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今や企業成長を考える上で欠かせない概念となっているESG。ここ10年ほどで急速な広がりを見せていますが、実際のところ、ESGは企業の株価や市場価値にいかに影響を与えているのでしょうか。また、どのような取り組みが本当に効果的なのでしょうか。そんな疑問を抱えている企業は少なくないかもしれません。

株式会社エコノミクスデザイン株式会社 電通サステナビリティコンサルティング室が共同開催したウェビナー「いまさら聞けないESGと株価の関係」は、エコノミクスデザイン共同創業者・代表取締役の今井誠氏と電通 サステナビリティコンサルティング室室長の住田康年氏によるあいさつの後、経済学者の沖本竜義氏(慶應義塾大学経済学部教授/エコノミクスデザイン・プリンシパル)、保田隆明氏(慶應義塾大学総合政策学部教授)、安田洋祐氏(大阪大学経済学部教授/エコノミクスデザイン共同創業者)と、電通の蟹江淳氏、小野総一氏の5名が登壇。第1部では最近の研究結果をもとにESGと株価の関係をひもとき、第2部ではESGに取り組む企業が抱える課題や事業価値を伝える上で重要となるストーリーテリングなどについて語り合いました。その模様をお届けします。

ESGと企業価値との関係は?業種別の傾向をひもとく

ウェビナーの第1部では、金融計量経済学の権威として知られる沖本竜義氏と、電通の蟹江淳氏が登壇。「ESG評価と企業価値」というテーマのもと、沖本氏が最近の3つの研究成果を紹介しました。そのうちの1つが、ESGの「Environment(環境)」を代表するトピックである二酸化炭素の排出量と企業の信用リスクの関係についての調査です。

(左)株式会社 電通 蟹江 淳氏、(右)慶應義塾大学経済学部教授 沖本 竜義氏

沖本:近年、炭素排出量に関する規制強化や脱炭素税の導入などの議論が進み、企業の炭素排出量にはカーボンリスクが伴うようになってきています。今回の研究では、金融市場におけるCRP(カーボンリスクプレミアム:炭素排出量が企業経営のリスクに与える影響。二酸化炭素排出量が増えると株式などの企業の金融商品はより高いリターンを要求される)が実際に存在するのかを、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ:信用リスクを取引する金融派生商品)を用いて検証しました。

その結果を表したのが次のグラフです。

沖本:この結果を見ますと、これまでは、炭素排出量の大きさは企業の経済活動の証でもあったため、炭素排出量が多い企業の方が信用リスクは低かった。しかし、ESG投資が発展し、投資家がカーボンリスクを認識するようになった結果、CDSと炭素排出量の負の関係性は打ち消され、近年では明確な関係性が見られなくなってきていると考えられます。

蟹江:以前は炭素排出量が多いとその企業の信用を高める効果があったけれども、2005年から2006年を境に急激に効かなくなったということですね。

この結果は、セクター(業種)によっても大きく異なります。エネルギーや素材など排出量の削減にかかるコストが大きいセクターほどCRPが低く、ヘルスケアや通信など削減が比較的容易なセクターはCRPが高いと沖本氏は指摘しました。

沖本:消費者のESGに対する意識の高まりに伴い、後者は排出量の削減がブランドイメージを向上させ、企業業績につながる可能性が高いため、その事実を有効活用できていない企業に対するCRPが高くなっていると考えられます。

続いて紹介するのは、ESGによる企業価値を株式市場の観点から評価した研究。2002年~2019年の国際的な1,200社を対象にした分析結果が下のグラフです。

沖本:この結果を見ますと、2010年頃から、ESGと企業価値との間に正の関係性が見え始め、最近ではその関係性は明らかなものとなっています。

沖本:上のグラフのように、その効果はやはりセクターごとに差が見られます。一般消費財や生活必需品、ヘルスケアなど、ESGに取り組みやすく消費者や投資家と密接に関わるセクターほど、ESG評価が企業価値に与える影響は大きくなっています。

さらに、セクターだけでなく、企業が取り組むESG項目によっても市場評価には違いがあります。最近は、炭素排出量の他にも、女性活躍や人権など社会問題に直結する項目が重視される傾向があり、市場評価につながる可能性も高いと考えられます。

蟹江:当初はESGの中でも環境問題が非常に着目されていましたが、世の中が変化し、2010年以降はESG全般に関心が広がっているようですね。

沖本:まずは自社にとってどのようなESG項目がリスクの軽減や長期的なパフォーマンスにつながるのかを確認した上で、そういったESG項目に対する取り組みを市場に発信していくことが重要なのではないでしょうか。

企業価値を伝えるには?効果的なストーリーテリングとは

ESGが企業価値の向上に寄与することが示唆される一方、個別の企業に目を向けてみると、個々の取り組みが奏功するか否かは、そのストーリーの「伝え方」によっても大きく左右されると考えられます。ウェビナーの第2部では、経営学者の保田隆明氏と経済学者の安田洋祐氏、電通の小野総一氏の3名が登壇。「伝わらない時代のストーリーテリング」というテーマのもと、パネルディスカッションを行いました。

