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アプリの参考書No.3

良いアプリの7カ条③:継続的に改善されている

2024/07/26

アプリの参考書
多くの企業がDX領域に取り組む中で、顧客接点をスマホに求める動きが加速しています。本連載では、アプリ開発で電通と協業しているフラー株式会社にインタビュー。iPhoneの黎明(れいめい)期からアプリを追いかけてきたフラーの山﨑社長に「良いアプリの7カ条」について語ってもらいます(前回の記事は、こちら)。今回は、「良いアプリの7カ条③:継続的に改善されている」について解説します。

(企画:電通 8MK局 笹川真、大坪要介、杉山裕貴)

フラー株式会社
デジタル領域で企業の事業支援を行い、主力事業の一つはアプリのデザインと開発。アプリとその市場をきめ細かく分析し、戦略構築からプロダクト開発、グロースまでを一手に手掛ける。同社では、エンジニア、デザイナー、データサイエンティスト、ディレクターからなるクリエイティブチームがさまざまな企業の優れたアプリを生み出している。

山﨑将司
フラー代表取締役社長・山﨑将司氏。大学時代からアプリ開発に携わる。長年にわたり国内外のアプリを多数試していて、さまざまなアプリに精通している。アプリ開発においてはスタッフに単なる知識を伝えるのではなく、自分の使用感をもとに的確なアドバイスをしている。

アプリ開発は、リリースがゴールではなくスタートである

今回解説する良いアプリの条件「継続的に改善されている」は、非常に大切でありながら、実現できていないケースが多く見られます。アプリを継続的に改善すべき理由は二つあります。

一つは、OSやデバイスの早くて大胆なアップデートに対応するためです。ウェブサイトと違って、アプリはスマホのOSやデバイスに大きな影響を受けます。OSのアップデートには常に対応するべきで、怠った場合は「最新のOSに対応していない」「セキュリティ上の懸念がある」などの理由で、AppleやGoogleによってアプリを削除されてしまうこともあります。

デバイスについては、折りたたみ式や背面ディスプレー付き、また、画面内にもノッチ形の切り込みやセーフエリアなどの描画できない領域が現れるなど、日々刻々と新しい仕様が登場しています。ユーザー体験をよりよくするために、私たちアプリ制作サイドは新しい仕様の変化を活用することが求められています。

もう一つは、アプリを繰り返し使ってもらうためです。ユーザーや世の中のニーズに常に目を向けてアプリを改善していくことがより多くの人に使われることにつながります。

しかし、日本のアプリはリリースまでの開発に力を入れるものの、その後、ほとんど更新されないままになっているものが多々あります。その理由はいくつか考えられますが、一つは予算の問題です。アプリ開発をウェブサイト制作と同じように考えていて、「リリースがゴール」だと思っているクライアントは珍しくなく、運用費をきちんと確保していないケースがあります。

運用費としては、前述したように「OSやデバイスの更新に対応するための費用」と、「ユーザーの反応や世の中の変化を踏まえて改善していくための費用」の二つが必要になります。予算を確保するためにはアプリの企画段階で運用費の必要性をクライアントに認識いただくことが大事です。そして、リリースをスタートラインと捉え、長期スパンでクライアントとアプリを作り上げていく姿勢が求められます。

良いアプリは古くならない

アプリの改善は、ウェブサイトと方向性が異なります。ウェブサイトは、CTA(Call To Action:行動喚起)が重要です。サイトの訪問者に具体的な行動(商品購入や会員登録など)を起こしてもらうために、サイト内の導線を改善していくのが一般的です。アプリの場合は、繰り返し使ってもらうことが目的ですから、ユーザーがどのような機能や情報を求めているかをつかむことが大切です。改善にあたってはユーザーからのフィードバックが頼りになります。

そのために、どの機能がよく使われて、どの機能があまり使われていないのか、ユーザーの行動をデータから分析します。アプリはユーザーとの距離が近いので、レビューがもらいやすく、App StoreやGoogle Play ストアのレビューや、SNSでの反応を参考にすることもできます。

アプリの改善では、「優先順位を見極める」ことが必要です。例えばAIが全盛のいま、チャットボット機能をアプリに入れたいと考える企業が多く見られます。しかし、本当にその機能が多くのユーザーに利用されているか分析しなければなりません。

シンガポールのチャンギ空港のアプリは、以前、メインメニューにチャットボットを入れていました。しかし、ある時からこの機能はメインメニューから消えて、階層の深い位置に置かれました。つまり、チャットボットはこのアプリのメインの機能ではなくなったわけです。世の中ではやっていても、自社アプリのユーザーに喜ばれないものは取り入れない勇気も必要です。

