにさらにコンテンツがある)ことを伝えています。今では多くのアプリで、「横スクロールができる領域」が当たり前のように設けられていますが、初めて公開された時は革命的でした。
横スクロールができることを、毎回テキストでわざわざ教えるのではなく、次のコンテンツがあることをユーザーに気づかせて、無意識に横スクロールされるようにしています。
「横スクロールができる領域」を普段みなさんが意識していないように、本当に素晴らしいデザインは、気が付きにくいものなのです。このようなデザインを目指していくことが、良いアプリ作りには必要です。
二つ目の事例は、シューズやアパレルなどのブランド品を取引できるアプリ「StockX」です。このアプリは、シューズが並んだカタログページの中で、詳しく特徴を知りたい商品の画像をタップすると、紹介ページが開きます。このとき、靴の画像が少し回転するアニメーションが入ります。
このアニメーションによってユーザーは、靴の画像を回転させられることが直観的に分かります。実際、画像を指でスライドさせるとシューズの画像が360度回転し、デザインが詳しく分かる仕掛けになっています。
もしもアニメーションがなかったら、ユーザーは靴の画像を回転させられることに気づきにくいでしょう。その場合、「シューズの画像を指でスライドさせると、画像を360度回転させて見ることができます」といったテキストを入れる必要があります。わざわざテキストを読んでもらうのは、ユーザーに負荷がかかります。アニメーションを入れることで、この負荷を減らすことができるのです。
三つ目の事例は、Appleが提供している「iPad用Final Cut Pro」です。こちらは、Mac用のプロ向けビデオ編集ソフトとして提供されてきたFinal Cutシリーズを、iPadに合わせて最適化したアプリです。Final Cutシリーズの良さを生かしながら、iPadの広い画面でのタッチ操作に合わせてインターフェースが再設計されており、プロだけでなく幅広いユーザーにとって使いやすいアプリとなることを目指しています。
このアプリを取り上げた理由は、「ジョグホイール」というインターフェースを紹介するためです。画面右端に半円形のメモリのついたインターフェースがありますが、これは動画の時刻を正確に編集するためのものです。
全く新しい見た目ですが、Appleが提供するデフォルトアプリの「写真アプリ」の編集時のインターフェースと同様の色使いのルールで表現されています。目盛りが白黒で、選択中の箇所や決定ボタンが黄色になります(画像の中の赤丸で囲んだ部分)。そのため、初めて見た時でもiOSのユーザーであれば操作方法を容易に想像できるようになっています。
新しいインターフェースを提供する場合でも、ユーザーが使い方を想像しやすくなる既存のルールを当てはめることで、最小限の説明でユーザーが直観的に使えるようになります。
四つ目の事例は、「Be My Eyes」です。このアプリは、視覚障害者や低視力の人々が助けを必要とした時に、ボランティア登録している人にリアルタイムでビデオ通話がつながります。通話を受け取るボランティアは、家電製品のラベルを読んだり、服のコーディネートを確認したり、食品の賞味期限を調べたり、落としたものを見つけるなど、視覚の補助をします。
このサービスが成り立つには、「知らない人からのアプリ経由のビデオ通話を受け取る」という、非常に難易度の高い動作をユーザーに達成してもらわなければなりません。テキストで伝えるには難しい動作を正しく伝えるため、このアプリではチュートリアルとして実際に電話がかかってきたかのような体験をすることができます。
チュートリアルの指示に従いスマートフォンの電源を切ると、アプリから通知が来る仕掛けになっており、通知に答えると用意されていた動画が流れ、電話がかかってきたかのように体験することができます。短い明確なテキストと、通話を受け取るような体験を通して、ユーザーは通話を受け取る心構えができます。
あまりにも複雑な内容の場合は、テキストを入れざるを得ないケースもあり、その際には使い方を実際に体験してもらう方法があることを、この事例は教えてくれています。
ユーザーテストで客観的なフィードバックをもらうことが大事
冒頭に、アプリのユーザーはテキストを読まない傾向にあると述べました。実際、アプリとウェブサイトを比較すると、アプリの方が1ページに盛り込むテキストの量が圧倒的に少ないように思います。もし、テキストを入れざるを得ず、テキストの量が増えそうな時は、本当にそのテキストが必要か、内容を改めて見直すことをおすすめします。テキストは少なければ少ないほど良いです。必要最低限の内容で、ユーザーの目的を達成できるようにしましょう。
また、テキストの内容を考える際は、ジャーゴン(内輪で通じる用語、業界用語)を使わないことにも気を付けましょう。アプリ開発に没頭していると、初めてアプリを使うユーザーがどう感じるか、客観的な目線を忘れがちになります。難しい用語や一般的に使わない言葉に対してユーザーが少しでも疑問を感じてしまうと、アプリを継続して使う可能性が一気に下がってしまいます。
このように、テキストが長すぎないか確かめたり、ユーザーの分からない言葉がないか確かめたり、そもそものテキストがいらない方法を模索したり、アプリ開発では常に客観的な視点で自分たちのサービスを見る必要があります。
しかし、プロジェクトに取り組む人が急に客観的な視点を持つことは難しいため、客観的な視点を得る簡単な方法として、周りの人に使ってもらい感想を聞くことが効果的です。どのような方でももちろん効果がありますが、ママ向けアプリならママに、子ども向けのアプリなら子どもに、といったように、できればアプリの対象ユーザーに使ってもらい、フィードバックを得るとより良いでしょう。その際は、ただ触ってもらうのではなく、ユーザーが実際にアプリを使うシーンを想定して、使ってもらうことも大切です。
得られたフィードバックをもとに、想定しているユーザーがテキストでの説明がなくても操作できるように改善していく。アプリを継続して使ってもらうために、「教わらなくても使える」ことは重要な要素ですので、ぜひ念頭においてください。
次回は、「良いアプリの条件⑦:伝えたい世界観が視覚的に伝わる」について紹介します。