資本市場で長らく仕事をし、現在はアカデミックの分野でESGや企業の財務戦略の研究を行っている保田氏は、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)の概念を下図で紹介。ESGは市場成長率が高く、市場占有率の低い「問題児」の領域に当たり、日本企業はこうした事業に人的資本を投入するべきではないかと提案します。

保田:実際、あるアメリカの大企業は、人的資本の投入先を見直し、事業構造を大きく変えたことで成長しました。ESGスコアも最上位に位置する評価を得ており、時価総額も1.5倍と株式市場での評価も高まっています。

その一方で、ESGベンチャーの中には、ESGの取り組みが利益率の向上や株式市場の評価に結び付いていないケースも見られるといいます。

保田:例えば、ある新興シューズメーカーは、靴に使う素材は全てリジェネラティブ(環境再生)で、そのノウハウを他社にも提供することで、靴産業全体をリジェネラティブにしようという非常に良いストーリーを持っています。にもかかわらず、現在の株価はピーク時の10分の1に下がってしまっているのです。

こうした現状を踏まえて保田氏は、「結局、ESGは大企業にとって都合の良いストーリーテリングをするためのツールでしかないのか?」と問題提起しました。

(左)大阪大学経済学部教授 安田 洋祐氏、(中央)慶應義塾大学総合政策学部教授 保田 隆明氏、(右)株式会社 電通 小野 聡一氏

続いて、カーボンプライシングやGX(グリーン・トランスフォーメーション)、ESGなどに関する政府関連の委員も務める安田氏は、ESG投資型企業とパーパス経営型企業の違いという切り口から、下図を提示して企業が抱える課題を指摘します。

安田:ESG投資型の企業は、伝統的な企業と同じように「利潤最大化」が目的ですが、制約条件としてESGの観点から「一定の社会価値(v)の実現」が課されます。一方、昨今よく聞かれるパーパス経営型の企業は、自社が実現したい「共通価値(v*)の最大化」が目的で、企業として存続するために「一定の利潤の実現」が制約条件となります。

両者の大きな違いは、前者は社会価値を投資家や格付け機関など外部から課されるのに対し、後者は共通価値を自分たちで決められるという点だと安田氏は話します。

安田:どちらにもメリット・デメリットはあります。ESG投資型は、ESG評価項目にばらつきがある中で、外から課される価値をどのように調整していくかという点に課題がある。一方、パーパス経営型は、共通価値(v*)の実現という崇高な目的が儲からない言い訳に使われてしまうことがあります。結局、パーパスを追求しても市場シェアが小さくなり、社会価値を実現できないというジレンマが起こりやすい点に課題があると感じています。

企業タイプごとにESGをめぐる課題が提示される中、ストーリーテリングの重要性を強調するのは、電通でクリエーティブディレクターを務める小野氏です。

小野:これからの時代は、良いものづくりをするだけでは不十分と言っても過言ではないのではないでしょうか。従業員や取引先、株主、生活者など全ての接点において、自社の状況や取り組みを真摯に伝え続けて理解してもらい、その先に良好な関係を持続しながらものを売らなければならない時代だと思います。

小野:そんな中、実際にご相談としていただくのが「ESGの取り組みで正しいこと・良いことをしているのに伝わらない」というお悩みです。企業内でも部署ごとに意識差があったり、企業内では誇りを持ってやっていても生活者や株主には届いていなかったりという、内と外との分断も見られます。そこで大事なのは、企業としてみんなが信じられるストーリーを作りつつ、それを企業内の各セクションが自分たちの役割の中でしっかりとそれぞれの相手に届けるということではないかと思います。

ESGは言うなれば非財務指標。数値として見えにくい取り組みでもあります。その価値をステークホルダーに伝えていく上で、広告クリエーティブで培ったノウハウはどのように生かせるのでしょうか。

小野:広告の本質は15秒や30秒でシンプルに伝えること。企業が「正しいこと」を発信しようとすると、どうしても長くなってしまいがちです。それをなるべく削ぎ落とし、一言でキャッチーに届くようにすることで、従業員や生活者などステークホルダー全体に届けやすくなるのではないでしょうか。

 


 

ESGと企業価値との関係性について理解を深めることは、今後、企業がESGのどの項目に力を入れ、どのようなアプローチを行うかを考える上で非常に重要になるでしょう。ESGと株価の関係性を正しく理解すれば、ビジネスの楽しさや新たなチャレンジにもつながるかもしれません。自社のアピールポイントを継続的に伝えていく上でも、人を引きつけワクワクさせるコミュニケーションが求められていると言えそうです。