機能以外に「見た目の見直し」も必要です。アプリは特に見た目のはやり廃りがあり、古いままだとユーザーの離反をまねくこともあります。例えば、タブバーやナビゲーションバー、アイコンは、以前はグラデーションがはやっていましたが、いまでは古く見えます。

機能面でも見た目でも常に新鮮さを保つことが、多くのユーザーの支持を得ることにつながります。良いアプリは古くならないのです。

リリースから7年目にグッドデザイン賞を受賞した「長岡花火公式アプリ」

アプリを継続的に改善している事例として、手前みそではありますが、新潟県の一般財団法人長岡花火財団から依頼を受けて、当社が開発・運営している「長岡花火公式アプリ」を紹介します。

このアプリは、長岡まつり大花火大会のプロモーションを目的とし、チケット販売、観覧席情報や花火プログラムの紹介、ユーザーの画像投稿などの機能があります。

2017年にアプリをリリースしたものの、多くの観客が集まり回線が不安定になった会場でアプリが動かず、「こんなアプリは使えない」とレビューで酷評されました。ユーザーの声を受けて2018年は、オフラインでも大会当日のプログラムや会場近くの飲食店情報が見られる仕様に変更。2019年は、会場周辺の渋滞緩和を図るため、前年の道路渋滞状況、駐車場の位置や満車情報を確認できるようにしました。コロナの影響で3年ぶりの開催となった2022年は、久しぶりの開催で戸惑わないようにチュートリアル機能を追加。2023年には入場口を案内する機能を加えました。

これらのリニューアルの他にも、アプリが明るすぎると夜間の会場で他の人の邪魔になるため黒背景に変えたり、花火以外の長岡の魅力を伝えるコンテンツを作ったり、さまざまな改善を行っています。ユーザーが混乱しないように、夏と冬で機能の入れ替えていることも特徴です。

私たちは毎年、花火大会を経験する中で、どんなところにユーザーのニーズがあるのかを見つけてアプリに落とし込んでいます。「花火大会の観覧に役立つアプリ」という開発当初の目的はぶらさずに、「花火を中心に長岡の魅力を伝える」機能も強化しています。そして、リリースから継続的に改善を続けた結果、このアプリは2023年にグッドデザイン賞を受賞しました。一般的にアプリの同賞受賞はリリース直後が多い中で、リリースから7年目に受賞したことは、アプリを継続的に改善することの大切さを物語っているといえるでしょう。

デバイスやビジネスモデルを更新しているヘルスケアアプリ「Withings」

継続的に改善されているアプリをもう一つ紹介します。フランスの企業が開発したヘルスケアアプリ「Withings(ウィジングズ)」で、私は10年ほど使っています。「Withings」はスマホのアプリとともに、腕時計や体重計、睡眠計測パッドなど、アプリと連携するデバイスを開発し、その性能を高めてきたことが特筆すべき点です。各デバイスが取得した、心拍数や睡眠の深さの計測、ランニングやサイクリング、水泳などの運動量といったさまざまなデータを一つのアプリの中でチェックして健康管理に役立てられます。

よくあるケースでは、腕時計側から取得したデータは腕時計のアプリ、体重計側から取得したデータは体重計のアプリで見るようにすることがありますが、健康管理という目的に沿わせるなら本来は1つのアプリで見られるべきです。「Withings」は、アプリが本体であり基盤となっているため、それぞれのデバイスから取得したデータに基づいて、健康状態を表示してくれます。

アプリの参考書
「Withings」は、腕時計と体重計それぞれから取得したデータを一つのアプリでチェックできる。

さらに直近のアップデートでは、有料登録すると、自分が設定した目標に向けてどのように生活習慣を改善すればよいか提案してくれるサービスが追加されました。これまでデバイスの販売が主な収益だったところに、アプリのサブスクリプションサービスを加えて、売り上げの柱を増やそうとしている意図が見えます。加えて、新たなデバイスを現在開発中との情報もあります。ユーザーの健康をサポートするという目的のもと、アプリを中心として多角的に改善を図っている好例といえます。

今回は、良いアプリの条件として「継続的に改善されている」について解説しました。改善の方向性はアプリによって異なりますが、「アプリを通じて達成したい目的は何か」「繰り返し使ってもらうためにはどうしたらいいか」を考えることは、どのアプリにおいても改善の基本となります。ですから、最初から機能を100%詰め込むのではなく、まずは目的に合わせて取捨選択することも大切です。使ってもらうことで企画当初に気づけなかった必要な機能が見えてくることも実際には多々あります。ユーザーや世の中のニーズの変化が速い時代ですから、アプリの継続的な改善は今後ますます重要になっていくでしょう。

次回は、「良いアプリの7カ条④:もう一度使いたくなる仕組みがある」について解説します。

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