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町工場のイノベーションを実現する「YAOKONTON」とは?

2024/09/17

YAOKONTON
町工場が多数集まる、大阪府八尾(やお)市。「モノづくりの町」で今、イノベーションが起こっている。受注生産をメインにBtoB取引を行っていた町工場が、つぎつぎと自社製品を開発。市内外から注目を集めている。プロダクトは八尾市のふるさと納税の返礼品にもラインアップされ、同市のふるさと納税額は5年で20倍以上になった。

八尾市の「新しいモノづくり」を加速させているのが、2022年にスタートした、八尾市デザインイノベーション推進事業「YAOKONTON」だ。八尾市、京都芸術大学、電通、クリエイターが一体となり、同市の町工場の自社製品開発をさまざまな角度からサポートしている。

本記事では、八尾市役所の後藤伊久乃氏、株式会社ミナミダの南田剛志氏、電通マーケティング局の江口哲平氏が、「YAOKONTON」の取り組みについて語り合った。地域のモノづくりを発展させるために何が必要か、全国の自治体や中小企業の参考になるはずだ。

YAOKONTON
左から、電通の江口哲平氏、八尾市役所の後藤伊久乃氏、株式会社ミナミダの南田剛志氏


 

コロナ禍で、自社製品開発の必要性を痛感

──初めに自己紹介をお願いします。

後藤:八尾市役所の産業政策課で、2013年から地域の産業振興に携わっています。企業への融資や創業支援、商品PRなど、さまざまな角度から八尾市のモノづくりをサポートしています。

南田:株式会社ミナミダの代表取締役を務めています。当社は主に自動車用の金属パーツを受注生産していて、BtoB取引がメインです。YAOKONTONには2022年のスタート時から参加しています。

江口:電通のマーケティング局に所属し、企業の事業開発のお手伝いや社会課題解決型のプロジェクトを手掛けています。YAOKONTONでは、事業プロデューサー兼メンターを務めています。

──YAOKONTONは、どのような取り組みですか?

江口:八尾市役所、京都芸術大学、電通を中心に、さまざまなクリエイターが集い、八尾市の企業の自社ブランド・新規事業開発を支援する取り組みです。2022年から2024年まで3年間の活動を予定しています。

YAOKONTONは、「モノづくり魂がやどる町、八尾には何が生まれるかわからない魅力あふれるカオス(混とん)がある」というところから命名されました。製品開発だけにとどまらず、PR方法や、クラウドファンディング、ふるさと納税(返礼品)の活用法などのレクチャーも行い、新たに生まれた製品が事業の柱に育つように、一気通貫で実践できる場を提供しています。

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──YAOKONTONが生まれた背景を教えてください。

後藤:八尾市には約1万1000の事業所があり、その4分の1以上が製造業です。製造業の多くはBtoB企業で、大企業などから注文を受けてモノづくりを行っています。自社の顔が生活者に見えづらい、取引先の業績によって売り上げが左右されるといった課題があります。少子高齢化、SDGs、デジタル化など、いま経済は大きな転換期を迎えています。行政としては、以前から、受注生産だけに頼らず、各企業が自社で付加価値の高い製品を作って販路を開拓していかなければ、八尾市のモノづくりは衰退してしまう、と危機感を持っていました。

そこにコロナ禍が起こり、受注ストップが相次ぎ、八尾市の町工場は大打撃を受けました。それで、BtoBの取引は止まったものの、最終消費者へのチャンネルを持っていた企業は、売り上げを落とさずに推移している状況を見て、販路を広く持つことの重要性を再確認し、自社ブランドの開発が急務であるとの意識が一層強まりました。

南田:コロナ禍は、本当に大変でした。当社は売り上げの9割を自動車部品の製造に頼っています。世界の自動車生産が止まったため、一時は売り上げが7割近く落ちるなど、赤字が何カ月も続きました。

後藤:コロナ禍で、八尾市の税収も大きく落ち込みました。町工場が苦境に陥っているのを目の当たりにし、国からの交付金などを活用した支援事業を行うべく、積極的に動きました。そのとき、電通さんからYAOKONTONのコンセプトとフレームのご提案をいただきました。