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

小野 総一

小野 総一

株式会社 電通

マーケティング戦略を10年、クリエイティブを10年担当するハイブリッド人材として、事業戦略・商品開発からCM・プロモーション・ウェブ・店頭・戦略PR・イベントをプランニングニュートラルに企画し、解決策を提供。直近は、経営層に伴走する取り組みや、事業開発・施設開発に携わるなど、広告以外の取り組みに領域を広げているのも特徴。 受賞歴:ACCグランプリ、ADCグランプリ、ギャラクシー賞、カンヌ広告祭、アドフェスト、one show、クリオ、モバイル広告大賞、デジタルサイネージアワード、交通広告グランプリ、グッドデザイン賞、キッズデザイン賞

蟹江 淳

蟹江 淳

株式会社 電通総研

製造業/出版業/飲食チェーンなどのさまざまな業界における戦略立案/業務変革・BPR (ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の経験が豊富である一方で、タレントマネジメント、組織活性化など、人・組織に関わる問題の解決にも幅広く携わる。事業を価値創出プロセスと人・組織の両面から変革し、顧客の価値提供力向上を支援。近年はサステナビリティ経営の高度化や経済安全保障、サイバーセキュリティ といったテーマへの取り組みを強化している。

安田 洋祐

安田 洋祐

大阪大学

1980年東京都生まれ。2002年東京大学卒業。最優秀卒業論文に与えられる大内兵衛賞を受賞し経済学部卒業生総代となる。米国プリンストン大学へ留学して2007年Ph.D.(経済学)取得。政策研究大学院大学助教授、大阪大学准教授を経て、2022年7月より現職。専門はゲーム理論、マーケットデザイン。American Economic Reviewをはじめ、国際的な経済学術誌に論文を多数発表。政府の委員やテレビのコメンテーターとしても活動。著書:『学校選択制のデザイン ゲーム理論アプローチ』(編著・NTT出版、2010年)、『オークション・デザイン−ものの値段はこう決める』(監修・早川書房、2022年)など。

沖本 竜義

沖本 竜義

慶應義塾大学

2005年、カリフォルニア大学サンディエゴ校にてPh.D.(経済学)を取得。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科准教授、一橋大学国際企業戦略研究科准教授、オーストラリア国立大学クロフォード公共政策大学院准教授などを経て、2022年より現職。株式会社エコノミクスデザイン・プリンシパルも兼任。専門は計量ファイナンス、マクロ計量経済学であり、30本以上の論文を国際学術誌に発表する。GPIF Finance Awards、日本ファイナンス学会丸淳子研究奨励賞、証券アナリストジャーナル賞などを受賞。著書:『経済・ファイナンスデータの計量時系列分析』(朝倉書店、2010年)など。

今井 誠

今井 誠

株式会社エコノミクスデザイン

1998年関西学院大学商学部卒業。金融機関での勤務を経て、株式会社アイディーユー(現・日本アセットマーケティング株式会社)で不動産オークションに従事した後、不動産ファンド勤務を経て独立。2018年、株式会社ディアブル代表取締役、株式会社デューデリ&ディール取締役に就任し、不動産オークションでの経済学実装に取り組みつつ、オークションの学知のビジネス活用を考えるためのビジネスパーソンと研究者の交流スペース「オークション・ラボ」を運営。2020年には、株式会社エコノミクスデザインを共同で創業。著書:『そのビジネス課題、最新の経済学で「すでに解決」しています。 仕事の「直感」「場当たり的」「劣化コピー」「根性論」を終わらせる』(共編著、日経BP、2022年)

住田 康年

住田 康年

株式会社 電通

2023年1月から現職。2018年から2022年まで、経営層の意思決定をサポートするビジネスコンサルティングチームの責任者として、自動車、精密機器、食糧、FA、通信、運輸、金融などを担当し、ビジネスの変革と成長にコミット。業務の改善・効率化よりも、非連続の場所に成長を生み出すクリエーティビティにユニークネスを持ち、大胆な勝ち筋の設計と論調形成、基盤整備の両面でサステナビリティ経営を支援する。カンヌ金賞など、受賞歴多数。

保田 隆明

保田 隆明

慶應義塾大学

1974年兵庫県生まれ。早稲田大学で博士号(商学)を取得。リーマンブラザーズ証券株式会社、UBS証券株式会社で投資銀行業務に従事した後に、SNS運営会社を起業。同社売却後、ベンチャーキャピタル、金融庁金融研究センター、神戸大学大学院経営学研究科 教授などを経て、2022年4月から現職。2019年8月より2021年3月までスタンフォード大学客員研究員としてシリコンバレーに滞在し、ESG を通じた企業変革を研究。複数社の上場企業の社外取締役および監査役も兼任。著書:『SDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』(ダイヤモンド社、2022年)、『地域経営のための「新」ファイナンス−「ふるさと納税」と「クラウドファンディング」のインパクト』(中央経済社、2021年)、『コーポレートファイナンス 戦略と実践』(ダイヤモンド社、2019年)など。

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