江口:以前から、電通と京都芸術大学でジョイントベンチャーを立ち上げて企業の事業開発支援を行っていたんですが、そこに八尾市が加わることでモノづくりを一気通貫で実践できる場を提供する座組を作れないかと思いました。

南田:当社も何かアクションを起こさなければと思っていました。そこに、2022年からYAOKONTONがスタートする話を聞いて。もともと自社製品開発の必要性は感じていました。自動車部品製造と並ぶ事業の柱が欲しい、toBと toCでリスクを分散したい、当社の技術を世の中に分かりやすく伝えたい、会社のブランド力を上げたいなど、いろいろな思いを持って参加しました。

──モノづくりについて、どのような課題を感じていますか?

南田:作ることよりも売ることの方が難しいですね。自社の技術をどのようにアピールすれば、世間に興味を持ってもらえるのか。コミュニケーションの部分が一番難しく感じます。

江口:そうですね。製品開発においても、自社の技術のことだけを考えてモノを作ろうとするケースが多く見られます。toC事業においては、生活者の顕在ニーズや潜在ニーズを捉えることがとても大事です。

なんというか、アイデアを出すまでは比較的容易にできます。でも、出たアイデアを形にし、買っていただくまでには深い谷があります。その部分の架け橋に、マーケティングやコミュニケーションスキルを持つ電通がなれればと考えています。

後藤:お二人のおっしゃる通りですね。八尾市としても、モノづくりのゴールは、製品の完成ではなく、製品が売れることと捉えています。BtoB企業は生活者から顔が見えにくいですから、新製品が名刺代わりとなり、企業の存在を知ってもらって企業価値が高まれば、と考えています。

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コーヒーミルを開発して、「日本のプジョー」を目指す

──YAOKONTONでミナミダさんはどのような製品を開発していますか?

南田:当社は、自動車用のネジ、ステアリングのシャフト、エンジンを固定するためのボルト、シャシーを支えるナットや金属パーツを作っていますが、京都芸術大学の先生や学生さんと技術の棚卸をする中で、「ネジを作る技術でコーヒーミルの歯が作れるのではないか」というアイデアをいただきました。

江口:開発しているのは「ロールグラインダー」と呼ばれる、粒度の均一性が高くて大量に粉砕できるミル歯ですよね。「ロールグラインダー」は、工業用には普及していますが、もし家庭向け製品に採用できたら、おそらく世界初となります。

南田:フランスの自動車メーカーであるプジョーは、もともとコーヒーミルを作っていた企業です。それで、YAOKONTONのメンターである京都芸術大学の風間重之先生から、「自動車部品を作っているミナミダさんは、コーヒーミルを開発して、日本のプジョーを目指そう」というお言葉をいただきました。

後藤:開発にあたり、ミナミダさんは、市内のコーヒー店を回って、コーヒーの知見をヒアリングされています。私も、いろいろなお店から「ミナミダさんのコーヒーミルはいつできるんですか」とよく聞かれますよ。地域の事業者を巻き込み、ファンを作っているのも素晴らしい。

南田:現在、デモ機は完成していて、歯の間隔や力加減などにより豆がどのくらい細かくなるのか条件の部分を、近畿大学の理工学部の先生や学生といっしょに検証しています。粉が細かくひけると味の再現性が上がるんです。

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ミナミダが開発しているコーヒーミルの完成イメージ(左)と、試作機(右)

江口:コーヒーミルと並行して、スマホスタンドも開発中ですよね。

南田:ええ。YAOKONTONに先立って、当社では2023年に初の自社製品として、アルミの熱伝導性を生かして、食材を常温に戻すための「小型解凍プレート」を開発しました。これは、冷凍した肉などを載せると短時間で解凍できるものです。

「小型解凍プレート」には、吸収した熱を空気中に発散(放熱)することでモノの温度を変える部品「ヒートシンク」が採用されています。そして、ヒートシンクを作るときには、当社のコア技術である「冷間鍛造(金属を金型で圧縮成型する技術)」が生かされています。

「ヒートシンク」や「冷間鍛造」といった技術を使って、スマホスタンドを作りたいと、当社の社員から提案があり、いま取り組んでいます。

──開発のきっかけは何だったのでしょうか?

南田:当社の社員が遠距離恋愛をしていて、テレビ電話で長時間話していると、スマホが熱暴走してしまうことに悩んでいたのがきっかけです。そこで、スマホの熱をヒートシンクで逃がせないかと思いました。寝ながらでも使いやすいようにスタンドの角度を考えるなど、京都芸術大学の学生と一緒にデザインを検討しています。2024年中には発売したいですね。

YAOKONTON
開発中のスマホスタンド。右の写真の、でっぱりの部分が、「冷間鍛造」の技術を用いて作られた「ヒートシンク」。

──京都芸術大学の学生とコラボした感想はいかがですか? 

南田:みなさん発想力が豊かで、さすが芸大、と感服しています。今回のスマホスタンドもわれわれが当初考えていたものとはクオリティが違う。ユーザー視点をすごく大事にされていますね。

江口:家庭向けのロールグラインダーのコーヒーミルのように、世の中に一つしかないものができると、ミナミダという会社の技術力の高さを伝える「名刺」になりますよね。それは、社員の方々の誇りになるはずです。スマホスタンドは、「ヒートシンク」や「冷間鍛造」といった技術を世の中に分かりやすく伝えるツールになる。BtoB企業の「名刺」をつくることもYAOKONTONの意義だと思っているので、ここで生まれた製品を通して、ミナミダという企業を多くの人に知ってもらえるとうれしいですね。

YAOKONTONから生まれた製品を積極的にPRする

──YAOKONTONで生まれた製品は、他にどんなものがありますか?

江口:いろいろな製品が生まれ、中にはすでに販売されているものもあります。菊水テープという企業が作った「見てるぞテープ」は、その一つです。これは、電通のプロダクト開発チーム「専業ムフ」が企画し、菊水テープの高い技術力によって実現したユニークなプロダクトでして、21人の「目」だけの写真が連続してプリントされた防犯用テープです。ポストや駐輪場などに貼って窃盗を予防したり、荷物に貼って雑に扱われるのを防いだり、「見られている」という人間の心理に訴えかけます。

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──ただ目の写真をデザインするのではなく、「視線」を感じるところが面白いですね。

江口:袱紗(ふくさ)メーカーの大一創芸は、「わたしものふくさ」を開発しました。袱紗は祝儀袋や香典を包むものですが、今は使われる機会が減っています。新しい袱紗を考える中で、電通のアートディレクターの女性から、日常使いできる袱紗のアイデアが出ました。

友達と、本や小物などを貸し借りしたり、子供のおふるを譲ったりするときに、百貨店やスイーツ店のショッパー袋に入れると、パッと見た相手に「なにかいいものが入っている」とプレゼントのように勘違いされてしまうと悩むことがある、と。

そこで、物の貸し借りのときに役立つ袱紗を思いつきました。この製品は安価で、袱紗ごと渡して、もらった人は別の人に使うこともできます。汚れたら布巾として使えるエコの工夫もされています。

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──ユニークな製品がいろいろ生まれていますね。

後藤:これからもYAOKONTONからいろいろな製品が世に出ていくので、八尾市としてPRできる機会をうまく作り、販路支援も行っていきたいと考えています。八尾市のモノづくり支援の一環として、製品PRは以前から力を入れています。

例えば、大阪市の中之島図書館のブースや、近鉄電車の車両、スタートアップを支援する京都信用金庫の共創施設「QUESTION」に展示してもらったことがありましたし、東京ドームで開催された都市対抗野球大会の物産展でも製品をPRしました。また、近鉄八尾駅構内にある「こうばのステーションWAO!YAO」にも展示をしています。

今日対談を行っている「みせるばやお」は、八尾市のモノづくりの拠点として、さまざまな製品を展示したり、企業が集まってミーティングを行ったり、イベントも開催しています。こうしたPRが実を結び、例えば、名古屋のハンズさんから連絡があり、八尾市の企業の製品を販売していただく流れになりました。他県から八尾市のモノづくりを見学に来られる方も増えていますし、「うちで八尾市の製品をPRしませんか」とお声がけいただくこともあります。

他にも、2024年9月21日〜10月14日までの期間、ハンズ梅田店で「八尾の町工場展~職人がつくる生活雑貨」と題したイベントを開催します。

「見てるぞテープ」や「わたしものふくさ」も含めたYAOKONTONに参加した企業の製品が出展&販売されます。

──PRにかなり力を入れていますね。

後藤:YAOKONTONでは、アイデア創発やコミュニケーション、PR戦略に関係する講義もあるのですが、そこでは、電通さんのメソッドがとても参考になります。

江口:販路開拓ではクラウドファンディングを活用して、まずは世の中の反応を見る方法もあります。その際、クラウドファンディングのページの作り込みやプレスリリースの書き方を伝えたり、メディアへの露出をサポートしたりしています。他にも、京都芸術大学は社会実装プロジェクトを多数行っているのでそのネットワークの中で商品を紹介していただくこともあります。

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ふるさと納税額が5年で20倍以上に!

──八尾市のモノづくりについて、今後の展望を聞かせてください。

後藤:YAOKONTONは今年最終年ですが、今後も八尾市のモノづくり支援に力を入れていきます。YAOKONTONは、2022年にスタートして、参加企業の輪が広がりました。商品開発の部門では、1年目が11社、2年目が10社、3年目が8社で、累計20社以上が参加しています。オープンセミナーやブラッシュアップ相談会だけに参加する企業も入れると参加社はもっと多いです。その中で、1年目で商品化まで行った企業もあれば、ミナミダさんのように3年間かけて開発している企業もあります。それぞれの企業に合ったバックアップをしています。

江口:電通として、今後取り組みたいことは主に二つあります。一つは、YAOKONTONは今年最終年ですが、いま取り組んでいる製品開発は、商品化まで伴走したい。そして、八尾市や企業との関係性は継続していきたい。もう一つは、日本各地のBtoB企業や町工場の自社ブランドや新規事業開発をサポートしていきたいと考えています。

南田:当社は、スマホスタンドを今年中に、コーヒーミルは来年の万博までに販売したいですね。YAOKONTONでは、PR方法などいろいろなことを学べたので、当社の事業に生かしていきたいです。

後藤:市としても、プレスリリースの書き方や世間とのコミュニケーション方法などYAOKONTONでいろいろなことを学べました。これからも八尾市のモノづくりのPRに役立てられそうです。

江口:YAOKONTONはじめ、八尾市のモノづくり支援がいろいろなところで実を結びつつありますよね。例えば、経済産業省デザイン政策室監修の「デザイン白書2024」に、産官学連携のYAOKONTONの取り組みが紹介されたり。経済産業省、国土交通省、厚生労働省、文部科学省が連携し開催している「ものづくり日本大賞」では、全国の自治体を対象としたモノづくりのトップ企業に八尾市から9企業が選ばれています。

後藤:YAOKONTONに参加した企業の約半数は、2025年大阪・関西万博の大阪ヘルスケアパビリオン内にある「展示出展ゾーン」に9月16~22日の期間に出展されます。

八尾市では、ふるさと納税額が、令和元年は0.7億円だったのが、令和5年は約17億円と大幅に成長しています。そのひとつの要因は、町工場の製品による返礼品を多数入れていることですが、YAOKONTONを契機として製品群が増えており、さらに、全国の方々へ届けばいいなと考えています。

他にも八尾市では、町工場の見学イベントなども行っています。YAOKONTONのようなプロジェクトを含め、八尾市のモノづくりをさらに発展させていきたいですね。

──お話を伺って、市と町工場が一体となり、製品開発にとどまらず、さまざまな施策をされていることが伝わってきました。ふるさと納税額が増加するなど、きちんと成果が表れていて、他地域のモノづくりにも大いに参考になりそうですね。本日はありがとうございました。

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